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たおやかな狂える手に①

 列車から降りると、薄ら寒い空気が頬を撫でた。ホームに人はおらず、風の通りが良い。鉄の無機質な雰囲気がそのままその場に居座っており、緩慢に作業をこなす駅員たちの姿が目に付いた。平日の昼間だった。学院生は皆当然授業だし、それ以外の人々も皆、それぞれの形で時間を過ごしている。もちろん駅に人はいるけれど、それでも群れはない。人ごみの無い時間を選んできて正解だった。王立学院駅。学院にほぼ隣接するその駅は、大抵の場合学院生の利用する駅だ。そのまま建物を出れば長い並木道があり、その向こうにすぐ学院が目の前にそびえる。ウィルは大きな旅行鞄を肩に背負い、ふうと息を吐いた。

「さて、俺は寮に戻ろう。ほとんどの奴は授業中だから、しばらくはゆっくり休める」

「うん」

「なんだ、浮かない顔をしてるぞ」

「いや、会いたくない人が」

「誰? 師匠?」

「師匠なわけじゃない。ほら、寮で一緒になった子よ」

「ああ」

 ケイトリンの顔を思い出すと、嫌な気持ちになった。彼女が嫌いなわけではなくて、なんだか面倒だなって思ってしまった。どうしても合わない人っていると思う。もしかしたらそれが彼女なのかもしれない。それとも、あれこれ聞かれるのが嫌なのだろうか。自分でいろいろなことを彼女に教えたけれど、またきっと、何か私に尋ねてくるのかもしれない。それが、きっと面倒なのかもしれない。何を答えるべきなのか、そして、彼女が私に向き合おうとするとき、どのように応えればいいのか。間合いに取り方がわからない。彼女の顔は、頭の中で笑っている。

「師匠以外の人の話は、あまりお前から聞かないからなあ」

「師匠とは、入学の前から会っていないわよ。それに、これから会うつもりもない」

「そのうち顔を見せるべきだと思うけど……それより、そんなに会いたくないのか?」

「ケイトリンのこと?」

「そう。いいと思うけどな。友達じゃないか。仲良くしろよ」

「仲良く……友達ですらないと思うけど」

 駅のホームを下り、切符を駅員に渡して、そのまま大きなロビーを出た。そのまま学園の裏庭のような、広い公園に繋がる。ベンチがあり、並木道がすっと伸びて、学院の校舎へと続いている。朝と夕方は、通学のために駅を利用した学院生たちの列がここに出来上がる。今は、授業がない暇な生徒が少しだけいる程度で、すっかり開かれていた。入学してまだ一週間だったが、並木道の桜はすでに散っていた。そんな寂しげな道を、二人で並んで歩く。

「お前の口から、そういう風に人の名前が出ることが珍しいって言ってるんだよ」

「なんで出ちゃいけないのよ」

「いや、出ちゃいけないとは言ってないが」

「そんなに珍しいことじゃないわ。ヘイガーさんやアーニィさんの名前だって出したでしょう。そんなものよ」

「そういうことじゃなくて……なんていうのかな……」

 ウィルは唸った。

 ヘイガーさんとアーニィさんは、リーグヴェンの駅で快く送り出してくれた。一週間、何かと面倒を見てくださったし、きっと悪い人ではないのだろう――――表面上は。疑うことは悪いことなのかもしれないけど、今は保留にしているだけ。いつかもし、あの人たちのどちらかがハルカを殺したというなら……交わした言葉もお世話になったことも、全部忘れて、その前に立たなければならない。だから、特別に二人に大きな気持ちを持つべきじゃない。いつかまた出会った時、あの二人のどちらかが犯人として私たちの前に立つのでなければ、それでいい――それだけ……――。

 そうして戻ってきた私たちは、またそれほど間を置かずに北都ルクセルグへ向かう。そこには、ウルスラさんとステラさん――五年前、ハルカが殺された試験場にいた五人の生徒のうちの二人がいる。ことを急いでいるわけではない。けれど、早いに越したことはない。私が入学式であのような言葉を吐いた今、学院がどう動くかは分からない。それに、五人の話を聴いて終わりではないのだ。その後こそが本番。いったい誰が犯人なのか、誰が殺したのか、なぜ殺したのか――それを考えて、その上でどのように動き出していくか。それがどれだけの時間を要するのかわからないのなら、話を聴くなんていう前段階に時間を割くべきではない。都外研修はそんなに連続で行くことは出来ないので、一か月後、ルクセルグに向かう。

 つまり、その一か月間は授業に出て、本学院で静かに生活するということになるのだ。

「まあいいや。だけどアリサ、あまり目立った動きはするなよ。学院で一悶着は起こすな」

「わかっているわよ」

「わかってないな」

「信用がないのね」

「信用しているけど、信用はしていない」

「どっちなのよ?」

「穏やかに過ごせ。ケイトリンちゃんと仲良くしろ。それでいい」

「ケイトリンと仲良くしてたら、穏やかじゃないような気がするわ……」

「それで構わない。とりあえず一か月は、『普通』の学院生でいること」

「――……わかった」





 寮の部屋に戻ると、特に変わってはいなかったが、ケイトリンの側だけが異常に煌びやかになっていた。左右対称のような部屋は、真ん中でちょうど分断されたかのように左右で雰囲気がまるで違う。私が出かける時に荷物を置いた右側は、あまりにも使われておらず、準備段階がそのまま延長したかのような質素な感触。しかしケイトリンが使っているだろう左側は、机の上に教科書やペンが置かれていて、置物もある。ベッドの枕の横にはぬいぐるみがあり、その横には服が投げてあった。

「…………」

 まだ一週間だけど、それなりに馴染んでいそうだ。

 それでいい。

 あのような事件のことを話して、そのことをずっと思い続けてもらっても困る。忘れてほしい。知っていてくれるだけでよかった。だから、そのまま学院の世界に溶け込んでもらえればいい。ケイトリンは無関係で、ただ相部屋になっただけの人なのだから、きっと私たちのように深刻ではないし、私の悲しみも理解はできない。知らない人たちが笑って生きているのは、構わない。彼らに罪はない。ケイトリンは事件を知っている。だからって、彼女が事件を忘れて生きても、彼女を憎むわけじゃない。私が勝手に話したのだから……それに、巻き込みたいわけじゃないのだ。

「なんで彼女のことばっかり。むしろ忘れるべきなのはこっちじゃないの」

 溜め息を吐き、自分のベッドに倒れた。

 眠ろう。

 ここで眠るのは初めてだ。

 そのまま眠ろう。きっといつか起きる。授業は明日から出ればいいのだから……。

 私は目を閉じて、そのまま沈んだ。





 ――――瞬間、体を起こした。

「今のは……っ」

 窓の外は真っ暗で、部屋だけが明るく、明滅したような電気の光が目に刺さる。

 それよりも今、何か大きな音がしたような。

 それに、ちょっとだけ揺れた。

「何かあったのかしら」

 ケイトリンは戻っていないようだ。何も変わっていない。時計に目を向けると、午後七時。生徒たちは食事をしている頃合いか。だとしても、今の大きな音は……魔法の音でありえない、寮にまで聞こえるなんて、どれだけ大きな学校だと思っているのか。かなり大きな衝撃だったのは間違いない。何かが吹き飛ぶような、重たい物が弾け飛ぶような、そんな音だった。

 量を飛び出して、校舎側を見ると、多くの人が同じ方向に走っているのが見えた。何かあったのだ。私も同じ方向に向けて走り、途中で一人、同じように同じ場所に向かっている人に問うた。

「あの、何かあったんですか?」

「爆発があったらしい!」

「爆発? どうしてですか?」

「さあ……だけど、すごく大きな音だったな。魔法によるものとは思えないが」

 眠気はとうに吹き飛んでいた。方向的に、校舎の東棟――入学してまだ少しだから場所に疎いけれど、そちら側はわかる。そっちは演習場がいくつもある――つまり、ハルカが殺された屋内演習場が立ち並んでいる方向だ。まさか、また誰か――嫌な想像をして、すぐに振り払い、そちらに走る。しかし、演習場のある方ではなく、演習に利用する器具が置かれた倉庫に人だかりができていた。ほとんどがローブの生徒たちだ。謎の爆発を聴きつけ、駆けつけたのだろう。倉庫からは炎が上がり、煙がもくもくと同じような黒色の空に立ち上っている。私は息切れをしながら、その人の群れに同じように入り、何が起こったのか確かめるために、何度も背伸びをした。しかし、見えない。掻き分けて進もうにも人が多すぎる。私は少し下がって、息を吐いた。

 別に、こんなに急いでくる必要はなかったけど、でも、学院でこんなことが起こるなんて。気になるに決まっている。それに、炎――爆発――……倉庫だからよかったけれど、それでも、よかったなんて言葉は言えないだろう。私はしばらく、そんな煙と人だかりを見つめていた。生徒たちに指示をする先生の声が聞こえる。

 それからしばらくすると、校舎の方から、眼鏡を掛けた女性がゆっくりと歩み寄り、人だかりに避けるように言い放った。

「水気質の生徒は協力しなさい――」

 女性の言葉に、人だかりは避けるようにして道を開く。女性は眼鏡を持ち上げ、すぐに煙へと近付いた。

 あれは、まさか。

 クリスティン・ルルウ先生!

 入学式でも見たけれど、こんな風に間近で見るとは――私は、彼女を通すために開かれたことを利用して人だかりに近づき、うまく群れの前に出た。倉庫は未だに炎が上がり、煙も止むことを知らない。しかし、そこで前に出たクリスティン先生と数人の生徒――水気質の生徒たちが、炎に向かって水魔法を放った。生徒たちは煙に動揺して水魔法の精度が定まっていなかったが、クリスティン先生は――圧倒的な勢いで、片手から水の輪のような魔法を繰り出し、炎に直接ぶつけていた。炎はすぐに力を失い、やがて鎮火する。生徒たちの手伝う幕はほとんどなかった。先生は近くの生徒に、幾人か先生を職員室に呼ぶよう伝えた。精悍な佇まいだった。感心する生徒や胸を撫で下ろす生徒たちの間で、私は一人、彼女を見つめていた。

 クリスティン・ルルウ。

 パーシヴァル学院長の補佐……ほぼ学院の上層部で、パーシヴァルの次に権力のある人だ。事務的なこと、会議のまとめ役などはほとんどこの人がやっているんだろう。ターナーさんの手紙でも、そういったことはよくわかる。もちろんあの事件の話も――……知っている。その場にいた。そして、ハルカの死体の炎を消した。今、目の前でやってみせたように! あの水魔法で、ハルカの死体から上がった炎を消したのだ。彼女をじっと睨む。まったく表情を崩さない。とても凛々しくて、一つ一つの行動にそつがない。指示をし終えた。その次、その次……そんな風に、状況が見えている。そんな心地がする。私の周りの人だかりも、そんな彼女の行動を見終えると、少しずつ散っていった。私だけが、その場にずっと、止まっていた。

 あなたは何を知っているの。

 パーシヴァルとあなたは、いったい何を企んでいるの。

 ハルカの死を隠蔽して、何を――。

「あれっ、アリサちゃん!」

 名前が耳を通り、そちらに目を向ける。

 そこには、ケイトリンが数人の女の子と一緒に立っていた。彼女はその子たちに少しだけ話をすると、手を振って別れ、こちらに近づいてくる。私は突然のことで、少し狼狽した。ちらっとクリスティン先生を見たが、すでにやってきた他の男の先生と相談し、いろいろなことを話している。しかし、そんな考える時間を削るように、ケイトリンは私の両手を掴んで、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「アリサちゃんおかえりっ! 帰ってたんだね!」

「ケイトリン」

「いつ帰ってきたの?」

「お昼頃」

「なーんだ。一度部屋に戻ればよかった」

「あなたは、変わらないわね」

「何言ってるのアリサちゃん、まだ一週間しか経ってないよ」

「そうね。そうだったわ……」

 言葉が繋がらない。

 やはり、苦手だ。

 彼女は嬉しそうに笑っている。

「さっきの、怖かったねー」

「さっきのって?」

「爆発だよ。見てたんでしょう?」

「いいえ、部屋で寝ていたわ。爆発の音で飛び起きたの。それで、走ってきて……」

「そうなんだ。私もね、友達とご飯食べてたの。そしたら、あの大きな音でしょ? びっくりしちゃって、皆見に来たの。倉庫がすっごく燃えてて」

「いったい何があったの?」

「わからないよ。突然爆発したみたいだね」

「どうして爆発したのかしら」

「わからないなあ。誰かが間違えて、魔法を撃っちゃったとか?」

「それで、あんなに大きな音になるの?」

「確かに……でも、もう火は止んだし、怪我人もいないみたいでよかったね」

「どうして突然、倉庫が爆発したのかしら。意味もなく爆発した……?」

 意味もなく爆発するはずがない。本当に、誰かの魔法の誤射のはずがない。それなら、あんな大きな音はしない。じゃあ、何が爆発した? 倉庫は、確か演習のための器具が置いてあるはずだ。魔法射撃のための的、魔法浮遊――魔法を下に撃ち、その反動で空中に飛び上がる技法――のためのマットやそのための台……他にも多くの器具はあるけど、炎が上がるようなものはないし、まして爆発するようなものはない。だったら、なぜ……。

「アリサちゃん、顔が怖いよ」

 ケイトリンが不安そうな顔をした。

「えっ、あっ……ごめんなさい。ちょっと、考え事をしていて……」

 ウィル以外の人には、そんなことは言われない。

 言われ慣れていない……。

「アリサちゃんは今日帰ってきたんだよね。疲れてるんだから、もう帰ろう?」

「さっきの友達はいいの? 一緒にいたけど、そちらに予定があったんじゃないの?」

「ないよ。もうご飯は食べたし……それに、アリサちゃんとの時間も大事でしょう?」

「たかが相部屋程度で、そんな大げさな」

「まあ、細かいことはいいのっ。帰ろっ! もうねー、一週間一人で過ごして寂しかったんだからぁ」

 彼女に手を引かれて、部屋に帰った。

 長いこと、誰かと手を繋いでない。

 誰と繋いだろう。

 わからない。





 

 部屋に戻ると、ケイトリンはシャワーを浴びた。一緒に入ろうと言われたけど、やめておいた。彼女と入れ替わりにシャワーを浴び、部屋で向かい合って話をした。私には、彼女のために用意できる言葉がなかった。ウィルと話すのとは、全然違う。この五年間、私は誰と話したのだろう。ウィルや、師匠。それくらいだろうか。小さな言葉なら、きっと多くの事を話した。誰かとすれ違いに、または、さっきの爆発の時に話しかけたあの人みたいな、小さな言葉の応酬なら、少しはあっただろう。けれど、こんな風に、誰かと向かい合って、その空間を共有して話したことは、きっとウィルや師匠以外にいない。だから、慣れていない。彼女にいったいどのような言葉を返せばいいのか、どれが正しいのか、迷う。答えることはできる。けれど、それでいいのかはわからない。私とは、生き方が違う。そんな感触が、やはり歪みを作っているような気がして。

「アリサちゃんは、特待生なんだよね。すごい。私はさっぱりだな」

「別に、一年生なんだからさっぱりでも普通よ。私が他の人たちと違うだけ」

「どうやって勉強したの? 魔法も」

「師匠がいるのよ」

「師匠?」

「そう。詳しくは話せないけれど、五年間、その人のところで修業をしたの……」

「へえ。すごそう。こう、ひげをはやした仙人みたいな人かな?」

「残念ながら違うわ」

「そんなすごい人がいるなら、ヘヴルスティンクで先生をやればいいのに。アリサちゃんみたいな人に育てられるのなら、そんな先生がいたら百人力じゃない? ここにいる先生方より優秀かも」

「あなた、私の魔法を見たことないでしょう」

「ないけど……でも、まあすごそうっていうのはわかるよ! それに」

「それに?」

「なんでもない」

 ケイトリンは、たまに目を逸らす。

「……もしかして、事件のこととか、そういうことから話題を逸らそうとしている?」

「そっ、そんなことはっ、ないよ!」

 彼女は慌てて、手をわたわたさせる。

 こちらに言葉を投げ掛けられてばかりで難しいけれど、こうして気持ちを察すると、慌てるのか。とても表情に出やすい子だ。ウィルとは違う。……何事も、ウィルを基準にしているのはどうなのだろう。けれど、それだけ私が、ずっとずっと、誰とも関わってこなかったということなのだ。ケイトリンは、えーとえーと、と言葉を探している。

「わかりやすいのね」

「……だって、あまりいい思い出じゃないんだよね?」

「そんなに悩ましい? やっぱり、あなたには話さない方がよかったのかも」

「そんなことないよ。話してくれて嬉しいって思うけど」

「けど?」

「気を遣っちゃうなあ、なんて」

「さっきは、なんて言い掛けたの」

 ケイトリンは、苦笑いする。

「きっとお兄さんを亡くしたから、そのために頑張っているんだから……きっと魔法は強いんだろうなって」

「ふふ」

「なんで笑うのぉ」

「あなたは優しいのね、ケイトリン……」

「うーん、そうなのかな」

「事件のこと、私が話したこと、きっと言い触らしたりしてないでしょう?」

「当たり前だよ。話すわけないもん」

 ――『別に、お前が話したいと思ったんなら、それでもいいさ。他人に触れ回ったりするような子じゃないって、お前も判断したんだろう』――そんなことを、ウィルが言っていたような気がする。そのような確信はあまりなかったけれど、本当にそうだったみたいだ。きっと真面目な子なのだ。私のことを考えてくれている。元気で明るいけど、きっと賢い。

「ありがとう」

「……私に、何かできることはない?」

 ケイトリンは、不安そうに尋ねた。

「ないわ。逆に、あっても頼まない」

「どうして?」

「あなたを巻き込みたくないし、それに」

 窓の外を見る。

「無関係な人が、関わっていいことじゃない」

「アリサちゃんとは友達だから無関係じゃないよなんて言ったら、怒る?」

「どうして?」

「だって、本当に無関係だもん私」

「……やっぱり話したのがあなたで、正解だったわ」





 一緒に寝ようよとせがまれたけれど、結局ベッドは別れて寝た。

 私は布団に入り、電気を消す。

 部屋は暗くなる。

 しかし、眠れなかった。

「――アリサちゃん」

 ケイトリンの声が、暗闇の向こうから聞こえる。

「さっきは無関係だって言ったけど、でも、本当に、ほんとのほんとに、力になりたいって思ってるよ」

「そう……」

「アリサちゃんにしてみれば、お兄さんに会ったことないし、事件のことなんて知らないで、幸せに生きてきた、頭の空っぽな奴って感じかもしれないし。それに、さっきもずっと話してたけど、本当はアリサちゃんが私のこと、うっとおしいって思ってないかなあとか、ちょっぴり不安だったりもして」

「そんなことないわよ」

「うっそだあ。苦手だって思ってるでしょ」

「そうね、苦手だわ」

「やっぱり」

 暗いから、顔が見えない。

 でも、ケイトリンは笑っているんだろう。

 それでいい。

 苦手だなんて本音で話している自分に驚く。こんなの、望んでいなかったはずだけど。

 急に冷静になる。

 学院でのことなんて、そしてそこで出会う人なんて、どうでもいいとは思っている。ハイブリッドを殺して、いつか学院を潰す。そんな学院に通っている人たちの様々な想いも、その目的のために、最終的には砕くはずだった。学院を潰すということは、そこに通う彼ら彼女たちのいろいろな道も潰すということだ。だから、こんな風に、誰かと仲良くしても意味はないと、わかっていたはずだし、今もきちんと理解している。

 私は仰向けのまま、暗闇を見据える。

 ケイトリンはそのこともわかっている。

 けれど、なぜ私と仲良くするのだろう。

 私も、彼女と繋がってしまって、何を考えているんだろう。

 知り合いになったから、こんな風に。

 それでいいのだろうか。

「でも、本当に悩んでいて、自分じゃどうしようもなかったら、話してね」

 ケイトリンは優しい声で言う。

「アリサちゃんがアリサちゃんのことを話してくれて、私、とっても嬉しいって思ってるからね」

 どうしてそんなに、優しいの。

 なんて人と、同じ部屋になってしまったのだ。

 私が私一人で生きていないということを、どうしてこんなに意識させるの。私は、犯人を殺して、学院を潰す。そのために生きてきて、それ以外のことは要らないと決めつけて生きてきたのに、彼女と話していると、それだけのために生きていくことなんてできないのかもしれないって、思ってしまう。自分以外にも生きている人がいて、私に関わっているということを思い知らされる。こんな風な人もいる。私の領域に踏み込んでくる誰かがいるのだと、予想すらしていなかった。世の中には、多くの人間がいて、そんな風な人がいることだって当たり前なのに。

 本当に、なぜケイトリンと同じ部屋になってしまったのだろう。

 いちいち、私を動揺させて。

「私……あなたのことが嫌いよケイトリン」

「…………」

「寝ているの?」

 返事がない。

 息を吐いた。

 彼女はきっと、誰にでもそうなのだ。

 何をしてるんだ、私は。

 馬鹿ね。

「おやすみなさい」




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