第16話 面接後に愚痴を溢すまでがお仕事です
「はぁーー、つ、か、れ、たぁーーー。慣れない事をするもんじゃないですねーー。ま、面白かったから良いですけど」
会議室風にあつらえた部屋で、ナタスを名乗っている女が溜息を吐いた。
自らの肩を揉み、一仕事を終えた様に気だるげな声を漏らす。
そして、ぐったりした態度で無機質なドアに視線を向けた。
「誰かいませんかー?お茶が欲しいんですけどー」
口調も仕草も、礼儀を知らない小娘のソレ。
事実それは正しい。
彼女が礼を尽くす相手など、あの世には存在しない。
「こ、こちら、粗茶でございますが……」
「えー粗茶?この私に粗茶なんて飲ませるんですかー?」
「し、失礼いたしました。こちらのミルクティーはいかかでしょうか」
ドアから入って来た執事風の男が一礼し、女の前にティーカップを差し出す。
会議室の無機質な机を豪華なティーテーブルに変えてしまう見事な手腕から、その男の技量の高さが伺える。
だが、男は緊張していた。
故に、ほんの一滴、ティーカップからミルクを零してしまう。
「あっ」
「……っ!!」
「下手くそですねー」
「ひっ、も、申し訳ございません。どうかご容赦を、さたんさ――」
「あーもー、ダメですよー。今の私はナタス。きゃぴきゃぴのシンソツ女神なんですからね!」
仕方がなさそうに笑うナタスの表情は、ダメな弟を叱る姉のように柔らかい。
だが、その男は気づいてしまった。
許しを請うた自分の言葉が、『ダメだ』と否定されたことを。
「ひぃっ!!お助け――」
「エルザンビーリフェカ・ワルフォアフォノ・コルディズナ」
雷の牙を持つ東洋竜が、男を咀嚼する。
牙が噛み合わさるごとに響く雷鳴が肉体を撃ち抜き、立ち上る香ばしい湯気が部屋に充満した。
「んー、やっぱりレベル18相当の雷魔法は派手で良いですね。草道さんも覚えておけば良かったのに」
「きまぐれで部下を消費するのはやめなさい」
「あ、べーたん!!」
開いているドアの奥から声を掛けたのは、黒いスーツを身を纏った美しい女性。
やり手の女上司を想像させる姿、だが、決して人間のOLなどではない。
「べーたんと呼ぶのもやめなさいと言ってるでしょう」
「えー、だって、お揃いが良いじゃないですかー」
「今のあなたは逆さま……、ナタスと名乗っているのでは?」
「じゃあ、ルアリべ?発音しにくいので却下にします!!」
思わず頭を押さえたスーツの女の指に、漆黒の角が触れる。
髪も、瞳も、服も、翼も、尾も、全てが漆黒。
そこに居るのは、闇の子の指導者。
天上においてはミカエルよりも尊く、ルシフェルに次いで創造されたとされる、かつては序列二位の偉大なる熾天使。
現・第三位階の偉大なる地獄の君主、80からなる悪魔軍団を率いる強大なる王。
『不正の器・べリアル』
「まったく、ころころと名前を変える悪癖も大概にしなさい。……サタン」
冷やかなベリアルの視線が捕らえたのは、身を焦がすような支配者の嘲笑。
ナタスは偽名だ。
SATAN → NATAS と逆さまに読んだだけという捻りの無いネーミングなのは、彼女自身が考えたから。
傲慢にして、適当。
それが地獄の長である彼女の信条だ。
「それで、結果は?」
「ミカちゃんとウリ坊から奪った転生端末に溜まっていたポイント、ぜーんぶ使っちゃいました。今頃、天界は大慌てでしょうね」
「私達の造反後、ミカエルとウリエルが熾天使の筆頭となりました。相当なポイントが溜まっていたのでは?」
「現時点でのステータスはオールカンストですよ。ただ、上限突破はしてないので9999です」
「スキルシステムの詳細を教えなかったのですか?」
「ちょっと意地悪したくなっちゃいました、えへ!!」
何をやっているんだこの女。と、ベリアルは思った。
天界を有利にしている転生ポイントを一人につぎ込むのは、まだ許せる。
だが、賭け馬を勝たせるつもりがないのは、看過できない。
「それだと、溺愛する娘を踏みつけられて激怒した、魔神将バルボアに殺されるのでは?」
「ステータス差、ほぼ十倍ですからね。まぁ、だからこその草道さんなんですけど」
「……?」
「偶然見つけて、ずっと目を付けていたんです。この子に力を与えたら面白そうだなぁーって!!」
こんの愉快犯が。
一時的なノリで天界を壊滅させた時もそうだが、調子に乗っていると本当に始末に負えない。
そんな感情を押さえつつ、ベリアルが口を開く。
この悪辣極まるサタンが何の考えも無しに、行動しているとは思えないのだ。
「彼は何のスキルを選びましたか?」
「異次元収納と信用銀行、あと、本召喚です」
「3つとも空間属性を選ばせたのですか?」
「3つじゃないですよ。異世界再購入があるので」
「四属性を得るチャンスを棒に振るとは……、まさかその説明も?」
「してないですねー。実は、ちょびっとだけピキッっと来ちゃってます♡」
「ひぃ!」
「草道さんって酷いんですよー、私のことを30回以上もアホって言ったんです!!」
「彼、良く生きてましたね?」
「死んだから地獄に来たんじゃないですか。ちなみに、べーたんのことは8回ディスってました」
「私なら8回、いや、残り7回殺しますね」
「1回殺してますもんね。積載量30トンのダンプトラックで」
悪魔の君主の中では、ベリアルは比較的、会話が成り立つ方だ。
だが、己を馬鹿にする者を許すほど、広い心の持ち主ではない。
「転生する時間を3年ずらしたんでしょう。それも?」
「嫌がらせというかー、辺境の地で妻子と穏やかに暮らしている魔族最強の軍神の屋敷に、唐突に不審者が現れたら面白そうだなーって」
「……。」
「そーとー上手くやらないと、殺されちゃいます♡ フィジカルじゃ絶対に勝てないですし」
「攻撃スキルなしの属性被りですよね?酷いの一言にすぎます」
「ステータス上限突破をするには、スキルレベルを10にしなくちゃならない。そして、一つの属性で突破できるステータス欄は一個のみ。結構なクソ仕様ですね」
「バルボアは5つのステータスを全て上限突破済みの、イナノミィケーオス最強の魔神ですよ」
「ですから、エルザンビーリフェカ・ワルフォアフォノ・コルディズナをオススメしたんですけどぉ……、断られちゃいました。てへ!」
『エルザンビーリフェカ・ワルフォアフォノ・コルディズナ』
雷系統レベル18に相当するこのスキルは、精霊語を用いて発音する世界魔法だ。
対処するには同じ世界魔法を用いるしかなく、それはすなわち、神々の戦いとなる。
「しかも、選んだスキルは揃いも揃って地雷ばかり。なんですか、異次元収納って」
「ほぼ、異世界再購入の下位互換ですからね。スキルレベルを上げると同じ能力が芽生えますし」
「信用銀行も……、こんなあからさまな罠に引っ掛かるなんて」
「レベル10にするのに、10兆ユエド必要ですからね。ランク5程度じゃバルボアどころか、ペットのケルベロス(5匹)すら厳しいですし」
「本召喚も論外ですね。命を賭けるスキルに娯楽を求めるとか」
「べーたんノートが欲しかったそうですよ?」
「……は?」
「続編って括りで私的な日記帳とか召喚されたら大変ですね?」
「今すぐ殺しに行っていいですか?」
「えーだめですよー。バルボアに乱入されると、ワンチャン、べーたんの負けもありえますし」
奥歯を噛みしめながら思案を始めるベリアルと、それを楽しそうに眺めるサタン。
そして、これから起こるエンターティメントに向けて、喝采の言葉を向けた。
「さぁ、草道さん、頑張ってください。どうやって死亡要因を打開するのか、楽しみにしてますよ!!」
あとがき
皆様こんにちは、青色の鮫です。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます!
この作品は「異世界転生そのものを面白く描く」ことをテーマにしています。
一旦ここで区切りとなりますが、実は、この先の展開案はすでに頭の中にあったりします。
ただし、ここから先のお話は、イナノミィケーオスで冒険する主人公・草道視点となり、コンセプトからは少し外れる内容になります。
(別タイトルにして投稿するか、このまま続けるか……、悩み中です)
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