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探偵夜話 解決篇①

 ウィルは関係者全員に手紙を出し、そして取り計らいをしてもらい、ヘルヴィニア城の大広間を借りて、自分の考えを彼ら全員に伝えることとなった。ここまで関係者が一堂に揃うことはこれまで一度もなく、大広間に集められた彼らは、これから始まる話に緊張の面持ちを隠し切れなかった。

 ウィルを中心に囲むようにして立っているのは。

 ヒストリカ・スウィートロード。

 ヘルヴィス・ロストウィード。

 ロヴィーサ・ロストウィード。

 クレイン・エクスブライヤ。

 ヘイガー・マーティネリ。

 アーニィ・ミシェル。

 ヲレン・リグリー。

 ステラ・タウンズリー。

 ウルスラ・ウェントワース。

 そして、クリスティン・ルルウ。

「――――皆さん、僕の急な呼び出しに応じていただいて、ありがとうございます」

 ウィルは落ち着いた言葉で告げた。

 すでに、推理はアリサに話している。

 もう一度繰り返すだけだ。

「今回皆さんに集まっていただいたのは、すでに手紙でお知らせしている通り、五年前、ヘヴルスティンク魔法学院の入学試験で起こったハルカ・フレイザー事件の真相をお話するためです。アリサは少し席を外していますが、パーシヴァル学院長を除いて、ここにいる皆さんが、この事件の関係者に値することは疑いもありません。今回はそんな皆さんに、事件に対する僕の考えを聴いていただくために集まっていただいた、という次第です」

「アリサはどこに行ったんだ? あいつこそここにいないと駄目だろう?」

 ヒストリカがそう言う。

「まあ、ちょっといろいろありまして。ただ、僕がこれから話すことはもうすでにアリサに先日話し終えています」

 ヘイガーとアーニィはまるで恐ろしい空気を凌ぐように隣り合っている。ウルスラとステラも同様だった。ヲレンは一人立ちながらも、やはり表情に緊張は見え隠れする。ロヴィーサとヘルヴィスの二人は、まったく表情に揺るぎなどなくさすがに堂々とした佇まいでいたが、ウィルの言葉を一瞬も聞き逃すまいと耳を傾けている。ヒストリカは壁に背中を当てて一人端にいた。腕を組んで、ウィルを見守っている。

 そして、クリスティン。彼女はたった一人、事件に最も深く関わっている人間としてここに立っていた。彼女にもここへ来てほしいという提案は却下されると思われたが、余裕の表れか、表情一つ崩さずにここへやってきた。そして、今もまったく態度に変わりはない。凛とした立ち姿のままだった。

 ウィルは一同を見回して、続ける。

「ここでは、便宜的に被害者のことを、ハルカ・フレイザーと呼びましょう」

 続ける。

「まず、事件を整理したいと思います。五年前の試験のことです。その実技試験のために、ヘイガーさん、アーニィさん、ウルスラさん、ステラさん、ヲレンさん、そしてハルカ・フレイザー、クレイン先生の七人が演習場へ移動。そこで、魔法射撃の試験を行います。あらかじめ決められた定位置から、的を射撃するのです。これを一人ひとりが順番に行います」

 聴衆の視線はウィルに集まっている。

 だが、言葉に淀みはない。

「では、その流れは実際どうだったのか。それは、証言によって明らかになっています」

 ウィルは指を立てた。

「試験はそこまでは予定通り。そして、件のハルカ・フレイザーの番です。彼が定位置に立ち、魔法を放とうとした瞬間――彼の体が燃え上がりました。その炎はかなり威力が強かったといいます。すぐにクレイン先生は教官室のクリスティン先生を呼びます。それからクレイン先生は生徒たちを避難させ、ハルカ・フレイザーの炎を止める役割を、クリスティン先生が一人で請け負いました。それから先生の指示で、五人は控室に移動。クレイン先生も待機になりました。そして試験の全日程は終了。その後、教師一同は学院長室に呼び出され、黒焦げ死体と対面することになります」

 ウィルは、クリスティンに目を向ける。

 眼鏡の奥の、冷たい目。

 余裕だな。

「そうですね、クリスティン先生」

「……認めましょう」

「ありがとうございます」

 ここはクリアだ。

 ウィルは続けた。

「この事件は、本来王都警察に通報されるべきものですが、学院側はこれを隠蔽しようとします。なぜか。それは、少々複雑な事情があったからです。これはすでに皆さんも知っている通りのことですが、その場にいた試験生及び教師は、全員『雷気質』の魔法しか使えなかった。それなのに、被害者であるハルカ・フレイザーは明らかに『炎』で殺されていた。その場の人間の気質と実際に使用された魔法に矛盾が生じているのです。魔法には一人一気質の原則があり、雷気質の人間が炎魔法を使うことなど絶対に有り得ない。つまり、これは不可能犯罪のはずだったのです」

 だが。

「――ですが、学院側には、たった一人だけ心当たりがあったのです。不可能を可能にする存在。それが『ハイブリッド』と呼ばれる存在です。一人一気質の法則と呼ばれる魔法の大原則を凌駕する、千年に一人の逸材にして大天才。つまり、本来ならば一人の人間が一気質の魔法しか使用できないはずなのに、ハイブリッドは、そんな原則を打ち破り、複数の気質の魔法を使用できるのです。もしこのハイブリッドなる存在が事件の犯人だとするならば、そうした気質の矛盾という不可能の一切を論理的に説明できます。犯人はハイブリッド。そう判断したからこそ、学院側は隠蔽工作に踏み切ったのです」

 ウィルは今までの証言や旅の道中に手に入れた情報を丁寧に吟味する。

 なぜ今まで彼らに話を聞いて回ったのか。

 それは。

「つまり、あの場にいた人間の中に、『ハイブリッド』が紛れ込んでいたということになります」

 それも今日で終わりだ。

「では、本題に入りましょう」

 そして。

「いったい誰がハイブリッドなのか」







「解決の糸口は……非常に簡単なことだったんです。ただ、少しだけ見えにくかった。その違和感に気付けば、一気に論理を引き摺り出せます」

 ウィルは自分の思考を思い返す。そう、初めてその話を聞いたとき、確かに違和感を覚えた。何かが過ぎったような、けれどそれが掴めない、異様な感覚を。けれど、今は確かにその形がはっきりしている。それが弱いものでも、存在しているという事実は、確実な何かを手繰り寄せる。それだけで揺るぎのないものだ。そして、揺らがない事実だ。

「まず確認しておくべきなのは、ステラさんのことです。ハルカ・フレイザーが燃え上がったその瞬間、ステラさんは悲鳴を上げ、泣き崩れ、失神してしまいました。そうですね、ステラさん」

 ウィルはステラを見た。彼女はウルスラの腕を掴んで怯えた様子ではあった。推理の流れで自分の名前が出たことに怯えているようだ。だが、その問いかけにはきちんと応える。

「そう、です。確かに、私は悲鳴を上げて……失神してしまいました」

「ありがとうございます。そして、ウルスラさんはすぐに彼女を支え、介抱しました」

「そうよ。それは本当」

 ウルスラが言い放つ。

「でも、私だけじゃない。あの場にいた全員が……ステラの悲鳴をはっきりと憶えているわ」

 少しだけ強い口調なのは、ウィルが犯人推定の言葉の中でステラの名前を挙げたために、どこか彼女を庇っているからだろうか。ウィルは何も言わなかったが、それほど気にも留めなかった。すぐに真相はわかる。

「皆さん、ステラさんの悲鳴を憶えていますか?」

 それから、あの場にいた人間たちに目線を向け、問うた。全員が頷いた。

「ありがとうございます。確かにステラさんは悲鳴を上げた。燃え盛るハルカ・フレイザーの姿を見て、です。しかし、僕はここに一つ疑問があるのです。それは――――今、まさに体を燃やされているはずのハルカ・フレイザーの悲鳴を、誰も憶えていないということです」

「ハルカ・フレイザーの……悲鳴だと?」

 ヘイガーが眉を上げた。

「ええ」ウィルは涼しげに笑う。「ハルカ・フレイザーの悲鳴です」

「いいですか。まず順序を振り返りましょう。ハルカ・フレイザーが突如炎上する。そしてそれを見たステラさんが絶叫し、失神してしまう。こういった順序ですね。となるとですよ。まず真っ先に悲鳴を上げるべきなのは、体が燃えているハルカ・フレイザー本人であるべきではありませんか? それなのに、誰も彼の悲鳴や絶叫を憶えていない。それどころか、ステラさんの悲鳴の方はしっかり憶えているというのはどういうことでしょうか? なぜ誰も憶えていないのでしょうか? ステラさんの悲鳴と被った? 違いますね。まず『炎上した』という事実がステラさんの悲鳴を呼び起こしたのですから、ハルカ・フレイザーの悲鳴がまず、演習場に響き渡るはずではありませんか? それに、ステラさんが失神したとしても、ハルカ・フレイザーの体はそのまま現在進行形で燃え続けている。だとすれば、ステラさんが失神して以降も叫び声を上げ続けてもいいはずです。それなのに誰も彼の悲鳴を憶えていない」

「誰も、ハルカ・フレイザーの悲鳴を憶えていないのか?」

 そう発言したのは、国王ヘルヴィスだった。

「憶えてないですね……」

 教師クレイン。

「いえ、別に責めているわけじゃないんです。ただ、誰も憶えていないのは事実ですね?」

 ウィルが付け加える。

 そこに、アーニィが割って入った。

「憶えていない……というか、本当に、悲鳴上がってたの? これだけ皆憶えてないんだから、悲鳴なんて上げてなかったんじゃない?」

 ウィルは人差し指で、アーニィを指さす。

「そこです」

「えっ、何!? あたし!?」

「そうではなくて、アーニィさんの言葉。まさしくその通りなのですよ」

「あたし、なんて言ったっけ?」

「『悲鳴なんてなかった』」

 ウィルは場を収めるように告げる。

「今まさしく燃えている人間の悲鳴を誰も憶えておらず、逆にステラさんの悲鳴の方が印象に残っている。いえ、もちろんステラさんの驚きや恐怖を否定しているわけではありません。ステラさんが悲鳴を上げるのは最もなことです。けれど、現在進行形で燃え続けているハルカ・フレイザーの悲鳴や絶叫こそ、まずその場に響き渡るはずだと思います。なのに、誰も憶えていない。とするならば、『悲鳴を誰も憶えていない』のではなく、そもそも『ハルカ・フレイザーは悲鳴なんて上げなかった』と考えるのが自然ではないでしょうか?」

 そう。

 ハルカ・フレイザーは悲鳴なんて上げなかったのだ。

「そもそも、体が燃えるというのはどういうことか。体が炎に包まれるのは、大変に苦しいということです。ある小さな都市の随分前の革命では、その体に火をつけて革命の意志を示したりしたそうです。なぜだか、わかりますか? 『体が燃えるのは非常に苦しいから、逆にその苦しみに自ら飛び込むことで、革命への意志がいかに強固であるかを示した』――。つまり、体が炎上するというのは非常に苦しく、辛く、叫ばずにはいられないはずなのです」

「確かにそうですわ」

 そうロヴィーサが答える。実際歴史の中でそれは語られている。

「だとすれば、ハルカ・フレイザーとて同じです」

 ウィルは続けた。

「つまり、ここに矛盾が生じているのです。『ハルカ・フレイザーは身体が燃えていて非常に苦しいはずなのに、悲鳴を上げなかった』」





「『ハルカ・フレイザーは身体が燃えていて非常に苦しいはずなのに、悲鳴を上げなかった』――さて、ここで一つ、我々魔導士の基本に立ち帰りましょう。ウルスラさん、親指と人差し指の間に、少しだけ雷魔法で放電していただけませんか?」

「えっ、いいけど……」

 急な指名にどぎまぎしたウルスラだったが、少しだけステラに目配せをして、ステラはウルスラの腕を離した。

 ウルスラはそれから、そこにいる全員に見えるように腕を前に突き出して、人差し指と親指の間に距離を取るような形にすると、集中し、放電した。人差し指と親指の間に、小さな雷のような、枝分かれする黄色い閃光が瞬いた。それを何回か繰り返す。痺れが空気に伝わるような音が少しだけ響いた。ウルスラは指の間で雷魔法を何度か発すると、ウィルに目を向ける。

「これで、いい?」

「あ、もういいですよ。ありがとうございます」

 ウルスラは腕を下ろして、指を開いて閉じるを軽く行った。首を傾げて、今の行動の意味を考えている。

「何の意味があったの?」

「魔導士の基本を問うためですよ」

「基本?」

「では、質問しますよウルスラさん。あなたは今――痺れましたか?」

「えっ?」

 突拍子のない質問だった。

 ウルスラは目を丸くする。

「痺れたって、どういうこと?」

「余計なことは考えず、素直に答えてください」

「……いいえ、痺れていないわ。痛くもかゆくもない」

「なぜですか?」

「なぜって、自分の魔法だから。そんなの当たり前でしょう?」

「ええ。当たり前ですね」

 その時、ガタンと大きな音がする。

 ヒストリカは穏やかに壁に背を当てていたはずだったが、勢いよく身を乗り出したからだ。

「ウィル。お前、まさか」

「――――」

 ウィルは微笑みをヒストリカに向けた。

 ヒストリカは何かを言おうとしたが、口を開け、閉じ、言葉にならない様子だった。

 ウィルは言い放った。

「僕たち魔導士は、『自分の魔法は効かない』のです」

 それから、自分の手のひらの上に風の球体を作る。

「炎気質のアリサが自分の魔法を使って手のひらを焦がすことはない。雷気質のウルスラさんが自分の手の上で雷を使っても体は痺れない。風魔法を僕が手のひらの上で使っても、指は切れない。水魔法を応用して手のひらの上で氷を作っても、手はまったく冷たくないし凍らない。なぜなら――自分の魔法だからです。『自分に自分の魔法は効かない』。だから『痛くない』――痛くないのなら『悲鳴だって上げない』……」

 ウィルは風を消した。

 同時に、音が消えた。

 静寂。

 声だけ。

 声だけが再び、その場に音を取り戻せる。

 ウィルは、それを告げることに躊躇はなかった。

 それが、着地点だ。

 手繰り寄せた。

 誰かを傷つけたとしても。

 それが真実だ。

 だから。

「『ハルカ・フレイザーは、炎に包まれても悲鳴を上げなかった』……なぜか? それは『自分に自分の魔法は効かない』からです。自分で生み出した魔法ならば痛くもない。そして……熱くもないのは自明です。そう、ハルカ・フレイザーは雷気質でありながら炎魔法を使用することができた。自分の炎魔法だから、熱くない。だから悲鳴なんて上げるわけがない」 

 音のない時間に。

 再び声を与えて。

 事件は五年前で止まっていた。

 何かの時間。

 あの事件に囚われた誰かの時間。

 それを動かすのは。

 その真実だけだ。

「ハルカ・フレイザーこそがハイブリッドです」





 誰かが口を開こうとしたが、沈黙がのしかかった。誰も声を上げられなかった。

 その事実が、あまりにも盲点を突いたものだったからだ。

「待て」

 沈黙を裂くようにして、やっと漏れた誰かの声は、ヒストリカのものだった。

「待て――待て、ウィル」

「なんですか、ヒストリカさん」

 ヒストリカは焦りに表情を濁らせていた。

 吐息に切迫が見える。

「お前の答えはおかしい! ハイブリッドが被害者のハルカ本人だと?」

「そうです。あれはハルカ・フレイザーの自殺です」

「それこそ矛盾しているのがわからないのか? お前は『自分に自分の魔法は効かない』から『悲鳴を上げなかった』ハルカをハイブリッドだと推理した。だが、ハルカは実際に焼き殺されていたんだぞ? 自分に魔法は効かないのに、自分で自分を焼き殺せるはずがないじゃないか。自分に効かないのに自殺も何もあるか!」

「その通りです。ですから、訂正しましょう」

 ウィルは冷静に告げた。

「ハルカ・フレイザーは生きています」





「ハルカ・フレイザーは、自分の体を炎で包み『自殺に見せかけた』のです」

「自殺に、見せかけただって……?」

 ヘルヴィスが思わずそう零していた。

「そうです。ヘイガーさん、アーニィさん、ウルスラさん、ステラさん、そしてヲレンさんの五人は、黒焦げの死体を見ていない。クレイン先生もそうですね? この六人は『今まさに死体が炎上している中、試験場を退去した』のです。ですから、この六人は、炎の中で死んでいくハルカ・フレイザーを実際に見たわけではない。彼は倒れたふりをしたのです。本当は全く熱くもないのに、燃やされ、死んでいくふりをしたのですよ」

「ま、待ってくれ!」

 割って入るように声を上げたのは、クレイン教師だった。

 顔には恐ろしい何かを回顧するような歪みと、陰りが見えた。

「じゃあ、あの黒焦げ死体はどうなるんだ! 僕は確かに見たぞ。学院長室に、く、黒焦げの死体が運ばれてきたんだ! ハルカ・フレイザーが実は燃やされておらず生きていると言うなら、あ、あれはどう説明するっていうんだ?」

 ウィルはちらりとクリスティンを見た。

 澄ましている。

 まだ、追い詰め切れていないのか?

 それとも、心の中は淀んでいる?

 わからない。

 けれど、あなたのやったことは見えている。

 ウィルはクレイン教師の動転する態度にさえ、難なく言葉を紡いだ。

「ハルカ・フレイザーは本当は燃やされておらず、自殺に見せかけて実は生きている。しかし、もし彼が生きているなら、黒焦げ死体などこの世に存在しないはずですね。けれど、確かに黒焦げ死体はあった。では、それをどう説明するか。簡単です」

 そして。

「あの黒焦げ死体は、ハルカ・フレイザーのものではない。別人の死体です」

「べ、別人の死体……!?」

 矛盾が生じるならば、それを説明できる論理に変えればいい。ハルカ・フレイザーの死体がそこにある。しかし、ハルカ・フレイザーは生きている。だとすれば死体が偽物か、ハルカ・フレイザーの偽物が生きているか、そのどちらかしかない。しかし後者は有り得ない。死体が偽物である。そう考えるのが最も妥当な論理だ。

「そうですよね、クリスティン先生?」

「…………」

 ウィルは挑発的に彼女を見た。

 それでもまだ、穏やかだった。

 けれど、ウィルを見つめている。

 話は馬鹿げていないのだ。

「ウィル、十二年前のフレイザー夫婦の殺人はどう説明する! あれもハルカの仕業だと言うのか?」

「はい」

 ウィルは断言した。

「確かに十二年前、当時ハルカ・フレイザーは八歳ですが、彼の両親――アリサの両親でもあります――が、予備校入校式の帰り道にハイブリッドに惨殺されました。ハルカ・フレイザーも怪我をしていましたが、一命を取り留めています」

 ですが。

 ウィルは否定の文句を挟んだ。

「ですが、おかしいとは思いませんか。父親と母親に対しては、ハイブリッドの魔法でやられたとわかるような圧倒的な惨殺をやってみせているというのに、ハルカ・フレイザーは……『刃物で刺されただけで済んでいた』のです。殺されてもおかしくない、むしろ殺されるのが普通です。犯人としては、目撃者の一人なのですからね。始末したいに決まっている」

「まさか、そういうことか」

「そうですね。ハイブリッドは魔法を使えるし、両親も魔法でやられているのですから、そのままハルカ・フレイザーに対しても魔法で攻撃すればよい。それなのにわざわざ刃物で怪我をさせている。攻撃手段を魔法から刃物にいちいち切り替えているのです。これは変です。それに、殺しもしなかった。これらの疑問は、ハルカ・フレイザー自身がハイブリッドとすれば片が付きます。自分がハイブリッドだと悟られないように、他人の仕業に見せかけようと自分で自分を刃物で傷つけた」

「? 弱い魔法で自分を攻撃すればいいんじゃないの?」

 アーニィさんがそう言う。

 ウィルは指を立てた。

「それはほら、『自分に自分の魔法は効かない』のですよ」

「あっ……」

「他人の犯行に見せかけるためには、自分自身に傷を負わせなければならない。しかし、魔法は自分に効かない。だから刃物で自分を傷つけた。ハルカ・フレイザーはこう考えたのでしょう。しかし、逆に考えるのです。『刃物で自分を傷つけることでしか他人の犯行に見せかけることができない』ということは『自分の魔法が自分に効かない』ので、そうなるとその人物はハイブリッドである。彼は墓穴を掘ったわけです」

 ウィルは続けた。

「以上のように、十二年前の事件と五年前の事件。二つのハイブリッドによる事件を見てみると、ハルカ・フレイザーがハイブリッドであるということは疑いのない事実であります」


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