第1話 新卒女神、初仕事で遅刻する
「あれ?ここは……、会社の面接室……?」
どうして俺は、会社の面接室なんかに居るんだ?
今は昼の休憩時間で、午後の営業ついでに飯を食いに行こうとしてたはず。
いや、『行こうとしてたはず』なんて、曖昧な事は絶対にない。
俺は狡猾な現代日本を生き抜いている熟練サラリーマン。
この歳でボケる趣味はない。
なら、どういう事だ?
確かにここは、俺の会社の面接室。
数多の新卒を運命共同体に引きずり込んだ地獄の入口であり、3ー2会議室だから『三途の川』なんて呼ばれている部屋だ。
だが、いつもと違って俺が座っているのは『面接される側』。
つまり、採用試験を受けに来た側だ。
うん、まるで意味が分からんぞ。
まずは落ち着いて状況を整理しよう。
『トラックに轢かれて死亡』
……なんということだ。
状況整理が一秒で終わってしまった。
そう、俺はついさっき、トラックに轢かれて死んだはずだ。
「いや、流石にあの惨状じゃ死んだよな? 積載量30トンのダンプトラックだぞ……?」
改めて、状況を確認しよう。
昼休みに行きつけの牛丼屋に向かっていた俺は、最近見かける初心者マークを付けたダンプトラックと正面衝突した。
こっちは横断歩道で信号待ちをしていたし、0対10でトラックが有責なのは間違いない。
これで運転手の人生は終わりだな。
ウロウロとした挙動不審な運転がすごく邪魔だったんだ。ざまーみろ。
……で、俺の人生も終わったっぽいんだが?
俺こと、『草道 語』は平凡な25歳、独身の男。
利益第一主義の上場企業に勤めているエリートブラック社員ではあるが、身体の強度は至って普通だ。
ぶっちゃけ、あの衝撃と光景じゃ絶対に生き残れない。
少なくとも右足と右腕は吹き飛んでったし、現代日本に魔法とかない以上、助かりようがないレベルだ。
出血多量でオワタァ!だろう。
「で、なぜか、五体満足な体で会社の面接室で座っている訳だが……」
特に外傷もないし、痛くもない。
身体の変化と言えば、ちょっと喉が渇いたくらいだ。
あ、そう言えば椅子の下に……、よし、お茶をゲットだぜ。
これは面接者に配る飲料水で、もちろん試験内容の一つ。
床に直置きされているお茶を勧め、どんな反応をするかを見るのだ。
主業務が営業である弊社の仕事に、ペットボトルのお茶は欠かせない。
引きつった顔をして飲まないのは減点になるし、逆に喉を鳴らして一気飲みするアホは一発不採用だ。
ということで、貰っちゃおーと。
俺は床からペットボトルを拾い上げ、キリリとキャップを開けた。
するとなぜか、試験官用のドアも開きやがった。
「お、遅れてすみませんでしたぁ!もう、いらっしゃってます……よね?」
「えぇ、居ますよ」
「あの……、遅刻して申し訳ありませんでした。私、女神と申しますぅ!」
「はい?」
なんだコイツ?自分の事を女神とか言いやがったぞ。
しかも全力疾走してきたらしく、見るからに息を切らしている。
こんな姿を取引相手に見せれば笑い者にされた揚句、ナメられる。非常によろしくない。
それに言葉使いも悪い。
語尾を伸ばすな。語尾を。
「さて、女神様と仰いましたか。まずはそこにお座り下さい。お話はそれから致しましょう」
「はい。では失礼します。えへへ」
おい、無意味に笑うな。減点対象だぞ。
そして、俺の前に並んでいる面接試験官用の椅子の右端に女神とやらが座った。
どうせなら真ん中に座ればいいものを……。
「ふぅ、急いで来たら喉が乾いちゃいましたね。あっ!お茶を飲んでも良いですか?」
「えぇ、どうぞ」
「ありがとうございます。ごくごくごくごく……ぷはぁー!」
この女神、床に直置きされているお茶を躊躇なく手に取り、喉を鳴らして一気飲みしやがった。
不採用ですので、どうぞお帰り下さい。
「えっとぉ、草道さん。この度は、ようこそお越し下さいました。私は『異世界転生』担当女神のナタスと申します!」
『異世界転生』担当女神だと?
いきなり核心をぶっちゃけたな。
だとすると、俺は転生するってことか?
「ご紹介ありがとうございます、ナタス様ですね。私の名前をご存じの様ですが、自己紹介は不要でしょうか?」
とりあえず、この女神に探りを入れてみよう。
見た感じは普通のOLって感じだが、背中にいかにも嘘くさい翼が生えている。
妙にケバケバしい白なのも気になるが……、とりあえず無視だ。
「はい、自己紹介の必要はございません。すべて、この端末で確認できますので!」
「端末ですか?」
「そーですよ。この端末には草道さんの生前のデータが記録されているみたいです。なので、自己紹介は結構です!」
コイツ、すごく重要な事を漏らしやがった。
『俺の生前のデータが記録されているみたいです』だと?
この瞬間、俺の中で『駄女神』だと決定した。
ビジネスマンとして許せない言動。
取引相手に対し、『みたい』などという曖昧な言葉は絶対に使ってはいけないのだ。
コイツはもう、俺と対等な取引相手ではない。
ならば、下手に出る必要もないな。
「なるほど……。察するに、私は異世界転生をするのでしょうか?」
「はい!バッチリ転生させますので、大船タルタロスに乗ったつもりでいてください!」
一刻も早く、その大船から脱出しなければならない。明らかに沈む。
……まぁ、いい。
コイツを騙して、最高の形で異世界転生してやるぜ!
皆様こんにちは、作者の青色の鮫です!!
この作品は、省略されがちな異世界転生時のやり取りを、どれだけ面白く書けるかに挑戦した小説です。
駄女神・ナタスのボケと、ブラック営業・草道のツッコミ。
さらに、イかれたモンスターと世界観を添えて……、そんなノリと勢いをお楽しみください。
なお全16話の読み切りで、今日中に完結まで投稿します!
本日 20時〜、5分おきに全話を一気に更新です!
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