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奇跡なす者たち⑤

 私は、自分の手のひらを静かに見つめた。

 以前の私の炎は、業火だった。

 復讐のために炎を磨き、殺すために炎を宿した。この炎は、確実なまでに敵を薙ぎ払う術だった。私の炎が燃え盛るように滾ることが、私のひとつの誇りだった。けれど今――私の手の内にある炎は、柔らかな温もりを宿していた。それは燃え盛ってはいた。しかし、赤色の中に金色が混じり、まるで道を照らす灯りのような、強い輝きを持った、揺らめきのような炎だった。強い、鼓動のような炎。漲る力。

 私はウィルに駆け寄る。彼は傷だらけで、立ち上がれないほどだった。

「ウィル!」

「……ったく、心配させんじゃねえよ」

「…………ありがとう」

 傷だらけでも、ウィルは、笑っていた。

 私は涙が出そうになった。

 この、窮地に立たされても決して折れない強さ。笑っていられる精神の気高さ。私だってずっと聴こえていた。そして、ずっと助けられてきた。ウィルの微笑みに、ウィルの声に。私は、まだ泣くまいと唇を噛み締めると、そっと彼に寄り添うと、弱くした炎で、彼を温めるように照らした。――彼の傷は、穏やかに癒えた。

「……アリサ、お前、治癒の気質が?」

「――そう、みたい」

 炎だけではない。私は自分の中に、様々な色の力を感じた。ハイブリッドの闇を乗り越えて、何かを会得した、のだろうか。もしかしたら『彼女』が私に手を貸している? 理由はわからなかった。けれど、間違いなく私の力であることに間違いはなかった。赤色と金色の炎。癒しの炎だ。それと同時に、私の想いに応えてくれている炎。ウィルはゆっくりと立ち上がる。

「積もる話はあるが……また、後で、だな」

「ええ――」

 私は炎をゆるやかに弱める。

 ウィルは並んで、正面を見つめた。

 そこでは、まだ、不気味に微笑んでいる男がひとり。

 ハルカ・フレイザー。

 ……ハルカだ。

 私の兄。

 何もかもの始まり。







「やあアリサ。無事で何よりだ、ぼくは嬉しいよ」

「…………」

 片手をあげて、まるで挨拶をするように言った。

 あまりにも。

 あまりにも、変わらない。

 変わっていない。

 私はハルカに闇に落とされ、正気を失い、闇の中で黒い私となり、彼と共に在った。彼と会話し、彼と共に戦い、彼と共にハイブリッドとしての役目に走ろうとした。そのとき、ハルカと確かに会話をしていたというのに――今、この瞬間こそが、五年ぶりの再会のように思えた。ずっとずっと願い続けた再会。もう絶対にありえない。叶うことのなかったはずの再会。だから、ずっとずっと嬉しいことだった……はずなのに。私の心は、ずっと穏やかで、揺らがなかった。

「ハルカ……久しぶり、ね」

「ああ。アリサ。ぼくはずっと会いたかった。この五年間、お前のことを忘れた日などなかったよ」

 ハルカの笑顔は変わらない。

「アリサ、気を付けろ。あいつ、心に入り込むような嘘を吐くぞ」

「わかってる。大丈夫。でも、少しだけ話をさせて」

 五年前のままの、ハルカだ。ハルカは、学院の入学試験で死んだことになっている。あのとき、十五歳。それが五年前の話で、もしそのまま五年の時を経ていたら、ハルカはもしかしたら、もう少し背が伸びていたのかもしれない。顔も大人びて、声も少しだけ変わっていたのかもしれない。眼差しも、少しだけ落ち着いていたのかもしれない。

 ――でも。

 今、目の前にいるハルカは、あのときのままだ。

 私が最後に見た。

 しっかりと目に焼き付いている、入学試験のために家を出た。

 あのときのハルカのままなんだ。

 でも、あんな風に、黒髪じゃなかった。

 あんな風に、目は黒くなかった。

 眼差しは、もっと優しかった。

 アリサって。

 そう呼んでくれる声は、もっと温かかった。

 今、そこにいるハルカからは、温もりを感じない。

 優しさも。

 想いも。

「ハルカ…………どうして、父さんと母さんを殺したの」

「それは、ウィルの推理の通りだよ。ぼくはね、アリサ、お前の覚醒のために、父さんと母さんを殺したんだ」

「それだけの、ために」

「そう。でも、失敗した。お前のせいだ、アリサ」

「…………」

「お前がぼくの計画を邪魔したから、父さんと母さんの死は、無駄になったんだ」

 父さんと、母さんの死。

 その上に、私の覚醒はあった。

 殺戮のための覚醒。

 でも、それは失敗に終わった。

 今、私は正気に戻って、ウィルの隣にいて。

 自分の炎を宿して、ここに立っていられる。

 それは、ハルカにとって失敗で。

 父さんと母さんが死んだ意味が、無くなった。

「父さんと母さんだけじゃない。これまで、ぼくはお前をハイブリッドとして目覚めさせるために、たくさんの手を打った。たくさん人が死んでいった。ウィルの父親、ターナーもね。いろんな人が苦しんだ。そうして、やっとお前はハイブリッドとして目覚めることになった。でも、それももう終わりだ。どうしてくれるんだい? たくさんのひとが、お前のために、消えていった。どう責任を取る。無駄に死んでいった。お前が、そんなひとたちの死を、台無しにしてしまったんだよ」

 何のために、皆いなくなった。

 誰のために。

 私のために。

 誰も彼も、いなくなってしまった。

「それで、ぼくを倒して、お前だけ幸せになるって言うのか?」

 遠くへ。

 もう、手の届かないところへ。

「みんな死んでいったというのに」

 父さん、母さん。

 私はまだ、あの温かな世界のことを憶えている。あのときのままでいられたら、どれほど幸せだっただろう。例えいつか別れたとしても、あのような別れ方でなければ、私はもっと静かに穏やかに生きていたのだろう。理不尽で、不可解。そんな別れ方をしたことばかり。父さん、母さん。そして、多くの人たち。誰もが私の知らないままに、私の知らないところで、いなくなっていった。悲しかった。寂しかった。心が張り裂けそうだった。今も、その悲しみは続いている。

 でも。

 でも。

 だからといって。

 私は、そうだ、なんて言ってやらない。

「ハルカ。あなたはもう、私の好きだったハルカじゃない。それが例え偽りでも、最初からこんな風に殺戮を見据えての嘘だったとしても。私は幸せだった。あなたの妹であったことが、何よりの誇りだった。その誇りのために、私はここまで戦ってきた。でも――あなたは、私の好きだったハルカじゃない。だから、あなたの言葉は、何も響かない」

「ぼくはぼくだ。声も姿も同じだろう?」

「声も姿も同じだけど、言葉が違う。眼差しが違うわ」

「いつでも戻せるさ。お前が望むのなら」

「私はもう望まない。あなたは死んだの」

 ハルカは五年前のあの日、死んだ。もし、ハルカが生きていたら、それは嬉しかったかもしれない。でも、それは夢の話だ。私が望むのは、ハルカが蘇ることじゃなかった。生き返ることじゃなかった。もう私は「ハルカが死んだ」という事実の延長上を生きているのだ。だから、もうその線をなかったことにはできない。例え、今、目の前にいるのがハルカだとしても、ここまで歩んできた道や、知ってしまった真実までもが打ち消されて、あの日に帰ることができるわけじゃないのだ。

「あなたは、ハルカによく似た、別人よ」

 私はそう言い切った。

 ――ハルカはその瞬間、一気に距離を詰めて、私に剣で斬りかかった。

 咄嗟に、ウィルは私を突き飛ばし、左右に分かれる形でハルカの斬撃を避ける。ウィルは自分の剣を私に向かって投げた。投げられて向かってきた剣の柄を掴むと、やはりこちらへ向かってくるハルカの斬撃に対応する。ハルカの一閃を受け止め、鍔迫り合う。ハルカの剣は重かった。彼はまだ、涼しげだった。

「ぼくが別人だって? アリサと過ごした過去のことを、いくらでも話せるっていうのに」

「……………………」

「ぼくたちでヘルヴィニアの外に抜け出して遊んで、随分叱られたこともあった。父さんと母さんの帰りが遅くて、二人で探しに行ったこともあったね。二人を見つけるまでは帰らない、って、ちょっとした大冒険だ。王立警察に追い回されても、捕まるものかと逃げ回った。懐かしいね」

 私だって、そんなことは憶えている。

 ひとつひとつ、何度も反芻したからだ。

「けど、それは『あなた』との記憶じゃない」

 もう私の中にしかない。

 私の中だけに生きている思い出。

 鍔迫り合いの最中――ハルカの背後から、ウィルが風の球を叩き込もうと飛び上がった。その気配に気付いたハルカが、私との鍔迫り合いを離し、横に飛ぶ。ウィルの風の球は地面に炸裂した。粉塵が舞い、辺りが見えなくなる。隣に降り立ったウィルに私は目配せをした。私とウィルを取り囲むような、砂煙。

 ――私はウィルに目配せをした。

 感覚が、研ぎ澄まされる。

「ウィル!」

 私は叫び。

 瞬間、ウィルに向かって剣を突いた。





 ――ウィルはそれを、私の声を合図にして華麗に避けた。

 そして、私の剣は。

 粉塵の中で、ウィルに背後から迫っていたハルカに突き刺さった。

「――――ッ!」

 私は剣をハルカに突き刺したまま、風の魔法を剣越しに伝えた。激しい竜巻が剣を中心に回転し、吹き回し、ハルカは全身を大きく震わせながら吹き飛んだ。私の風で、周囲の粉塵は瞬く間に吹き飛び、視界が開ける。ハルカは、叫び声を上げながら地面に転がっていった。

「…………あなたがウィルを狙うことはわかっていたわ」

 土を全身に纏わせながら転がったハルカは、呻き声を上げてゆっくりと立ち上がる。自分の腹に刺さった剣を抜く。血が噴き出るが、ハルカは笑っていた。不気味なほどに。私は片手に炎を纏わせ、ハルカを睨んだ。

「痛いじゃないか。まったく、兄に躊躇がないね……」

「あなたこそ、私を妹だと言うなら、その妹の大切なひとに躊躇がなさすぎるわ」

 ハルカはこれまでもずっと、私を絶望させるために様々な手を打ってきた。それなのに、ここにきて突如、私を絶望させるのに最適な『ウィルを殺す』という手を打たないわけがなかった。だから、今、ハルカはウィルを狙うはずだ――そう判断するのは簡単だった。

「ウィル、大丈夫?」

 土埃を払いながら、ウィルを私の隣に並んだ。

「ああ、ちょっと危なかったけどな」

「ごめんなさい。でも、ウィルなら私がどう動くか、分かってくれると思ったから」

 私とウィルを互いに目配せをする。

 ウィルが隣にいてくれるなら、出来ないことは無い。

 そんな私たちを見て、ハルカは笑う。

「いいね、ますます壊したくなった――」

 ハルカは黒い火球を、こちらへ複数解き放った。それは真っ直ぐに、大きな熱量と速度を持って突っ込んでくる。轟音と共に迫るそれを、私とウィルは即座に、左右に分かれるようにして躱した。私たちの合間を縫って後ろへと抜けていった火球。――――だが、その火球は空中でカーブし、再び私たちへ迫ってきたのだった。火球が私たちを認識しているように、私たちを追尾し始めたのだ。

 その最中でも、ハルカは続けて火球を生み出す。

 複数、いくつもの火球が私たちを猛追する。

 躱して、躱して、避けて、飛び上がって、切り捨てる。

 私は自らの剣に炎を伝わせ、火球を切り捨てる。

 裂けた火球は――黒々強い液体となって地面に落下する。

 すぐ次が後ろから迫る。ウィルは風魔法を火球に叩き込み、その反動で後ろへと飛び上がるのを続けながら、いくつもの攻撃を避け続ける。どちらへ躱そうとも、確実にそこにいる。四方八方を囲まれたまま、が続く。それでも――見える。私は身をよじり、火球を切り裂き、あるいは視界の端にウィルに迫るものがあれば、それさえも斬り捨てた。自分の剣に金の炎を伝わせ、刀身よりも長い炎の鞭のように伸ばすと、迫る火球たちを一斉に薙ぎ払った。炸裂した黒い火球は、まるで水の入った風船が割れたように、黒い液体を吐き出しながら炸裂していった。

 その瞬間――目の前にハルカが現れる。

「――――――――」

 私はハルカの繰り出した剣の一撃に、炎の鞭を灯したままの剣で受けた。甲高い金属音が響く。ハルカもまた刀身に炎を伝わせる。黒い炎が、しかし炎というよりも生き物のように剣に伝い、触手のように蠢く。重い。だが、気圧されたとて後ろにはまだ火球たちが縦横無尽に走り回り、私へ再び近づいてくる。一瞬たりとも、動きを止めることはできなかった。

「ッ!」

 剣を受けた瞬間に、私は身をよじって、右足でハルカの脇腹へ蹴りを入れようとする。足を軸にして、再び回り込み、ハルカの上に高く上がり、ハルカの首元へ剣を叩き落した――が、ハルカは片手でそれを受け止めた。受け止めた手のひらから炎が噴き上がる。爆発的なそれが、反応した私の鼻先を掠める。

「アリサっ!」

 ウィルの声が響いた。

 私は空中で身体を回転させ、後ろから迫っていた火球を斬り落とした。

 そのまま回転して、再びハルカへ向き直る。ウィルの声だけで、彼が何を言おうとしているのかが分かった。ウィルはウィルで、自分を守りながら私の動きを見てくれていたのだ。――私の胸は熱くなる。だが、その熱に浸っている場合でもなかった。ハルカが私の前へと再び距離を詰めた。研ぎ澄まされているのか、私の反射神経が、すぐさまハルカの喉元へ剣を突き出す。しかし、私の剣先はハルカの首元を掠めただけだった。

 そして。

 ハルカの横首に生まれたかすり傷から。

 黒い液体が噴き出し。

 私の片腕に掛かった。

 その瞬間だった。

 私の腕に吹きかかったその液体が――燃え盛った。

「――――っ!」

 ハルカは。

 その肉体全て、血液までも、黒炎なのか。

 存在全てが、この世界を燃やし尽くすために在る。

 心も、身体も。

「消えろ、アリサ――――」

 ハルカの横一閃が私の喉元を過ろうとする。

 何もかもが、その瞬間、ゆるやかになった。

 私は、その横薙ぎを剣で咄嗟に受け止める。

 ハルカの邪悪な微笑み。

 何としても、この醜悪な炎によって世界を灰燼と化す。

 その意志のために生まれた。

 私も、その片割れ。

 少しだけ遅れて生まれてきた、ハイブリッド。

 一度染まったものを、取り戻すことを、許してもらえた。

 私はかろうじて、黒く染まらないままで、いられた。

 負けたくない。

 せっかく、戻ってきたのよ。

 ここに。

 アリサ・フレイザーに。

 だから、ここで――――。

 負けられるわけがない。

 私は、片手でハルカの斬撃を止めた。

 手のひらに、大きな炎を添えて。

 その炎の出力だけで、ハルカの剣を止めたのだ。

 そして。

 その炎が、ハルカの剣へと移り、その刀身を燃やし尽くした。どれだけの硬さと黒炎であろうとも、それらを全て包み、狂わせ、壊し尽くそうとした。ハルカの剣はついに灰となって砕け、霧散した。ハルカは微笑み、私の炎を避けるようにしながら、後ろと飛び下がった。いつの間にか、飛んでいた火球たちは消えていた。




 

 私はゆっくりと地面に着地する。

 その背後に、ウィルも降り立った。

 背中合わせ。

「アリサ、無事か」

「ええ、ウィルは?」

「俺も大丈夫だ、ハルカは――」

「……………………」

 私とウィルは、ハルカを見た。

 ハルカは相変わらず、笑っていた。

 異様な雰囲気、だった。

 ハルカの流れ落ちた血。あるいは、火球を斬り捨てたときに炸裂した黒い液体。それらが地面に滴り、広がっていた。地面はほとんどそのものの色を覗かせず、辺り一帯は黒々敷く染まっている。これらは全て、ハルカの血……? だとしたら――先ほど、その血は。

 次の瞬間だった。

 地面を満たした黒い液体が――次の瞬間に炎の渦となって、私たちの周囲を取り囲んだ。黒々しく、惨たらしい色の炎だ。そこには煌々と照るような輝きも、明るさもない。絶望的なまでの黒さ。泥のような、沼のような炎。光を何もかも飲み込み、跳ね返し、寄せ付けない。私とウィルは背中合わせになる。炎がドームのように天まで包む。熱が全身に伝わりゆく。

「何も見えねえな」

「ええ――――」

「どこから来る?」

「さあ、分からない」

 ウィルが笑っていることが、背中越しでも分かった。今の私の中には、様々なものが見える。鋭敏な神経が迸っているのが分かる。ウィルの息遣いすらも。こんなときでも、まだ笑っていられる。私が「分からない」と答えたとして、ウィルは何も変わっていない。私はその大らかさに安堵した。

「ウィル――――」

 私は右手を真横に差し出した。

「重ねて」

「…………」

 今の私には、全ての気質の魔法が使える。

 それでも。

 ――ウィルは何も言わないで、背中合わせのまま、横に伸ばした私の手に、そっと手を重ねた。私の小さな手を上から覆うように、守るように。私が今風魔法が使えたとして、ウィルのこの手に勝る力強さはない。私はただ、ウィルのその手の温もりを味方に欲しかっただけだった。そうすれば、私に怖いものはないのだと。

 ウィルに囁き。

 彼は私の言うとおりにする。

 ウィルの風魔法を、全力で出し切る――――。

 重ねた手を始点に、大きな風が、まるでハリケーンのように私たちを囲みまわり出す。強く、乱れながら吹き荒れ始める。重く、ねじ切るような威力の風。それでもハルカの起こした黒い炎の渦は、しぶとく私たちの周りを囲んでいる。重ねた手に、私は炎を迸らせた。ウィルの風と、私の炎。それらは『混じり合って』、より強く輝きながら黒い炎に立ち向かう。金色の炎は銀河のように、黒い炎の中を走った。

「綺麗な炎だな」

「ウィル、あなたの風のおかげよ。だから私は、まだ光を失わないままでいられた」

「それはこっちのセリフだ。アリサ、お前がいなければ、俺はずっと前に心を失っていたさ」

 私たちの起こした金色の竜巻が、高く高く、打ちあがっていく。塔のように上へ上へと、その高さを高めていく。風は強く、未だに威力を増していく。ウィルは魔力を使い切るつもりだった。――もう、私たちの銀河のような嵐に『横』から入り込むことは無理だろう。それでも、ハルカは私たちを殺そうとする。

 だから。

「ありがとう、ウィル」

 重ねた手を、私は離し――上を見上げた。私たちのいる竜巻の目に入り込むのなら、それは上からしかない。『上からしかない』から、そこにいる。私は地面に魔法浮遊の為の風を撃ち放ち、高く飛び上がった。塔のように長く空へと続く、竜巻の目の中を浮き上がり、打ちあがる。途中から炎を下向きに放ち、勢いをつけて飛び上がる。そして、――対峙する。

 金色と漆黒が入り混じった竜巻の真ん中で。

 ハルカは上から降りてきた。

 ハルカは竜巻の目の中をまるごと焼き払うように、黒い炎を撃ち放った。空洞を飲み込むかのような猛烈な業火が私に向かってくる。私はその黒炎に剣を突いた。剣にはありったけの炎を纏わせて、剣の先端に集中する。私の魔力を、一点に集中する。柄を握る手に、願いと、ウィルからもらい受けた温もりを込めながら。

 黒炎を貫く。

 穿ち、突き切る。

 私の剣の切っ先が、黒炎に真正面から衝突する。

 ――――重い。

 なんて、重いの。

 砕けそうなほどに重い。それは剣だけではなかった。

 心までもへし折ろうとする重さだった。ハルカの炎は、泥。濁流。沼、毒、そして闇そのものだった。飲み込もうとする意志に塗れ、圧し潰すような強靭さに満ちている。触れているだけで私の神経を蝕もうとする。寸前まで溢れていた意志をねじ切ろうとする。それらは私の剣の切っ先に、どれだけの魔力を込めたとしても、軽くなってはくれない。重い。折れそうなほどに、重い。

 でも。

 それでも。

「あああああああああああああッ――――ッ!」

 私は叫び、黒炎に刃向かった。

 私の炎を剣に込めた。

 喉が張り裂けそうに熱い。

 何もかもが熱い。

 でもそれは、黒炎に飲み込まれたからじゃなかった。

 自分の中の昂ぶり。

 想い。

 願い。

 それら全てがこの一瞬に燃え上がり、私のために燃え尽きようとしていた。その最後の輝きのための熱さだった。ここまで私にずっとついてきてくれたもの、私の力となってくれたもの。それらが私のために、燃え上がっていた。どうなってもいいわけじゃない。何もかも投げ出したわけでもない。私は今、生かされている。だから生きなくてはいけない。そのために、この一瞬だけは、負けられるわけがない。だから、だから全て。全て――――。

 この一瞬。

 この一瞬だけ。

 お願い。

 どうか、どうか、私の中にある全て。

 力を貸して。

 ここまで私と共にあった炎たち。

 今、目の前のものを燃やし尽くして。

 私のために、私を愛してくれたひとたちのために。

 金色と、漆黒が衝突し続ける。

 その中心で、私は金の炎を剣に纏わせ、突き上げる。

 突き進む。

 そして――――。



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