表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された悪役令嬢の私、前世の記憶を頼りに辺境で農業始めます。~美味しい野菜で国を救ったら聖女と呼ばれました~  作者: 黒崎隼人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/14

第10章:二人が描く未来の地図

 エリザベートが農業大臣に就任してから、数年の歳月が流れた。

 かつて「神に見捨てられた土地」と呼ばれた辺境のグラウ領は、今や王国で最も豊かで美しい土地へと変貌を遂げていた。

 見渡す限りの緑の畑には、黄金色の麦の穂が波打ち、色とりどりの野菜や果物がたわわに実っている。村には活気があふれ、立派な家が建ち並び、子供たちの笑い声が絶えることはない。


 エリザベートは、この地に王国初となる「王立農業学校」を設立した。彼女自身が初代学長となり、自らが培ってきた知識と技術を、未来を担う若者たちに直接教えている。学校には、貴族や平民といった身分の区別なく、国中から農業に情熱を持つ若者が集まってきた。彼らはここで最新の農法を学び、やがて故郷へ戻って、それぞれの土地の「緑の改革者」となるのだ。


 彼女の執務室は、大臣の部屋というよりは研究室といった方が近かった。壁一面の本棚には国内外の農業に関する書物がぎっしりと並び、机の上には新しい品種の種や土壌のサンプルが置かれている。彼女は大臣として国全体の政策を監督しながらも、一人の研究者として土に触れることを決してやめなかった。


 一方、アルベルトは、父王から王位を継承し、国王アルベルトとして国を治めていた。

 彼は、エリザベートが築いた農業基盤の上に、様々な改革を打ち立てていった。安定した食料供給が可能になったことで、国民の生活は向上し、商業や文化も花開いた。彼はエリザベートの政策をさらに発展させ、国道の整備や新たな交易路の開拓を進め、王国を史上最も繁栄した時代へと導いた。


 人々は、彼を「賢王アルベルト」と呼び、その治世を称えた。


 二人は、公には国王と農業大臣という立場だった。しかし、私的な時間には、かつてのように「アルベルト」と「エリー」として、穏やかな時間を共に過ごすことがあった。

 王都での公務を終えたアルベルトが、時折息抜きと称してグラウ領の農業学校を訪れるのだ。


「また新しい作物を試しているのか、エリー学長殿?」

 麦わら帽子をかぶって畑にいるエリザベートに、アルベルトが軽口を叩く。

「あら、アルベルト国王陛下。ご自分で確かめてみてはいかがです? 新種のトマトですが、驚くほど甘いのですよ」


 エリザベートが差し出した真っ赤なトマトを、アルベルトは豪快にかじる。

「うまい! これはまた、輸出の目玉商品になりそうだな」


 そんな他愛のない会話を交わしながら、二人は夕暮れの畑道を並んで歩く。

 彼らは、夫婦ではない。恋人でもない。復縁の話は、あの日以来、一度も二人の口にのぼることはなかった。アルベルトは生涯独身を貫き、後継者には優秀な傍系の甥を指名していた。エリザベートもまた、結婚することなく、農業と研究にその生涯を捧げると決めていた。


 周囲の者たちの中には、二人の関係を不思議に思う者もいた。なぜ、これほどまでに想い合っている二人が結ばれないのか、と。

 しかし、二人にとっては、これが最良の形だった。


「私たちは、夫婦という小さな器には収まりきらなかったのですよ」

 いつかエリザベートは、一番弟子の青年にそう言って笑ったことがある。


 夫婦になれば、どちらかがどちらかに合わせなければならない場面が出てくる。エリザベートは王妃として王城に縛られ、アルベルトは夫として彼女を独占したくなるかもしれない。それでは、今の二人のような、国全体を視野に入れた大きな仕事はできなかっただろう。


 彼らは、夫婦という枠を超えた、唯一無二のパートナーだった。

 互いに自立し、それぞれの場所で全力を尽くしながら、同じ未来地図を描いている。


 ある日、農業学校の丘の上で、二人は夕日を眺めていた。眼下には、自分たちが作り上げた豊かな大地が広がっている。

「見てくれ、エリー。我々が夢見た景色だ」

「ええ。でも、まだまだですよ、アルベルト。この地図には、もっとたくさんの未来を描き加えられます」


 エリザベートがそう言うと、アルベルトは嬉しそうに笑った。

「違いない」


 二人は、決して背中合わせにはならない。かといって、見つめ合うのでもない。

 ただ、どこまでも並んで立ち、同じ方角――王国の輝かしい未来を見つめている。

 夫婦ではない、特別な関係。それが、二人が選び取った、最高の幸福の形だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ