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カミツキカミカ  作者: 足立 拾
第一章 起キル時
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一ノ宮小乃美ハ、演説ス

「夜も見回り、昼も見回りっておかしくないか?」

 いつものように駐屯地へ出勤した二人に待っていた任務は市内の見回り業務だった。


 元々市内の見回りは軍警官の職務であり、見回り組の見回りとはまた別の意味合いを持つ。


 そう言えば聞こえは良いが、簡潔に言えば見回り組が設立し、未だ上層部がその対応に負われている為に、仕事をきっちり分けることが出来ず、同じ仕事を二つの組織が別々に行なっているだけだ。


「仕方ないでしょう。未だ上層部では見回り組にどれほどの責務を与えるか決まり切っていないのですから」

 いつものように下がった眼鏡を持ち上げながら、二人の一歩後ろを付いて歩く咲乃は、これもいつもの様に一人だけ生真面目に四方へ警戒を散布しながら業務を全うしている。


「特に僕らのように、どこにも属していない者はそれが顕著に表れるな」


「だから早く俺たちも正式に見回り組に入ろうぜ、たった三人じゃ見回り組をつくっても何も出来ないんだからよ。ここはどこか有能な見回り組に入って折りを見て独立するって形で」


「一度組織という枠組みに囚われれば抜け出すのは難しいのですよ」

 日陰が応えるよりも早く口にした咲乃の言葉に、日陰は黙って目線だけ向けた。


「そんなもん、日陰の母上殿のご威光使えばどうとでもなるだろうが」


「そうすれば今度は、境内大佐警視の呪縛から逃れられなくなるだけだ。今よりももっと太くてキツい呪縛にな」


「呪縛って、母親だろ」

 自らの母親を階級で呼び、その上で呪縛と言う言葉を用いる日陰に、呆れを隠さずに空太が言う。


「母親だからだよ。僕はあの人のことをよく知っている。自分の出世に使えるならば、実の子だろうと夫だろうと容赦なく使う。そんな女だよ」

 一度足を止めてから二人を振り返り、ひやりと寒気を走らせる声色で言った日陰は、その視線に囚われて動きを止めた二人を置いたまま再び歩き出す。


「おっかないね。我らが主の母君は」


「ええ、そんな方と嫁姑の関係になるかと思うと今から緊張します」


「……嫁になんの? あれの」

 ずれた物言いをする咲乃を見ながら手袋の嵌められた指を離れ行く後ろ姿に向ける。


「妾でも良いですけど、出来ればあの方の嫁になりたいです」

 対して咲乃も空太を見上げながら同じように手袋の嵌められた指を向けて頷いた。


「置いて行くよ」

 肩越しに振り返りつつ発せられた言葉に、二人は互いに頷き合い、足を止めた主の元と駆け寄った。




 三人は見回り業務をサボって軍警訓練所の視察に出向いていた。


 広い更地になっている広場の中心に一尺ほど他より高くなった台が置かれ、その上に一人の人物が立っている。


「これを見学に来たのですか」

 咲乃の言葉に、ああ。と短く頷き、日陰はその人物を見た。皆似たようなことを考えているのだろう。軍警服に身を包んだ軍警官達が訓練所の端に固まり、それを眺めている。


 そんな中にあって、臆する姿勢も見せずに凛然と立つ女は、それらの視線を受けてなお威風堂々とそこにあった。


「風格はあんな」


「そうですね」

 黙っている日陰を置いて、空太と咲乃は頷き合っている。


 そこに立つ女性は設立したばかりで既に一ノ一町最大の見回り組となった一ノ華組の長であり、これから行なわれるのは新聞にも載っていた一ノ宮小乃美の組長着任式だった。


「よく見ておくと良い、そして見定めろ。あの女がどんな女か」

 視線は逸らさずに二人に言い、日陰は顎先に手を伸ばすと目を細めて彼女を見た。


 組の名が示すとおり、一輪挿しの花を思わせる燐としながらも儚さを感じる控えめな美しさを体現した美貌、背が高く長くすらりとした手足は均整の取れた体つきとなり、彼女の英姿を強めている。


 絹のように美しい黒髪は長く、帽子から抜け出し、吹いた風に靡き、けれどそれをものともせずに一ノ宮小乃美は腰に差したサーベルを抜いた。


「訊け!」

 風の音も隊員のざわつきも一気に消し去る咆吼に、ざわめきは一瞬にして収まり、彼女の前に一列に並んだ、恐らくは小隊長だろう。数名の軍警官と、その後ろにずらりと並ぶ三十あまりの隊員達は皆一様に表情を引き締め、自分の主になる女性を凝視した。


「本日この場より、私は貴公等の長となる」

 抜いたサーベルを高々と持ち上げ、声を張り上げるその女傑の勇ましさに、家名だけで突然長となった成り上がり者、と言う印象は吹き飛んだ。


「そしてここに誓おう。この剣に、そして貴公等に。私はこれより長となり、皆の命を預かり、この町に蔓延る悪を、汚れを、一掃して見せよう。その為に貴公等は私に命をくれ!」

 一歩、壇上から前に出た小乃美はサーベルを横一文字に振り、強い視線を持って隊員達を見た。


「貴公等の命を持って悪を滅そう。貴公等の魂を持って汚れを消し去ろう。貴公等が倒れ、命落とそうともその命を喰らい、私は尚も強く強くなって見せよう。貴公等の命を傷を、この私の力としてこの乱世を駆け上がって見せよう。今、この時をもって貴公等の命は貴公等の手を離れた。全て、この私が頂いて行く」


 一度静まり返っていたざわめきが小乃美の言葉を持って再び場に流れ、広がって行く。


 彼女はそれを何するものぞと、壇上の階段を一歩、また一歩と下りていく。


「その代わり、この私のこの命もまた、貴公等に委ねよう」

 階段を下りきり、地面に足を付けた小乃美に、ざわめきはその音量を増して行く。


「手を」

 そのまま前進し、一人の小隊長の前に立った小乃美は小さく声を発する。

 その声に導かれるように男は手を水平に持ち上げた。


「開け」

 固く握りしめられた拳にそう告げる。小隊長は言われるがままに手を開き、小乃美の前へと差し出した。


「フッ!」

 練り上げられた気合いを吐き出すように息を吐き、それと同時に振り上げたサーベルを再び横に振り切る。


 ピッと風を裂く音が聞こえ、男の手のひらの中心に測って引かれたような赤い線が走ったかと思うと、そこから血がゆるゆると流れ出す。


「ッ」

 突然の痛みに下がりそうになる男の手を。


「下げるな!」

 小乃美の声が押し止めた。


 ピタリ。


 動きを止めた男の腕をその女性らしい手が柔く包み、そのまま彼女の元に引かれて行く。


「先ずは、その血喰らわせて貰う」

 そう宣言し小乃美の指が傷をなぞり、その指に着いた血を彼女の赤く色づいた舌が舐める。


「ぐっ」

 傷を撫でられた痛みに声を上げる男を尻目に、唇に付いた血を手の甲で拭き取ると小乃美は続いてとなりの男へと近づき、

「手を」

 再び声を発した。


 次から次へと手のひらを切り、その血を舐めていく。




 一見すると単なる人気取りの見せ物にしか見えないそれも、演じる者によってこうまで栄えるものかと、見学していた空太は感嘆の息を漏らした。


「大した女じゃないか。大将」

 言葉には出さないものの同じように感心していた咲乃も頷いているが、日陰は一人真剣な眼差しを向けたまま、ただジッと小乃美の動きを見ているだけで部下の言葉に答え様とはしなかった。


 小隊長と隊員達、全員分の血を呑み込んだ小乃美はその足で再び壇上へと登り、口元の汚れを軍服でぬぐい去ると血糊の付いたサーベルを高らかに持ち上げた。


「貴公等の血は私の血となり、この先何があろうとも、貴公等の魂は私と共にある。この血を喰らい、この血によって私は強くなろう。なって見せよう! 皆、私に着いてこい!」

 この声に隊員達は一斉に礼を取り、声を張り上げた。


「ハッ!」

 響き渡る声に、周りで観察していた者達は皆当てられて、そそくさとその場から離れて行く。


 大方、家名だけの小娘が隊を纏めることも出来ない様を笑いに来た者達だったのだろう。


 日陰達三人はその輪に加わらず、サーベルを仕舞い壇上を後にし、その場から歩き去ろうとしている小乃美を見続けていた。


「どう見た? あの女」

 やっと彼女から目を外した日陰の問いかけに二人は一度顔を合わせ、それぞれが思った通りのことを口にする。


「大した演説だと私は感じましたが」


「部下共の熱狂振り見れば分かるだろ。大した求心力だよ。あれは天性のものかな。人を引きつけるものがある」


「うん。多少とは言え、奴もまた人の上に立つ者の資格があると言うことだ」


「多少などと、私はかなりの英雄になると見ましたが」


「同じく」

 随分と高く彼女を評価している二人を一瞥し、日陰は軽く息を吐いた。


 そうした後二人の問いに答えようとして、彼はそれに気がついた。

 熱狂冷めやらぬ隊員達を置き、一人歩いていた小乃美が三人に真っ直ぐに近づいて来ているのを。


 引き締まったその視線は日陰に向けられていた。


「こっちに来ますよ」


「どうなってんだ」

 慌てている部下を前に日陰は一歩前に出て、二人を背に隠し小乃美の前へと立つ。


「久しいな。境内日陰」

 日陰の前に立った小乃美は手を差し出した。


「ああ、何年ぶりになるか。随分出世したじゃないか、小乃美」

 軍警帽を被り直し、差し出された腕を一瞥した日陰は、その手に自分のものを重ねることなく万歳するように上に持ち上げた。


「見ているが良い。以前お前の言った言葉、必ず撤回させてやる」

 相手に握手の意がないと判断し、手を下ろした小乃美は去り際に言葉を吐き捨てて、元来た道を戻って行った。


「彼女、怒ってましたね」


「お前が握手に応じないせいだろ。謝って来いよ」


「撤回させてみせる、ね。所詮お前はその程度の器と言うことだ」

 部下の言葉を無視し、去りゆく女の背中に言葉を贈ると、日陰もまた、訓練所を後にするべく歩き出す。


「ちょっと、オイ。待てよ日陰」


「日影様」

 慌てて着いてくる二人が日陰の横に並ぶと、二人を見ることもせずに口を開いた。


「何はともあれ、これで一ノ一町に最大派閥が出来上がった。これは好機だ」


「好機、ですか?」


「ああ、これを機に僕らもこの乱世に立つとしよう」


「は? 何それ、一ノ華組に入れて貰うって事かよ」

 空太の言葉に日陰は首を振る。


「違う。僕を頂点として、新しく組を作る」


「ッ!」


「本気か?」

 驚きを隠せない二人を前に日陰は唇を持ち上げる。


「一ノ華組は必ず見せ場を造り、そして失脚するだろう。その機を逃さず、僕らは一ノ華組の見せ場と手柄を奪い取り、その功績を足場として組の名を轟かせる」

 握った拳に込められた想いに本気を見た空太と咲乃は同時に息を呑んだ。


「ようやくだ。やっと僕らが乱世に名乗りを上げるときが来た」

 興奮が握りしめた自身の拳を振るわせている。


 その感覚に酔い痴れながら日陰は明るく拓けた自身の未来を見るように目を細めた。


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