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始まりのチャイム、

掲載日:2026/09/16

過去に別サイトにて投稿した作品のセルフリメイクです。

 「それ」は机の引き出しの、一番奥に仕舞われていた。


 手のひらサイズのチャイム。ほら、ファミレスなんかで店員を呼ぶときに使うあれ。あれがなぜか引き出しに入っていたんだ。

 僕はチャイムを引っ張り出した。どんな音がするんだろう。

 ワクワクしながら、チャイムのてっぺんを軽く叩いた。


「……あれ?」


 鳴らない。

 それどころか、さっきまで流していたラジオの音がやみ、辺りはしんと静まり返っていた。

 中学生になるお祝いでおじいちゃんにもらったばかりのラジオ。少し古い型だけど、僕はとても気に入っていた。

 壊れたのだとしたら、…どうしよう。壊れた悲しみよりも、どうせこいつすぐ壊すよーなんて僕を馬鹿にしていた姉ちゃんになんと言われるか、それがとても悔しかった。


 電源ボタンを押してみたり、音量を調節するツマミを回してみたり、叩いてみたり。

 ウンともスンとも言わないラジオを前に、頭を抱えた。

 どうしよう。おじいちゃんに聞いたら直してもらえるかな。

 姉ちゃんにバレないうちに、おじいちゃん家に持っていけば。

 けれど今はもう夕方。時計を見上げれば、午後五時を指している。カーテンを開ければ外は薄暗くなっていて、

「……え?」

 外は薄暗い。それでも表の道を歩く人はいる。それは見慣れた光景だが。


 人が、動いていない。


 ただ止まっているのではなく、歩いたままの姿勢で固まっている。自転車さえもその場でピタリと止まっていた。

「なんで、」

 なんでこんなことが。

 もう一度時計を見る。どの針も動かない。

「時間が、止まった……?」

 まさかそんな、物語の中みたいな。けれど今はそれ以外に考えられない。


 家中を歩き回ってみた。家族もみんな動いていない。時計も全部止まっている。飼い犬のタローも外に向けて吠えかかる姿勢で止まっていた。


 本当に僕以外動いていないのだろうか。そうだ、こうなった原因と言えば。僕は部屋に戻った。

 そして恐る恐るチャイムを叩く。


  チーン


 鳴った。

 それと同時にラジオも大きな音を流し始めた。すぐさま隣の部屋の姉ちゃんが、うるさい!と壁を叩く。いつもなら怒鳴り返しているところだけど、なにが起こったのか分からず、僕は呆然としていた。

 数分後、今度は部屋に乗り込んで来た姉ちゃんに頭を殴られた。



 ★



 チャイムを叩く。

 夜の散歩も、時間が止まっていれば怖くない。夏とはいえ外に出ると肌寒いのでパーカーを羽織って、そっと家を抜け出す。


 チャイムを見つけてから、五年程。はじめの頃は悪巧みも考えたものだが、いまは勉強のため、それか散歩のために使うに留めている。

 一度叩けば時が止まり、二度叩けば動き出す。止まっている間はチャイムを動かすことはできないため、いまは机の上に置きっぱなしだ。


 にゃあ。声が聞こえて振り返る。近所の野良猫だ。

 時が止まってる間も、なぜかこの猫だけはいつも動いていた。時間を止めていることへの罪悪感を見透かすように、真っ直ぐに目を見つめられ、すっと目を反らした。

 人懐っこいその猫は、窓を開けているといつも部屋に上がり込んで遊んでいく。チャイムを踏んづけて鳴らすことも度々あって、最近はあまり触らせないように隠していた。


 チャイムで遊ぶのも、もう終わりにしよう。そう決めていた。ズルいことをしているという自覚はあった。

 はやく遊びたくて時間を止めて宿題をしたり、学校に忘れ物をして取りに行くために時間を止めたり。そんな可愛いことで済んでいたころはよかった。

 これは使い方を間違えたら、犯罪にだって使えてしまう。

 落ちている財布に手を伸ばしかけて、そう気付いた。踏みとどまることができた。


 だから、今日が最後だ。この、時の止まった世界とも、これっきりでお別れだ。


 ふと、夏だからと窓を開け放していたことに気付いたのは、大通りを渡っているときだった。夜でも車通りは多く、その隙間を縫うように歩いていた、そのとき。


 チャイムの音が、聞こえた気がした。




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