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雨はやむ

作者: りょう

別れは突然にやってきた…


理由はどぉあれ、亮治にとっては突然である。

朋美には小学五年生になる息子が別れた旦那の間にいたのだか、亮治はその息子との仲も良好で、これから先、世間でいう〝良い家庭〟を築いていけると亮治は思っていた矢先の出来事だった。


朋美は、絶世の美女とはとても言い難い女性ではあるが、可愛らしく愛嬌のある所謂男受けする様なタイプの女性である一方、気の強い女性であった。

男性社会の中での仕事も好きらしく、男友達もたくさんいる。

男友達の影響で多趣味、というか趣味がコロコロと変わり、その趣味の道具などが、家に所狭しと乱雑に置いてあった。

亮治にとって、朋美の趣味の変化が唯一の悩みであり、不安の一つでもあったのだ。


そして別れである。

亮治にとって突然ではあったが、一つの予兆みたいなものを感じていたのは事実である。

朋美の新しい趣味がまた一つ増えていたからだ。

不安が黒い悪魔となって亮治を包み込み、身動き一つ取れない状況の中、亮治は怒りや苛立ち哀しみを爆発させる以外何も出来なかった。

別れの時に一つだけ亮治は朋美に聞いた事がある。

それは、趣味が一つ増えた理由である。

しかし、朋美はその答えをのらりくらりと誤魔化す言葉しか述べずに、亮治は下を向き家に帰るほか手立てはなかった。


亮治は悩んだ。

悲しみに包まれながら悩んだ。

仕事をし続けながらも悩んだ。

涙で頬を濡らし、目が腫れあがるほど悩んだ。

仕事をしながら涙を流し悩んだ。


亮治の仕事場は、朋美の仕事場でもある。

亮治は朋美の事を忘れたくても朋美が視界に入ってしまう。

忘れられない…

楽しく過ごした日々を思い出してしまう…

亮治は朋美を忘れられないでいる…

楽しく幸せだった日々を忘れられないでいる…

忘れられない…

亮治はそんな想いを心の中に持ち続け、治る事はないだろうと思う深い傷を眺める事しか出来ない日々を過ごしていた。


そんなある日、亮治の同僚と後輩に上司から、会社にとって必要とされる管理者になる為の国家試験を受けるよう指示があった事を亮治は知らされた。

しかし、亮治にはその指示がされなかったのである。

亮治はそこでも悩んだ。

俺は誰からも必要とされてはいないのではないか…

何からも必要とされてはいないのではないか…

亮治に黒い悪魔の翼が幾重にも包みこんできたのである。


同僚と朋美が会話をしている中に入らなくてはならない状況に追い込まれた時もある…

朋美が楽しく過ごしている事を知らせるSNSを目にしてしまう時もある…

また、亮治の大切にしていた乗用車が故障し、直らないと知らされた時もあった…

また、生涯付き合わなければならない奇病、三大痛の一つとされる群発頭痛と医者に診断もされた…

黒い悪魔の翼は幾重にも幾重にも包み込むのである。

亮治は黒い悪魔の翼、深い闇の中で泣き、悲しみ、苦しむしか出来なかった。


人は今が苦しい状況、辛い状況の時に、自分が輝いていた昔を懐かしみ振り返り、少しでも今の苦しみを和らげよう、一瞬でもこの心の痛みから逃げ出そうと考えるものである。


亮治もそうであった。

やり甲斐を持って走り続けていた時代の友人達が、SNSに載せている日記や写真を一人一人見付けては当時を懐かしみ、今も変わらず楽しく生きている事を見ると、羨ましくもあり自分が哀しくなるのを感じていた。

その友人達一人一人にSNSの友達申請を行い、亮治自身はまだ別の世界で生きている事を知ってもらいたかったのである。


そんな中亮治は、一人の男のSNSを見付けた。

宮本である。

宮本は15年前に自身で会社を立ち上げ、一人で奮闘するなか亮治と出会い、亮治を誘い会社を築いてきた人物である。

亮治と宮本は一緒に走り続けていたいわば戦友である。

戦友といっても、互いの性格は水と油、互いに相入れる事は殆ど無い2人、戦友でありライバルであり宿敵の様な関係であった。

10年前に亮治が宮本の会社を退職したのも、些細な事から喧嘩になり、亮治は宮本に対して啖呵を切って辞めていったのである。

その宮本のSNSに載せてある日記を見付け、亮治はやはり懐かしさと羨ましさ、自身の虚しさを感じ、また一人下を向き俯く事しか出来なかっのである。

亮治は例の様に宮本にも友達申請を行いPCを閉じた。


この10年間、宮本と連絡を取っていない訳ではなかったのだが、やはり最後はケンカの様な形で電話をお互い切ったりしていた。

2度、3度、宮本は亮治に会社に戻って来ないかと誘った事もある。

しかし、宮本の会社に今も勤めている亮治の後輩でもある岩崎の存在があり、それが実現する事は無かった。

岩崎は宮本の会社に入社してから、亮治に叱られない日は1日足りとも無かった程である。

その岩崎は今や宮本の会社の現場の責任者である。

亮治が会社に戻って来たら、岩崎が仕事をし辛くなるのは、宮本も亮治も解っていた。

その事が理由で、宮本も亮治も昔の様に一緒に走るのは無理だと確信して実現には至らなかった。


PCを閉じた亮治の元にすぐさま携帯電話の着信音が鳴り響いた。

発信者の名前を覗き込むと、宮本。

亮治は通話ボタンを押すと携帯電話の向こうに

「もしもし」

と懐かしい声が聞こえた。

お互いスグに昔話に花が咲き10年前の様な会話をするのである。

昔話にひと段落ついた後はお互い現況を話していた。

宮本は、あれから必死に会社を盛り立て、亮治の知らない社員も抱えて頑張っていたのだか、その社員が急に辞める事になってしまったらしい、宮本は亮治に

「10年経ったんだ、どうだ戻って来ないか?」

と誘ってきた。

亮治は今、誰にも必要とされてはいないのではないのだろうかと、下を向いて俯いている時である。

正直、嬉しかった。

しかし、10年前に啖呵を切って辞めたのを亮治自身は忘れていない。

岩崎の事もある。

宮本も10年以上一緒に走ってきた岩崎の気持ちを蔑ろにする事は出来ない。

やはり今回も、実現はならず諦めるしかなかった。


次の日、外は雨である。

亮治は休日にはサーフィンに出掛けるのだが、車が故障中の為に海には向かえない。

その日は前以て休日だという事は解っていたので、Harley-Davidsonで1人ツーリングに出掛ける予定ではいたのだが、亮治が調べた天気予報は外れ出掛けられずにいた。

仕方なく、溜まっていた洗濯と暫くしていなかった部屋の片付けをする事にした。

片付けをしていても頭の中には色々な事が駆け巡り、手が止まり溜め息を吐く、その繰り返しだ。

そんな事が4度、5度、続いた時、また携帯電話の着信音が鳴った。

送信者の名前は、岩崎


「もしもし」

10年前と変わらない岩崎の声が携帯電話の向こうから聞こえてきた。

「久しぶりだな、元気か?」

「はい、おかげさまで元気にやってます。」

昔と変わらない岩崎の声なのだが、年齢を重ねたせいなのか、責任者という立場で歩んできたせいなのか、どこか落ち着いている声がするのを、亮治は感じていた。

「社長が昨日電話したみたいですね」

「あぁ、内容は聞いたのか?」

「聞いていません」

「そぉか」

「ひとつ言わせて下さい」

「何だ?」

「亮治さんは給料が貰えればそれでいいと思って仕事をする人じゃありません。」

「…」

「誰かに必要とされて仕事をする人です」

「…」

「会社が貴方を必要としています。だから戻って来て下さい」

と言って岩崎は電話を切った。

心を読まれている。


岩崎に俺の事を見透かされている。

いや待てよ、宮本が昨日の電話の後に、岩崎に俺の今の状況を説明して、岩崎に電話させたに違いない。

亮治がそぉ思っていると、またスグに携帯電話が鳴った。

「もしもし」

昨日と同じ声の宮本だ

「今、岩崎から電話があったよ」

「えっ?!」

「駄目だよ、岩崎に嫌な思い…」

「ちょっと待て!スグに掛け直す」

宮本が物凄く慌てている様子が電話の切り方で解った。

10分後、本当にスグ宮本から電話がかかってきた。

「もしもし」

また同じ声だが、少し甲高い様な気がする。

「今、岩崎に確認したんだ」

「何を?」

「亮治を会社に戻して良いのかを」

「岩崎が俺に電話してきたのは、アンタの指示でしょ?」

「違う!!」

強い口調で遮る様に宮本は言った。


岩崎は電話で宮本に言っていた。

「亮治さんが戻って来たら僕は仕事がし辛くなるのではないのかと思っていました。でも、そぉでは無い事に気付いたんです。

今の責任者という立場に甘んじている僕がいる、それでは僕が駄目な人間になってしまう。

昔の亮治さんみたいな人がいる事で、自分自身を律する事が出来るんです。

だから社長お願いです。亮治さんを会社に戻らせて下さい。

ただ戻って来たからといって、スグに僕の上には立たせません。僕にも意地がありますから」と。


亮治は泣いた…

宮本と電話が繋がっているのにもかかわらず泣いた。

そして一言だけ

「そちらに戻ることを、真剣に考えさせて下さい」

と宮本に言い、電話を切った。


亮治は悩んでいる。

何も解決しないまま戻る事は今の状況から逃げ出す事と一緒ではないのかと…

やり甲斐があった場所に戻っても今の状況を残したままでは悩みは解決しない上に、やり甲斐を取り戻せ無いのではないのかと…


亮治を包み込んでる黒い翼はひとつも剥がれてはいない。

暗い闇に出口が見えた訳でもない。

暗い闇の中に一筋の光が射してきた訳でもない。

ただひとつ違う事は、下を向いて俯いていた亮治が、しっかりと真正面を向く様になっていた。

真っ直ぐ前だけを見つめていた。

前だけを。


外を見ると、雨はやんでいた…


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