サラリーマンとオムライス
みなさんは人生の最期に食べるなら何を選びますか?
ここはもうすぐ亡くなる人がやってくる場所。
注文すれば何でも出てきます。
普通の人は入れません。
何故ならそこは、魔法のレストラン__
◇◇◇◇
どこにでもいる平凡なサラリーマンの拓哉。
「はァ…疲れた…」
彼は所謂社畜で、この日も夜遅くまで残業していた。
ようやく残業が終わると、既に21時を回っている。
もうすっかり夜中だ。
重い足取りで家へと帰ろうとする。しかし、ぐううとお腹が鳴る。夜食だって食べていない。
どこかで夜食でも…
そう思った時に、ふとレストランの前を通り過ぎた。
振り返って見てみる。
ファミレスというわけではなさそうだ。どこか懐かしいような、高級そうな、親しみ感のあふれるような、そんな不思議なレストランだった。
拓哉はレストランの名前を見る。
「フィナーレストラン…?」
不思議に思ったまま、レストランのドアを開ける。
中は広く、温かいところだった。
どこか懐かしい。どこかで見た景色だ。
「柳川食堂…」
昔、拓哉が子供の頃に家族で通っていた食堂の名だ。
ここは柳川食堂にそっくりだった。まるで、過去にタイムスリップしてしまったようで…
と、奥から人が出てくる。
食堂の女将さんかと思ったが、知らない人だ。男にも女にも見える、中性的な人。
「いらっしゃいませ。ようこそ、フィナーレストランへ」
声も中性的だ。
「どうかされましたか?」
微笑みかけられ、拓哉はハッとする。
「い、いえ…ただその…ここが昔通っていた食堂にそっくりなもので…」
「なるほど、お客様にはそう見えるのですね。」
そう見える?どういう意味だ…?
「ご注文をお伺いします。とは言っても、既に決まっているのですが…」
ふふっと笑う店員。
「どういう意味ですか?」
「ここは魔法のレストラン、何でも出てくるのですよ。あなたが望むものなら」
「そ、それは…」
流石に冗談だろう。そう思って曖昧に微笑む。
「では、改めてご注文をお伺いします。〝人生の最期に食べるなら何を食べますか?〟」
「じ、人生の、最期…?」
なんとも縁起の悪い…そう思う拓哉に店員が微笑む。
「ええ。ここは魔法のレストラン、フィナーレストラン。別名〝最期の晩餐レストラン〟もうすぐ亡くなる方がいらっしゃいます。中には長生きする方もいらっしゃいますが…」
「え……?いや、いやいやいや!」
どういう事だ?まるでもうすぐ死ぬみたいな…
そんな考えがよぎり、否定する。
「信じたくないのならそれでも良いです。ただ、このレストランへ来たからには、後悔のない一品を選んでください。」
店員は妖しげな瞳で微笑む。
「お、俺がもうすぐ死ぬなんて…縁起の悪い店だな…」
とは言いつつも、何だか死にそうな気はするのだ。本当に死にそうな…
社畜の自分は、過労死するのかもしれない。普通に事故死するのかもしれない。殺されるのかもしれない。
ただ、死ぬという事実が妙にストンと自分の中に落ちた。
「………」
ただ呆然として、素直に事実を受け入れた。
「ご注文は、何になさいますか?」
「………」
もしも、もしもここが本当に魔法のレストランなら、
何でも出てくるなら。
「柳川食堂の、オムライスで」
「承知いたしました。」
拓哉はカウンターへ腰をかける。
この店に厨房はない。キッチンもない。どうやって作るのだろう。
そう思っていると、店員は不思議な箱に柳川食堂のオムライスと書いた紙を入れ、ガラリと箱の戸を閉める。
箱というより金庫に似ている。レンジにも見える。ただ、戸はスライド式だ。
ポンッと音がして、店員は箱の中からオムライスを取り出す。
「そんな…まさか…!!」
オムライスは、記憶の中のものと全く一緒だった。
「こちら、ご注文の柳川食堂のオムライスになります。」
店員がスプーンを差し出す。
拓哉はスプーンを受け取り、オムライスを一口食べる。
「そうだ…この味だ…」
懐かしい、昔ながらのオムライス。ふわとろオムライスではなく、胡椒の効いたチキンライスを少し甘めの厚めのたまごで綺麗に巻いている。ケチャップもかかっていて、本当に味も記憶の中のままだった。
「美味しい…」
まるで子供の頃に戻ったみたいで、忙しい仕事ばかりの日々ではなく、自由に遊んでいた、あの頃を思い出し、涙があふれてしまう。
もう食べられないと思っていた。
「柳川食堂って…昔、俺が子供の頃に家族で通っていた食堂だったんですよ…」
拓哉はぽつり、ぽつりと話し始める。
「父は忙しくて、あまり家には居なくて…でも、家族3人で外食する時は、必ずと言っていいほど、柳川食堂に食べに行ってて…」
店員は黙って聞いている。
「食べるものはみんな決まってて…俺はいつもオムライスで……」
滅多に帰ってこない父と、母と、3人で外食に行く日、入学式などの特別な日には、いつも柳川食堂で、いつもオムライスがお気に入りだった。
「子供向けじゃなくて、少し大人向けの味付けで…」
拓哉はオムライスをほおばる。涙で声が震える。
「昔は遊んで食べて、寝て…将来の不安とか無くて…友達と遊んで…勉強は嫌いで…」
店員は椅子に座る。
「でも…もう柳川食堂潰れちゃって……だからもう、二度と食べられないと思ってて…俺…」
涙でしょっぱくなるが、確かにあの味だった。
家族で笑いながら食べていた想い出。
拓哉は、遅まきながら理解した。自分は本当に死ぬのだ。
「あー…………俺、もうすぐ死ぬのかぁ…猶予って、どのくらいですかね?」
「そうですね、明後日には。」
店員が淡々と答える。
「ははっ…明後日かぁ…思った以上に時間ないんですね…死因ってわかりますか?」
「知りたいんですか?みなさん、知りたがる人が多いですね。知ったとしても避ける事はできませんよ?」
「そりゃあ、店員さんにはわからないかもしれませんけど、気持ちに整理がついたら家族や、友人に何かしら遺したいもんなんですよ…どうせ避けてまで生きていく理由もないんです。強いて言うなら親孝行があまりできなかったことくらい…」
拓哉は、涙を拭きながら、どこか夢見心地で言う。
店員は微笑む。
「あなたの死因は、車に跳ねられて即死です。」
「車に…なら明日1日の間にやることしておかないとですね…」
涙を拭きながら拓哉はなんとか笑う。
「そういえば、ここって店員さん以外に居ないんですか?」
「いいえ、そして私は店員ではなく店主ですよ」
店主は自らを指して言う。
「それは…失礼しました!」
拓哉は直ぐ様謝る。
「いえいえ、よく言われますよ」
店主は優しい慈愛の笑みを浮かべる。
「………ごちそうさまでした。あー、もうなくなっちゃったな…もっと味わえば良かった…」
少し後悔しながら拓哉は立ち上がる。
「ありがとうございます。店主さん。最期、というわけではないですけど、死ぬ前にこれがまた食べられて良かったです」
「なら良かったです。」
「お代は?」
「無料です。もうすぐ亡くなられる方からお代は取りませんよ」
拓哉は驚く。
「え!?それでやっていけるんですか?」
「ええ。ここは最期の晩餐レストラン。皆さんが、最後に食べれて良かったと思えるようなお食事をしていただく場所ですので」
「そう…ですか…じゃあ最後に名前を聞いてもいいですか?」
拓哉は出口で店主と向き合う。店主は椅子から立ち上がる。
「我が名はモルス、魔法のレストラン、フィナーレストラン。別名〝最期の晩餐レストラン〟を営む店主。ご来店、誠にありがとうございました。」
片手を胸に当て、ペコリと頭を下げ、丁寧なお辞儀をするモルス。
「こちらこそ、ありがとうございました」
◇◇◇◇
2日後、拓哉は外に出歩いていた。
子供が公園から道路に飛び出すのが見え、子供を突き飛ばす。
ドン!!
強い衝撃が拓哉を襲う。身体が宙に浮く。
全てがスローモーションに見える。
拓哉はフィナーレストランのことを考える。
あそこで食べた少ししょっぱい、酷く懐かしい思い出の味が、舌の上に蘇る。
今際の際、走馬灯の中、拓哉は幸せな想い出に浸りながら、微笑した。
◇◇◇◇
「拓哉…」
拓哉の母、ちさとは涙する。息子が亡くなったと聞いたのだ。
子供を庇って亡くなったんだそう。
「おい…これ…まるで、自分が死ぬってわかってるみたいな…」
拓哉の父、ちさとの夫がちさとに手紙を見せる。ふたりはそれを見て涙をながした。
「拓哉ァ…どうして…どうして!!」
ちさとは泣き崩れ、夫はそれを慰めるように背中に手を添える。
彼の目元にも涙が光っていた。
〝 父さん母さんへ
今まで育ててくれてありがとう。
親不孝者でごめん。
父さんは家にいなくて、中々家族揃わなかったけど、俺さ、3人で柳川食堂で飯食うの好きだったんだ。
覚えてる?俺いつもオムライスでさ、母さんはカレーで、父さんはいつもキムチチャーハンでさ
確かに大変だった時もあったし、喧嘩した時もあった。
でも俺は、幸せだった!
父さん、母さん、愛してる。
拓哉より 〟