たおやかな狂える手に④
気付けば床を蹴り、瞬時に腰から剣を抜いて、少女に斬りかかっていた。間合いを一挙に詰め、聡明な顔立ちにそのまま剣を振り下ろす。少女はすぐに避けると、雷を宿した側の手のひらで、私の首を掴もうとした。すぐに足首を回して、少女の腹部に蹴りを入れる。しかし、重い感触があったのに、私が蹴ったのは少女ではなかった。それは黒い塊で、少女は空中に浮いており、私が蹴ったのは――キャットヘッド、黒い姿の猫型クレイドールだったのだ。
「――っ!?」
どこから湧いたの。
吹き飛んだキャットヘッドをすぐに火球を撃ちこんで破壊し、その隙に床に降り立った少女に目を向けた。
「今、あなた――炎と雷を同時に、出したわね」
「出したよ」
「一人一気質の原則は、覆らない……だけど、それを凌駕できるのは」
「……ハイブリッド?」
「どうして、知っているの!」
少女に向かって、炎を放った。火球を打ち込み、炎の渦を叩き込んだ。爆音が煙と共に吹き荒れる。けれど、同じ場所に向かって、炎を撃った。何度も何度も、何度も――……その度に、先ほどの少女の姿が頭の内側を殴った。雷と、炎。炎と雷。なぜ? 二気質? 一人一気質。私は炎しか使えない。でもこの子は、今、炎と雷を――使った! 手のひらに、炎と雷を蓄えて宿したのだ。はっきりと見た。だったら、だったら、だったら……。
魔法を放つのを止めると、煙の中からゆっくりと少女が現れる。無傷だった。
「何をそんなに怒っているのお姉ちゃん……わたしは、パーシヴァルの居場所を教えてほしいだけなんだよ?」
「あなた、ハイブリッドなのね――」
「だったら、どうなの。お姉ちゃん、酷い顔をしているね」
「殺す」
見つけた。
見つけた。
こんな、こんなの予想していなかったけど。
こんなところで。
意識が消えたように、頭は真っ白になった。けれど、目の前の光景は静かに動いた。目の前で起こる動きは全て、確実に私の中で見えているものだった。少女に剣を叩き込むと、そこに――まるで示し合わせたようにクレイドールが現れ、少女の代わりに剣の一撃を被り吹き飛んだ。なぜ、現れるの――お構いなしに、次々に少女に魔法と剣撃を撃ちこんだ。しかし、少女は軽々とそれをいなして、躱す。「魔法を使いなさい」そう叫んだ。すると少女は「だったら見せてあげる」――そう言い、私の剣を避けると、雷魔法特有の痺れるような、毒々しく、激しい閃光を手に輝かせ、私に殴り掛かった。思いきり仰け反ってそれを避けると、少女はそのままの格好で、手のひらから火球を放つ――こちらは下から上に向かって腕を振り上げ、炎で障壁を作り上げ、その火球を相殺させた。その動きはまったく、考える間もなく、体が勝手に動いた。ほとんど頭も動いていなかった。
「何か知ってそうだね、お姉ちゃん――外に行こうよ」
そう言うと、少女はロビーの壁の一部を破壊し、外に飛び出した。破壊された壁は円形に刳り貫かれており、ルクセルグのメインストリートを挟んだ、向かい側の建物が見えた。私はその穴を同じようにくぐり外へ出ると、少女は向かいの建物の屋根伝いを魔法浮遊を応用して駆けていた。私はすぐに地面に魔法を放ち、空中に浮き上がった。
■
「なんだ――?」
ウィルは寮で荷物を整理した後、ルクセルグの施設を回って見ていた。しかし、屋内演習場の建物の入り口に差し掛かった時、非常に大きな音がどこからか聞こえたのだった。あれは、本校舎の建物の方だろうか。これから一か月お世話になる施設だから見学しておきたかったが、少し気になり、本校舎に戻った。廊下を歩き、ロビーに辿り着く。しかしウィルはそこで異様な空気をすぐに察した。それからロビーに、今朝相手をした男性教師の死体が倒れているのを見ると、状況がまったくもって想像を絶していることを理解する。死体は、上半身だけだったのだ。死体に駆け寄って、しばらく考え込んだ。落ち着くのに時間を要した。周りを見渡すと、床はところどころが焦げ、砕け、とりわけ目を引くのが、メインストリート側の壁が思いきり破壊されて、円形の穴をあけているということだ。壁の穴は床よりも少し高い位置に開いていて、道の向かいの建物の屋根、そして青い空がよく見えた。
「何が、起きたんだ……?」
男性教師の死体を、唇を噛み締めながら床にゆっくりと寝かせて、辺りを散策した。
「……粘土細工?」
しゃがんで、床に散らばった固形の白い物体を触る。これは、粘土細工だ。壁の一部が砕けたものじゃない。それに、そんな粘土細工がかなり多く散らばっている。――クレイドールが、出たのか? こんな建物の中で? 基本的にクレイドールは森や高原のような、人のいない辺境から現れるはずでは……建物に侵入を許した? それを誰かが撃退する際に、こんな風な壁の穴が出来たのだろうか……しかし、クレイドールは基本的に雑魚だ。こんな穴ができるとすれば、かなり強いクレイドールを相手取ったことになる。誰が戦ったにせよ、恐らく現れたのはレプティルかラプター、もしくはデモンズヘッドか? 壁の穴が床より高い位置にあるから、鳥類型のラプターが突然上から建物に突っ込んできた……とか? しかし、ラプターは建物に突っ込んだりはしないはずだが……鳥類が建物に突っ込んでも、狭い屋内ではその翼の特性を生かせず、いい的になるだけだ。そんな習性は無い。だとすれば、これは、いったい何がどうなってるんだ?
暫くすると、別の足音が聞こえて、すぐにそちらに目を向けた。
そこにはふわりとした茶髪の女子生徒が立っていた。
「こ、これは……何が起こったというの」
「えーっと、あなたは……」
「あなたは、誰?」
「ウィルフレッドと言います。ここの上級生の人ですか……すいません、俺は――僕は今日こちらに都外研修に来たので、先輩方の名前を知らないんですよ」
「今日こちらに……そうですか。私はウルスラというの」
「ウルスラさん?」
「はい?」
「あ、いえ……」
ウィルは、こんなところで目的の人間に出会えたことに驚いたが、すぐに口元を押さえた。今はそんな話をしている場合ではない、いかにも怪しすぎるこの状況についてきちんと理解することが大事だ。彼女の協力も必要となるかもしれないのに、五年前の事件についての話をしている暇などない。ウルスラは、倒れている先生の死体に目を奪われた。
「それよりも、これは……」
ウルスラが不安そうに言った。
「先生の――死体です」
「死体っ……!」
ウルスラはしばらく死体を見つめるが、目を閉じ、胸を撫でるようにしながら呼吸を整えると、落ち着きはらった様子で再び目を開けた。今日ここに来た自分より、先生との付き合いは彼女の方が長いだろうということもあり、ウィルは少しだけ話しかけるのに戸惑ったが、緊急事態でやむを得ない部分もあり、そして、彼女が予想よりもずっと自分の動転を落ち着かせることができる心の持ち主であると考え、すぐに口を開いた。
「ここで、何かあったんです。あの壁の穴も、床の損傷も……おそらく、そこらに散らばっているのは粘土細工ですから……」
「……クレイドールが、現れたということ? でも、どうしてこんな屋内に? 外から入ったのかしら」
「さっき大きな音がしましたね? 僕はそれを聞いてここに駆けつけたのですが」
「私もよ」
「どうして僕たちだけ?」
「それは、他の生徒たちが皆、外に演習に行っているからでしょう。おそらく、ここにいるのは私とあなた、それとステラっていう女の子と――」
「ステラさんも?」
「ステラを知っているの?」
「ええ、まあ……」
「私とステラも外に演習に行っていたんだけど、ステラが体調を崩したの。それで、二人でここに戻ってきて――そうだわ、アリサさんって子もいたわね」
「アリサ? アリサが何か?」
「あなたも知り合い? ステラの介抱を手伝ってもらったのよ」
「あっ……そうですか、あいつ、何か失礼なことしてませんでした? 例えば、五年前の事とか」
「あなたも事件のことを?」
「僕はアリサと一緒に、あの事件――あなたたちが目にした、試験場での事件を調べて回っているんです。まあなんというか、協力者? そんな感じですね」
「なるほど」
「あっ、もしかして、矢継ぎ早に質問されたんじゃ?」
「されたわ。また時間を設けるという約束をしたのが、ついさっきのこと」
「ついさっき?」
「本当にさっきよ。まだ私たちの部屋を出て、そんなに経ってないと思う」
「じゃあ、どうしてここにアリサが来ないんだ? 屋内演習場の俺でも気付いたんだけどな……」
「確かに――」
ウルスラは壁の穴に近づき、外を見る。外はこの空気に不釣り合いなほど澄んでいて、穏やかな空と街並みが覗いている。
「……アリサがなにかしでかした、のか?」
「その可能性はあるかもしれないわね」
「先生の死体――上半身だけです」
「……そうですね」
「ここに粘土細工の破片があるということはすなわち、ここにクレイドールがいたと考えるのが妥当です。そして、上半身だけの先生の死体。しかし、下半身は見当たらない。この事実を鑑みるに、おそらくここに現れたのは――レプティル型です」
「レプティル型のクレイドール?」
「はい。爬虫類型、つまりはまあワニの形をしていますから、おそらく先生はそんなクレイドールに突如襲われ、下半身を食いちぎられたのではないかと思われます。ドッグヘッドやキャットヘッドは、もっと荒々しく人間を食う。こんな風に、下半身がごっそりないというのは、レプティル型しかできない食人方法ですよ」
「レプティルがここに……」
「そして、アリサがここに来ないということ。そして、すでにクレイドールが粘土細工にされているということ、そしてこのロビーの荒れ具合から考えれば、アリサがそんなレプティル型のクレイドールを倒したのは確実です」
「あの子が……アリサさんは強いのね?」
「強いです。特待生ですから」
「でも、あの壁の穴は何かしら。あの壁の穴からレプティルが入ってきたとは考えにくいし」
穴は床より高い位置にある。爬虫類型のレプティルは床を這って動くため、穴は床に接する壁に開いていなければ入ってくることが出来ない。ウィルは壁の穴の近くを見て、あまり壁を破壊したために散らばった瓦礫がないことに気付いた。すぐにロビーのメインストリート側の扉を開け、外に出る。ウルスラもそれに続いた。
外には、瓦礫がメインストリートに散らばり、幾人かの野次馬や住民が集まって、不可解な顔で騒いでいた。
「……そうか」
「何か分かったの?」
「瓦礫が外にありますね? ということは『内側から壁を破壊した』ということになります」
「じゃあ、アリサさんがロビーの中から壁を破壊したということ?」
「かもしれません」
「どうしてかしら。火球を外した?」
「火球を外して、それが壁を破壊したとすれば、アリサから見て攻撃対象が『宙に浮いていた』ということになります。でないと、その方向に火球の炎魔法は撃ちませんよ。現れたと推測されるのはレプティルです。だとしたら床にいるので、この方向に火球は撃たない」
「じゃあ別に理由があった」
「そうです」
轟音はきっと街に広く響いていたのだろう、少しずつ人が集まり出していた。ウィルとウルスラは、当の建物を使用している学院生だと悟られないように、少しだけ離れた。何が起こったのか住民たちに質問されては溜まらない。警察も来るはずだ。今はそんなものを相手にしている場合ではないと、ウィルは直感的に分かっていた。何か起きている。
「その理由は、ウルスラさんは何か検討付きますか?」
「わからないわ。アリサさんは、むやみやたらに壁を破壊したりするような人じゃないわね?」
「そうですね。ちょっと暴走しがちで常識外れではありますが、さすがに壁を破壊したりはしないでしょう」
「壁を破壊した。それがミスではないのなら、壁を破壊する必要があった、もしくは――」
「もしくは?」
「壁を壊したのが、アリサさんではないとか」
「……ロビーに、誰か別の人物がいたというんですか?」
「可能性としてだけど」
ウルスラは賢明な判断をする。落ち着いている。ウィルは感心した。
ほぼ同時だった。
空が明滅した。青空が、まるで雷で撃たれたように黒と白に交互に入れ替わったような、そんな明滅だった。それから空は再び青くなったがしかし、まだら模様のように、青を背景に、黒々しい姿が大量に湧き上がっていた。
「――まさか」
「ラプター!?」
青空を背に空を舞う黒い姿。
それは、クレイドールの鳥類型、ラプターの大群だった。
■
メインストリートをかなり北上した、城門前の公園に、私と少女は降り立った。
「お姉ちゃん、すごく強いんだね……驚いた」
「……あなたも。さすがは『ハイブリッド』ね」
「その呼び方は辞めて。大嫌いなの」
「実際そうじゃないの。あなたは炎と雷が使える! そうやってハルカも殺したんでしょうっ!?」
「だから、さっきからずっと言っているその人、誰なの? さっきの先生?」
「違うわ! 五年前、ヘヴルスティンクの演習場で、試験中にあなたが殺した男の子よ!」
「五年前? 有り得ない。その頃の私は、まだ捕まっていないから」
「捕まって――さっきから、訳の分からないことを!」
踏み出して、少女に間合いを詰め、剣を振り切る。少女はそれを雷で弾くと、もう片方の手で炎の塊を私に撃ちこもうとする。くらわない――すぐに身を捩って、彼女の左側に移動し、彼女の脇に剣の一閃。あたらない――避ける、避けられる、攻撃、魔法、火球、雷、避ける、飛ぶ――この応酬が、いったいどれくらい続いたのか。少女も私も、まだお互いに一撃も喰らっていなかった。自惚れではいないけど、ハイブリッドのために培った魔法も力も、いざ目の前にすればほとんど意味がなかった。同じように、相手も――いやそれ以上に、動けすぎる。身のこなしは完璧だった。
再び地面に降り立ち、間合いを取る。いつでも剣を振り、炎を放てる格好で。
「お姉ちゃん、わたしはハイブリッドじゃないよ」
少女が言う。
「嘘よっ! 炎魔法と雷魔法を使っているのを、はっきり見たわ……!」
「わたしはハイブリッドじゃない。そうなるように造られた、偽物なの」
「偽物……どういうこと?」
「教えてあげるから、パーシヴァルの居場所を教えて」
……何か違う。
少しずつ自分の中に溢れ出る熱が、言葉によって冷やされ始めていた。
落ち着け。
……落ち着きなさい。
どうも、熱を上げているのは私だけのようだ。無暗やたらと攻撃しても、答えをくれないのだろう。私は息を吐き、剣を収めた。魔法を撃つ構えもやめて、落ち着けと自分に言い聞かせながら少女と相対する。パーシヴァルの居場所? 殺すためと言っていた……なぜ殺す? もし少女がハイブリッドだったとしても、パーシヴァルをなぜ殺すのだろう。この子には、分からないことが多すぎる……その両手に宿った魔法は、どう考えてもハイブリッドのものだ。それなのに、否定するの……。少女が冷静なのに、私だけ怒りに狂っている。そんな温度差では、語り合いもできない。私はゆるりと口を開いた。
「……私も知らないわ。こっちが知りたいくらいよ」
「どういうこと?」
「私も、パーシヴァルに用がある。彼には訊きたいことが山ほどあるの」
「それは――さっきからずっと話している、ハルカとかいう人のこと?」
「そうよ。あなたのように、パーシヴァルを殺すとまでは考えていない。けれど、場合によっては彼に一つ報いを与えたいとは考えているわ。できるなら、ヘヴルスティンク魔法学院を潰す。それが私の願いよ」
「……うふふ、じゃあ仲間だねお姉ちゃん」
「仲間じゃないわ。利害の一致と言うのよ……それに、一緒にしないで。理不尽に人を殺すあなたとは違うわ」
「さっきの人のこと……? あの人は悪い人だよ。理不尽じゃない」
「……何の話?」
「お姉ちゃんとは、ゆっくりお話がしたいな。後でわたしたちの家に来て、ゆっくりお話しよ?」
「構わない。そのような家があるのならね」
「あるんだよ。弟も住んでる」
「そういえば、学院で会った時もそんなことを言っていたわね……」
ほぼ同時だった。
頭上に、何かを打ち砕くような力強い音が響くと、視界が一瞬黒く染まり、それが空の色だと気付くのに、数秒かかった。再び明るくなった世界が、空の青色を同じように街に降り注いではいなかった。その違和感に空を見上げると、青の色にまだら模様を撃ちこんだような、黒い影が浮遊していた。
「あれは――」上を見上げ、目を凝らす。「ラプター……」
なぜ、こんな時に? 私は奥歯を噛んだ。
「……」
こんな時に、じゃない。
真っ白な思考の中で、引っかかっていたのだ。北都支部のあのロビーで、なぜレプティル型が先生を喰らったのか? 基本的にクレイドールは弱い。そしてレプティル型はあまり動きが早いわけではないので、もし発生しても、それがロビーに侵入してくる際に先生も気付き、すぐに対処できたはずだ。寮には私とウィル、そしてウルスラさんとステラさんがいるということを先生は知っているはず。だから救援だって呼べただろう。なのに、それもせずに、思いきり下半身を食われていた……。ということは、先生はそんな対処をする暇もなく『突然現れたレプティルに』喰われたのではないだろうか。
先ほどの少女の戦闘の時、突然現れたキャットヘッドが彼女の体を防いだように見えた。そして今、ラプターが突然現れた……このことから推測するに。私は大群のラプターが発する嘶きを聞きながら、少女に視線を下す。
「――あなた、クレイドールを操れるの?」
「操る?」
「あなたは先生を殺したって言ったけど、実際殺したのはレプティル型だった。もし自然に現れたレプティル型が先生を喰らったというのなら、それはまったくあなたの意志とは関係が無い。それなのに、レプティルによる殺人を、さも自分の殺人のように言って見せたあなたは、おそらく――」
「鋭いねお姉ちゃん。さっきまでの暴走っぷりとは大違い」
「沸騰してばかりもいられないわ」
「別に操れるわけじゃない。けれど、少しだけ従わせられるだけだよ」
やっぱり。
少女は空を見上げた。
「だったら、このラプターの大群もあなたの仕業なの!」
「違うよ。これは弟がやったんじゃないかな」
「弟――弟も、操れるの」
「操れるのとは違うって言ってるのに」
「――――話をしたいのはやまやまだけど」
ぐずぐずしている場合じゃない。
少女との会話は一旦休止。
ラプターは空中から一気に急降下し、歩いている人間を嘴でくわえる。まるで、魚を取るかのように、獲物を捕るかのように。そして空中で、その鋭い嘴で人間を噛み砕き、咀嚼する。急降下から空中へ、まるで楕円を描くような行動は素早く、ドッグヘッドやキャットヘッドとは訳が違う。
「あなたの話は、あとでじっくり聞かせなさい」
「お姉ちゃんはクレイドールを倒すの?」
「倒すわ。無関係な人は巻き込めない。なぜ、あなたの弟は彼奴等を呼び出したの? 無意味よ」
「あぶり出すんだ」
「何――」
「これだけ大量に出てくれば、普段はまったく動かない魔導士も動き出さざるをえない」
「パーシヴァルを呼び出すのね……」
「そう、出会えるかはわからないけれど」
「出会ったら、殺すの?」
「殺すよ」
「殺さないで」
「どうして?」
「言ったでしょう。私は奴と話さなければならないことがある」
「……深刻そうだね」
「パーシヴァルを見つけて、もし殺すことができそうでも――殺さずに生け捕りにしなさい。私が話をするまで、殺させないわ」
「そう――目的があるんだね、恐ろしい、とても恨めしい。やっぱりわたしたちと同じだ」
「……同じじゃない」
「どうかなあ」
「――あなたはここにいなさい。ラプターなんて一掃してみせる。それから、話を聞かせなさい」
「うん、待ってるね」
少女は場違いすぎる笑みを零した。
私は静かに舌打ちすると、地面に向かって魔法を放ち、浮遊してラプターの大群に飛びかかった。
■
ウィルは魔法浮遊で建物の屋根よりも高く跳び上がり、ひたすらラプターを切り捨て、風魔法で切り裂いた。数が多すぎる。しかし、多いだけに一撃の魔法で多くの数を一掃できた。それでも青い空を覆うラプターの大群は、ウィル一人ではあまりにも追いつかなかった。「くそっ――」魔法の連続で、一瞬だけ落ちそうになる。
ほぼ同時に、下から持ち上げる力が働いた。ウィルは顔を上げる。
「ウルスラさん――っ!」
「ウィルフレッド君だったっけ、一気に魔法を使い過ぎじゃないかしら?」
ウィルは同じように魔法浮遊で飛び上がってきたウルスラに、背中と膝を抱えられる形で持ち上げられていた。ウィルは苦笑いした。一呼吸起き、合図とともにウルスラの手から離れると、落下しながらラプターを数体剣で切り裂く。切り裂かれたラプターは翼に傷を負い、地面に落下した。ウィルは一旦地面に降り立ち、すぐに地面でのた打ち回るラプターを風で一掃した。上を見上げると、宙に浮いたまま雷魔法でラプターと応戦するウルスラの姿が見えた。
「おい、坊主! こりゃいったいどういうことだ!」
近場から大きな体の男が数人駆け寄ってきた。周りはすでに、大量のラプター出現に戦き、ひたすら逃げ惑う人たちの阿鼻叫喚で満ち満ちていた。皆、自分の家を目指しているのだ。ラプターはかなり強い部類だが、人家の中にいる人間までは把握できない。こうして道に立っている人間を狙うのである。だから生き延びるには、何処でもいいからとにかく屋根の下、建物の中に入るのが得策だったが、突然のラプターの大群の奇襲に、パニックになっている人間がほとんどだったのだ。
「わかりません、しかし、あれはラプターです。クレイドールです!」
「わかってらあ。だが、なんであんなにいきなりなんだ? 普通は南の森から、まるで渡り鳥みたいにやってくるはずなんだが、今回のは本当に突然、上に現れたぞ」
「俺も空を見てたからな、本当にいきなり現れた」
男たちは眉を寄せる。
一応クレイドールの性質としては「何時でも何処でも現れる」というものはあるが、厳密にはパターンがある。ドッグヘッドやキャットヘッドは森に出現しやすいこと、レプティルは水場、ラプターは空の向こうだ。とにかく、基本的には『人間の眼の前では』現れない。ラプターも、今のように空に突然現れるなんてことは、今までのケースからは考えられないのだ。ウィルは学院で学んだクレイドールの授業を思い返す。やはり、今回の発生は異常でしかない。
嫌な予感がする。
「とにかく、昔は学院で腕を慣らした俺の魔法が唸るぜ」
男たちは魔法浮遊で飛び上がり、ラプターを駆逐し始めた。様々な職業に就いた人間で、普通に暮らしている庶民の中にも、魔法を扱える人間がほとんどだ。クレイドールの討伐は学院生が基本的にやるとは言っても、今回の場合はやむを得ない。明らかな緊急事態だ。ウィルはそれに続くように地面に風魔法を撃ちこみ、同じように飛び上がってラプターを切り刻んだ。男たちはラプターに乗り、その飛行を利用して、ひたすら空のラプターを倒していた。ウィルは感心した。
ラプターの背中を伝って、ウルスラのところに向かう。
「ウルスラさん!」
ラプターを倒し、真下に向かって魔法を撃って浮遊、そして攻撃――これを繰り返しながらの会話は、全力疾走中に会話するようなものだった。体力を消耗する。しかし、それでもやらねばならないほどラプターの数は圧倒的だった。
「ウィルフレッド君! 今は、話しかけないでっ!」
「大丈夫ですか!」
後ろから迫るラプターを、一撃、上、一撃、下、左右。風魔法を放ってはそちらに仰け反り、その先で待っている一体の嘴に、体をよじりながら一撃を与える。体が裂けたクレイドールは粘土細工になり、砕け、下で広がる市街地の屋根に灰色の雨を降らす。遠くを見れば、普通の住民たちで、魔法を扱える人間たちが応戦していた。まずい――学院生は今、ほとんどが演習で城下町を離れている。もしこの異常にあちらが気付いていても、まだ帰ってくるのには時間が掛かる! ラプターの一匹の背中に乗ると、ラプターは振り落そうと体を揺らし悲鳴を上げる。言うことを聞け――ウィルはそのラプターの進行方向にいる他のラプターを、剣で切り、魔法で八つ裂きにした。ほとんど息をしていなかった。最後に、乗っていたラプターの背中に剣を突き刺し、粘土細工と化したと同時に、その破片と同じ速度で地面に降り立つ。城下町の道は、まるで雪が降ったかのように灰色で満たされ、砂のように粘土細工の欠片が溜まっていた。ウィルは呼吸をする。
そんなウィルの視界に、一人の子どもが立っていた。
男の子。
「おい、そこのお前! 何やってるんだ! 早く隠れろ!」
思わず叫び上げるが、少年の頭上には下降してきたラプターが迫っていた。
間に合わな――。
駆け出そうとしたウィルの前に。
銀色が降り立った。
そして、周囲を炎の渦に巻き込んだ。
少年に近付いていたラプターは一瞬にして粘土細工と化し、ウィルに背後から迫っていた他の一体も駆逐された。辺りは真っ赤に染まり、その炎が風を唸らせ、そこに立った人物の銀色のローブをふわりと巻き上げる。ウィルは膝を付いた。一瞬だけ呼吸が止まった。しかし、もう一度息を吸い込むのと同時に、彼が振り向いた。
「無事かな?」
不敵な笑み。
ウィルは炎の光に照らされながら、静かに名前を口にした。
「パーシヴァル……」
■




