第2話 異世界転生・駄女神オリエンテーション
「さて、本題ですが……。異世界転生と仰られても実感が無く、まず、どのような経緯で私が呼び出されたのかを伺いたいのですが?」
唐突に異世界転生をさせると言われて、納得する現代日本人はいない。
まずは当たり前の質問をして、正確な情報を手に入れよう。
「あ、あれ?あまり驚かないんですね……?まず、転生者を落ち着かせる所から始めるって聞いたんですけど」
またか。ホントに駄女神だな、コイツ。
初対面の相手に自分サイドの内情を語ってどうする?
意味が無いどころか、経験不足ですと発表しているのも同然だぞ。
だが、こっちにとっては好都合、その未熟さを十分に利用させて貰おう。
俺は満面の営業スマイルを作り、駄女神へ微笑みを向けた。
「いえいえ、私は生粋のビジネスマン。初対面の方とお話をさせて頂くのが務めというものです。して、本日はどのような経緯で?」
「あ、えーと……。草道さんは、実は、お亡くなりになられました!」
「おや?そうなのですか。それは初耳ですね」
「そうなんですよ、死んじゃったんです。……死んじゃったんですよ?悲しくないんですか?」
「えぇ、悲しいと言えば悲しいですが、なにぶん営業なんて職業をしていると驚く事ばかりでして。もう慣れてしまったというのが本音ですね」
「へぇーそうなんですか。すごいんですねぇ、営業って」
そんな訳ねぇだろ。
日本中どこを探したって、死ぬことに慣れたサラリーマンなんか絶対にいねぇよ。
で、冗談を華麗にスルーされた訳だが、ここでツッコミを入れるのもビジネスマナーに反する。
俺も冷静に受け流そう。
「なるほど。私は死亡し、ここに呼ばれた訳ですね」
「はい!馴染みがないかと思いますが、異世界転生って奴です!」
おい、何が「異世界転生って奴です!」だ。
重要なことを説明するのに、ふんわりした表現方法を使うな。
聞いてるこっちが不安になるじゃねぇか。
「異世界転生ですか?それはまた……」
「あ、やっぱり御存じなかったですかー。ですよねー」
「少々、漫画などで読んだ程度でして。これでは詳しいとは言えませんね」
「……。」
なんか喋れよ!!
変な所で言葉を区切るんじゃねぇ!!
俺まで会話がヘタクソみたいな空気になるだろうが!!
「よろしければ、是非とも、ご教授を願いたいものです」
「えへへ。営業でも分からない事って有るんですね!いいですよ。特別に教えてあげちゃいます!」
営業職かそうじゃないか以前に、異世界転生したこと有る奴なんて殆どいないと思うが。
つーかコイツ、駄女神のくせに俺の事を馬鹿にしてるよな?
対等じゃないとはいえ、ビジネス相手だと思って接してやろうかと思ったが、その必要もなさそうだ。
現代日本がどれだけ狡猾かを思い知らせてやろう。
「さて、ご教授いただく前に、質問をさせて頂いても良いでしょうか?」
「質問?」
「えぇ、簡単なものですよ。お互いに話を円滑に進めるために必要なんです」
「あ、そういう事ならどんどんしちゃってください!」
あぁ、そうだよ。
互いに話を円滑に進め、そして俺が一方的に得をする為に必要な事だ。
「といっても、そんな難しい事じゃないですよ。少々、ナタスさんの言葉やしぐさが気になったものでして」
「言葉やしぐさ?」
「えぇ、ナタスさんはどうやら、この様な場には不慣れなご様子。違いますか?」
「ぇ、なんで分かっちゃったんですかぁ!?頑張って敬語とかも使っているのに!!」
……それはな。お前がアホの子だからだよ。
「実は私、入社希望者の面接官をする事がありまして。ナタスさんからは新卒面接者のような、フレッシュな雰囲気を感じるものですから」
「えー!シンソツだってのも分かっちゃうんですか!?」
「おっと、失礼しました。可愛らしい雰囲気でしたもので、つい余計な事を言ってしまいました」
……女神が新卒だと?
学校あるのかよッ!?!?
「えへへ、そうなんです。実は今日が初めての実務なんですよー」
「そうなのですか。数々の新人を教育してきた私と、初めて実務を行うナタスさん。これも何かの縁でしょう」
「ラッキーですね!」
おい、何処がラッキーだよ。このアホの子・駄女神が。
どこの世界に、素人の新卒女神に転生させられて喜ぶ奴がいるんだ。
川で溺れて必死に手繰り寄せた木の棒に『ハズレ』って書いてある気分だぞ。
……だが、これはチャンスだ。
やりようによっては、凄まじい力が手に入るかもしれない。
ここは先輩ビジネスマンとして、接客業のなんたるかを教えてやろう。
日本の営業は割と親切で、詐欺まがいの事はしない。
うちの会社以外は、の話だが。
「えぇ、確かにラッキーなのかもしれませんよ!!ナタスさん」
「えっ!?」
「数々の新人を教育してきた私としても、ナタスさんを放っておくなんて出来ません!!今回の機会を教材として、是非、実のある経験を積んでください」
「実のある経験ですか?」
「えぇそうです。ナタスさんは新卒で実務経験も少ない、そうですよね?」
「はい。草道さんが初めての人です!」
アホの子、ここに極まり。
誰が初めての人だ。誤解を生むような事を言うんじゃねぇ。
仕事しろ、仕事。
「でしたら、私が全力でサポートを致しましょう。先程、必要な情報は端末に載っていると言っていましたが、そういった機械操作も不慣れなのでは?」
「あ、そうなんですよ!実は使うのが怖くってぇ」
「ははっ、大丈夫ですよ。私は機械操作にも強いんです。では、そちらの椅子に失礼させていただきますね」
一応の断りを入れて席を立ち、アホの子駄女神のとなりに座る。
……。
こいつ、すげぇ独特な匂いがするな。
んーなんだこの匂い……、線香?
女神から線香の匂いがするって、どういう事だ?
って、そんなことを考えても何の役にも立たない。
今は詐欺……、いや、新人教育に専念すべきだ。