番外編 『悪役令嬢の真実』
そもそも、私が「悪役令嬢」と呼ばれるようになったのは、一体いつからだったろうか。
思い返せば、それは王太子妃教育が本格的に始まった頃だったように思う。
私は、クライネルト公爵家の一人娘として、何不自由なく育てられた。しかし、物心ついた時から、前世の記憶――土と緑を愛した研究者の記憶――があった私にとって、貴族社会は息苦しい牢獄でしかなかった。
特に、アルベルト殿下との婚約が決まってからは、その息苦しさは増すばかり。歩き方、話し方、扇子の使い方、微笑みの角度まで、すべてを「王太子妃らしく」矯正された。私の個性も、私の意志も、そこには必要とされなかった。
そんな私の唯一の抵抗が、「悪役令嬢」を演じることだった。
例えば、興味のない貴族子息からダンスに誘われれば、「あなたのような方と踊る気は起きませんわ」とわざと冷たく言い放つ。そうすれば、彼は二度と私に近づいてこない。
例えば、陰で私の悪口を言っている令嬢たちがいれば、わざと聞こえるように「下々の噂話は耳障りですこと」と鼻で笑ってやる。面倒な派閥争いに巻き込まれないための、自己防衛だった。
もちろん、本気で誰かを傷つけようとしたことは一度もない。ただ、私に近づかないでほしい、というサインを送っていただけだ。それがいつしか、「エリザベート様は高慢で意地が悪い」という評判に繋がり、「悪役令嬢」というレッテルになった。
アルベルト殿下に対しても、私はどこか壁を作っていた。彼は王太子で、私はその妃。それだけの関係。彼に本当の私を見せても、理解されるはずがないと思っていた。だから、私は彼が求める「完璧な婚約者」の仮面をかぶり続けた。感情を見せず、ただ黙って彼の隣に立つ、美しい人形のように。
今思えば、なんと愚かで、勿体ないことをしていたのだろう。
あの頃の私は、ただ自分の殻に閉じこもって、世界を斜めに見ていただけだった。
リーナ嬢が現れ、ゲルトナー侯爵の策略が始まった時も、私はどこか冷めた目で見ていた。「ああ、これでやっと解放されるかもしれない」とさえ思ったのだ。だから、抵抗も弁解もしなかった。
結果として、私は望み通り「自由」を手に入れた。
しかし、それは多くの人を傷つけ、アルベルト殿下を深く苦しめることにもなった。
もっと、別の方法はなかったのだろうか。もっと早く、自分の本心を彼に打ち明けるべきではなかったのか。
今となっては、分からない。
ただ一つ言えるのは、「悪役令嬢」を演じていたあの孤独な日々があったからこそ、今、人々と心を通わせることの温かさを、誰よりも深く感じられるということだ。
あの過去もまた、今の私を作る、大切な一片だったのかもしれない。




