第9章:悪役令嬢から緑の改革者へ
アルベルトの暗殺未遂事件は、王都に大きな衝撃をもたらした。捕らえられた暗殺者の口から、依頼主がゲルトナー侯爵であることが明かされると、宮廷は騒然となった。王太子暗殺という国家反逆罪は、いかなる言い訳も通用しない。ゲルトナー侯爵とその一派は即座に捕縛され、これまでの悪事もすべて白日の下に晒された。
彼らが失脚したことで、王宮内の保守派勢力は一掃され、アルベルトの改革は一気に加速した。
その第一歩として、アルベルトは父である国王に進言し、これまでの慣例を破る異例の人事を断行した。
「エリザベート・フォン・クライネルトを、我が国の初代『農業大臣』に任命する」
玉座の間でのその宣言に、集まった貴族たちはどよめいた。女性を、それも一度は追放された元王太子妃を、国政の中枢を担う大臣に任命するなど前代未聞だったからだ。しかし、もはやアルベルトの決定に異を唱える力を持つ者はいなかった。何より、エリザベートが辺境で成し遂げた功績は、誰もが認めざるを得ない事実となっていた。
グラウ領で採れた、驚くほど大きく栄養価の高い作物は、すでに王都でも評判を呼んでいた。彼女の指導によって痩せた土地が豊かな穀倉地帯へと生まれ変わったという話は、もはや伝説として語られ始めていた。
エリザベートは、大臣就任の要請を一度は固辞した。
「私は、この土地と、ここの人々から離れるつもりはありません」
しかし、アルベルトの説得は彼女の心を動かした。
「大臣といっても、王都に常駐する必要はない。君の拠点は今まで通り、グラウ領で構わない。そこを、王国全体の農業研究の総本山とするんだ。君には、その知識と経験を、王国全土に広めるための権限と予算を与えたい。君が望んだ『農業で国を変える』という夢を、国策として実現してほしいんだ」
それは、エリザベートにとっても抗いがたい魅力的な提案だった。自分の実践が、この村だけでなく、国中の食糧難に苦しむ人々を救うことに繋がるのなら。
彼女は、ついにその申し出を受け入れた。
エリザベートは、農業大臣として、まずグラウ領の農法を体系的にまとめた教本を作成した。土壌改良の方法、効率的な灌漑、輪作の重要性、堆肥の作り方。そのすべてが、具体的かつ実践的に記されていた。
そして、その教本と共に、グラウ領で育った若者たちを「農業指導官」として各地に派遣した。彼らは、エリザベートの元で学んだ知識と技術を、それぞれの土地に合わせて応用し、粘り強く普及させていった。
最初は半信半疑だった各地の農民たちも、目の前でグラウ領出身の若者たちが示す驚くべき成果を見て、次第にその農法を取り入れていった。
痩せた土地が蘇り、収穫量は年々増加。数年間、王国を悩ませていた食糧危機は、嘘のように解決へと向かっていった。国内で余剰生産物が生まれるようになると、それを他国へ輸出することも可能になり、王国の財政は飛躍的に潤った。
エリザベートの名は、国中に知れ渡った。
かつて、王都の社交界で「高慢な悪役令嬢」と嘲笑されていた彼女は、今や、民衆から「緑の改革者」「救国の聖女」として称えられていた。人々は、彼女が元王太子妃であったことや、追放された過去など気にしなかった。ただ、自分たちの生活を豊かにしてくれた偉大な女性として、心からの尊敬と感謝を捧げた。
アルベルトは、国王の摂政として政治の全権を握り、エリザベートの政策を全面的にバックアップした。彼は、玉座から国全体を動かし、彼女は大地から国を支える。二人は、公の場では「摂政殿下」と「農業大臣」として互いに敬意を払い、対等なパートナーとして国政を担った。
ある収穫祭の日、エリザベートは農業大臣として王都に招かれた。パレードが始まると、沿道に集まった民衆から、割れんばかりの歓声が上がる。
「エリザベート様、ありがとう!」
「緑の改革者、万歳!」
かつて自分を嘲笑した街で、今や英雄として迎えられている。その光景に、エリザベートは静かな感慨を覚えていた。
バルコニーからその様子を見守っていたアルベルトは、隣に立つ護衛騎士に、誰に言うでもなく呟いた。
「見ろ。あれが、私が一度は捨てた女性だ。……そして、今、我が国で最も輝いている光だ」
その声には、もはや後悔の色はなく、ただ誇らしさだけが満ちていた。
「悪役令嬢」の物語は終わりを告げ、一人の女性が自らの力で国を変える、新たな伝説が始まろうとしていた。




