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断頭台(ギロチン)を回避したはずが、処刑人(騎士)の執着から逃げられません  作者: 綾瀬蒼


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第8話 革命前夜の逆転劇

 鏡が砕けてから三日。


 王宮の中は、静かに狂っていった。


 誰もが平静を装い、誰もが相手の背中を測る。笑顔のまま距離を取り、祝宴のふりをして情報を探る。

 王弟は表向き、変わらず穏やかだった。父王の前では忠臣、廊下では優しい叔父。私に向ける言葉は甘い。


 その甘さが、毒だと分かっているのに。


 ――鏡がない。

 次の手が見えない。

 でも、見えないなら、こちらから盤面を崩す。


 私は朝から動いた。侍従長を呼び、炊き出しの続報をまとめさせ、倉庫改革の進捗を数字にした。民の支持は、感情ではなく実績で固める。

 そして同時に、近衛隊の内部を洗う。


 鍵は「処刑台で私の背後に立っていた男」だ。あの男は近衛だった。副隊長ローデリクは王弟の犬。なら、近衛隊の上層に王弟の手が入っている。


 私は近衛隊長に直接会いに行った。


 鍛錬場は汗と鉄の匂いがする。剣戟の音が壁に跳ね返り、王宮の化粧とは別の現実がここにある。

 近衛隊長ヴァルターは、私を見るなり硬い顔になった。


「姫殿下。ここは――」


「分かってるわ。泥臭い場所ね」


 私はわざと足元の砂を踏んだ。ドレスの裾が汚れる。周囲の兵たちが息を呑む。

 私はその視線を、利用する。


「あなたたちは王を守る盾でしょう。なら、盾の内側に毒が入り込んだなら、真っ先に怒るべきよね」


 ヴァルターの眉が動く。


「……毒?」


「私の紅茶に毒が入った件。副隊長ローデリクが関わっていた件」


 私は淡々と言い、続けた。


「そして、私の部屋に侵入者が入った件。鏡が壊された件」


 ヴァルターの頬が僅かに引き締まる。

 王宮の恥は近衛の恥だ。盾が破られたことを、盾は嫌う。


「姫殿下。それは王の耳に――」


「入ってる。けれど父上は、“確証がない”と言った。確証を作るのは、あなたの仕事よ」


 言い切ると、ヴァルターの目が鋭くなる。


「……姫殿下は、何を望む」


 私は一歩近づき、声を落とした。


「あなたたちの忠誠が、誰に向いているのか確かめたい」


 この言葉は刃だ。近衛の誇りを試す。

 怒れば敵。誇りを守るなら味方。


 ヴァルターは短く息を吐いた。


「我らは王に忠誠を誓う」


「なら、王弟の私兵が王宮を歩いているのは、どう説明するの」


 ヴァルターの表情が固まる。


「……何を見た」


 私は証拠の代わりに、具体を投げる。鏡がなくても私はできる。断片を積み上げ、相手の言葉を引き出す。


「夜の回廊。二度。近衛の紋章ではない靴音。制服の縫い糸が違う。あなたの兵なら分かるでしょう?」


 ヴァルターは、私を見つめた。

 数秒。

 やがて、低く言った。


「……姫殿下。貴女は危険だ」


「知ってる」


 私が答えると、ヴァルターは視線を周囲へ走らせ、部下を下がらせた。


「王弟が動くのは時間の問題だ。だが、王は決断が遅い。姫殿下、貴女は何をするつもりだ」


 私は微笑んだ。


「王が決断しないなら――王女が決断する」


 ◇◇◇


 その夜、王宮に鐘が鳴った。

 警鐘ではない。祝鐘でもない。

「招集」の鐘。王弟が父王を呼び出したのだ。


 私は廊下を歩きながら、胸の奥の冷たさを数えていた。鏡がなくても分かる。今夜だ。

 空気が薄い。侍女の顔が青い。兵の動きが速い。


 ギルバートが私の半歩後ろにつく。


「姫殿下。今夜、刃は抜けます」


 彼の声が静かすぎて、逆に怖い。


「抜かせるのは私よ」


 私が言うと、彼は短く「はい」と答えた。

 命令には従う。けれど従い方が、猛獣のそれだ。


 父王の執務室へ近づくと、近衛の配置がいつもと違うのが分かった。数が多い。なのに視線が散っている。統率が乱れている。


「……侵食されてる」


 私は小さく呟いた。ヴァルターが言っていた通りだ。王弟の私兵が混ざっている。


 扉の前で、近衛が私を止めた。


「姫殿下。今は――」


 私は立ち止まらず、冷たく言った。


「通しなさい」


「王弟殿下が――」


「王弟が何? 私の父は王よ。私も王家の者よ。誰が私を止めるの」


 近衛が迷う。迷う兵は弱い。弱い盾は割れる。


 その瞬間、ヴァルターが現れた。汗に濡れた髪。剣を携え、目が決まっている。


「通せ」


 一言で兵が退く。

 私は内心で息を吐いた。味方は作れた。鏡がなくても。


 扉が開く。


 執務室の中は、異様に静かだった。父王は椅子に座り、顔色が悪い。王弟が窓辺に立ち、背を向けている。

 そして、机の上には――書状が積まれていた。判が押された紙。署名。王印の写し。


 王弟が振り返り、穏やかに微笑む。


「姪よ。来てくれたか」


 父王が掠れた声で言う。


「アリアーヌ……下がれ……」


 下がれ。

 それは命令でもあり、懇願でもあった。父は私を守ろうとしている。遅すぎるやり方で。


 王弟が柔らかく言った。


「陛下はお疲れだ。国の舵取りは、より強い者が担うべきだろう?」


 クーデター。

 言葉は丁寧でも、意味は刃だ。


 私は父王の顔を見る。目が泳いでいる。決断できない目。

 その目を見て、私は悟った。


 ――私がやるしかない。


「王弟殿下」


 私はゆっくりと頭を下げ、言った。


「お疲れさまです。ですが、手順が間違っていますわ」


 王弟の眉が僅かに上がる。


「手順?」


「ええ。王を降ろすなら、まず民の支持を確保し、次に近衛を掌握し、最後に王印を押さえる」


 私は淡々と数える。


「でもあなたは順番を間違えた。民はまだ私を見ている。近衛は半分しか握れていない。そして王印は――ここにあるけれど、本物ではない」


 王弟の笑みが止まる。


「……何を言う」


 私は視線を机へ向けた。


「それ、写しでしょう? 父の筆跡も印影も、丁寧に似せてある。でも――紙が違う。王家の書状に使う紙は繊維が細い。これは粗い。偽造の紙です」


 沈黙。

 父王が驚いた目で私を見る。

 王弟の目が、冷たくなる。


「……よく見ているな」


「鏡がなくても、目はありますもの」


 私は微笑む。

 ここで“鏡”という言葉を出すのは挑発だ。王弟の苛立ちを引き出す。


「あなたは鏡を壊して、私の目を潰したつもりでしょう。でも残念。私は、目を増やしたの」


 私は扉の方を見た。


「ヴァルター」


 合図。

 近衛隊長が一歩前に出る。


「王弟殿下。あなたの私兵が王宮に侵入している件、証拠は揃いました。今夜の配置も含めて」


 王弟の頬が僅かに強張る。


「ヴァルター、貴様……!」


「我らは王に忠誠を誓う」


 ヴァルターの声は揺れない。

 盾が、盾として立ち直った。


 王弟は一瞬、表情を整え――次の瞬間、笑った。


「なるほど。ならば力で奪うまでだ」


 窓の外で、何かが合図のように鳴った。笛の音。

 廊下の向こうで剣戟が起きる。悲鳴。走る足音。王宮が割れ始める。


 父王が椅子から立ち上がろうとして、ふらつく。


「……やめろ……!」


 王弟が冷たく言う。


「陛下、黙って座っていてください。貴女の時代は終わった」


 その言葉に、私の中で何かが切れた。

 父は弱い。遅い。けれど、王だ。

 王を侮辱することは、国を侮辱することだ。


 私は一歩前に出た。


「終わりません」


 王弟が私を見る。


「姪よ。賢いなら分かるはずだ。お前がここで死ねば、民は泣く。だが、国は回る」


 私は笑った。


「民は泣かないわ。泣く前に怒る。あなたは民の怒りを甘く見てる」


 私は続ける。


「毒を盛られた王女が、炊き出しをした王女が、王弟に殺された。そんな物語は、革命軍の旗になる。あなたは、自分で革命を作るのよ」


 王弟の目が僅かに揺れる。

 初めて、計算が狂った顔。


 その隙を、ギルバートが逃さない。


 彼は音もなく前へ出た。

 私の許可なく殺さない、という命令。

 だから彼は“殺し”ではなく、“制圧”の形で動く。


 王弟の護衛が剣を抜く。

 ギルバートの刃が閃き、護衛の剣だけが床に落ちた。腕が痺れて剣を握れなくなる角度。骨を折る一撃。必要最低限の暴力。


 王弟が後退する。


「貴様……!」


 ギルバートが冷たく言う。


「姫殿下に触れるな」


 触れるな。

 その言葉は護衛の言葉でもある。けれど同時に、私の背中に鎖の影を落とす。


 私はギルバートを横目で見て、命令を重ねた。


「ギルバート。王弟を殺さない。逃がさない。――捕らえる」


 ギルバートの喉が動く。刃が疼くのが分かる。

 でも彼は、短く答えた。


「承知」


 そして一瞬で距離を詰め、王弟の喉元に刃を当てた。

 殺せる距離。殺さない距離。


 王弟は、初めて焦りの色を見せる。


「……姪よ。こんな男を飼って、幸せになれると思うか?」


 その言葉に、私の背中が冷える。

 王弟は気づいている。ギルバートの執着を。私の不安を。

 だからそこを刺す。


 私は微笑んだ。


「幸せになるために生き残るんじゃないわ」


 言葉は嘘半分。本音半分。


「生き残った人間だけが、幸せを選べるの」


 私は父王の前に立ち、宣言した。


「父上。王弟は反逆です。近衛は王に忠誠を。私は王女として、王宮を守ります」


 父王の目が揺れる。

 そして、ゆっくりと頷いた。

 遅い。けれど、今はそれでいい。王の承認が、剣より重い。


 廊下の剣戟はまだ続く。

 でも、流れは変わった。近衛が統率を取り戻し、王弟の私兵を押し返していく。

 私は盤面をひっくり返した。鏡なしで。


 王弟は刃を喉元に当てられたまま、私を見た。憎しみと、諦めと、そして冷たい笑い。


「……よくやったな、姪よ」


 私は答えなかった。

 返事をしたら、勝利が汚れる気がした。


 そして私は気づく。

 逆転したのは王宮の政局だけじゃない。


 ギルバートが、私の背後に立つ位置を変えた。

 半歩後ろではなく、ぴったり隣。

 私の決断を支える盾として。

 同時に、私の逃げ道を塞ぐ影として。


 革命前夜の逆転劇。

 私は勝った。確かに勝った。


 けれど勝利の直後、耳元でギルバートが小さく囁いた。


「姫殿下。……もう、誰にも取らせません」


 その声は祝福みたいで、呪いみたいだった。


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