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カミツキカミカ  作者: 足立 拾
第一章 起キル時
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起ツ時ハ今

 駐屯所に戻っても日陰の機嫌は上々のままだった。


 自分の椅子に座りながら手早く書類の整理をしている後ろ姿を隣の部屋から眺めながら、空太は釈然としない思いを抱いていた。


 日陰はあの一ノ華組の組長、一ノ宮小乃美が失脚すると言っていたが、空太から見て彼女は英傑であり、簡単には失脚することはないと踏んでいたからだ。


 日陰を生涯の主と決めた自分の先見眼には絶対の自信を持っている空太の目から見ても、英傑に映ったのだから、彼女は間違いなく大化けするだろう。


 彼女と知り合いだったと日陰は語っていたが、空太には日陰が彼女の事をその知り合いだった頃と同じ印象で見ているからそんなことを言っているのではないか。と思えてならない。


 人は成長する生き物だ。


 自分より下だと思っていた者にいつの間にか抜かされているようなことも珍しくはない。


 日陰がそうだとは思いたくはないが、釈然としないものが残っていることもまた、事実だった。


「咲乃、お前どう思う?」

 日陰に煎れる為のお茶を準備していた咲乃の腕を捕らえて、日陰を顎でしゃくりつつ問うと、彼女は小さく首を傾げて見せた。


「どう、とは日影様ですか。やけに機嫌が良いなとは思いますけれど」

 相変わらず可愛げの欠片も持たない口調で言い、咲乃は自身の指で眉間の眼鏡の蔓を押し上げた。


「そうじゃなくて、さっきの事だよ。あの一ノ華のお嬢ちゃんが失脚するって話」


「ああ、あれですか」

 ようやく何を言っているのか理解した。と首を縦に下ろし、咲乃は唇に人差し指を当てる独特な長考の仕草を取り、そのまましばし黙りこくる。


「日影様が言うのですから、私たちは着いて行くだけです、それで良いのではないですか?」


「あめーよ馬鹿、日陰はあの女が昔の知り合いだから低く見積もってやがるんだ。俺の見立てでは、あの女相当な人物に化けると見たぜ」


「確かにあの演説は関係の無い私の心にまで響く物でした。ですが私の主は変わりません、日陰様が決めたのならば私は全力を持ってそれを支える。ただそれだけです」


「その先でアイツが死ぬことになってもかよ」

 日陰に聞こえないようにと潜めていた声が少し大きくなる。


 しまった、と後ろを振り返るが日陰は聞こえていないようで、仕事の手を止めてはいなかった。


「関係ありません。あの人が死ぬ時は既に私はあの人を守って死んでいますから」


「……」

 咲乃の放った言葉に、その視線に空太は絶句した。


 その言葉は冗談でもなければ、決意表明でもなかった。ただ、それが当たり前だと信じて疑わない言葉。


 それ以外の道は初めから存在しないとそう言う意志の元から発せられた言葉だった。


「俺の忠誠心もまだまだ、ってことか」


「その様ですね」

 咲乃ほど日陰のことを信じていなかった自分を恥じて、空太は頭に手をやり、自分の髪をクシャリと掻いた。


 主がどんな道に進もうとそれを信じて、たとえその決断が間違っていたとしても、主を守り、主を少しでも長く生きさせる。


 それでいいだろう。

 と空太は改めて自分の中で決意する。


 こうして決意している時点で、まだ目の前の女より意志が固くない証拠のように思えたが、それは仕方がない。


 この女は化け物みたいな忠誠心を持っている。それにはまだ少し敵いそうには無い。

 今はまだである。人は成長する、それは自分も変わらないはずだ。


「まだまだね。確かに」

 溜め息を吐き掛けた空太の背後から聞こえた声に、彼は肩を盛大に揺らし、動揺を露わにしながら、ゆっくりと振り返った。


 当然のようにそこに立っていたのは男にしては細い華奢な身体と、眉目秀麗の整った顔立ちを持ち合わせる、自らの主。


「だぁ! どっから出てきた!」


「君こそ、どこからそんな声出して来たんだ。初めて聞いたよそんな声」

 突然現れた主に驚き、裏返った奇妙な叫び声を上げる空太を見やりながら日陰は小さく皮肉めいた笑みを浮かべた。


「なんだよ、その仕草は。気取りやがって」


「流行りの先端を行っていると言え。ところで、二人とも面白い話をしていたな」


「聞いていらしたんですか?」

 少し困ったような口調で言う咲乃を見ながら、日陰は勿論という風に頷いた。


「君たちの話はどこにいても聞こえるようにしている」


「どんな特異能力だよ」

 呆れ調で返した言葉に、彼らの主は微かに唇を持ち上げる表情をつくり、椅子に腰掛けた。


「練習すれば君らでも出来るようになるよ、極めると人混みの中でも狙った人物の声だけを拾うことが出来るようになる。僕はまだそこまでではないけれどね」


「やだよ。そんな疲れそうな能力いらない」


「役に立つよ、反乱分子を見つける時なんかには」


「そう言うのはお前に任すぜ大将」

 もうどうにでもしろ。とばかりに手を挙げて降参の意を示す空太に、それは残念。と大して残念そうでもなく声を掛けた日陰は咲乃にお茶の手配を頼み、改めて空太を向き直った。




「先程の話だが」

 スッと目を閉じシャンと背を伸ばした状態で、用意された熱いお茶を飲みながら日陰は空太に声を掛ける。同じようにお茶を飲みながら、こちらは姿勢も仕草も関係無しに音を立てて呑んでいた空太はお茶を置き、日陰を向き直った。


「なんだよ」


「僕は別に、彼女がかつての知り合いだからああ言った訳ではない」


「だってよーお前も見ただろあの熱狂振り、あの分じゃあの部下達全員が死仕兵になるぜ」


「死ぬまで仕える兵隊? それはどうだろうね、僕の予想ではそこまでなるのは、半数と言ったところだ、そしてそれは時間と共に減少していくはずさ」

 お茶を再び飲み込んで、日陰はようやく目を開いて二人を視界に入れた。


「根拠を伺っても宜しいですか?」

 こちらも大人しくお茶を飲んでいた咲乃の声に日陰は一応辺りを見渡してから声を少し落として口を開いた。


「あの言葉が心に響くだけの物だからだよ」


「どういう意味です?」


「心に響く物、言い換えれば形には残らない物だからさ。これは仕事だ、きちんとした報酬がなければ誰も働かない、彼女の性格上、家に頼み込んで給与とは別に報酬を用意させるとも思えない。ならば後は心に訴えるしかない。けれど言葉と声、それもただ一度きりの演説でずっと忠誠心を留めておこうなんて虫のいい話だろう」


「では、日影様でしたら如何ですか」

 日陰を試すような視線に、受けて立つ。とばかりに咲乃に笑いかけ、日陰は視線を正した。


「僕も同じさ、家に頼る訳にはいかないから、心にしか響かせるしかない。だから僕があの立場にいたとしても同じく半数だろう。けれど僕と彼女の違いは一つ、僕の場合はずっとその状態を維持出来ると言うことだ」


「大将と、あの女とそんなに違うかね。俺には大差ないように思えるぜ。事実どっちも心に響いたのは変わらないしな」

 納得し切れていないのだろう。


 空太の少し強めの口調に、日陰は怒るでもムキになるでもなくただ笑みを強めた。


「だからそこが問題なんだよ。良いか? 彼女は人を感動させよう、心に響かせようと思って演技をし、結果人を感動させた。つまり造られた感動。しかし、本当の意味で光を持つ人物はそんなことはしない、する必要がない。なんの意識をしなくても、相手の心を響かせられる。だから日常的に使えているだけでも常に相手の心を響かせることが出来る、この僕のように」

 自らの胸に手を当て、周りに響かせるような透き通る声を出していう日陰に、空太は眉を下ろしてから隣の咲乃に声を掛けた。


「響いてっか?」


「返答は控えさせていただきます」

 ツイと顎先から顔を逸らして言う咲乃に、だよな。と空太も首を縦に下ろす。


「お前達は僕に仕えられると言うことがどれほど幸福なことか分かっていないようだな」


「自分で言うなよ」


「私は幸福に思っていますよ」

 薄氷のような薄ら寒い笑顔を浮かべて言われても素直に頷くことは出来ず、日陰は苦笑するだけに留めておいた。


「兎にも角にも僕らはいつ頃動き出すべきか。当て馬が出てきたと言うことはそろそろ強大な敵が出てきてもおかしくはない」


「敵って、この町にそんな奴いるのかよ」

 思いのほか真面目な口調を保つ日陰に、こちらはそれと対比するように呆れた口調で言う空太。一ノ一町は治安は良く、せいぜい小さな悪事を働く小悪党がいるだけで明確に敵と呼べるような強力な者は久しく見ていない。


「でも確かにここのところ、町の治安が少しおかしい気はします」


「おかしいって?」


「以前より犯罪の件数は減っているのに、逮捕者の数は一向に減っていないのです。つまり、逮捕率が格段に上がったと言うことです」


「どっかの組が頑張っているんじゃないの?」

 空太の言葉に咲乃は首を横に振る。


「いえ、見回り組の捕縛率は横ばいのままです。ですから他区より一ノ宮小乃美が派遣されてきたのでしょう。組の捕縛率を上げ、見回り組という組織の有用性を知らしめるために」


「じゃあ……どういう事だよ?」

 首を傾げて唸っている空太を尻目に、日陰は口元を隠す思案の仕草を取り、そのまま、数秒固定した。


「少し気になるな。咲乃、その件について調べておいてくれ」


「承りました」


「空太、君は見回りの際、町人から噂を集めてくれ」


「なんの噂だ」


「何でも良い、僕の予想が正しければ……面白い話が聞けるはずだ」


「はいはい、了解しました。日陰は何するんだよ」

 その面白いことを説明しろ。と言いたかったようだが聞いても無駄なことは彼も経験上分かっていたのだろう、あっさりと言葉を引っ込めて代わりに日陰に問う。


 その問いに対し日陰は隠していた口元から手を離す。

 隠されていた口元に浮かび上がるのは笑み、愉しげで、嬉しげな笑み。


「僕は手紙を書いておくよ」

 なんの手紙だよ。と言ってくる空太を完全に無視し、日陰は立ち上がると、側に置いていた軍警帽を手に取り、それをしっかりと被せその場から立ち去っていった。

 その口元に笑みを浮かべたまま。


「ようやく、起つ日が来た」

 部屋を出る直前、二人に聞こえぬ声を漏らして、日陰は部屋を出た。

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