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プロローグ

 ターナー・ライツヴィルの前に、死体があった。

 長いテーブルに寝かされている。

 顔に、白い布。

 首から下は、剥き出しの黒。

 死体の顔には白い布が掛かっていて、その表情を窺うことはできない。しかし、たとえその布がなかったとして、その表情を知ることができるはずがないことは、その死体が部屋に運ばれてきた瞬間にわかっていたことだった。

「――――焼死体……ですか?」

 ターナーは静かに、それを自分に対しても確認するように言った。誰かが反応してくれるとは思わなかった。強烈な情報が瞳に入り組み、勝手に口を動かしたような心地がした。ひとりごとのような細さだった。

「そうだ」

 低く力強い声が、彼の向かいで返事をした。彼は顔を上げる。

 学院の最高責任者、学院長のパーシヴァル・イグニファスタスだった。

 ターナーとは死体の置かれたテーブルを間に挟んで、ちょうど向かい合う形で立っていた。パーシヴァルは学院の最高権力の証――銀色のローブを纏っており、顎の短く白い髭を撫でていた。そして、張りつめた空気をまた強く冷たくする鋭い瞳も、今はただ死体に注がれている。ターナーは学院長の反応に目配せすると、もう一度死体に視線を落とした。そうだ。その返答がようやく自分に、客観的な視覚に踏み切らせる、ようやくのきっかけになった気がした。

 目の前にあったのは、焼死体だった。

 何もかもが、至る所まで真っ黒だった。

 死体の寝かされているテーブルの表面が真っ白だったために、その対照的な黒い四肢が際立って見え、それがかろうじて人間の形を象っていたから、それが人間だと見分けがついた。否、そういった見分け方をしなければそうだとわからないほど、死体の節々は焼損に痛み、黒々しく焦げ尽くされていた。肩、腕、腹、脚……何もかもが、ただ燃やし尽くされている。酷いにおいはいつまでもしていたのに、それを忘れる程度には、その場にいる人間にとって衝撃的な存在感を醸していた。

 ターナーはじっと、見つめることだけを続けた。

 自分でも意外なほど、冷静ではあった。冷静なことが異常であるとは、それとなく知っていた。

 部屋は学院長室で、荘厳な赤い絨毯が敷き詰められた、大きく広い部屋である。入り口の両開きの扉。そして学院を見下ろす大きな窓。その手前に、パーシヴァルが普段座る大きな机がある。しかし、彼は今その体を立たせ、その場に集まった教師陣と同じ格好で死体を見つめている。ターナーたちは中央の死体が置かれたテーブルを避けるように、絶妙な円形を形作っていた。

 パーシヴァルは、彼の傍にいた女性教師――学院副長、クリスティン・ルルウに目で合図を行った。クリスティンは静かな面持ちで眼鏡をくいっと持ち上げる。すっと一歩前に出て、ターナーたちの顔を一人ひとり窺った。それから、じんわりとした間を開け、引きずるような沈黙が肌に刺さる緊張に、その雄々しい言葉を放ち始めた。

「試験官業務が終了してお疲れのところ、申し訳ありません。しかし、緊急を要する事態であることは、皆さんの目から見ても明らかであると思います」

 学院長の補佐役である彼女の冷静すぎる事務的な口調が、今この場の張りつめた緊張感にはあまりにも似合いすぎた。ターナーはそんな彼女の眼鏡の向こうの瞳を見つめた。

 試験官業務。

 この部屋に集まっているのは、王都ヘルヴィニアに拠点を置く大陸最大の魔導士養成機関、ヘヴルスティンク魔法学院の教師たちであった。皆一様に教師の証である深い緑のローブを纏っている。この日は例年通り、春先に行われる入学試験の実施日であり、ターナーを含め、ほぼ全員の教師が試験官として一日を業務に当てていた。しかし、試験が終了した矢先、パーシヴァル学院長の命令でこの学院長室に集められ、この死体に対面したのである。

 焼死体。

 明らかな異常事態が、その存在を持って証明されていた。




「見ての通りこれは――焼死体です」

 クリスティンが眼鏡を持ち上げた。

「死体……王都警察に、通報はしたのですか」

 教師の一人が言った。

 死体。

 それはこの場にこうして置いておくには、あまりにも異質すぎる存在だった。こうしたものが自分たちの目の前にあって、こうして取り囲まれているというのは、どうしてもおかしい。つまり、この死体が発見された瞬間に、それは王都警察に通報すべきという常識が、ここではどうしてか適応されていないように感じたからだ。もし通報しているのなら、王都警察がやってきて、この死体を然るべき処置の段階に送るだろう。それなのに、こうして学院長室に運んでいるなど……教師の質問の答えは聞くまでもなく、ターナーには分かり切っていたことだった。

「しておらん」

 答えたのは、パーシヴァルだった。

「まだ不確定な要素が多すぎる故に、な」

 同時に学院でも最高齢のパーシヴァルである。先ほどの教師はすでに言葉を詰まらせてしまっていた。この緊張感の中では、ただ言葉を発する人間の元に視線が集まった。皆、死体から目を逸らすための理由が欲しいのである。誰かが喋ったのだから、そちらを向くべきだ。本来なら、これだけ大勢の人間がいれば視線は右往左往してもよい。しかし、この異常事態に置いて、その視線のやり場は、緊張のために皆同様の動きをする。そうでなければ、どうしても死体から目を逸らすことが出来ない。

「あの、不確定というのは……? 死体ですよ? 通報するのが先決では?」

 教師の中の一人が、恐る恐る言った。学院長は最高権力者であり、またこの学院でも最上級の魔法の使い手である。彼の判断に言葉を差し込むことは、それ自体勇気の必要なことである。ターナーは自分の臆病さを、一瞬だけ嘲笑った。自分も同じことを考えた。いや、この場の多くの人間が、同じことを思ったはずだ。なぜ、死体を放置している? そして、なぜこうして教師陣を集めてまで、死体と対面させたのだ? と。その答えを求めるのは自然なことだった。

 パーシヴァルは先ほどの教師に特別な反応は示さなかった。しかし、どこか余裕そうな笑みを浮かべている。

「まあ待て。まだ話は終わっておらんぞ。……さて、クリスティン君」

「はい」

 クリスティンが再び口を割った。

「学院長がおっしゃった通り、王都警察には通報していません。それは、不確定な要素……王都警察に死体を引き渡してしまっては、不都合なことが起こる可能性を考慮したためです。そのことについて説明する前に、第一発見者というべきか……クレイン先生にお話していただきたいと思います。……よろしいですね? クレイン先生」

 教師たちの視線が、まだ比較的若い男性教師、クレイン・エクスブライヤの元に集まった。彼は真っ青な顔をしており、死体を見て恐れ戦いた教師たちとは明らかに違った重苦しさを表情に孕ませていた。ターナーとは親しい教師であり、常日頃真面目な態度が認められている教師である。そんな彼が、第一発見者だと? 目に見える動揺は、ターナーの中に黒々しい不安を広げる。

「……突然、燃えたんです」

 彼は、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「僕は……何か変なことをしたわけじゃありません。いつものように――というか、何の弊害もなく試験過程を進めていたんですよ。もう教師も三年目ですし、試験官だって初めてじゃありませんでした。だから、最初に学科試験……それから、演習場を使っての実技試験。僕はちゃんと、一つ一つの監督業務をこなしていました」

「それで?」

 クリスティンが続きを促す。

「それで、僕が担当した六人の試験生を連れて……第四演習場に行きました。そこで、実技試験をやっていたんです」

 ヘヴルスティンク魔法学院の入学試験は、学科試験と実技試験に分けられている。

 学科試験は、入学に際しての魔法に関する基本的な知識、作法、文字の読み書きや、理数科目、魔方陣の識別などの問題が出題される。学科試験が終了すると、六人一組の班に分かれ、一班に一人担当教師が付き、普段在校生が魔法の練習をする演習場に移動する。演習場は野外のものと屋内のものがあったが、試験生の魔力はそれほど大きなものではない場合が多いため、基本的には屋内のものを使用することになっている。そこで、魔法による射撃、精度、魔力解放の数値と技術を測定し、それを実技試験とするのである。それが終了した時点で試験の全日程は終了となる。

 クレインは続けた。

「六人のうち、四人目……でした。その子の順番が回ってきたのは。それで、僕もいつものように合図をしたんですよ。遠くにある射撃用の的を、指定場所から雷で狙撃してみてくださいって。それで、彼もゆっくりに指定場所に向かっていったんですね。でも、そこで……そこで、突然彼の体が炎上したんです」

 クレインはそこまで言い終わると、自分の手を口元に当てた。

 黙っていたターナーも、さすがに言葉に歯止めがきかなかった。

 つまり。

 彼の言葉をまとめるならつまり。

「待て! じゃあなんだ? これは……試験生の死体だっていうのか?」

 ターナーの声は、部屋に強く響いた。教師陣に、少しずつざわめきが広がり出した。

「そうだ」

 クレインの代わりに、パーシヴァルが答えた。彼は事実にざわめく教師陣を前にしても、未だに含みを持った表情でいる。ターナーはパーシヴァルを正面に見据えた。試験生の死体。これは、この魔法学院の試験を受けにきた、十五歳――クレインの言葉から推測するに、少年――の死体だというのか。

「……大問題だぞ。試験生が試験中に死ぬなんて」

 教師の一人が呟いた。その通りだ。ターナーは死体を一瞥する。

 試験生が試験中に突然炎上……そして死亡して、こうして焼死体となってこんなところで寝かされている!

 なんということだ。

 それならやはり王都警察に通報すべきだし、学院としては誠実な態度を取るのが当然だ。事件の糾明こそ真っ当な行動である。しかし、こうして教師が集められ、死体を取り囲んでいる。王都警察にも通報せず、学院長と副学院長はあまりにも冷静だ。一方沈黙が連続し、教師たちの動揺は計り知れず、余裕のある対応は空気が許さなかった。そうして言葉が紡がれてみれば、これが試験生の死体だなんて。大問題にもほどがある。それなのに、穏やかなままのパーシヴァル学院長。そして、彼に倣ったように表情の崩れが無いクリスティン。二人は、いったい何を考えているのか……情報の不足に奥歯を噛みしめるターナーの耳に、クリスティンの冴えた声が突き刺さった。

「ただ死んだのではありません」

「えっ?」

「この試験生は、殺されたのです――」





「殺された?」

 ターナーが問う。クリスティンは眼鏡を持ち上げた。

「はい。この試験生は……殺されました」

「ま、待ってください。殺されたって……何を証拠に?」

 彼は死体を一瞥した。

「この試験生は……クレイン先生の担当ということは、雷魔法の学科を受けに来ていたんですよね?」

 クレインは雷魔法の使い手である。試験の監督も、雷学科の試験生に割り当てられる。

「だとすると、この試験生は雷魔法を使おうとしていた。だとしたら、雷魔法がこの試験生の服に引火した可能性が一番高いのではありませんか? 雷魔法の誤射や魔力制御の失敗による暴発、それが炎を誘発した。魔法の未熟な生徒がよく起こすミスです」

「ないでしょう。死体の焼損に注目すべきです。『燃えすぎ』だとは思いませんか」

 それはターナーも感じていた。この死体の焼損は、事故や誘発火にしては明らかに過剰なものである。

 雷魔法が服のような燃えやすい物に引火して火事になるケースは稀ではない。雷魔法の誤射や魔法制御の失敗が、近くの燃えやすい物に感電したりして、それが炎として燃え上がることもある。訓練を積んでいなかったり、魔力の練り方に問題があったがために制御しきれず、同じように魔法が乱れ、事故に繋がる場合だってある。しかし――それで大きな炎になったとしても、この死体の焼き尽くされ方は異常だ。雷が誘発した炎程度でこの焼損は有り得ない。死体は四肢や頭部含め、ひたすら全身が黒く焦げ尽くされているのである。雷魔法の失敗で、これほどの炎が湧き上がるのか。

「炎の勢いはどの程度でしたか、クレイン先生」

 クリスティンの問い。

「はい。ええっと、突然、思いきり燃え上がりました。一瞬で、その試験生の体を包んでしまいました」

「一瞬――炎が上がった瞬間、試験生の体が炎に包まれていたのわけですね」

 雷魔法が失敗したために燃え上がったとしても、それほどの強力な炎が一瞬で立ち上がるのか? 雷魔法の事故によって引火したとしても、服が燃えるとか、近場の家具や壁に燃え移る程度が最初の段階だ。そこから炎が様々なものに燃え移っていくからこそ、最終的に炎が強力になる。つまり、雷魔法の失敗で炎を誘発しても、最初の時点ではそれほど大きな炎のはずがない。

 しかし。

 一瞬で……強力な――それこそ、人間一人を包み込むほどの炎が噴き上がったというのか。

 可能なのは……それ自体が炎魔法だった場合だ。

「他の試験生は、無事だったのですか」

 ターナーの言葉に、クレインが答える。

「はい。この試験生だけが、突然猛烈な炎に包まれたのです」

「突然、燃えたのですねクレイン先生」

 クリスティンが質問する。

「はい……彼が魔法を撃つ指定場所に立った、その瞬間です。彼の体が、突然燃え上がりました。他の試験生は、少し離れていたので無事でしたが……えっと、僕は彼らを避難させて、すぐに教官室のクリスティン先生のところへ行きました。それから、クリスティン先生がやってきて、先生の水魔法で鎮火させたのですが……」

 クリスティンは水魔法の使い手である。あの場にいたのは皆、試験生含めて雷魔法の使い手しかいなかったはずだから、彼女にすぐに伝えたのは、懸命な判断だったのかもしれない。

「この試験生……だけ」

 ターナーはクリスティンに言う。

「魔法以外で殺された可能性はないのですね?」

「皆無と言っていいでしょう」

「どこかの扉が開いていたとかは」

 ターナーの質問に、クレインが答える。

「ありません。確かに屋内演習場には扉や窓もいくつかありますが、試験中ですから……天窓や左右の壁にある窓も閉めきっていましたし、カーテンも引いていました。入り口は二つありますが、どちらも内側から鍵を掛けていましたし……」

「では、外部の人間が炎魔法を撃ち出した可能性はないわけですね」

「そうです」

「内部の人間は、七人……外部の人間が入り込んでいた可能性は」

「それもありません。きちんと試験前に確認しましたよ」

「そう、ですか」

 ターナーが言葉に詰まった瞬間、パーシヴァル学院長が口を開いた。

「これが、その問題なのだよ」

「問題……」

「現場になった演習場は、現場の窓は全て閉まっており、かつ入り口も閉じられていた。外部の人間がこの試験生を殺すことは不可能。では、内部の人間はどうか。クレイン君を含め、あの演習場には七人しかいなかった。クレイン君の確認が正しければ、演習場にそれ以外の人間はいなかった」

 全ての扉は閉じられていて、内側から鍵が掛かっている。

 完全な密室状態。

 それを、外から炎魔法でこの試験生を狙い撃つなど、不可能と言っていい。秘密の通路などがあってこっそり犯人があの演習場に入り、その試験生を狙い撃ちした可能性も無くはないが、設備も万全なヘヴルスティンク魔法学院に、そのような隙があるとは到底思えない。ターナーは思考する。誰かがあらかじめ試験場に侵入していたのか? それで、どこかに――少なくともクレイン先生に見つからない場所に隠れて置き、試験が開始した際、こっそりと魔法をこの試験生に放つ。

 ――いや、無理だ。

 演習場の鍵は基本的に施錠されている。それを開けたのは、試験官のクレイン先生だ。学科試験が終了した後、自分の担当する試験生の班を引率して演習場に向かったのはまず間違いない。そして、鍵を使って試験場に入った。もし犯人があらかじめ侵入していたとしたら、演習場の鍵を盗んで直接扉から入るか、窓を破壊して侵入するか。その二つしかないだろう。

 鍵は職員室は厳重に管理されているから、それを盗み出したとはまず考えられない。第一、試験当日クレイン先生がきちんと鍵を開けて演習場に入ったということは、『鍵がきちんと職員室に返され、さらに演習場の鍵が閉まっていた』ということになる。鍵は外からしか掛けられない。となると、鍵が閉まっていて、それが職員室に返されている時点で、犯人は『外に出て』しまっている。内部に侵入するのが目的なのに、外に出てしまっては意味がない。やはり鍵を盗んだという線は否定される。

 では、窓を破壊して入ったとしたらどうだろうか。

 いや、やはりそれもあり得ない。先ほどクレイン先生は、試験の際、窓が全て閉まっていることを確認していた。つまり、窓を割って侵入した痕跡はないことになる。犯人が窓を割って入っていたのなら、閉まっていることを確認するその時点でクレイン先生が気付くからだ。全ての窓が閉まっていることが確認できたのなら、壊れている窓など一つもなかったということに疑う点はないだろう。

 つまり、鍵は掛けられており、かつ窓から侵入した形跡はなかった。犯人が演習場に侵入して、隠れてこの試験生に炎魔法を撃った可能性は皆無ということになる。

 となると……。

 ターナーは、ひとつの考えに思い至った。

 それしかないことになる。

 その可能性しか。

 だが。

 だがしかし……。

「では、内部の……つまり、あの練習場にいた残りの六人の犯行ということに」

 そういうことになる。

 外部の人間の魔法では不可能だったのだから。

 その場にいた残りの六人が、この試験生を殺したということになる。

 だが……。

「だがターナー君。あの場にいたのは皆、『雷気質』なのだぞ?」



 ――気質。

 人間の魔法の才の名称である。

 魔法気質には、五種類の気質が存在する。

 炎、雷、水、風、治癒。

 魔法気質を持つ人間は、必ずこの五種類の魔法気質のどれかに分類される。訓練を積み、理論を体得すれば、自分の指先で、自分の気質の魔法が使用できるようになる。

 だがここに、ひとつの制約がある。

 その気質の魔法能力しか使用できない、ということだ。

 例えば幼い頃、炎の魔法気質の兆候が見え始めると、その人間は「炎気質」とされる。その人間は未来永劫、炎気質の魔法しか使用することができない。同じように「雷気質」の人間は雷魔法しか撃てないし、「治癒気質」の人間は、治癒魔法しか使えない。他の気質の魔法は、自分の内側にその「気質」が宿っていないため、その気質の魔法を使用することは永遠に不可能なのである。魔法は才能であり、その気質が完全に支配する。

 この魔法学院にも五つの学科があり、自分の気質にあった学科を選択し受験、入学をする。

 クレインは雷気質の教師であり、また彼が担当した七人も皆「雷気質」であった。

 ターナーはその事実を知り、ぞっとする。

 人間はその気質一種類の魔法しか使用できない。炎気質の人間は炎魔法、水気質の人間は水魔法――だから当然、雷気質の人間は雷魔法しか使用できないはずなのだ。炎魔法は絶対に使用できない。しかし――……ターナーは死体を見下ろす。

 死体は『燃やされて』いる。

 つまり、彼がもし殺されたのだとしたら……それは「炎魔法」によるものだ。雷魔法にしては炎の勢いが強すぎることは、クレインの言葉で証明されている。だから、この試験生は確実に「炎魔法」で殺されたのである。

 だが、クレインとその担当した七人の試験生は皆、雷気質。

 炎魔法は絶対に使用できない。

 ……この矛盾はいったいどういうことなのだろうか。魔法気質の一人一気質の原則は揺るがないはずなのに。

「つまり、どういうことかわかるかな、ターナー君」

 学院長は、重たい間を挟んで、言葉を促す。

 ターナーは何も言えなかった。

 理解が始まり、その円陣は一つの結論に張りつめる。

 そして。

 続くように、クリスティンが告げた。

「炎で殺された試験生……外部犯の可能性は無し……演習場に、炎気質の人間はいない……これは、不可能犯罪です」



 五年後、一人の少女が壇上に立ちあがる。



「私はここに、新入生代表として立ったのではありません。

 まして、謝辞を述べるつもりもありません。

 私の名前は、アリサ・フレイザー」

 

 


 しかし、クリスティンの言葉を否定するように、パーシヴァルが告げた。

「だがひとつ、可能性がある。

 ――もしこの世に、一人一気質の原則を凌駕する、最強の魔法使いが生まれついていたとしたら。

 そして、その存在が、あの場にいた試験生の中にいたとしたら……?」

 彼は教師陣に背を向け、学院を見下ろす窓の傍に歩み寄った。

 そして、静かに言った。

「そんな存在を、我々はこう呼んでいる。――――ハイブリッド」



「私の目的は、この学院を潰すこと。

 そして、五年前に兄を殺した、ハイブリッドをこの手で殺すことです」








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