冷笑が賢く見える? 逆ですわ、それ ~と論破したら婚約破棄されました~
「……それでも君の美しさは変わらない。僕の命が消える前に、最後の口づけを……」
客席のあちこちから、すすり泣く声が聞こえる。女性客は、みなハンカチを目や口元に当てていた。
ジーラ・アネスト子爵令嬢もその1人だった。
その横では、婚約者のレイモンド・ギーグル伯爵令息が、ニヤニヤと笑っている。
演劇は、いよいよ山場に入っていく。
「ああ、わたしを置いて逝くなんて。あなたの唇はまだ温かいのに。わたしも後を追います。あなたの短剣で……」
女優が胸に短剣を突き立て、倒れると、観客のすすり泣きは嗚咽に変わっていく。
ジーラも、舞台を見つめ大粒の涙を流していた。
その横で、レイモンドは唇の端をゆがめ、首を振ってため息をついた。
──
「感動的な演劇でしたわね」
劇場からの帰り道、ジーラはまだ目を赤くしている。
「感動? あれは作り話だぞ、フフッ」
レイモンドは鼻で笑った。
「それはわかっていますわ。みんな、わかっていて楽しんでいるのです」
「ププッ、たくさん泣いたからって立派になるわけじゃないぞ」
吹き出すレイモンドに、ジーラは無表情で応えた。
「……レイモンド様。それでは今日はこれで」
「どうした、ジーラ。今日は早いじゃないか」
「明日は教会に行く日ですので」
──
──翌日、ジーラは教会を訪れていた。月に1度、集めた古着を恵まれない人々に配るためだ。
「はい、ポバティさん、これをどうぞ」
「ありがとうございます。ジーラ様」
服を受け取った女性は、深々と頭を下げた。
「まだ受け取っていない方はいますか?」
ジーラが列に目を向けると、そこに立っていたのはレイモンドだった。
「レイモンド様……! どうしてここに!?」
「ふーん。慈善活動をしているのか、ジーラ」
「はい、レイモンド様。ずっと前からやっておりますわ。生活に困っている人に、あまった古着を……」
「フフフ……こんなことをしていても、貧困の解決にはならないぞ」
レイモンドの整った顔立ちが、冷笑でゆがむ。
「貧乏人を利用して、自分をよく見せたいんだろう。ククク」
「……そうだとしても、別にいいじゃありませんか」
「クッ、まあね。別に、好きにすればいいさ……ニヤニヤ。それじゃあ、俺はこれで」
「お待ちください」
ジーラの声に、レイモンドは振り向いた。
「どうしてあなたは、人のすることなすことを、いちいち冷笑なさるのですか?」
「なんだって?」
「婚約して以来、いつもそうです。私だけでなく、従者といわず、他の貴族といわず、すべての方に冷笑なさいますね」
「……いい質問だ、ジーラ。これには、れっきとした理由があるんだ」
「理由?」
「国の機関の研究によるとな、冷笑する人間は賢いんだと」
「……賢い、ですって?」
ジーラは怪訝な表情をした。
「そう。つまり、冷笑できるってことは、人とは目の付け所が違うということだ。違いの分かる男なのさ、俺は」
「でも、その研究は……」
「そういうことだ。じゃあ、ジーラ。俺は帰る。精々がんばってくれ、ククク」
──数日後
アネスト家の領地ある町の広場で、ジーラを中心として人が集まっていた。
みな、ジーラの話に耳を傾けている。
そこへ、1人の貴族が従者に人の壁を分けさせ、その間をずかずかと歩いてジーラの前に立った。
またもレイモンドが現れたのだった。
「ジーラ、いったい何をしているんだ?」
「レイモンド様、どうしてここに?」
「何をしていると聞いているんだ」
「集会です」
「だから、何の集会なんだ!」
「私たちは、女性が、今よりも権利を得られるように、法律を変える活動をしております」
「権利? なんの権利だ?」
「はい、レイモンド様。たとえば現状では、女性はどんな目に遭っても自分から離縁を申し出ることができません。そういった法律を変えようとしています」
「ふん、そんな活動をしても、どうせ無駄だぞ。ニヤニヤ」
「また冷笑ですか?」
「言っただろ。冷笑は賢いと研究で……」
「お言葉ですが、レイモンド様。その研究には続きがあるのですよ」
「続き……だと?」
「はい、賢いのではなく、『賢そうに見える』だけです。つまり、『見える』だけで、実際は賢くないのです」
「な、なんだとお!?」
レイモンドの顔から笑みが消えた。
「そもそも、本当に賢いなら、そう見られる必要もなく、それに……」
「ジーラ! お前、誰に向かって言っているのかわかっているのか!」
「……お気に障りましたか」
「なんて女だ。お前、自分の立場がわかっておらんようだな」
レイモンドは睨みつけるが、ジーラは毅然とした表情を崩さない。
「女からでも離縁できるよう活動していると言ったな。だったら、望み通りにしてやる! お前との婚約は破棄だ!」
それでもジーラの表情は変わらない。ただ冷ややかにレイモンドを見ている。
「婚約破棄だ、破棄! 活動でも何でも勝手にしろ!」
レイモンドは何度も大声で喚き散らし、やがて踵を返すと大股で歩き、従者に何か怒鳴ると、馬車に乗り込んだ。
広場の人間は全員、馬車が走り去るのを眺めていた。
人々がジーラを心配そうに見たが、彼女の表情は晴れやかだった。
いつかは言わなければ、と思っていたことが言えた。それで満足だった。
◇ ◇ ◇
──数か月後、ジーラは、慈善活動のために教会を訪れていた。
「はい、ニーディさん。これをどうぞ」
「ありがとうございます、ジーラ様」
見れば、すでに最後の1人だった。
ジーラが一息ついたところに、随行の侍女が名刺を持ってきた。
ジーラは名刺を手に取った。
「……ここにご案内して」
侍女が教会の出口に走る。しばらくすると、背の高い金髪の青年が、案内されてやってきた。
「初めまして、ジーラ・アネスト嬢」
「こちらこそ、クリス・クリティーク様。侯爵家の方が、なぜこのような所に……?」
「君に会いに来た」
「え?」
「貴族でありながら、いろいろ活動をしているとうわさに聞いているので」
「うわさですか?」
「ああ、君はあのレイモンドをやりこめたんだってね」
貴族の間では、うわさはまたたく間に広がる。それはジーラも承知していた。
「……でも、その結果が……婚約破棄では、なんにもなりませんわ」
「そうでもないさ。レイモンドの冷笑は、貴族からも嫌われているんだ」
「……もう済んだことですわ」
「そうだったね。嫌なことを思い出させてしまってすまない。
「いいんです、クリス様。事実ですから」
「そうか。ところでジーラ、君は女性の地位向上のための活動もしているとか?」
「はい」
「私にも協力させてくれないか?」
「クリス様がですか? でも……」
「だめかな?」
「……いえ、歓迎いたしますわ。でも、成功するかどうかもわかりませんのよ?」
「行動することが大事なんだよ。失敗は問題じゃない」
「……そうですね。行動しないことには、何も始まりませんもの」
「ましてや、何もしていないくせに、冷笑を浴びせるようなやつは、どうしようもないさ」
「はい」
そう言って、しばらく2人とも真顔で見つめ合っていたが、つい2人同時に吹き出してしまった。
男性の前で笑うのは数か月ぶりかもしれない。ジーラは口に手を当てた。
「ところでジーラ、演劇は好きかい?」
しばらく笑った後、クリスが切り出した。
「……はい、お芝居は大好きですわ」
「チケットがあるんだ。お近づきのしるしにこのチケットを受け取ってくれないか」
クリスが差し出したチケットは、ジーラのとくに好きな『トーマスとジュリー』の演目だった。
「まあ、うれしい。ありがとうございます、クリス様」
「ところでジーラ、チケットは2枚あるんだが……」
クリスがもう1枚のチケットを取りだした。隣の席だ。
「その……よければ私と一緒にどうかな?」
ジーラは首をかしげて、クリスの後出しにいたずらっぽくほほえんだ。
「いや、だめならいいんだ。このチケットはあげるから、友達とでもいくといいよ」
それまでの落ち着いた態度とうって変わって、クリスはきょろきょろしたり、髪を触ったりしている。
それを見て、ジーラはつい可笑しくなった。
「いえ、そのような友達はいません。チケットが無駄になってしまいますから、ご一緒しますわ」
「そ、そうか。ありがとう、ジーラ。それじゃあ、また」
クリスは慌てて帰っていく。クリスと従者たちの全員が背を向けてから、ジーラはそっと手を振った。
──3日後、ジーラとクリスは演劇に出かけた。ジーラにとっては、何度も見た演目だった。
──演劇が始まると、客席は静まり、舞台の俳優の声だけが響く。物語は進み、やがて佳境に入る。
「ああ、ジュリー。まるで生きているようだ。だが、伯爵の手の者が迫っている。僕もすぐに君のもとに行こう」
2人とも話の筋は知っているが、つい見入ってしまう。
役者が毒を煽り、倒れる。
「トーマス、私のために毒を残しておいてくださらないのね。でも、あなたのまだ温かい唇についた毒では、私は死ねません」
女優が胸に短剣を突き立て、倒れると、客席から一斉に泣き声が上がった。
──
──帰り道、ジーラとクリスの2人は、まだ興奮冷めやらぬといった感じだ。
「感動的な演劇だったね」
「お恥ずかしいですわ。私、クリス様の前で、子供みたいに泣いてしまって」
「恥ずかしい? どうして?」
「だって、あれは作り話ですわ。それに入り込んでしまって……」
「そうだけど、それは、ジーラが純粋で優しいからじゃないか?」
「そうでしょうか?」
「他人の運命を見て涙を流す……、君の優しさじゃないか。何も恥ずかしくないさ」
「……そうですわね、クリス様」
◇ ◇ ◇
「はい、どうぞ、スキントさん」
みすぼらしい服を着た老人が、古着を受け取ってジーラに頭を下げた。
老人が出て行くと、クリスが入れ違いで教会に入ってきた。
「やあ、ジーラ。がんばってるね」
「はい……でも……」
ジーラの表情が曇り、うつむいて目をそらした。
「前に言われましたの。『よく思われたいからやっているんだ』、と」
「それのどこがいけないんだい?」
「クリス様?」
「人はね、何をしたかで善悪が決まるんだよ。自分は何もしないで、ケチだけつけるなんて。そんな恥知らずがこの国にいるのかい? 一体どこのどいつなんだか」
クリスはこぶしを握り、上下させた。
「それに……」
「え?」
「ジーラ、君を馬鹿にするようなやつは、私が許さない。相手が誰であろうともね」
「まあ、クリス様。それじゃあ、私のお父さまでも?」
「えっ……そ、それは……」
「うふふ、冗談ですわ。クリス様」
「まいったな……ところで、ジーラ。父に言って、女性の権利についての法案を議会に提出することになったよ。反対する者もいるだろうけど、半数以上は父につくはずだ」
「ありがとう、クリス様。私のために……」
「いや、私の力じゃない。君の今までの活動の土台があってのことだ。あと、反対する議員の中には、ギーグル家もいると思うよ」
レイモンド・ギーグルの父も、議員の1人だった。その力をかさに着ているレイモンドは、嫌われ者だったが、表立って文句を言ったのはジーラが初めてだった。
「それでね、ジーラ、来週、ゴルディック侯爵が開催する夜会があるんだけど、君も行かないかい?」
ゴルディック侯爵は、議長である国王の参謀として、実質的に議会を掌握している。
「侯爵の? でも、それは議会の関係者が参加するのでは? 私なんかが行ってもよろしいので?」
「君は立派な『関係者』だよ。私がゴルディック卿に言えば間違いなく参加できるよ。君の活動のためにも、参加しておいた方がいいと思うよ」
◇ ◇ ◇
──1週間後、ゴルディック卿の邸宅で夜会が開かれた。
それは、貴族が集まって交流する社交の場だが、うわさ話や根回しの場でもあった。
「お久しぶりですな、クリス殿」
低く、堂々とした声が会場の広間に響いた。
「ゴルディック卿、ご無沙汰しております」
クリスが会釈すると、ゴルディック卿はとなりのジーラに目をやった。
「クリス殿、こちらの美しいレディを紹介していただけますかな?」
「ジーラ・アネストです、閣下。初めまして」
ジーラは微笑むと、ドレスを両手でつまんで軽く膝を曲げた。
「クリス殿はずっと堅物で有名な方でしたが、いつのまにやら……隅に置けませんな」
「よ、よしてくださいよ、閣下」
「はは。じゃあ、クリス殿、また後で。2人とも、ゆっくり楽しんでくれ」
──ゴルディック卿が離れると、ジーラとクリスは、ワイングラスを互いに軽く当ててから口に近づける。
しばらくたたずんでいると、広間に聞き覚えのある声が響いていることに気づいた。
その不快な大声は、聞きたくなくとも勝手に耳に入ってくる。
「ああ、あの演劇なら観ましたよ。あれで泣けるのですか? あなたのような方が? プーッ、クスクス……」
「……レイモンドのやつだ」
クリスがいまいましげに言った。
「やつの父も議員だし、法案の採決中だから、ゴルディック卿はギーグル家の動向もチェックしているはずだ」
「──そのドレス、前にも見ましたね。物持ちがいいんですねえ、フッフッフ」
レイモンドの冷笑が聞こえる。クリスはワインを飲み干し、音を立ててグラスを置くと、つかつかと歩き出し、レイモンドの目の前に立った。
「久しぶりだな、レイ」
レイモンドと周りの貴族の視線が、一斉にクリスに集まる。
「クリス……! 来ていたのか」
「相変わらずだな、お前は。人を冷笑してそんなに楽しいか?」
「フフ……冷笑は賢いんだぞ、クリス」
「賢い? お前がか?」
「そうだ、クックック。冷笑する者のほうが賢いって研究があるんだよ」
「……知らんな」
クリスはジーラを振り向いた。
「クリス様、確かに研究はあります。でも……」
「誰かと思ったらジーラじゃないか! ププッ、お前たち、いつの間にかくっついていたのか、ヒューッ、ニヤニヤニヤ」
「下品な言い方はよせ、レイ。それでも貴族か」
「むきになるなよ、クリス。感情的になると頭も悪く見られるぞ。オレを見習えよ、ウププッ」
「レイモンド、貴様……!」
「よせよ、クリス。喧嘩なんかしたら、ゴルディック卿の顔に泥を塗るぞ。そしたらどうなるかわかるだろ? ウキキ」
震えるクリスの腕に、ジーラはそっと手を置いた。
「いいかクリス、侯爵だからっていい気になるなよ。オレの親父は議会で力があるんだ。いつまでもお前にでかい顔はさせん」
「クリス様……私に任せてください」
「ジーラ……」
ジーラはクリスの前に出た。
「レイモンド様、お久しぶりですわ」
「ジーラか、お前と話すことなどないぞ。クココ」
「あら、ここは社交の場ですわよ?」
「お前は子爵令嬢だろうが、本来ここにいるべきじゃあない。だいたい、田舎子爵の娘が。せっかく目をかけてやったのに、よくもオレを馬鹿にできたものだ、カカカ」
「とんでもない、私は事実を言っただけです」
「事実だと!?」
レイモンドの顔から笑みが消えた。
「確かに、『冷笑すれば人から賢く見られる』というのは事実ですわ」
「ほらみろ!」
「でも、前にも申し上げた通り、賢く見られはするものの、実際は反対なんです」
「反対? じゃあ、ジーラ、お前、オレが馬鹿だと言いたいのか!?」
「いいえ、私は言いません。これは研究の結果です」
「ウソをつけ! どこまでもオレを愚弄する気か!」
「……それに、まだ続きがあります」
「……続き?」
「冷笑して賢く見られたいのは、実際は賢くないことを隠すためです。つまり、コンプレックスの裏返しで、自分が劣っていることをごまかすためなのです」
「な、な、なん……だとぉ……」
レイモンドの顔色がみるみる変わった。
「ようするに、あなたは、ご自分の無能を隠すために、必死で他人を不快にさせておられるのですわ」
「ジーラ! き、き、貴様~! 言わせておけば……許さん!」
レイモンドはジーラにつかみかかろうとした。だが、クリスが稲妻のような素早さでレイモンドの腕をつかむと、後ろに捻った。
「いたたたたた! クリス、何をする!」
「それはこっちのセリフだ、レイ。女性に手を出すなど、貴族の風上にも置けん!」
「は、放せ!」
いつのまにか周りには人だかりが出来ている。ゴルディック卿も、遠巻きに様子をうかがっていた。
──会場に1人の従者が飛び込んできて、ゴルディック卿に何かを耳打ちしている。
それを聞き終えると、ゴルディック卿が騒ぎの場に歩み寄ってきた。
「そこまでだ、レイモンド殿。暴れるなら衛兵を呼びますぞ」
「ゴ、ゴルディック卿……!」
クリスが手を放すと、レイモンドは腕を抑えてかがみ込んだ。
「クリス殿、ジーラ嬢、たった今知らせがあってな。例の法案が可決される見込みだそうだ」
「ええ!」
「本当ですか!」
ジーラとクリスは手を取り合って喜んだ。
2人を見てゴルディック卿はうなずき、レイモンドに視線を落とした。
「……それから、レイモンド殿」
「え?」
「お父上のギーグル殿だが、今回の採決に関して不正があったと判明しましたぞ」
広間がざわついた。
「ゆえに、除名処分を受けたとのことだ。……もう議会での権限はありませんな」
「な、そ、そんな……」
「父親を使って貴族社会でのし上がろうとしていたようだが、あてがはずれましたな、レイモンド殿。それどころか、そなた自身の身もあやういぞ」
「ば、ばかな……こんなことが……」
レイモンドは床に両手をついた。
「ところで、ジーラ嬢」
ゴルディック卿が顔を上げた。
「これであなたの活動が実ったわけだが、これはまだ第1歩ですな」
「……はい、ゴルディック卿」
ジーラは力強くうなずいた。
クリスが、這いつくばったままのレイモンドに目をやると、かがんで顔を覗き込んだ。
「どうした、レイ?」
クリスが声をかけると、レイモンドが丸めた紙のようになった顔を上げた。整った顔立ちは見る影もない。
「冷笑は賢いんだろう? そんな顔をしてないで、笑ったらどうだ?」
レイモンドの顔には、もはや冷笑どころかいかなる笑いもない。
彼は、2度と笑うことはなかった。
──数日後
「今回の件、私も助かったよ、ジーラ」
「どうして? クリス」
「私の父の議会での立場がより強くなったからね。でも、君の活動はまだこれからだね」
「そうね」
「これからも、協力させてほしい」
「もちろんよ、クリス」
「これからずっとだよ」
「え?」
「ずっと一緒にだ」
クリスはジーラの手を取り、まっすぐに瞳を見た。
「……結婚してほしい、ジーラ」
うつむいたジーラを、クリスはじっと見つめる。やがてジーラが顔を上げた。瞳が潤んでいる。
「…………はい」
「ありがとう。……もし私のことが気に入らなければ、ジーラはいつでも離縁を申し込めるんだったよね」
「ふふ……そうね。でも、その権利を使うことはないと思うわ、クリス」
「あ、ジーラ。今、冷笑した?」
「してないわよ、ふふっ」
「ほら、したじゃないか」
「してないってば! うふふ」
「ほらー」
「違うわよ。これは、うれしいから笑ってるだけ」
(おわり)
お読みいただきありがとうございました。




