走馬香
宝石店で買い物をした帰り、俺は久しぶりに行きつけだった喫茶店に入った。
相変わらずの客入りで、誰もが揺らぐコーヒーの白い湯気と漆黒のカップの中身に見入っている。
残念ながら、窓際は満席だ。仕方ないので出ようとすると、一人が白い湯気となって消えた。白髪交じりの男性だった。微かに、シナモンが香った。
俺は今空席になったばかりの窓際のテーブルに座った。
「いつもの」
まだ香り残るコーヒーを下げに来たウエイトレスに頼む。どうやら覚えられていたようだ。それだけで通じる。
注文したコーヒーが来た。早速、覗く。白い湯気立つ黒い水面に、セーラー服の少女が映る。
音は聞こえない。それでも、分かる。
浮ついた調子で何か話しているが、やがて肩を落とし「ううん、何でもないの。それじゃあ」と言ってチケットを隠し逃げていくのだ。
もしここで、などと思うと飲まれてしまう。湯気が薄くなってきた。
ひとつ顔を横に振り、コーヒーを一気に飲み干す。
苦かった。
向こうでまたひとり、湯気に消えていた。
私は買ったばかりの包みを握り、顔を上げて立ちあがる。
おしまい
ふらっと、瀨川です。
他サイトに発表済みの旧作品です。当時の感想を参考に少し改稿しています。深夜真世名義でした。
にぎわっていた喫茶店で小説を打ち込むのに集中しているとき、はっと気付くとあれだけいた客がいなくなり自分一人だったとかいうこと、よくありますよ……ねぇよ、あんまり(




