月夜の二人
川里隼生小説20作記念作品
川里隼生小説1周年記念作品
ある夏の金曜日、横浜スタジアム七番ゲート前。若い女が立っている。まだ夕日が沈むには少し早い時間帯だ。
「あ、こっちこっち」
女は右手を大きく振った。その目線の先には、女と同年代の男がいる。どちらも高校生程度だろう。
神奈川県横浜市にある定時制高校、ベイフロント国際高等学校。一年生の羽入 銃は、同学年の辻本 雪と金曜日の夕方に横浜公園を散歩する習慣がある。
ベイフロント国際高校には野球部がある。定時制高校で野球部というのも珍しいのだろうが、部員は結構いる。羽入も辻本も野球部の部員だ。
部活が始まって間もない四月のある夕方、羽入は辻本にメールで呼ばれた。本当に突然のことだった。ただ、この日の練習後にメールアドレスを教えてほしいと言われたので多少気にしていた程度だ。
呼ばれた場所は横浜公園内の横浜スタジアム七番ゲート前。この地をホームにするベイスターズは、遠征中なのでスタジアムは開いていなかった。
「ねえ、辻本さん」
羽入にはその時から気になっていたことがある。
「なんで散歩なんかしてるの?」
「練習」
辻本は短く答えた。
「私、小学校を不登校になってから、ほとんど外に出てないから……」
ベイフロント国際高校は、何らかの理由で通常の進路を取れなかった生徒に高校卒業の資格を取得するチャンスを与えるために設立された。もちろん、羽入にも誰にも言いたくない過去がある。羽入の場合、少し自業自得な部分もあり、余計に話したくないのだ。
「そうだったんだ。そうだよね。じゃないと、こんな高校来ないだろうし」
「もうすぐ七夕だよね」
話を変えるように、辻本が言った。
「そうだね、今日が七月五日だから」
「星がきれいだね……織姫も、彦星も……つき」
『月も』と言おうとして、辻本は止まった。『月がきれいですね』というのは、夏目漱石が『I love you 』を日本語に訳したらそうなったという有名な言葉だ。
「私、羽入くんと一緒なら、この公園も歩ける。試合でもヒット打てる気がするし、何より安心できるし、あと……」
辻本は先程の台詞を羽入の記憶から消そうと必死に話した。羽入と出会ってから3ヶ月が過ぎている。ほとんど人と話すことがない彼女は、この散歩の時間に羽入とだけ、色々な話をした。野球の話、勉強の話、テレビの話……。しかし、自分たちの話はしたことがなかった。それを、彼女は全て吐き出した。
羽入は黙って聞いていた。横浜の星々や公園の木々、スタジアムさえも耳を傾けているようだった。
辻本が話しているうちに、公園を一周した。また横浜スタジアムの七番ゲートが見えてくる。
「私ばっかり話してたね、ごめん」
最後に、彼女は謝った。
「いいよ。今日は風が涼しいね。家まで送ろうか?」
「ありがとう」
辻本は空を見上げた。星空が広がっている。天の川のどこかわからないが、彼女は織姫と彦星に願った。
「『風が涼しいですね』の意味が『I love you 』でありますように」