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探偵夜話 解決篇②

「順序を追って説明しましょう」

 ウィルは続けた。

「まず、ハルカ・フレイザーは自分の体に――というよりも、その場に思いきり強力な炎魔法を放って、自分の体を包んだ。それから、六人が退去するのを待つ。実際、クレイン先生は他の試験生だったヘイガーさんたちを別室に避難させました。それから、クレイン先生は彼らをそこで待機するように言い、水魔法も使えて試験監督を取り仕切っていたクリスティン先生に伝える。ここまではいいですね」

「あ、ああ」

 クレイン教師は絞り出した様な声で答えた。

「その後が問題です。クレイン先生はヘイガーさんたちのいる部屋に戻ります。一方クリスティン先生は、一人で、今まさにハルカ・フレイザーが燃えている試験場に向かった。そこでクリスティン先生は、炎の中で何事もなく生きているハルカ・フレイザーと邂逅したのではないでしょうか」

 頭の中に映像が浮かぶ。

 扉を開け。

 燃え盛る炎。 

 その中に。

 涼しげに佇む少年。

「さぞ驚いたでしょうね。雷気質のハルカ・フレイザーが炎の中で生きている。それから、ハルカ・フレイザーは炎を消して、クリスティン先生と話をしたのです。何か、取り決めのようなこと。あるいは、自分はハイブリッドだと名乗り、協力を求めた。こんな感じでしょうか」

 ウィルはクリスティンに目を向ける。

「『自分の計画に手を貸してほしい。そのために、自分は死んだことにしたい。代わりの死体を用意できないか』」

 クリスティンは何も言わない。

「――とまあ、こんな感じのことをクリスティン先生に持ちかけたのです。クリスティン先生はすぐにそれをパーシヴァル学院長に伝えた。ここで学院とハイブリッドであるハルカ・フレイザーが協力関係になった。そして、ハルカ・フレイザーを死んだことにし、代わりの黒焦げ死体を用意した……」

「そんなこと、ってまさか」

 クレイン教師は、クリスティンに疑いの目を向けた。

「で、でも、それって学院が『また新しく誰かを殺した』ってことになるじゃないか!」

「そうです。実際には、すでにあった黒焦げ死体をそのまま利用したのですが」

「すでに、あった?」

 ウィルは頷く。

「はい。ここで、その黒焦げ死体が誰なのか、ということを考えてみたいと思います」

「……黒焦げの死体が誰かなんて、そんなの誰でもいいんじゃないのかい?」ヲレンがそう言った。「だって、学院とハイブリッドが協力して、その、ハルカ・フレイザーは生きているんだろう? 死体なんてどこからでも用意できる。死体が誰かなんて考える必要あるかい?」

「死体が誰なのか、を考えるのは、別の展開を引き出すためです。これがいったい誰なのか、どのようにして準備されたのか。そのことを解明することが、今後の話においても重要なのです。もう少しご辛抱ください」

 ウィルは続ける。

「では改めて……少し話が逸れてしまいますが、ヘヴルスティンク魔法学院は、秘密裡にある計画を行っていたのです。――――人工ハイブリッドを作り出す計画です」

「人工……ハイブリッド?」

「ええ。学院の地下施設に才ある子どもたちを誘拐して収容し――彼らは『エンブリヲ』と呼ばれますが――過酷な環境下に置き、あらゆる魔法実験を繰り返していたのです。その実験に生き残り脱走したのが、メリアとハヴェンという双子なのです」

「それで、あの子たち……」

 ウルスラがはっとした。

 ルクセルグで、クリスティンとパーシヴァルが二人の子どもを捕まえるように学院生に命令を出した。それに加わったのはここにいる学院生で、全員が思い出したように息を飲む。納得と事実の受け入れに場が動いている。

「でも、それが……?」

「そうですね、話を戻しましょう。ハルカ・フレイザーの代わりに現れた黒焦げ死体が誰なのか。……実は、人工ハイブリッドを作り出すための地下実験で、子どもたちが何人も死んでいった、いえ、学院の非道な実験によって殺されていたのです。アリサはメリアから、このような話を聞いたと話してくれました」

 ウィルはアリサの言葉を思い出しながら、それを自分の声で再生した。

「『実験で死んでいく子どもを何人も見たよ。手錠で繋がれながら部屋を移動する時、水魔法を浴びせられ続けて溺れ死んだ友達の死体を見た。雷魔法で目をむき出しにして倒れた子も……炎魔法をあまりに苛烈に浴びせられ続けた所為で、真っ黒に焦げて、灰みたいな姿で死んでしまった子も……』」

 この話は、ルクセルグでアリサが二人の住まいに誘われた際に聞いたようだった。

 その言葉の中に。

 符合するものがある。

「まさか」

「ええ。ハルカ・フレイザーの代わりに学院長室に運ばれ、さも彼だと見せかけられた黒焦げ死体は、ちょうど同じ頃に炎魔法を浴びせられて死んだ、人工ハイブリッドの実験体にされていた子どもの一人なのです」





 その隙を縫うようにして、ヒストリカが怪訝な顔をする。

「待て、ウィル……そいつもおかしくないか。確か、メリアとハヴェンが誘拐されて実験が始まったのは、『四年前』だったはずだ。それでは時間が合わない。事件は五年前だぞ」

 そう。

 その通りだ。

 二人は四年前と語っていた。

 事件は五年前。

 もし事件で黒焦げ死体がちょうど同じ頃に炎魔法で死んだ子どもだというのなら、時間が合わない。一年もずれており、その子どもが死ぬのは、事件の一年後。死体を用意できるはずがない。だが、ウィルには考えがあった。

「確かに時間が合いません。ですが、四年前だと語ったのは、メリアとハヴェンだけです」

「なんだって?」

「ですから『実験が始まったのは四年前だ』と、二人は信じこまされていたということですよ」

「どういうことだ?」

 ウィルは先日、アリサと二人で地下施設に潜ったことを思い出す。

 壁際の、カレンダーの跡。

 四年前。

 五年前。

「いいですか。学院がなぜ人工ハイブリッドの実験計画を始めたか。それは、人工的にハイブリッドを作り出して、学院側の人間にしたいからですよね? しかし、それが四年前に始まったというのはおかしいのです。なぜなら『五年前にはすでに本物のハイブリッドが学院と手を組んでいる』はずだからです」

「あっ……」

 ヒストリカが小さく声を漏らす。

「気付かれましたか」

「そうか……ハルカは『五年前』に、クリスティンと二人きりになった際、学院と手を結んだ。学院はこの時、ハイブリッドの存在を自分の陣営に招き入れているんだ。それなのに、一年後にわざわざ大規模な計画をしてまで、また新しくハイブリッドを作り出すなんて面倒なことはしない」

「その通りです」

 ウィルは続けた。

「すでに学院側にハイブリッドがいるのに、また新しく人工的にハイブリッドを作り出すなんて無茶なことは普通しません。ですが『すでに学院側にハイブリッドがいる』という前提をなかったことにすれば、そのような計画を行っていたことはおかしくならない。つまり学院が実験計画を開始したのは――五年前の事件以前なのではないでしょうか。実験が始まったのがハルカと学院が手を結ぶ前だったとしたら、ハイブリッドは学院側にいないので、計画を始めていてもおかしくはない」

「待て。いくら推測で五年前の事件以前に実験が始まっていたなんて考えても、メリアとハヴェンは実験に連れて行かれたのは四年前だって言っていたんだろう? それなのに五年以上前ってどういうことなんだい」

 ヘルヴィスが問う。

 ウィルは、そう訊かれると思っていました、と言った。

「また少し話題が逸れてしまいますが、脱走して学院を憎んだメリアとハヴェンは、パーシヴァル学院長を狙ってルクセルグを襲撃しました。その際メリアは、仲間が死んだ日付をクリスティンに告げていたんです」

「日付?」

「そうです。ウルスラさんも憶えていますよね?」

「ええ。確かに……ルクセルグ襲撃の時に、クリスティン先生に……たくさんの日付を伝えていたわ」

「そう」

 ――何の日付か、わかるかな。

 ――わかりませんよ。

 ――『エンブリヲ』の仲間が、死んだ日だよ。

 あの時の会話は、ウィルもウルスラも、そしてクリスティンも聞いていた。

「ここで問題になるのは、メリアがとてもはっきりと、それも正確に日付を記憶していたということです」

「……彼女は仲間の死んだ日を敢えて記憶して、忘れていない。それだけ彼女が仲間を想い、学院側を恨んでいるんだという主張だろう? クリスティンへの当てつけだ」

 ヒストリカが言った。

「それ、アリサとまったく同じ答えですね」

「…………」

「その通りです。でも僕はこれに疑問を感じました。正確に日付を記憶するためには、何より『日付を表示するもの』が部屋にあったということですよね? つまりはカレンダーです。メリアはカレンダーを見て日付を憶えた。でも、これはおかしい。メリアとハヴェンは暗い実験場で暮らしていた、というよりもほとんど収容された奴隷状態だったはず。だとしたら、なぜそこに『日付を示すもの』が置いてあるのでしょうか。住むための場所ではないのです。そんなものは当然必要がない」

「確かに――」

「けれど、メリアが日付を、仲間が死んだ日の日付を正確に憶えていられるということは、確かに彼女のすぐ傍にカレンダーがあったんです。それは確実なことです。しかし、そうなるとまた新たな疑問が湧いてくる。『なぜ学院は、彼女の部屋にカレンダーを用意したのか?』」

「なぜ……」

「当然メリアたちは誘拐された側なので、カレンダーを用意したのは学院側ですね。けれど、だとしても必要がない。実験に投じられる『エンブリヲ』に『カレンダーなど必要が無い』のに『カレンダーがあった』という矛盾。カレンダーは日付を見るためのもの。それをわざわざメリアのいる部屋に置いたということは、もちろん学院がメリアに『日付を見せたかった』のです」

「日付を見せたかった……? そんなことをして、何になる?」

「それは――――本人に証明していただきましょう」

 ウィルはここで、クリスティンを見た。

 そういうことだったのですね、と彼女の瞳が語った。

 冷徹な顔色も、今だけは、一瞬だけ、濁ったようにも思えた。

 もちろん、変わったわけではないが。

 少しは俺の言葉が筋の通ったものだと認めている。

 それでいい。

 クリスティンは大広間の入り口に聞こえるように、手を一度だけ叩いた。

 扉が開く。

「――――お入りなさい、メリア」





 扉が開くと、一人の少女が立っていた。

「――メリア」

 灰色の髪の少女、メリアだった。

 腕を前で交差して、縄で縛られている。そしてメリアの側には、かのリーグヴェン支部にいたローズマリー教師が立っていた。彼女は重々しい表情でメリアの横に佇んでいる。

「……ローズマリー」

 ヒストリカが舌打ちをした。かつて友人だったという。

 ウィルは事前に、クリスティンに話を通していたのだ。

 自分がどれだけあなたたちの計画を看破したのか、あなたに見届けてもらうつもりだと。

 そして、そのために一つ、メリアを自分が真相を話す場所へ連れてきてほしいと。ウィルは、このような挑発的な態度ならば、余裕を見越しているクリスティンなら必ず乗ってくると信じていた。そして、彼女はそれを約束してくれたのである。『いくらあなたが何かを知っても、状況は変わりません――』そう告げながら。カルテジアスで学院が捕まえたメリアを、この場に連れてきてくれることを約束してくれた。

 だが、彼女が現れたのなら、また一つ、真相の糸を手繰り寄せられる。それが余裕の表れであってもだ。

 メリアは大人しかった。

 戦闘的ではない。

 それに、学院に従っている。

 表情は、酷く落ち着いていた。

「……クリスティン先生、あなたは彼女に、何をしましたの?」

 一歩前に出たのはロヴィーサだった。

 クリスティンは眼鏡を押し上げた。

「何を、とは。王妃様」

「わたくしは彼女と一度カルテジアスでお会いしましたけれど、ここまで弱弱しくはありませんでしたわ。それに、学院の司令塔の一人でもあるあなたが目の前にいれば、何の規則など考えなしに突っ込むような人でした」

 カルテジアスで一度戦っているのだ。

 そういえばウルスラも――ウィルはそこでウルスラに目を向けるが、ロヴィーサの言葉にやはり頷いていた。

 確かに、連れてきてほしいとクリスティンに告げたのは自分だが、ここまでメリアがあっさりついてきてくれるとは思わなかった。もっと無理やりか、強制的にと思っていたからだ。無理やりでも、彼女がここへ来れば自分の勝ちだから、その無理やりがメリアにとって嫌なことでも少し我慢してもらうつもりでいた。その後、どうにか助けるつもりでもあったからだ。けれど、こうも大人しいとは……。

「私は、ウィルフレッド・ライツヴィルに連れてくるように言われたので連れてきただけですが……何も、私が非難されるいわれはありません」

「何かしたのでしょう」

「何かしたのかも、しれませんね」

 クリスティンは再び冷たさを取り戻していた。

「ですが、そんなことはどうでもよいでしょう。ウィルフレッド・ライツヴィルは、メリアをここに呼び出すことで、事件の何かを証明したかったのです。でしたら、今は私や学院を罵るのではなく、彼の推理に耳を傾けるべきです」

「くっ…………」

 ロヴィーサは悔しそうに表情を歪めた。

 その通りだ。

 気になることは気になるが、それは後だ。

 ウィルはメリアに顔を向ける。

「メリア、君は今、俺の質問に答えられるか?」

「…………いいよ」

 メリアはウィルを見た。

 昏い。

 何を、された。

「いくらでも、なんでも答えるよ」

「そうか。ありがとう」

 ウィルはメリアに、とても簡潔に問うた。

「今は、大陸歴何年だ?」

「…………」

「答えてくれないか、メリア」

「ウィル、そんなことを聞いてどうするんだ」

「いいから、彼女の答えを聞いてください」

 メリアは少しも表情を変えずに、ウィルと見つめあい、そして。

 ゆるやかに口を開く。

「大陸歴――年」

 それは、一年前の大陸歴だった。





「どういうことだ? それは、一年前の歴だ。メリアは間違っている」

 ヘルヴィスが目を丸くする。

「そうです。『間違っている』のです。しかし、これではっきりしました。メリアとハヴェンが誘拐されたのがいつのことなのか」

 ウィルは強く告げる。

「『五年前』です」

 確定だった。

「では確認していきましょう。メリアは仲間が死んだ日付をはっきり憶えていた。なぜか? それは彼女のいた地下室にカレンダーが置いてあったからです。しかし、そんなものは過酷な実験に投じられた子どものいる部屋には本来必要のないものです。しかし、それがその部屋にあったということは、それを置くべき理由が学院にあったからです。ではなぜ、カレンダーをメリアの地下部屋に設置する必要があったのか」

 続ける。

「彼女の大陸歴の感覚をずらすためです」

 メリアはウィルをじっと見つめていた。

 驚きもしていないようだった。

 何か気になるが――話を留めることはできない。

「メリアが地下室で日付を確認できるものは、学院が『敢えて』部屋に設置したカレンダーのみです。それ以外に彼女が日付や大陸歴を確認する方法はありませんでした。ですから、あの部屋に置かれたカレンダーそれ自体が間違っていれば、当然メリアも間違って大陸歴を記憶しますよね。――学院は彼女の地下室に置かれたカレンダーに細工をして、彼女の大陸歴の感覚をずらしたのです」

「ちょ、ちょっと待って、頭が混乱してきた」

 アーニィさんが頭を押さえた。

「何年前、というような言い方をするから混乱するのでしょう。つまり、メリアとハヴェンが誘拐されて、また人工ハイブリッド実験が始まってから、『まだ四年しか経っていない』とメリアは信じ込まされていたわけです。実際は違う。二人が誘拐され、かつハルカ・フレイザーの事件からすれば、現在は『五年後』なのです。しかし、メリアたちにとって現在はその時点から『四年後』なのですよ」

「馬鹿な。なぜメリアは気付かなかったんだ」

「メリアとハヴェンは地下室からあることがきっかけで、今年になって逃げ出すことが出来ましたが、それ以降は、アリサの話によると昔の家に住み、パーシヴァル学院長を殺す機会を狙っていたようです。つまり、現在の時間や大陸歴を知る機会がなかった。彼女たちが住まいにしていたのは昔の家。現在のカレンダーなどない。ただ放浪するだけの毎日に、どれだけ大陸歴を表示するものを目にする機会がありますか? 街中を見ても、それほど目につくところにカレンダーなんてありません。それも、大陸歴を表示する物なんてないですよ。普通は、誰かの家のプライベートな空間くらいです」

「そうか……」

「つまり、メリアとハヴェンは学院によって意図的に時間間隔をずらされていた。それも、大陸歴を一年も。そうなると、先ほど僕が言った推理も間違いではない。ハルカ・フレイザーの偽装自殺と、人工ハイブリッド計画は『五年前』に始まった。『ハイブリッドが学院側の仲間になった後に、人工ハイブリッドの実験を開始するはずがない』ので、順序で言うならば、計画が始まって少しして事件が起こった。そう考えられます」

 

 



「これで事件の全貌が見えてきました。五年前、学院の入学試験の最中、ハイブリッドであるハルカ・フレイザーは敢えて自らの炎魔法で自分の身を包み、そこにいた試験生を退去させ、学院の上層部の人間がやってくるのを期待した。そして、現れたのはクリスティン先生。ハルカ・フレイザーはクリスティン先生に何らかの協力を申し出る。その際、ハルカ・フレイザーは自分を死んだ人間にする必要があった。彼は黒焦げの死体を用意するように告げた。クリスティン先生は、そこで思いついたのです。ちょうど同じ頃に始まった、人工ハイブリッドの計画。その中で、実験中に炎に焦がされて死んだ男の子。クリスティン先生、あなたはその男の子をハルカ・フレイザーの死体として学院長室に持ち込み、公開したのですね」

「…………」

「それを、他の教師陣は全員、試験中にハイブリッドに殺されたハルカ・フレイザーだと信じた」

「そうか……」

 クレイン教師が息を吐いた。

 黒焦げの死体。

 顔のわからない。

 ターナーのあの手紙の時点で、認識が誤っていた。親父の見たあの黒焦げ死体はハルカ・フレイザーではない。

 黒焦げの死体を別の人間にすり替え、自分は逃走した。

 生き延びた。

 犯人は、ハルカ・フレイザーだ。

「ウィルフレッド君、質問がある」

「はい、王様」

「なぜ学院は、メリアの時間をずらした?」

「簡単なことです。死体が実はハルカ・フレイザーのものではないと悟られないためです。つまり、メリアが後に表に出て事件を知っている人間に『五年前に炎魔法で仲間が学院に殺された』と伝えた時、ハルカ・フレイザーの事件との関連を悟られてはまずいのです。『五年前に炎魔法で死んだ人間なら、ハルカ・フレイザーというのもいる』という風に思われたら、実験と事件の両方が『ハイブリッド』に関連したものですから、疑問を持たれやすくなる。けれど、先日までの僕たちのように、四年前と五年前なら、共通点があっても一年ずれているので、それらを結び付けて考えにくい。メリアの大陸歴の認識の操作は有効だったと言えるでしょう」

「いや確かにそうだ。納得できる。だが、それはおかしい」

「何がですか?」

「『メリアが事件を知っている人間と出会った時、ハルカ・フレイザーの事件との関連を知られないために、学院がカレンダーを操作した』と言っているが、その計画が始まったのは、クリスティン女史とハルカ・フレイザーが出会う前なんじゃないのか?」

「では尋ねましょう。メリア、計画の最初の方で炎に焼かれて亡くなった少年は、いつ死んだの?」

 メリアに問う。

 しかし、彼女は少し考えたような素振りを見せて、ゆっくりと答えた。

「その頃は、カレンダーなどなかったわ」

「――そういうことです」

「じゃあ、カレンダー……というよりも、メリアの大陸歴の認識を変えるという学院の行動は、ハルカ・フレイザーが殺されてから始まったということなのか?」

「そうですね。つまり、こういうことです」


 一、人工ハイブリッドの計画が始まる

 二、少年が炎で焼き殺される

 三、ハルカ・フレイザー事件

 四、少年の死体をハルカ・フレイザーのものと偽る

 五、カレンダーをメリアの住む地下室に設置


「このような流れになるでしょう」

「よくわからない。ウィルフレッド、君は……」

「メリアの今の意見は非常に貴重な物ですが、先ほどの僕の話で、違和感はありませんでしたか?」

「違和感……」

「『メリアが事件を知っている人間と出会った時、ハルカ・フレイザーの事件との関連を知られないために、学院がカレンダーを操作した』ということは、さもメリアが脱走することを予見していたようですよね?」

「――――」

 空気が変わる。

「つまり、学院はハルカ・フレイザー事件の後、メリアの大陸歴の認識をずらすことを思いつき、カレンダーに細工をして彼女の部屋に設置した。しかし、『将来メリアが誰かに会った時のため』に細工のされたカレンダーをこの時設置したということは、その五年後に起こるメリアの脱走さえも学院の手によるものだったということになります」

「メリアとハヴェンは、今年に入って、誰かが逃がしたんだったな」

 ヒストリカが付け加える。

「はい。今年の五月頃に、学院の倉庫が爆発炎上する事件がありました。その時、何者かが二人のいた地下室の天井に穴を開け、二人を逃がしたのです。すぐに消火されて事態はそれほど深刻になりませんでしたが、この脱走さえも学院の計画のうちだったのです。あの時颯爽と消火にあたられたのは、クリスティン先生、あなたでしたね」

 クリスティンは表情を変えない。

「二人を逃がしたのは、ハルカ・フレイザーですね?」

「……」

 答えないということは、続きを話せということだ。

「つまり、メリアとハヴェンが逃走し、二人が誤った大陸歴の認識を――自分たちが誘拐され計画の実験体にされたのは四年前である――ということを、事件の関係者に出会って伝えるところまで、学院は予想済みだった……というよりも、そうなるように仕組んでいたのです。でなければ、カレンダーに細工なんてしません。そのために、今年に入ってハルカ・フレイザーは二人を逃がした」

「どうして今年なんだ」

「アリサが学院に入学したからです。アリサがついに修行を終えて、実際的な復讐を始めたからです」

「待て」

 ヒストリカが止めた。

「ということは、お前はこう言いたいのか? 『アリサとメリアが出会うことは学院の計算の上だった』――」

「はい」

「ルクセルグ襲撃も、カルテジアス襲撃も」

「はい……」

「全部、学院の手の上か」

「そうです。カレンダーの細工から導き出される結論は、それしか考えられません」

「その計画を考えたのは……」

「ハルカ・フレイザーその人です。全て、全て彼が考えたと思います」


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