第14話 オリエンテーション(詐欺)閉会
「ナタスさん、長い事お付き合い下さいまして、ありがとうございました」
「えぇー!!教えて貰ってたのは私ですよ!?草道さんにお礼を言われるなんて、そんな……」
ビジネスの極意。
商談が終わったら、さっさと退散する。
余計なことを言わない、冷静になる時間も与えない。
質疑応答なんて、論外の愚行だ!!
「異世界転生というチャンスを頂けたことによる、素直な感謝の気持ちですよ。では、そろそろ」
「あ!お礼に質問をしても良いですか!!」
良くねぇよ。
というか、教本を紛失するレベルの馬鹿がどんな質問をしても無駄だ。
まず、ベーたんに常識を習う所から始めろ。
「はい、何でしょうか?」
「草道さんは、イナノミィケーオスで何をしたいですか?」
キマイラやケルベロスが出没しない安全な道で、平和に暮らしたい。
……って、大多数の奴が答えるだろ、その質問には。
お前が寄越したイナノミィケーオスの情報じゃ、それが限界だ。
「そうですねー、ズギャーン!!!が作るお菓子は食べてみたいでしょうか。人気店なんですよね?」
「あ、それいいですね、私はチョコレート味でお願いします!!」
コイツ……、つ、面の皮が厚すぎる。
幾らウチの会社がブラック企業と言えど、露骨に賄賂を要求してくる顧客なんていなかったぞ。
で、どうやって届けるんだよ。
お前の銅像でも作って、叩きつければいいのか?
「それくらいお安い御用です。ですが、どうすればナタスさんの所に届けられるのでしょうか?」
もしもここが日本だったら、どんな手を使ってでも交流を断つ所だ。
だが、異世界転生とかいう謎技術を持つ集団から逃亡できるとは思えない。
今回の詐欺の露見は確定的、だからこそ、問題視された場合に交渉が出来る余地を残しておきたい。
コイツの懐柔は必須。
言い訳する時に裏切られると、「ナタスさんと一緒に実験したせいで、操作を誤りました」が使えなくなる。
ここは紳士的に振舞うべきだ。
「簡単ですよー!郵便局に行って、私宛に郵送していただければいいんです!!」
「……ナタスさんは、イナノミィケーオスに住んでいらっしゃるんですか?」
「いえ、でも、ちゃんと届く仕組みですので大丈夫です!!」
ほら出た。
よく分からない、アホの子超理論。
まだ、「イナノミィケーオスの王都にある橋の下に住んでいます」とか言われた方がマシだぞ。
「疑う訳ではないのですが……。どのように届くのかお伺いしても?」
「私の所有物という事を証明できれば、こちらから干渉できるんです!べーたんとか贄物を回収するの得意ですし」
なんだ、贄物って?
語感が100%悪魔のソレなんだが?
というか、ベーたんに荷物を取りに行かせるな、お前がやれよ新卒駄女神。
「なるほど、では、ナタスさんの宛先と、ベーたんさんの宛先も教えていただけますか?」
「ベーたんのも?えっとー、」
よし、コイツが友人の個人情報を流出するレベルの馬鹿で助かった。
待ってろべーたん、駄女神よりも上等な賄賂を贈ってやるからな。
「私の住所がー、タルタにあるヴァルハラ通り沿いのグラズヘイムで、ベーたんがー、パンダイモニオンの都庁の社宅です」
「グラズヘイム?ナタスさん、良い所に住んでいらっしゃるんですね。羨ましい」
『グラズヘイム』には聞き覚えがある。
たしか、『地上で最も見事な』 とか、『喜びの世界』とか言われてる成金宮殿だったはず。
そうか、謎が一つ解けたぜ。
駄女神の癖に異世界転生なんて重要そうな仕事に就き、有能そうなベーたんを従えているのは、親の七光を使い倒しているからか。
ふっ、気付いてしまうと、嫌いになれないな。
カモがネギを背負って自ら油に飛び込んでくるようなものだ、大好物と言っても過言ではない。
「日本では、お中元とお歳暮という感謝の気持ちをプレゼントする風習がありまして。夏と冬の終わりには、お二人にささやかな礼を」
「わぁー!ありがとうございます!!」
年2回の賄賂など、大した手間ではない。
駄女神の予算は3000円、ベーたんは5000円の菓子詰め合わせで良いだろ。
さてと、露骨に上機嫌になったし、ここらで退散するとしよう。
おっと、営業スマイルも忘れずに。
「それでは、私はここら辺で……、はは、お恥ずかしい。異世界転生が楽しみ過ぎて自制が効かないようです」
「えぇ、私も楽しみで仕方がないです!!」
それは賄賂の話だよな?
俺の異世界生活その物じゃないよな?
「こちらのボタンを押すと異世界転生する。ということで宜しいですね?」
「はい!えっと、草道さん、頑張ってくださいね!!」
何をだよ。
主語が無いぞ、主語が。
「勿論です。せっかく手に入れた第二の人生ですし、楽しみ尽くしてやりますとも」
正確には、第一の人生のリスタートな訳だが……、生まれ変わったような物なのは事実。
カンストのステータスに加え、全言語と常識理解、利便性の高い4つのスキル。
もはや、俺に勝てる存在はいない。ふはは!!
「それでは、行ってまいります」
「はい!この御恩は一生、忘れません!!」
おい、最後最後に裏切りフラグ立てるんじゃねぇよッ!!
もうボタンを押しちゃ――。
暖かい光が俺を包み込んでゆく。
うっすらと白くボヤケていく視界、その先で、駄女神ナタスが笑っていた。