幼年期の終わり②
ウィルは申請を出し、パーシヴァルに招集された各支部の学院生小隊のルクセルグの十人に入れてもらうことが出来た。すでに十人の中にいた先輩が一人、できれば参加したくないと言って躊躇していたところ、機会良くウィルが現れたのであった。
ウィルが退院して北都支部に戻ると、支部の入り口は工事中だった。血や粘土細工はすっかり回収されてはいるが、天井付近に開けられた穴などはやはり修復しなければならないのだろう。金属音の叩く音が響く中、受付で申請書を書いた。ウィルフレッド・ライツヴィル、ルクセルグ小隊に急遽入隊――。ペンを置くと、ヘイガーが彼に問うた。
「もう体はいいのか」
「はい。治癒魔法さまさまです」
「それじゃ、ウルスラとステラに会いに行こっか」
アーニィさんが微笑んだ。三人はそのために一旦支部に戻ってきたのだ。ウィルとしても、先の戦闘で共に戦ったウルスラの様子を知らんぷりして過ごすようなことはできなかった。安心するためにも、まったく無事であるということくらいは目に入れておきたかった。三人は支部の休憩室に向かう。窓際の席で、ウルスラとステラが向かい合ってお茶を飲んでいた。
「あら、ウィルフレッド君」
「ウルスラさん、ご無事で何よりです」
「あなたも……よかったわ。あの後からすっかり記憶が無くて、心配だったのよ」
あの後――あの少年との戦闘のことか。気になることはあったが、会話に集中する。
「僕もです。一緒にいながら支援できなかったのが情けないです」
「こちらも。こちらは演習のためにやってきたあなたを面倒見なければいけないのに、すぐにやられちゃって情けないことこの上ないわ。先輩だというのにね。ごめんなさい」
「いえ、謝らないでください。終わったことです。今は互いの無事を喜びましょう」
「そうね」
「ウルスラさんも、学院長の招集した小隊に入ったそうですね」
「ええ。ステラは入っていないけど」
ウィルは視線をステラに向けた。紫がかった、暗い色の髪が印象的だった。肌は青白く、こちらに向けた視線ですらどこか仄暗いような雰囲気を感じた。ウィルは少しだけ狼狽したが、ぺこりとお辞儀をする。初対面だった。
「初めましてステラさん。僕はウィルフレッド・ライツヴィルといいます」
「お話は聞いています。ステラ・タウンズリーと申します、ライツヴィルさん」
「そうですか。では、僕がなぜここに来たのかもご存知で?」
「はい。――あの事件のことですね?」
空気が淀んだ。ウィルは、ここに容疑者候補の五人のうち四人がいるという事実に、笑ってしまいそうになった。それは悠長な感情からではなく、武者震いにも似た、緊張からくる底気味の悪い自嘲の感情だった。今、とても危険で、もしかすればとても居心地の悪い場所にいるのかもしれない。そこに自ら来ている。何をしているんだろう。何をのんびりと構えている? ウィルは無理やり自分を落ち着けると、小隊の話題が事件の話題に逸れたのをいいことに、どうせならこの四人に同時に話を聴くのもありではないかと思い当たると、静かに言葉を紡ぐ。
「その通りです。どうせなら、皆さんにも再び話をしてもらいたいです。ええっと、ウルスラさんはもうアリサに話をしたんですね? 一度ヘイガーさんとアーニィさんにも話を伺っているから、ステラさんに……」
「ウィルフレッド君」
ウルスラが、ウィルの言葉を遮った。
「はい?」
「やめてくれないかしら。ステラは――」
「いいのですウルスラ」
「でも」
ウルスラとステラが目でやり取りをする。ウルスラは溜め息を吐き、ステラは穏やかに切りだした。
「今は皆さんがいるから多少は大丈夫なんです」
「あの……」ウィルが頬を掻く。「何の話です?」
「私は、あの事件の時、大変なショックを受けたようで……。それからずっと、あの事件のことを思い出すと、なんだか落ち着かなくなってしまって……炎すら一時期見れなくなってしまっていたのです」
「トラウマ、ということですか?」
「そう、なりますね」
ステラはばつが悪そうに目を逸らした。
ウィルは思考する。
本当のこと――だろうか。ウルスラとヘイガー、アーニィも彼女のトラウマの話を、静かに受け入れているということは、おそらく過去にも何度もそういう落ち着かなくなったステラの姿を見たのだろう。「落ち着かないというのは――体調を崩したりとか、そういったことですか?」ウィルは問い、ステラはゆっくり頷く。なるほど――再び思考。そういった生理現象が起こるのは、自分の意志や思惑とはまったく外れたところにある何かが原因だ。体調不良は自分では起こせない。だから、そのようなことが起きるということは、本当の本当にステラがあの事件にトラウマを抱えているという何よりの証左だ。もしステラがハイブリッドなら、自分でハルカを殺したのに、そのことで後に体調を崩すようなトラウマになどなるわけがない。ステラがそのようなトラウマを抱えている、イコール、彼女はハイブリッドでは有り得ないということになる。もちろんそういった体調不良や、トラウマに関することも皆『振り』だったとしたら、彼女はまだ容疑から外れはしないが……。
「そうですか。では、あまり話はしないほうがいいでしょうね」
「それに、したくてもあまりできないのです」
「どういうことです?」
「あの方――亡くなったあの方が炎に包まれてすぐ、私は気を失ってしまったのですから」
「気を失った……?」
ウィルが口に出すと、ヘイガーが付け加える。
「ステラは彼が炎に包まれ始めた時、泣き叫んで失神したんだ」
「そうだったわねえ。すっごい声で、慌てふためいて……で、ウルスラが駆け寄って介抱したんだっけかな」
アーニィも思い出しながら言った。ステラは少しだけ後ろめたい風に微笑む。
「そうだったみたいですね。ウルスラには感謝しています」
「いいのよステラ」
二人は宥めあう。
ウィルは、喉から競りあがってくる、言葉を自分の中で整理できずにいた。
妙な引っ掛かりを感じる。なんだ――これは――?
「ちょっと待ってください。ええっと……ステラさんが悲鳴を上げて、泣き叫び……失神したんですね?」
「そうです。そうですといいますか、私は憶えていませんから……」
と、ステラ。ウィルは他の三人を窺う。
「ヘイガーさんもアーニィさんも、そしてウルスラさんも当然、ステラさんがそのような状態になったのを憶えてらっしゃいますか?」
「ああ」「憶えているわよ」「もちろん」
三人は口を揃えて頷く。
「その後は?」
「アリサさんにも説明したけど、気を失って倒れてしまったステラを私が抱き留めて」
ウルスラが答える。
「それで?」
「彼女は寝かせたわ。息もしていたし――」
「全員が――その場にいた全員が、ステラさんの方を見ましたか?」
「さあ……わからないわ」
ウルスラは頬に手を当てた。
「何しろ動転していたから……目の前で彼が炎に焼かれて、さらにステラがそんなことになるものだから……誰がどこを向いていたかなんて、把握できないわ」
「ヘイガーさんとアーニィさんは憶えていますか?」
「さあな、俺自身がどこを向いていたかすら憶えてないな」
「あたしもー……ステラがそうなったのは憶えてるんだけどなあ」
「…………わかりました。ありがとうございます」
ウィルはそうは言ったが、何もわかっていなかった。
けれど今、何かに違和感を覚えた。
何かもっと詳しく聞けば、何かひらめきそうな気がする。そのような、どうしようもないもどかしさを心が掴んだ。それはいったいなんだろう。忘れてはいけないこと。この先、このひらめきそうな踏ん切りのつかない、よくわからない感情と疑念を抱き続けなければならない。親父に言われた通り、これは俺が解決しなければならない。そんな気がするから、この疑惑と先ほど尖った刃がかすめたような妙な引っ掛かりは、来るべき解決の瞬間まで、大事に憶えておかなければ。
ウィルはしばらく顎を押さえると、静かに自分で頷いた。
「わかりました。事件の話でお茶を濁してすみませんでした」
彼はお辞儀をする。
「本題はこの話ではなかったですね。パーシヴァルが小隊を招集しました。その小隊に僕も入ることにしたのです」
■
その日は、その家で休ませてもらうことになった。
ルクセルグには戻れない。二人ならば戻っても構わないというのもかもしれないけれど、戻りたい気持ちはあまりなかった。ウィルは何をしているだろうか――それだけ、それだけくらいしか気になることはない。ルクセルグの街はクレイドールの粘土細工を片付けに奔走しているのだろう。パーシヴァルはどうなった。今、何をしている?
家は綺麗だった。この集落は数年前にルクセルグの城下町に住民が移住してしまった。だから、とても住める状態でない家が多いはずだったけれど、この家はとても綺麗で、二人は丁寧に掃除したのだろう。ここは二人の家で、二人の帰る場所だった。それを奪い取られたから、どうにかここにしがみついて、そこに誰もいなかった時、二人はどれだけ絶望したのだろう。ここにはものが無い。家具が置いてあるだけで、住民の痕跡はない。二人の両親は殺された。だから、メリアとハヴェンがいなくなった時点で、この家はすでに無人で、二人が誘拐されなくとも最初から無人だった。帰る場所にしては、寂しくなってしまっている。それでも、二人はきっと怒りを孕んだ心だけを頼りにここに戻り、掃除をして、拠点にした。
夜が舞い降りると、宛がわれた二階の部屋に剣を下した。ここは両親の部屋だろうか。もう誰も使う人がいない。ベッドはあるが布団のようなものは無く、完璧に簡素だった。寝泊りが出来れば構わない。どうせすぐに、パーシヴァルを殺しに行くことになるのだろう。二人とはいつまで行動を共にするかはわからないけど、長く付き合うことになりそう。
深夜。
眠れず、水を飲もうと一階に降りると、メリアがいた。部屋は窓から入り込む月明かりが青白く、そのままの光が彼女の頬を瞳を照らして、奇妙な空気が、その場に氷のように張り付いていた。彼女と長い間見つめあった。
「アリサお姉ちゃん」
「――メリア」
「そのコップは?」
「水を飲ませてもらおうと思ったのよ」
「いいよ。水道は使える」
「ありがとう」
キッチンの蛇口をひねり、コップに水を入れ、喉に押し込んだ。思った以上に喉が渇いていた。息を吐き、メリアを見る。
彼女はそこに立って、何もしていなかった。
ただ佇んで、窓の外を見つめている。
「この村は、懐かしい?」
「もう懐かしくないよ。あの施設から逃げて、すぐにここに来たんだ」
「ここで一か月」
「うん。最初はぼろぼろだったからね。長く休憩してたよ」
「ここの住民が移住したっていうのは、どこで知ったの」
「入り口に看板が立ってるよ」
「そう」
メリアは表情を変えない。昼間話している時も、今も。ハヴェンは常に怒りを宿していたけれど、メリアは顔にひとつも神経が通っていないのかと勘違いするほど、何も動かない。口は動く、目も動く。けれど、ずっと操り人形のように何かにひたすら押さえつけられていた心は、復讐のために動く、ただそれだけの少女にすり替えてしまったのだろうか。
私と同じように、復讐を求めて。
殺した相手は違っても、その巡り合わせは似ている。
彼女はハイブリッドを人工的に生み出す実験体にされた。私はハイブリッドに兄を殺された。――どちらの殺意も、ハイブリッドなんて得体のしれない存在に、何もかも破壊された。その実験が学院で行われ、ハルカも学院で殺された。この繋がりは何だというの。作為的なんてものじゃない。やっぱり学院は、兄の死に関係している。ハイブリッドがあの場にいて、気まぐれにハルカを殺した――のではないのか。事件は複雑になっている。
「研究者――あなたたちに実験した研究者は、皆教師なのかしら」
「わからないよ。ただ、パーシヴァルの居場所を探してたまたまルクセルグにあの人がいて、見たことがある人だなって思ったから、殺しただけ。誰がどこにいるとか、あの研究者はどこで教師をしているとか、本当に研究者が全員教師なのか、そんなこと、ひとつもわかんないよ」
「その人たちも、全員殺す?」
「ううん」
メリアは首を振る。
「興味ない。パーシヴァルを殺せればそれでいいし」
「いいの? あなたたちに実際に実験をしたのは、そんな研究者で、教師たちなのに」
「パーシヴァルを殺そうとすれば、戦いになるよね。そうすれば、きっと頑張らなくたって死んでくれるよ」
メリアとハヴェン、そして私の反抗は、そのまま争いに繋がっている。
何もしなければ穏やかな街も、私たちが戦おうとその剣を持って、魔法を振りかざして走れば、パーシヴァルはそれに対抗しようとするだろう。そうすれば、そんな静けさが終わり、一つの戦争が起きる。メリアとハヴェンはクレイドールを操れずとも従わせることができるから、今日のようにひたすら激しくなる。二人がもっと本気を出せば、街一つ簡単に落とせるだろう。私にはそんなに強大な力はない。彼女たちはもう、ハイブリッドに足を踏み込んでいる。普通では届かない領域に。
だけど、ハルカを殺した人がいる。
確実に一人。
「パーシヴァルを殺したら、どうするの」
「つまらないことを聞くんだね」
「…………」
「お姉ちゃんは、どうするの?」
「……わからないわ」
ケイトリン。
あなたも、同じことを私に訊いたのね。
目の前に復讐者がいるというのは、こんな気持ちになるの。
やはり、あなたは責められないわ……。
「目的を成し遂げれば、あなたたちは」
「ハヴェンには好きなことをさせるよ。あの子は幸せになれる。ううん、なってほしいな」
「あなたは幸せにならないというの」
「なれないよ。誰かを殺しても、わたしはわたしだから。ずっと汚いままなの。これから先生きて、幸せになって、笑顔になっても、きっと思い出すよ。この手が血に染まっていることを。それは幸せなんて呼べないよね」
「――でも、他人の幸せは侵してはいけないわ」
「お姉ちゃん」
「無意味な死だけは避けなければいけない。あなたたちはクレイドールで理不尽に人を殺すことは出来るけど、それでは意味がないわ。あんなことはもう二度としないで。街を一挙襲っても、それでは無意味な血が流れるだけ。殺すのは、パーシヴァルや、あなたたちにひどいことをした人間だけにして。別に、馬鹿な殺人鬼に成り下がりたいわけじゃないんでしょう」
私もそれだけは、きっと誓って見せる。
私が怒るだけの相手がいれば、それでいい。罪を背負った人間だけを殺すことが復讐だ。意味もない死に意味などない。殺したいわけじゃない。殺すことが全ての目的になってしまっては、やっぱりそれは何のために、彼らが死んでいったのかを忘れてしまっている。冷静になって。冷徹になって。まだ忘れたわけじゃない。それは意味のある殺人でなければならないのだから。
「そうだね。場合によっては死んでもいいけど」
「クレイドールは操れない。あなたたちが殺したいと思わなくても、クレイドールに殺される人はいる」
「だから、今度パーシヴァルを狙う時は、クレイドールを使うなってこと?」
「無駄よ。殺すのは彼だけなのだから。私たち三人で殺した方が容易い。クレイドールを出せば、騒ぎになるだけ。そうすれば私たちを止めようとする人間が現れて、ますます殺しにくくなるだけ――そうでしょう」
「そうかもしれない。わたしたちが危険な目に遭えば、クレイドールはわたしたちを守ろうと勝手に現れる。そして、誰かを殺したいと願えば――あのルクセルグでやってみせたように、現れてとでも強く願えば、たくさん現れてくれるよ。わたしたちを、まるで主だと思っているかのように。でも、後の動きまでは操れないからね。クレイドールなんて出ないでって、願っておけばいいのかな」
「まだ、全てを把握したわけじゃないのね」
「クレイドールなんて異形のものを、わかりたいなんて思わないよ」
「それも、そうね」
しばらくの沈黙に、コップを眺める。
あの試験場にハイブリッドがいたとしたら――?
ハイブリッドの似姿である二人の意志に従うようにクレイドールは現れる。危険に遭えば守る――私がメリアに剣で斬りかかると、ちょうどそこにクレイドールが現れた――ように、彼らは主を守る。そして、彼らがルクセルグでラプターを大量に発生させて見せたように、彼らがその意志を殺意や行動に向ける時、その意志に従う。二種類の魔法しか使えない、言うなれば未完成のハイブリッドの二人だけど、それでもそれだけの力が扱える。クレイドールを出現させられる。だとすれば、あの試験場にいてハルカを殺した『本物』は、もっと上手にクレイドールを扱える、最上の主なのではないか。
……馬鹿、有り得ない。
あの場にクレイドールがいたのなら、ヘイガーさんやアーニィさん、ウルスラさんだって目撃しているはず。今までそんな話が出てこなかったのだから、出現していないのが妥当だ。でも、本当にそうなの? 隠していることがあるとは思わない。でも、隠していないとも限らない。クレイドールがあの場にいた。その可能性も吟味しなければならない。
それは、ウィルがいる時に話せばいいだろう。
ウィル。
なぜか、ウィルと長く話していない気がする。まだ一日くらいだろうけど、実際距離があるからか。ここはルクセルグではない。彼はルクセルグにいる。ラプターの騒動に巻き込まれていないといい。でも、きっと彼のことだから巻き込まれているだろう。運が良ければ、ウルスラさんやステラさんと接触して、話をしている。彼はまだ、私がすでにウルスラさんと話したことを知らないから、二重になってしまう気がする。恐らくしばらくは会えないから、きっと、多くのことをウィルが先に知るんだろう。私はまだ帰れない。二人のことを知ってしまったから、きっとその復讐を見届けなければいけないからだ。そして私も、その協力の過程でハルカの真実に辿り着きたい。ウィルとは別の方法で、きっと。
「お姉ちゃんは、お兄さんのために誰かを殺せるんだ」
「ハルカのためなんかじゃない」
「誰のためなの」
「私のため。ハルカがもし死んだ後の世界で、私に人殺しなんてやめろ、復讐なんてお前にしてほしくないなんて言ってたとしても、そんなの関係ないわ。ハルカは死んだ。死んだ人が何を思っていても、そんなの私には届かないし、それは私が勝手に想像しただけの声。確実なのは、私がずっと怒りを抱いていること。それだけよ。だったら、私のこの気持ちを晴らすために、犯人を殺したいの」
「正しいよ。ハヴェンみたいだね」
「正しくはない。あなたも同じよ。どうせ復讐しようとする意志なんて、そんなものなのよ」
「間違ってるの?」
「正しいとか間違いとか、どうでもいい」
「そうだね」
「だから、あなたはパーシヴァルを殺すのよ」
「うん」
「私も、ハイブリッドを殺すわ」
「応援する」
「ありがとう」
「三日後、頑張ろうねお姉ちゃん」
「そうね、おやすみ」
メリアは窓の外に目を向けた。私はコップを片付けて、静かに部屋を出る。壁際に手をついて、立ち止まり、彼女を見た。正しいとか間違いとか、知らないけど、あのような少女が誰かを殺すために生きるなんて、それは間違いでしかない。そして、そうするように運命を作り変えてしまった、学院とパーシヴァルの存在だけは、確実に間違いだ。同じだなんて、嘘だ。同じじゃない。彼女たちは、彼女たちが受けた痛みのために戦う。彼女たちの心と体に刻まれた傷のために、その涙を乾かすために戦うのだ。だけど私は、ハルカを失っただけで、この体に少しも傷を負っていない、綺麗な生き方をしてきた。失ったのは、大切な物。その悲しさだけの復讐が、彼女たちと同じなはずがないのに。
部屋に戻って拳を握ると、力任せに一撃、壁を殴った。
弱気になるな。彼女たちには彼女たちの、私には私の復讐がある。
ハイブリッド、この手で必ずあなたを……。
■
三日後、私たちはパーシヴァルを襲撃する作戦に出ることにした。
■
ウィルとウルスラは、ルクセルグの小隊として翌日、北都支部の大講堂に集合していた。
「やはりステラさんは病弱ということで、参加されないのですね」
他の支部からやってきた大勢の生徒たちの隊が講堂に集まりつつあり、そのざわめきが二人の会話に入り込む。ウルスラは辺りを見回す。やはりどこも優秀な生徒が集まっているようだ。風格が違う。
「そうね。パーシヴァル学院長の直々の招集だもの、きっと重要なことなんでしょう」
「ステラさんは普段から、演習を免除されているんですね?」
「そうね。無理のあるものはやっぱりね……でも、座学では常にトップなのよ」
「凄いですね。でも、演習に参加しないのなら、なぜ都外研修に?」
「……あの子は、私がいないと駄目なのよ」
「どういうことです」
ウルスラは切なそうに目を細め、微笑んだ。
「試験であの事件に出会ってから、ステラは私の傍を離れられないの。もちろん、ちょっとならいいのだけど、近くにいないと落ち着かない時期があったから。だから、私が北都に来ることになると、彼女もついてきたのよ」
「それも、やはりトラウマが……?」
「そう、かもしれないわね」
ウィルは奥歯を噛み締めた。
ステラさんはウルスラさんに介抱してもらった経験から、おそらく心理的に彼女の傍が落ち着くのだろう。炎に巻き込まれていく人間を見た衝撃。その恐ろしい記憶を、ウルスラさんという人物の存在をクッションにして宥めているのか。精神的なことはわからないが、ステラさんによってウルスラさんはそんな心の拠り所なのだろう。恐ろしい経験は「彼女が助けてくれた」というあの時の一瞬が、そのまま継続的に今でも続いている。そんな感じだろうか。
――やはり。ウィルは唇を噛んだ。
やっぱり、何か引っかかるぞ。
思考を展開しかけた時、ざわめきが少しずつ収まり出し、講堂の小隊が一列ずつに整列しだす。ウィルは所定の位置に並び、講堂の壇上を見た。脇からゆっくり中央に歩み出る銀色のローブ。講堂は張りつめたように静かになった。
「諸君、よく集まってくれた」
パーシヴァル――。
ウィルは一人で静かに彼を睨んだ。先日のラプター騒動など意に介さないように、余裕の笑みはいつもと変わらない。他の生徒たちは、尊敬すべき学院長としての視線ばかりだが、ウィルだけはただ、彼の動向表情、それ一つ一つを逃さないように、じっと睨みつけていた。今度は、いったい何が目的なんだ。
パーシヴァルは群衆を見渡すと、低い声を高らかに響かせた。
「諸君にはひとつ、やってほしいことがある。子どもを二人、捕まえてほしいのだ」