⇒隆之エンド
隆之視点。
また忙しいので書きなぐり。
翔を迎えに行く名目で金森家を訪れ、舞花を一目見ていくのが登校中。
こっそり舞花の鞄に設置している盗聴器で癒されるのが休み時間。
家に帰ってから一番にやることは、盗聴した彼女の行動を日記に書き込むこと。
それは、平日のパターンだ。
翔から遊びに誘われ、または自分から誘って、金森家に堂々と侵入。翔の家で遊んでいる内に、彼が飲み物やトイレに言っている間に、舞花の部屋を堪能する。
家の中で舞花とすれ違えば、会話に集中していると見せかけて相手の顔を凝視。
帰宅すれば盗撮した写真を片手に生理現象を処理して、その後舞花がどこの大学を受験しても追い付けるように猛勉強。
それが、休日のパターン。
「――次のニュースです」
リビングのテーブルでノートに問題を書き込んでいた隆之が、ニュースキャスターの声に顔を上げる。
事件の話だ。所謂、ストーカー被害で怪我をした女性のことを報道している。
ストーカー。
隆之は、自分がそれに称される人間であることを自覚していた。
ただ、彼は勝手に人の彼氏面するほど馬鹿というわけではないので、ばれないように巧妙に隠しているのだ。だから咎める存在もおらず、その上ばれなければ誰にも迷惑などかけていないのだから、その思考はやがて人の趣味を邪魔する方が悪い、という風に完結されている。その考えこそが身勝手だということには気づいていないのだった。
しかもタイミングが悪いことに、その行為に大義名分ができてしまった。
――隆之が告白し、先程、舞花がそれを受け入れた。
盗撮しても恋人を取ることはなんら珍しくないし、勝手ではなく本人の許可ありで彼氏面を堂々とできるのだ。それどころか束縛しても咎められない。
勿論、その束縛が行き過ぎても、隆之は彼女を逃がすつもりなどないが。
念願が叶って勉強もよりスムーズになっている。今書き込んでいるページを埋めれば、少し休憩をいれることにした。
隣のイスに置いている鞄の中から、一冊の本を取り出す。
これは盗聴器で聞きとった情報なのだが、舞花がこの本の作家の密かなファンで、映画にもなっている新作を読みたがっていたのだ。だから隆之は先回りして購入しておき、彼女が手に入れる前にプレゼントしようと思っていたのだが、丁度告白する直前にレジにてお金と交換されてしまっていた。
元々、この本も隆之自身が買ったものではない。隆之はコツコツとお金を貯めるタイプだが、お小遣いは全て舞花の写真によって消えていくので、現在そこまで懐が優しいわけではないのだ。
手元にあるのは隆之の双子の弟である隆弘が買ったものである。隆弘は本を買っても本棚に並べたりせず、一度読んでしまえばそれは用済みとなり、今までも読み終わったものはすぐに隆之の手に渡るのだ。
本来隆之は、物語はあまり好きではない。もしもの世界を思い浮かべても無意味だと思っているため、読む必要性を感じないのだ。舞花に話を合わせる時は、あらすじをインターネットで調べて大まかな流れを掴み、不自然がないようにしている。ただ今回は素直に好意を受け取れない舞花のために、わざわざ自分が新品を買うのではなく、読んだ形跡のある隆弘の中古品を貸す、または贈るつもりであった。それも、全て無駄になってしまったが。
今まで読まなかったのは必要性を感じないことに加え、勉強にかかりきりで読む暇がなかったと言える。そして今読み始めたのは、勉強に余裕ができたため、より相手との話を盛り上げるだめだ。――その気持ちあってか、上手く物語を利用することもできたから、結果この本はある意味二人のキューピットにもなっている。
魅惑の声さと謳われる低音が鼓膜を震わす。
読みだすに応じ携帯の画面を見れば、金森舞花の文字。
瞬時に応答ボタンを押した。
「もしもし」
『隆之! 一体どういうこと?』
耳に劈く怒号。
心当たりは――あるような、ないような。
「何が、ですか?」
『お前、兄弟はいないんじゃなかったの?』
「いえ、いますよ。双子の弟が一人」
『じゃ、あ、なんであの時……』
「舞花さん。舞花さんは、ファンタジー作品が好きでしょう?」
『は?』
脈絡のない問いかけに間抜けな声を出した後、舞花は小さな声で肯定する。
そう。それだから、隆之はわざと舞花を騙すような言いかたをしたのだ。
クリスマス三日前、隆之が舞花に告白した日に彼女が買った本――瀬田睦月作の『タイム』は、現代ファンタジーだ。
過去に戻ることのできる時計を手に入れた女性の主人公が、運命の男性と結ばれるまでの物語。
その中で女性は過去にストーカー被害に合い、右腕の付け根に小さな切り傷の跡を見るたびにネガティブになっていた。そして過去に戻れる時計を手に入れた際、女性好きな男性に守られながら、ストーカーをキッパリと振って撃退している。ストーカーは主人公である女性と付き合っているという妄想を妄信していたため、それを否定されて逆上。その勢いで女性をナイフで切りつけ、それの跡で苦しんできたからだ。
そんな傍迷惑なものと一緒にされたくないと思っていた隆之だが、思いを否定されて正気でいられるのかと自分が舞花にフラれた場合を想像し、首を振った。万が一にもあってはならない、しかし理性が残っている確信もない……と悩んでいる時に思い至ったのだ。
主人公の女性がストーカーに対して吐いた、捨て台詞を。「一昨日きやがれッ」と。
『タイム』は言ってしまえば、隆之と舞花だ。主人公が舞花で、ストーカーが隆之。もしそんな未来があるとしてそれを否定できないのなら、同じ言葉を言われないように先回りしてみようと。
結果、少し遠回りな告白になってしまった。
自分がストーカーであるところを隠して、隆之は舞花に説明した。
『なんでそんな……ああ、もう。分かったよ、そういうことね』
「はい。無事成功して、その言葉も回避し、結ばれることができました。――それに、あの後舞花さん、電話で告白してきたじゃないですか。もし本当に過去の俺がいる貴女の相手をしていたなら、話伝わっているわけがないじゃないですか」
『あ? あ、あー……』
舞花の脱力した声に、彼の目元が緩む。
もし弟の隆弘が見ていたら「お、珍し」と携帯で写真を取ることを試みているだろう。
『……まあでも確かに、そうされたほうがよかったかも』
隆之は、舞花が素直になれないことを知っている。傍にいて話していれば、ただ性格が悪いと勘違いされるだけで、性根が優しいことを分かっている。
舞花も自分の悪癖が故に、別に可能性がない未来でもないことを理解しているからこそ、いつものように八つ当たりなどせずにすんなりと受け入れた。
『……あ、それと、明日、何か用事あったりする?』
「クリスマス・イブ、ですね。デートのお誘いですか?」
『で、……別に、明日『タイム』の映画見に行くから、来るかって聞こうとしただけ』
「はい。初めてのデートがクリスマス・イブって、凄く嬉しいです」
『……まあ、デートでもいいけど? というかお前、クリスマス・イブ直前に告白してきたけど、断られたらどういうつもりだったわけ? わざわざこの日にしなくても』
「ああ……。実はクリスマス・イブは翔たちとパーティする予定だったんです。有野というやつの家で。だからフラれたらそこで自棄酒……は、無理ですけど、そこで吹っ切れようという算段でした」
『成程、ね。でもいいの? そっちに参加しなくて』
「予め成就したなら遊びに誘い、そっちは断る予定でしたので、問題ありません」
『あ、そ……』
「心配しなくて大丈夫です」
『は? 心配してないし、確認しただけだし』
そう言いながらも動揺したのか、電話口から小さな悲鳴が聞こえた。何かにつまずいた、または何かに当たったのだろう。
そそっかしく、意地っ張りで、気が強い。
でも。
寂しがり屋で、優しくて、加護欲そそる。
そんな彼女の姿が好きで、好きで。
愛していると言ったら引かれるだろうか。
それでも、翌日。
一緒に過ごせるなんて思わなかったからプレゼント用意していないと、恥ずかしそうに、ついでに買い物も行こう、だなんて引き留められて。
そこでこの思いを伝えてしまっても、自分は悪くないと考える。
だからこの病的な執着も、彼女が手の内にいる間は潜めていよう。
ただし――逃れようとするなら、それこそ何をするか分からいけど。
前を行く小さな体を包むように抱きしめた。