表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カミツキカミカ  作者: 足立 拾
第一章 起キル時
5/27

火急ノ事態

 同時刻、一ノ宮小乃美は一人、自室で仕事をこなしていた。


 就任式を終え、夜の見回りが開始するまでの間、部下達に待機の指示を出し、各法から届いた祝いの言付けや手紙、電報などを全て受け取り、それらに一通り目を通し終えたところだ。


「ふん、薄い言葉だ」

 どれもこれも、型抜きをしたように同じ言葉を連ねただけの祝い言葉、それらに一片の祝いの感情も感じ取ることは出来ず、それらは全て彼女に対する圧力と、脅迫の様に思えてならない。


 いや、事実それは脅迫だった。

 望まれる結果を出さなければ先は無い。


 混乱と混沌が同在している現在、上が求めているのは分かりやすく、そして素早い結果。目に見える結果を誰よりも早く示せ。それが上から彼女に贈られている言葉の全てだ。


 そしてそれが如何に大変なことであるか、彼女自身よく知っていた。


 ここ数日、町を見ただけでわかる。治安は良いが、近代化と言う発展から取り残されたような、活気の見えない市、流石は内富外貧と唄われる帝都の最も端に位置する町だ。

 纏めた手紙を全てごみ箱に落し、小乃美は壁に掛けられた軍警服に目をやった。


「良くぞここまで来たものだ」

 自分を褒めるようにも、嘲るようにも聞こえる口調で言い、彼女はそっと白を基調とした軍警服に手を触れる。


 その瞬間、彼女の脳裏に言葉が浮かんで来た。

(お前は人の上に立てる人物ではないよ)

 身体が頭の中に言葉に反応して強張り、慌てて彼女は服から手を離す。


 久しぶりに見た、あの男。

 いつも飄々としていながら、内心では誰よりも強い野心を抱いている男。


「境内日陰」

 以前から全く変わっていない、あの顔、あの目。


 思い出すだけで小乃美の臓物に、熱が籠もるのを感じる。

 怒りによるものだ、境内日陰の言葉が何度も何度も頭の中で繰り返される。


「煩い」

 低く呟き、小乃美は固く握りしめた拳を壁に叩き付けた。


 鈍い音と拳に感じる痛み、それらを一切無視して小乃美は未だ消えぬ、心の中より訴えかける言葉に反論する。


「今に見ていろ。私が上に立つに足りん人物かどうか」

 壁に付いたままの拳を押して、彼女はその力を持って壁から離れる。


「見せつけてやる」

 その為に必要な物は手柄。


 だからこそ、彼女はこの話を引き受けたのだ。見回り組の有用性を示したい上の目論見と自分の願望とが、需要と供給で成立としたからこそ。

 日陰に自分を認めされる為に、上り詰めてみせる。


「それには何か、大きな見せしめが必要か」

 冷静さを取り戻して行く彼女の脳内でそれは一つの結論として達せられる。


「失礼いたします! 中尉巡査長殿」


「入れ」

 部下の声に表情まで一ノ華組組長としてのそれへと戻し、入室の許可を出す。


「失礼いたします」

 もう一度キビキビとした軍警気質の声で礼を取り、男が一人入室してくる。一ノ華組の小隊長だ。


 手に数枚の紙切れを持っており、何かの報告書のようだ。と即座に理解し頭の中でその内容の推理、それに対する返答の構築を始める。


 どんな報告であれ、それを聞いて驚いたり、戸惑うところを部下に見せてはいけない。それはそのまま自分の弱みとなる。だからこそ、その内容がどんな物でも対応出来るように先に心の中で準備をしておくことが必要なのだ。


「……どうした」

 その言葉を一方的に教えてきた人物の顔が思い浮かび、小乃美は心の中でだけ舌を叩いた。


 あの男の言葉をそのまま実践している自分に腹が立ち、その上であの男が笑っているような気がしたからだ。


 僅かに声質が落ちた事に部下は気づいていないようで、ハッと切れの良い返事と共に報告書に目をやり、その内容を口にした。


「……そうか! 分かった。一ノ華組の面々を集めておいてくれ、私も直ぐに行く」


「了解いたしました」

 礼を取り、去っていく部下を見送りながら、小乃美は心の中で歓喜していた。


 報告の内容は彼女の予見していないものだったが、それは彼女にとって福の報せと同意の物だった。


「上手く利用すれば、思いのほか早く結果を出せそうだな」

 何もかもが自分の思惑通りに進んでいる。

 その事実に、小乃美は先程とは違う感情を抱きながら制服に手を掛けた。


「見届けているがいい。この私が上に立つ、いや、お前よりも主としての資質を持った者であることを」

 制服に袖を通し、掛けていた帽子を頭の上にのせる。


「二度と、私を否定させはしない」

 決意を抱き、想いを込め、壁に掛けたサーベルを乱暴に腰に差すと、小乃美は部屋を後にした。




 隊舎を出て、外の広場に向かうと既に隊員達は話を聞いていたのだろう。彼らの表情は皆々一様に緊張していた。


 それもそうだろう。と彼らを横目で見やりながら、小乃美はシャンと背を正し、胸を張って威風をか持ち出しながら彼らの前に出て行く。


 自分と共にあちこちからこの一ノ一町に配属された者達は殆どが良い家柄の出身であり、そんな彼らにとって、今回起きた事件は異例中の異例、誰一人として、このような事態に遭遇したことがある者はいないのだから。


 壇上に昇る前に隊員達には気づかれないように彼女は自身のサーベルの鞘を強く握りしめ、呼吸を一つだけ深くしてから壇上へと上る階段に足を掛けた。


 上から見下ろす景色、それだけで人の見え方がこうまで違って見えるものか。小乃美は自分を縋るように見つめてくる隊員達を前に、一度目を閉じた。


 瞼の裏に浮かぶ者は例の澄ました顔の男。

 見ているが良い、この私を。


「皆も既に話は聞き及んでいるだろう、緊急事態が発生した」

 挨拶や前口上は抜かす。こうすることでこの案件が緊急であることを裏付け、その上で自分が落ち着いて完璧な命令を下すことが出来れば隊員達はそれだけで安心をする。


 自分たちの組長が信じるに足りる命を賭けられる人物だと思って貰える。


 そう思って貰わなくてはならない、その上でこの事件を解決する。それも時間や人員を割いて行うのではなく、迅速に被害を最小限に抑えて、どんな時でも余裕を残す。

 残すことが出来なくても、余裕があるように見せかけて物事を完遂する。


 それが頂点に立つ者の資質。

 目を見開き、ざわめきを発生させつつある男達を前に手を強く振った。


「これはまたと無い機会だ。私たち一ノ華組の発足と同時に起きた事件、これは我々が解決しそれを軍警上層部に、引いては帝皇陛下に我らの優胆さを示す絶好の機会なのだ! 剣を持て。その剣はなんの為にある! ここで震える為か自分の身を守る為か、否! 民を守り、平和を守り、その上で己の誇りを守る為にある。各員心に刻め! 血を流すことを恐れるな! 貴公らの血は既に私と共にある!」

 握った拳の先で先程瞼の裏にいた男が現実として離れたところに立っているのが見えた。


 それに構うことは出来ず、小乃美は再び目を閉じる。

 シンと、波を打ったように静まり返る隊員達を前に、息をゆっくりと吐き出していく。


 ゆっくりと吐いた息が白い線の如く細くしながら全て吐ききると、小乃美は再び瞳を開いた。


「イ組からハ組までは警邏の強化、怪しい人物を見つけたら、即座に組舎まで引っ張ってこい」

 はい。と力強い声が上がる。


 それに頷き、小乃美は続ける。


「ニ組とホ組町中の人間から話を聞いてこい、話渋る者がいればその者も引っ張ってこい!」


「最後にヘ組は私と共に来い! 町に出て、直接私が指揮を取る。いいか、なんとしても、我らの手で犯罪組、正政組を捕らえて見せろッ!」

 野太い男の声が辺り一面に咆吼となって散布する。


 壇上から降り、そのまま小乃美は出入り口に向けて歩き出した。


 警邏や情報集めならば夜になる前から出来る、そう判断してのことだったが理由はもう一つ、動いていなくては足の微かな震えが見抜かれそうだったからだ。兵達に、そして遠くで笑みを浮かべたまま拍手を打っている男に。


 これは武者震いだ。そう言い聞かせ日陰から目を逸らし、小乃美は更に歩調を早める。


「さあ、始めよう」

 自分に言い聞かせるように、強く拳を握りしめ、サーベルの鞘に手を掛けて小乃美は歩いていく。


 この乱れた世に自分の名を轟かせる為に。

 歩き出す。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ