3.長生きしたアオムシ
秋が深まり風が冷たさを運びはじめた頃、アオムシの坊やはどこまでも続くキャベツの森の中で生まれました。
坊やはひとまず自分の卵の殻を食べて、それからキャベツの葉をゆっくりゆっくり味わっていくことにしました。
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坊やが暮らす森の上には、いつも白い羽の蝶がひらひらと舞っていました。
その姿に心を惹かれて、坊やはたびたび空を見上げては楽しげに舞う白い蝶たちを見ていました。
ある日、1匹の蝶が坊やのそばに降りてきて話しかけました。
坊や、わたしたちが気になるかい?
うん。蝶々さんは、どうしていつもこの森の上を飛んでいるの?
そのうち分かるよ。きみだってそのうち、わたしと同じ姿になってこの上を飛び回るんだから。
ううん。ぼくには白い羽はないし、体も重いよ。ゆっくり歩くのがせいぜいなのに、蝶々さんみたいにひらひら飛ぶなんてできないよ。
いまはそうだね。でもたくさん食べて、大きくなって、サナギになって――それから10日くらい経てばこんな姿に変身できるんだ。
変身? ぼくにできるかな。
できるとも。わたしもついこの間、そう変身して蝶になったんだもの。空を飛ぶのは気持ちがいいし、キャベツもいいけど花の蜜もおいしいよ。坊やも早く大きくなって、こっちにいらっしゃい。
蝶々さんはそう言うと、白い羽をひらひらと振って飛んでいきました。
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それからアオムシの坊やは、早く蝶々さんみたいになりたくて、一生懸命にキャベツの葉っぱを食べました。
4度の脱皮も頑張って、生まれた頃とは見違えるくらい大きくなりました。
ある日、坊やは食べる気がなくなって足を止めました。
脱皮の前はいつもそうだったから、坊やはそろそろまた脱皮をする頃なんだと思って、いい場所を探そうと辺りを見回しました。
うっかり足をすべらせて、坊やは地面に落ちました。
いけない、早くキャベツの葉の上に戻らないと。
坊やはそう思って一生懸命に歩きましたが、当てもなく歩いたのでキャベツの森から出てしまいました。
とにかく前へと歩いていると、どこからか声をかけられました。
おーい、そこの坊や。その先にキャベツはないよ。
だあれ?
私かい? 私は――よく「ザツボク」と呼ばれているね。ここに生えて3年になる木だよ。ほら、こっちへおいで。
ザツボクさんが風に枝を揺らしてくれて、坊やはそれを目印にザツボクのおじさんのもとへたどり着きました。
きみはずいぶん大きいね。
うん、もうじき次の脱皮をするんだ。ぼく、そのうち白い蝶になるんだよ。
そうか。じゃあ、もうきみはサナギになるんだね。
そうなの?
私は3年もここにいるからね。きみたちのことはよく知っているよ。きみくらいの大きさの子は、もうすぐサナギになるんだ。
やった! そうしたら、あと10日くらいで蝶になれるんだね。
うーん、きみはもう少し長くなるだろうね。
どれくらい?
3ヵ月か、長いと4ヵ月かな。
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それは坊やが聞いたことのない言葉でした。
不思議そうな顔をする坊やを見て、ザツボクさんはすこし考えてから付け足しました。
とりあえず、100日くらいだと思えばいいよ。
それを聞いた坊やは、そのあまりの長さにしばし言葉を失いました。
……でも、蝶々さんは10日って言ってたよ。
そうなんだね。でもきみたちは寿命が短いから、その蝶々さんは知らなかったんだろう。いまからサナギになると、冬を越すまで目が覚めないんだ。
どうして?
きみみたいな虫は、冬の間は生きられないんだ。もうだいぶ寒く感じるだろう? 今度の春まで、サナギのままでいなきゃあ死んでしまうよ。
サナギのあいだは、どうすればいいの?
なにもする必要はないよ。眠っているようなものだ。目が覚めたら、もう春になっているさ。そのときは、きみも白い蝶になっているよ。
100日も眠っていて、大丈夫なの? なにかあったらどうするの?
……さあね。きみの運次第、かな。
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ザツボクさんは、坊やにアオムシと白い蝶の話を聞かせてあげました。
アオムシも蝶ももっと暖かいのが好きで、冬と反対に暑い夏に生まれたアオムシは育つのが早いけれど死んでしまうのも早いこと。
いまの時期のアオムシは寒い季節を生きる代わりに、冬を越すぶん寿命がとても長くなること。
アオムシの坊やを枝に乗せて、ザツボクさんは言います。
きみは長生きするんだ、他の子たちよりもずっと。
でも、100日も眠ってるんでしょ? それより、ぼくも他の子たちみたいに暖かい季節を過ごしたいよ。
春になれば、暖かくなるよ。
夏と同じくらい?
夏よりは、寒いかな。
……じゃあ、いやだ。
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アオムシの坊やは、いやだいやだと言って聞きわけませんでした。
ザツボクさんは、枝をゆっくり揺らしながら坊やをあやします。
いまサナギにならないと、冬を越せないよ。
……。
冬を越せたら、きみは蝶になれる。春もいい季節だよ。
……こわいよ。
そうだろうね。でも大丈夫、今までの子たちもみんなきみと同じように冬を越して、春になったら白い羽でひらひら飛んでいたんだ。眠っていれば、春はあっという間にくるよ。
それでもこわい。眠りたくない。
私にしがみついていなさい。ここのキャベツは植えられたものだからそのうち収穫されてしまうけど、私は勝手にここに生えただけ。もう3年も、こうして無事に過ごしているんだ。私の幹でサナギになれば、きっと冬を越せる。きみが眠っているあいだも、私がずっと見ていてあげるから。
……。
・・・・・・
まる一日悩んだ末、アオムシの坊やはザツボクさんの幹にしがみついてサナギになりました。
今はもう、キャベツの森の上を舞っていた白い蝶の姿は1匹も見えません。
長い冬がはじまりました。
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それから――
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山の杉の木たちが春だ春だと大騒ぎして、花粉をもうもうとまき散らしました。
キャベツの森の傍らでは、淡い野焼きの煙が立ち昇っています。
ザツボクさんは、5日前にノコギリで挽かれて切り倒されました。
木が乾燥するのを待って、いま焼かれているところです。
坊やは、他の季節に生まれたアオムシよりもずっと長生きしました。
ザツボクさんにしがみついて、今日まで生きることができたのです。
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淡い野焼きの煙が、空高く昇っていきます。
白い蝶が舞う季節まで、あともうしばらくです。




