表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最期の晩餐レストラン  作者: もすもす
2/2

女子高生とプリン

 どこにでもいる平凡な女子高生、花菜。


 彼女は今、一人で外にいた。


 友達がいないわけではない。が、今は用事があるようなので花菜は一人で所謂お一人様を楽しんでいた。


 今はお昼時、最近見つけたお気に入りのカフェで優雅に甘いものでも食べようかと思っていた時、ふとレストランを見つける。


「ふぃなー…れすとらん?」


 どこか懐かしいような、それでいて高級感の漂う不思議なレストランに花菜は足を踏み入れた。


「えっ…!?」


 花菜は困惑した。何故なら、店の中は花菜の大好きだった亡くなった祖母の家に似ているのだ。


 花菜は靴を脱いで奥へと進む。


 祖母の家と全く一緒だ。壁のシミも、タンスの上の埃かぶった人形も。


 なんでこんなところに…


 と、キッチンの方へ向かうと人影が動く。


「おばあちゃん!?」


 花菜は思わずそう言ってしまう


「おや?」


 知らない声、男か女か少しよくわからない。


「いらっしゃいませ。随分とお若い方ですね」


 そこにいたのは中性的な人物。声だけではわからなかったが、姿を見てもわからない。


 花菜は困惑した。


「誰…?」


「我が名はモルス、このフィナーレストランの店主を務めております。」


 ペコリと流れるように綺麗なお辞儀をするモルス。


 そして花菜は思い出す。フィナーレストラン、先程店の前に書かれてあった名前だ。


「どういう、こと…?」

「ではご説明いたします。」


 任せろと言わんばかりに顔を上げ、微笑むモルス。


「ここは魔法のレストラン。フィナーレストラン。別名〝最期の晩餐レストラン〟です。」


「最期の…晩餐?」


 それって絵画の名前じゃないの?と思う花菜。


 というか、名前からして縁起が悪いというか…少し怖い。


「ここは、死期の近い方が来るレストランなので、最期の晩餐レストランなのですよ。」


 微笑みを崩さぬままどこか淡々と紡ぐモルス。


「え…?」


 花菜は再度困惑する。死ぬ…?


「えっ、いや、は?いや、いやいやいや!アンタ何言ってるの?そんなことあるわけないでしょ?ばっかみたい!帰る!」


 花菜は何だか怖くなってそう虚勢を張るように言いながら出ようとした。


 しかし、後ろを向いた時に広がったのは懐かしい祖母の家。


 昔一緒に折り紙をしたローテーブルがおいてある居間を目にし、花菜は信じたくないが、信じてしまった。


 花菜は呆然と立ち尽くす。


 亡くなった祖母の家。昭和感の漂う温かい家。祖母が亡くなったあと、土地ごと売り払われて潰され、今は最近の家らしい家に変わってしまっている。


 モルスは何も言わず、微笑んだまま花菜を見つめる。


 花菜は足から崩れ落ちるようにへたりと座り込む。


「………私は、死ぬの?」


「ええ。近い内に。」


「大人には、なれないの?」


「なれませんね。」


「なんで、私なの?」


「運命だからです。」


 ハァ、ハァっと花菜の呼吸が荒くなる。花菜は俯いた。


「………………………やだ。」


 小さく開いた花菜の口から震えた声がこぼれる。


「…やだ、やだやだ、やだやだやだやだやだやだやだ!!」


 小さかった声は段々と大きくなってゆく。


「ッ!」


 顔を上げた花菜の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


「しにたくない!!まだッ、しにたくない!!」


 当然だった。花菜はまだ大人にもなっていない。女子高生だ。未来がある。将来なりたいものもある。親孝行もしたい。中学の頃離れてしまった友達と会う約束だってまだ果たせていない。人気のお店のスイーツだって食べてみたい。友達と遊園地にだって行きたい。


 やりたいことが、沢山あるのだ。


「ッ…やだよぉ…」


 呼吸も出来ぬほど泣きじゃくる花菜。


 モルスは花菜に近寄りそっと肩に手を置く。


「お客様。折角ですし、食べて行かれませんか?」


「無理!!死ぬなんて…受け入れる事も出来ないのに…ばかなの!?」


 ばかと2回も言われてしまったが、モルスは気にせず微笑む。


「お客様は人生の最期に何か食べたいものはないのですか?何でも出て来ますよ。高級料理のコース。好物、もう食べられなくなってしまったものも。」


 花菜の動きが少し止まる。モルスはそれを見逃さない。


「何か…食べれなくなった食べたいものでも?」


「………ちゃんの…」


 微かに声が聞こえる。



「おばあちゃんの、プリン」


 昔、花菜が折り紙をしていると、おばあちゃんがおやつの時間だよ、と言って作ってくれたプリンだ。昔ながらの少し固めのプリンで、カラメルがほろ苦いくなくて、あまいあまいおばあちゃんの特製プリン。


 売ってるプリンと違っていて、花菜はそれが大好きだった。


 もう食べられないおばあちゃんのプリン。ここはどう見てもおばあちゃんの家。もう一度、食べられるのなら。


「承知しました。ご注文は、お祖母様のプリン、でよろしいですか?」


 花菜は震えながら、目元を赤く腫らした目で涙を溜めたまま、モルスを見る。


 まるで聖母のような優しい慈愛に満ちた笑みをモルスは浮かべていた。


 花菜は震えながら頷く。モルスはそれを見て立ち上がり、箱の下へ行く。


 なんだろうあれは。おばあちゃんの家には無かった。


 モルスは紙にさらさらと何かを書き、箱に入れる。


 数分待つとボワンと音がし、スライド式のドアを開けると中には昔ながらのプリンがあった。


「え…?」


 モルスは机の上にプリンを置き、スプーンを添える。


「おばあちゃんのプリンだ…」


 花菜は這いずるように机へ近寄り椅子に座る。


 花菜は食べようとしてスプーンを取り、近くにいるモルスを泣きそうな目で見上げた。


「どうぞ」


「ッ…いた、だきます…」


 モルスはにこりと微笑む。花菜はプリンにスプーンを入れ、一口頬張る。


「ああっ」


 花菜は目から再度涙を流す。プリンは記憶の中のものと一緒だった。


 食べているとおばあちゃんの温かさを感じるというか、懐かしいのだ。


「おばあちゃぁん」


 花菜は泣きながら祖母を呼ぶ。死んだら祖母の元へ行くんだろうか


 死にたくないけど死んで祖母にまた会えるのならそれも悪くない気がしてきてしまった。


「あのねっ、おばあちゃんの家に行った時に、私おばあちゃんの家つまんないって言っちゃったの」


 花菜は泣きながら話し出す。


「それ、でっ、おばあっ、ちゃん悲し、ませ、ちゃって、そしたらぁっ、次に行った時、おばあちゃんがプリンを手作りしてくれて、ねっ…」


 花菜は声を震わせながらなんとか言葉を紡ぐ。


「それが凄く、おい゙しぐって…」


 花菜は涙を流しながらプリンを食べる。


「おばあちゃんすごい喜んでて、このプリン、大好きだったの!でも5年生の頃死んじゃって、もう食べられないって思ってたの!!なんで今食べられるのぉ…」

「それはここが魔法のレストランだからです。」


 モルスに八つ当たりをする花菜、モルスは特に嫌悪するわけでも苛つくわけでもなく、花菜の疑問に答えた。


「うあ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」


 変な声が枯れた声を出す。気持ちが落ち着かない、まだ受け入れられないのだ。


 ただ、受け入れられないとしても、おばあちゃんのプリンの味だけはしっかりと脳に、味蕾に焼き付けていた。


 ◇◇◇◇


「ねえ、店長さん」

「なんでしょうか?」


「私の死因って何?」

「知っても死は回避出来ませんよ」


「なんでよお!!」


 プリンを食べ終わり、涙が枯れそうなほど泣きじゃくった花菜は開き直っていた。


 自分の死を受け入れられたわけではないが、元々ポジティブな子なのだ。


 お陰で友達が多く、沢山人に囲まれているのだ。


「どうしても死ぬのぉ?」

「ええ。死にますよ」


 花菜はそんなのは嫌だと言わんばかりに口を尖らせる。


「まァ、随分とお若い方が来られたと思いましたよ。」


 だからといってどうというわけではないのがモルスだ。そんな事もあるだろうぐらいのものだった。


「私以外にはどんなお客さんが来るの〜?」

「沢山来られますよ。お客様の様なお若い方からご年配の方まで。」


「私より小さな子どもは〜?」

「何度か。迷子になられたのか、1人で遊びに行ったのでしょう。」

「親は来ないの?」


「保護者の方も死期が近ければ来ますよ。時々家族でいらっしゃる方もちらほら。」

「みんな死んでる?」


「ええ。ここはそういうレストランですから。」


 モルスは美しく微笑む。


「子どもが来たら、その子にも死にますよって言ってるの?酷いね」

「ふふ、流石に私にも人の心というものはあります。人ではありませんが…幼い子であれば己が死ぬというのも理解出来ぬものです。流石にそれを理解させはしませんよ」


 多少の慈悲の心は持ち合わせているようだ。


「ですが…時に子どもは聡いので、言わずとも何となく察する子供もいらっしゃるのですがね」


 子供でも、子供だからこそ、死が近いということを悟るのだと言う。


「私子供じゃないの〜?」

「そうですね、子供ですよ。私から見ればどんな人間も子供です。」


 モルスは人間じゃないというのは花菜は確信していたので長生きなんだろうなと思った。


 ◇◇◇◇


 その日、花菜は夕方になるまでそこにいた。


 特にその日に予定はなかった。モルスも食べたらさっさと出ていけというような仕草はしなかった。


 花菜は店の中、家の中を見て回った。


 記憶の中そのもので、こんな物もあったなぁ…と想い出に浸った


 ◇◇◇◇


「私もう帰るね」


 花菜は帰宅の準備をする。


「そうですか。」

「あ、お金いくら?」


 花菜が財布を取り出す。


「お代はいりませんよ。これから亡くなるという方に楽しんで頂ければそれで良いのです」


「ふう〜ん」


 花菜は財布をしまう。そしてモルスの方をしっかりと見ていった。


「美味しかった!パパやママもレシピ知らなかったからさ!また食べれて良かった!ありがと!モルスさん!」


 花菜は頑張って笑った。顔が少し引きつっていた。目元には涙が溢れていた。


「ご来店、誠にありがとうございました」


 モルスは右手を胸に当て、ペコリと頭を下げた。


 ◇◇◇◇


 次の日、花菜は登校中に通り魔に刺された。


 犯人は衝動的な犯行だったという。


 ジクジクと傷口が痛み、血が流れ出て行く感覚の中、花菜は親不孝者であること、親孝行できなかったことを悔やんだ。友達に会えなかったこと、もっとやりたかったことも。


 遊園地が楽しかったこと、カラオケで盛り上がったこと、この前の映画が感動したことを思い出した。


 そして、昨日のフィナーレストランの事…


 救急車が到着する頃には花菜の目から光が消えていた。


 ◇◇◇◇


 花菜の遺物整理の最中、花菜の父と母は見つけた。


 花菜が昔描いたおばあちゃんと、おばあちゃんのプリン。


 子供らしい拙い絵だ。ぐちゃぐちゃだが可愛らしく、愛おしかった。


 そして、ついこの前描いたばかりの、おばあちゃんのプリンが出てきた。


 とても上手な絵で、絵の端には日付が書かれていた。


 花菜が亡くなる前日の日付だった。


 なんの偶然だろうとふたりは思った。ただ、それを大事にした。











 彼らはいつか、その絵を見た時に、日付とは別に、最期の晩餐レストランと書かれた文字を、見つけるだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ