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クリスマス三日前の魔法  作者: タタラルカ
1/4

本編

殴り書きです。ささっと書いたので文章が荒いです。


 当日から三日前に迫れば、あたり一帯はクリスマスカラーで一色だった。

 近くで一番大きなデパートに入れば、洋服から食品まで年末セール三昧。きっと、もう福袋の準備もしていることだろう。

 エスカレーターで三階へ行き、本屋へ行く。今日発売される有名な作家の新刊に用があるのだ。

 入口で何かの賞を取ったと大きく取り上げ、専用のコーナーに置いてある一つの本を取った。目移りしないようにまっすぐレジへ行き会計を済ませる。

 渡された青い袋の中の表紙を覗き込みながらクレープ屋に歩いていると、ふと頭上から影が落ちた。

 顔をあげると、人。


「舞花さん」


 顔を上げて、舞花は瞠目する。

 知り合いの男は、不明な言葉を続けた。


「一昨日に、来ました」


 沈黙。

 理解できない言葉が右から左に流れていき、すると耳にしたはずの声が何を言っていたか、完全に忘れてしまった。

 見合っている二人をお構いなしに通りすぎていく他人の声を背景に、目の前の相手は更なる爆弾を落とし、舞花の正常な鼓膜を貫く。


「舞花さん、好きです。俺と付き合ってください」


「………………は?」


 漸く出せたのは、間抜けな一文字だ。

 そこから少し経って舞花がしたことといえば、握った右手の拳で、動かぬ無表情を歪ますことだけだった。



     ******



 舞花には弟がいる。翔といい、とても仲のいい親友がいて、部屋に連れ込んで遊んでいる声をよく聞いていた。響く低音を妙に覚えていたのだ。

 無愛想だが顔がよく、泊まりに来ていた時は母親がはしゃぎまくっていて、その姿に悪態をついたこともある。愛嬌があるわけでもないのに、弟がいない少しの間に話しこんで、今では当たり前のように挨拶をするくらいの仲だ。


 というのも、それは舞花が挨拶をし続けたからである。

 相手に一目惚れしてからというもの、弟の親友に素直にアタックなどできない彼女が、唯一できることだったからだ。

 告白する勇気もない、しかしもうすぐクリスマスだから早めに思いを伝えたい、あわよくば恋人として共に過ごしたい――――そう思いながら何もできず、ずるずるとクリスマスの三日前にまで経過。


 しかしこの結果は舞花も予想しなかった。

 舞花に告白して来た男こそが、弟の親友で片思いの相手である、隅田隆之だなんて。

 その上とんでもない爆弾を落としまくるなんて。


 目的の場所であったクレープ屋の前。ただ予想とは違い、白色のテーブルで甘味を待っているのは、舞花だけではなく隣にもう一人。隆之はクレープ屋にいる男自体が浮くのと、その容姿が相まって、近くにいる舞花が縮こまるほどに注目を浴びている。

 ただし距離を置いてチラチラと見ているだけだが。


 爪でテーブルをコツコツと叩く。


「……つまり、お前は未来から来たと?」


「はい」


「告白して言われた言葉通り、一昨日に来てみた、と?」


「はい」


「………………冗談を言うようなやつじゃなかったと思うんだけど……」


「本気です」


 奴は真顔で言った。


 休日に来た所為でクレープ屋は女性客が並び、注文するまで時間がかかった上、できるまでも待たないといけないため、自然にその時間で二人は話し合うことになった。


 それは、意味深な言葉があったが特に気にせず「どうしたの、急に」と問うた舞花に、隆之が「いえ、急ではないです。明後日に一度告白しました」という答えが返ってきたことから始まった、尋問。


 曰く、隆之は一度、三日後であるクリスマスの日に舞花に告白して、玉砕したらしい。

 曰く、その言葉が「一昨日きやがれッ」だったため、どうにかして過去の一昨日である今日にタイムスリップしてきた、らしい。

 曰く、言われた通りにすれば恋人になれると思って行動し、今に至る、と。


「お前は私のこと、好きだったんだ?」


「はい」


「さっきからハイハイ煩いんだけど」


「……ごめんなさい」


 背もたれに体重をかけ、自然に上を向いた顔を手で覆う。

 にやけはじめた口元を精一杯への字で固定する。


 ――嬉しかった。

 両想いだったことが分かり、しかもそれが相手からの告白で分かった、ということだ。

 しかし、同時に――怒りが湧いてくる。

 舞花は自分の意地っ張りな性格を嫌悪している。できるだけそうならないようにしよう、素直になろうとは思っているが、思ってできているなら苦労なんてしていない。

 そして、まさかそれが……告白された時にまで発揮された、だなんて。


 溜息を吐いて、肩を落とす。

 ピピピッという音を聞いて、クレープができたという呼び出しに応じて席を立つ。

 きょろきょろとまわりを見渡す店員に近寄って商品を受け取れば、即座に振り返って隆之の元へ戻る。

 何かを決意したようなキリッとした表情に、嫌な予感がした。


 また爆弾を落とされそうな気がする。

 怯えを悟られないように眉を寄せて席に座れば、力が入っていたのか握っていたクレープが潰れそうになった。


「舞花さん」


「……何?」


「俺、フラれたけど、一昨日に来てみせました」


「そうだね」


「もし、少しでも可能性があるなら、いつでもいいので、お返事ください。それまでは今まで通りにしてほしいです」


「それまでは、って……もし、それでフラれたらどうするわけ」


 泣きそうな顔。

 ああ、いや、そんな顔をさせたいわけじゃないのに。


「今まで通りは、正直、キツイです。……それじゃあ」


 言いたいことだけ言って去って行った。

 未だに落ち着くことが出来ないで、予約その場から離れたのは、注目を浴びていたことに気付いた数分後だった。



     ******



 舞花が家に帰ると、何も知らない翔がいつもの調子でお帰りと言ってきた。八つ当たりと知っていて睨んでも、一度首を傾げた後、興味なさげにゲームへと向き直った。いつもの態度に対して、これくらい特別不思議というわけでもないのだろう。

 その、いつも気にしない事実が、痛い。


 自分の部屋に入れば、まず鞄を机の上に置き、服を着替える。

 精神的にも身体的にも疲れベッドに体を預ければ、シーツが温もりで歓迎してくれた。睡魔の誘いを受けいれそうになりながらも、必死に意識を繋ぎとめる。


 好きな人と両想いだと知った幸福感はなかった。

 ただ、自分が一層嫌いになっただけだった。


 そして思いつくのは――自分から告白しなきゃいけない現実。返事をくださいというのは、そういうことだろう。どうしてあんな回りくどいことをしたのかは不明だが、アレも隆之なりの告白の仕方なのだろうと舞花は考える。愛情ならば、愛情で返そうと思うのだからこそ……今まで先送りしてきたものが目の前まで迫ってきて、ストップをかけることができない。もう三日後にはクリスマスで、当日を共に過ごせたらと何度だって想像してきた。


 頭でひいていた枕を腕に抱く。

 隆之を密かに思想する内心、――暫定としていた自分の中のタイムリミット、クリスマス・イブを直前に、舞花は酷い自己嫌悪と高揚感に包まれている。

 何故こんなことになったのか、いやチャンスだ、と――耳に囁く幻聴。


 と――、突然、けたたましい呼び声と聞きなれたアルトボイスが鼓膜を刺激した。

 扉の向こう、舞花の弟である翔が声を張り上げ、同時に携帯電話が持ち主にメールの受信を知らせる。


「姉ちゃん! 姉ちゃん、姉ちゃん!」


 不機嫌なのか少し低い声で繰り返す翔に、眉を寄せた舞花がのろのろとベッドから出て、いまだ煩い音を立てる扉を開いた。


「なに?」


「さっき、タカが来た。明日迎えに来るってさ」


 タカ? 疑問符を飛ばしたあと、脳裏に隆之の顔が思い浮かび、彼のことだろうと確認せず納得する。


「姉ちゃん、タカと知り合いだったっけ?」


 電話か玄関で、かは、舞花が知る由もないが、その伝言を教えにきたのだろう。中断されたらしいゲームを片手にそう翔が聞けば、また疑問符を飛ばす羽目になる。


「何言ってんのよ、お前が何回も連れて来てるじゃない」


「アレ? そうだっけ?」


 それ以降は面倒臭くなったのか、翔はちゃんと伝えたからな、とだけ言って一階のリビングへと戻る。

 舞花も部屋に戻り、先程と同じようにベッドへもぐってから――その場で考えていたことと、弟からの伝言を思い出し、ばたばたと足を上下させたのだった。


 そして。

 思い至る。


「そ、それって明日までに告白しろってこと!?」



     *****



 悩み過ぎてあまり眠れなかった。

 翌日、午前五時という、携帯の目覚ましが騒ぎ出す前に起きてしまった舞花は、頭の隅に置いていた昨日の翔からの伝言を思い出し、二度寝をすることもできず、一階へ洗面をしに降りる。

 洗面所で用を済ませてシャワーを浴び、自分の部屋で着替える。その時、時計は六時半を示していた。

 早く起きたのは却ってよかった。翔からの伝言に時間の指定はなく、それに悩まずゆったりと対人の準備ができたのだから。

 クリスマスが近いのに仕事の姉に弁当を作るため、この時間に母親も起きており、朝食も既に済ませている。

 寝転がっても大丈夫な服で、自分の部屋でゴロゴロしながら、その時を待った。


 それから暫く経ち、舞花が迎えの彼と家を出たのは、その四時間後だった。

 マフラーに顔をうずめる男を隣に、舞花が連れて行かれたのは昨日隆之と出会ったデパートだ。その片隅、エレベーターが三つほど隣接し、死角となる角から半分顔を出して、並ぶ店の前を通るその顔を見ていた。


 舞花は呆然として隣の彼を見つめる。

 その横顔はいつもと同様、無表情である。

 三秒前見開いた彼女の目に映っていたのは、隆之と同じ顔をした人間が、前日舞花が買ったものと同じ本を、レジへ持っていく姿だった。


「双子……?」


「一度でも兄弟の話をしたことがありましたか?」


 それはつまり――兄妹はいない、ということか?

 冗談だと思っていた説明が脳裏を駆け巡る。

 そういえば、そうだ、この隣の男が言っていただろう。

『フラれて、未来から来ました』――と。

 まさかと首を振るが、目線の先には『隆之』の顔。世界には同じ顔が三つあるというが、その内の一つに偶然会うわけがない。


「舞花さん、アレが『今』の俺です」


「あの話、本当だったの……」


「はい」


 あの時、きっと彼は真剣な顔をして話していたのだろう。しかし、常時無表情なため、真顔との区別ができず、判断もできないのだ。

 立ち尽くした舞花と、それに合わせて動かなかった彼。二人が完全に我に返った時、既にもう一人の隆之は移動し、二度と瞳に映ることはなかった。


 言葉が出ずに会話が不可能な彼女を、彼は近くの洋服店の前にあるベンチに座らせる。お互い無言での行動で、目にした通りすがりが眉を顰めて、その後興味をなくしたように目を逸らし何事もなく進歩していく。


 気が付けば舞花は自宅の部屋で携帯を目の前に置き、ベッドの上で正座していた。

 クリスマスを共に過ごしたいと思っていたのに、結局放心状態になって告白できず、しかしもう一度会ってそれの為に改めるのも……と考えていた時に、いい案を思いついたからだ。

 自分の口から言うこと自体が恥ずかしいのだが、顔を見なければその分だけ緊張が軽減するのではないかと思い至り、また電話で告白するという術にも、舞花の特に賢くもない頭で奇跡的に辿り着いたのだ。


 後はボタンを押す勇気が必要なだけ。

 いつも背を後押ししてくれている友人は、今頃祖母の家を大掃除でもしている頃だろう。

 緊張に震える手で通話ボタンを押し、――彼は三回目のコールを聞き終わらない内に出た。


『もしもし……舞花さん、ですよね?』


「……この電話を、私以外が使う方がおかしいでしょ」


『あ、はい、そうですね』


 舞花は溜息こそしなかったが、自分以外誰もいない部屋で隠す理由も見当たらず、あからさまに肩を落とした。分かりやすく、拍子抜けしている。

 マイペースに返事する声に、先程緊張しまくっていた自分が馬鹿らしくなり、だんだんと気分が軽くなっていく。


「いや、まあ、翔が使う時もあるかもしれないけど……」


『あ、一度電話してきましたよ、それで』


「え! いつ?」


『確か文化祭の時。舞花さんとはぐれたと……』


「…………ああ、あれ、って、あれは私がはぐれたわけじゃないのよ、翔がはぐれたの」


 分かりやすい言い分に、電話の向こうで声が笑っているのに気付く。

 二年前の弟の文化祭。母親が仕事で行けなくなり、お弁当を渡しにいくことになって、久しぶりに入った学校に並んで甘味屋を見て、暇ができて弁当を取りに来た翔が校内を案内すると言ってくれたのだが、弟の前でそれを見ていきたいと言うのが舞花にとっては恥ずかしく、そのまま余所見をしてはぐれた時があった。偶然お弁当と共に間違って渡していた舞花の携帯で翔が目的地にいる自身の友達に、そちらに舞花がいないかと、今彼女が彼と話している携帯で連絡したことを、嫌に鮮明に思い出す。


 そこから、暫くは他愛もない話をしていた。

 最後、母親に夕ご飯に呼ばれて、電話を切ろうとした時、漸く本題を思い出す。


『じゃあ、俺も勉強するんで……』


「ああッ、いや、ちょっと待って!」


『あ、はい』


「あの、あのさ、あのことなんだけどさぁ……」


 あのこと。曖昧な言いかたに、それでも彼は納得し、ああ、と声を漏らす。


『はい。……どうかしましたか?』


「どうかしましたか、って!」


 なんでもないような声音で聞き返され、カッとなった。

 緊張で体を強張らせていた自分が馬鹿らしくなり、つい怒鳴ってしまう。


「私はお前にどう好きって言おうか滅茶苦茶悩んだって言うのに、どうかしましたか、って何よ!」


 ――――赤面して八つ当たりし、何を言おうとしたのか、意味不明な言葉を電話で怒鳴って、うじうじ悩むのは言うまでもなかった。



     *****



 眉を顰めたままご飯を口内にかきこむと、同様の表情で翔が舞花に言った。


「姉ちゃん、どうしたんだよ」


「別に」


 あの八つ当たりぎみな告白の後から、舞花の機嫌はなおっていない。むしろ、またやってしまったと、自分への嫌悪感でより不機嫌になっている。

 深く興味もなかったのか、翔は怪訝に思いながらも、ふーん、と言っておかずを口に入れる。夕食時、母親は父親に運転させ、近くのスーパーへ買い物に行った為、その場には二人しかいなかった。

 イライラしている舞花はそんな弟の態度にも苛立って、いつもよりもぶっきらぼうになっている。


「っていうか姉ちゃん、タカとどこ行ったんだ? いつもは家でゲームしてるくせに」


「どこでもいいでしょ」


 ――それは、ふとした疑問だった。


「そういえば、何で隆之のことタカって読んでんの? 普通に隆之でいいじゃん」


「は? 何言ってんの、姉ちゃん」


 聞かなければ、それこそ未来にあるのは、天国か――地獄か。


「タカ、は隆之のことじゃなくて、隆弘のことだよ」


「………………え? たか、ひろ?」


「そう。え、知らないで会ってたわけ? 隆之の弟の、隆弘だよ。あれ、俺、タカからだと思ってたけど、姉ちゃんが隆弘に会ってないなら、伝言は隆之のだったのか? あの二人、一卵性の双子って、本当区別できねえよなあ」


 は? 双子? 隆之って兄弟いなかったんじゃないの? そもそも、え、弟? 昨日の伝言かタカから、って、タカは、隆之じゃなくて、隆弘? じゃあ、今日会ったのは隆弘ってわけ? でも告白してきたのは隆之って、あれ――。


 告白された時、()は一度でも名乗ったか?


 じゃあ、あれ、ねえ。

 舞花(わたし)に告白したのは、隆之と隆弘、――どっち?



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