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婚約破棄された悪役令嬢の私、前世の記憶を頼りに辺境で農業始めます。~美味しい野菜で国を救ったら聖女と呼ばれました~  作者: 黒崎隼人


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第3章:旅人が見た真実

 王都を出て、揺れる馬車に身を任せること数日。アルベルトは、旅の商人に扮して辺境のグラウ領へと足を踏み入れた。粗末な外套で顔を隠し、供は信頼の置ける護衛騎士一人だけだ。


「ここがグラウ領か……噂に違わぬ荒れ地だな」


 護衛騎士の言葉に、アルベルトは無言で頷いた。街道から見える景色は、どこまでも乾いた赤茶けた大地が続いている。こんな場所に、あの華やかな世界の中心にいたエリザベートが本当にいるのだろうか。絶望に打ちひしがれ、屋敷に閉じこもって泣き暮らしているに違いない。そう思うと、胸がずきりと痛んだ。私が彼女を、こんな場所へ追いやったのだ。


 村に近づくにつれて、アルベルトは奇妙な光景を目にした。村人たちが、やけに活気に満ちているのだ。男たちは岩山で何かを砕き、女子供は枯れ草や落ち葉を集めている。畑では、数人の農夫が何やら大きな山を囲んで、鍬で中身を切り返していた。その中心で、てきぱきと指示を出している一人の女性がいる。


 日に焼けた肌に、結い上げた金色の髪。動きやすい木綿のチュニックとズボンをまとい、額には汗が光っている。

 まさか、とアルベルトは息をのんだ。


「エリザベート……?」


 信じられなかった。あのか弱く、守られるべき存在だと思っていた公爵令嬢が、泥だらけの姿で農夫たちに混じって働いている。


「よし、ハンスさん! いい感じに発酵が進んでいますね! もう少ししたら、畑に撒きましょう!」


 彼女の声は明るく、弾んでいた。その周りでは、農夫たちが「へい、姫様!」「姫様のおかげで、この土地も変わるかもしれねえ!」と笑顔で応じている。そこには、貴族と平民という身分の壁は微塵も感じられなかった。


 アルベルトは呆然と立ち尽くす。

 私が知っているエリザベートは、いつも完璧に着飾り、感情を表に出さず、まるで美しい人形のようだった。刺繍や詩を好み、土仕事など最も縁遠い世界の人間のはずだ。高慢で、人を見下しているとさえ思っていた。


 だが、目の前にいる彼女は、どうだ。

 農民たちと気さくに言葉を交わし、楽しそうに笑い、自らの手で土を触っている。その横顔は、王城で見ていたどんな煌びやかな姿よりも、ずっと生き生きとして、そして美しかった。


(……別人だ)


 衝撃で、頭を殴られたかのようだった。

 私が知っていた彼女は、一体誰だったのだろう。いや、私が彼女の何を知っていたというのだろうか。


「そこの旅の方、どうかされましたか?」


 不意に声をかけられ、アルアベルトははっと我に返った。見ると、エリザベートがこちらへ歩み寄ってくるところだった。彼女の澄んだ青い瞳が、まっすぐに私を射抜く。


「……いや、この村は活気があると思ってな。何か祭りでもあるのかと」


 アルベルトは慌てて声色を変え、しどろもどろに答えた。外套のフードを目深にかぶり、顔を見られないようにする。


 エリザベートは、一瞬だけ怪訝な顔をしたが、すぐににこりと人の良い笑みを浮かべた。

「お祭りではありませんよ。美味しい野菜を作るための、準備です」


 そう言って、彼女は自分の泥だらけの手のひらを見せて、悪戯っぽく笑った。


(……気づいているのか? いや、そんなはずは)


 アルベルトの心臓が、早鐘のように鳴る。彼女の瞳の奥に、何かを見透かすような光を感じたからだ。だが、彼女の態度はあくまで「見知らぬ旅人」に対するものだった。


「もしよろしければ、あちらの井戸で水をどうぞ。長旅でお疲れでしょう」

「あ、ああ。かたじけない」


 エリザベートは軽く会釈すると、すぐに農夫たちの元へ戻っていった。


「アルベルト様、今の……」

「黙っていろ」


 護衛騎士の言葉を制し、アルベルトは井戸へと向かいながら、遠ざかる彼女の背中をただ見つめていた。

 村人たちに囲まれ、太陽の下で輝くように笑うエリザベート。その姿が、脳裏に焼き付いて離れない。


 私が追放した女性は、悪役令嬢などではなかった。

 そして、私が捨てたのは、この国の、いや、私自身の未来にとって、かけがえのない宝だったのかもしれない。


 言いようのない焦燥感と、自分の愚かさに対する激しい後悔が、アルベルトの胸を締め付けた。なぜ、もっと彼女と向き合わなかったのか。なぜ、側近の言葉ばかりを信じてしまったのか。


 彼は井戸で水を飲みながら、固く決意した。

 彼女と話さなければならない。離婚の真実を伝え、そして、謝罪しなければ。

 だが、その時アルベルトはまだ知らなかった。自分の謝罪が、彼女にはもはや何の意味もなさないということを。彼女はすでに、彼の手の届かない場所で、新たな道を歩み始めていたのだから。

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