すずめとショパン
鳥野すずめは、小さい頃からピアノを弾くのが大好きだった。特に、自分で作曲した曲を弾くことが楽しくて仕方がなかった。しかし、何度も挑戦してみても、作曲にはまったく才能がなかった。アイデアは浮かんでくるものの、形にすることができなかった。どんなに努力しても、すずめの曲はただの音の羅列に過ぎなかった。
それでも、すずめは諦めなかった。高校進学とともに、音楽の道を歩むことを決め、音楽大学付属の高校に進学した。「作曲の才能がなくても、ピアノさえ弾ければいい」と心の中で思っていたが、それでも心のどこかで作曲への憧れが消えることはなかった。
ある日、学校からの帰り道、ふと立ち寄った公園でベンチに座っていた。空を見上げると、電線に何十羽ものスズメがとまっていた。その姿を見て、すずめの目の前に不思議なものが現れた。それは、まるで楽譜のようだった。スズメの羽音が、音符として浮かび上がり、次々とメロディーが頭の中に響き始めた。すずめは驚きと興奮を感じながら、その「自然の楽譜」を必死に心に刻みつけた。
家に帰ると、すずめは急いで楽譜を取り出し、その浮かんだメロディーを譜面におこした。ピアノに向かい、その通りに鍵盤を押すと、なんとも美しいメロディーが広がった。すずめは息を呑んだ。「これだ、これが私の曲だ!」と、心の中で叫んだ。
翌日、学校でその曲をみんなの前で弾いてみると、驚くほどの反応があった。仲間たちは拍手喝采し、音楽の先生も目を見張っていた。先生はすぐに「春のピアノコンクールにあなたを推薦するわ」と言った。その言葉を聞いたとき、すずめは嬉しさと誇りで胸がいっぱいになった。自分が作曲した曲が、ようやく誰かに認められたのだ。
コンクールに向けて、すずめは毎日帰宅後、あの公園でスズメたちの羽音を聞きながら次々と新しい曲を作り始めた。最初は一つだった曲が、やがて七つのオリジナルの曲となり、春のコンクールに向けて完璧なプログラムが整った。
コンクールの日、すずめはすべての曲を一心不乱に演奏した。観客たちはその演奏に感動し、最後の音が鳴り終わると、拍手が鳴り止まなかった。すずめはその瞬間、自分がまるで別の世界にいるような気がした。その後、すずめは翌日の全国新聞に「ショパンの再来」として大きく取り上げられた。
それからというもの、すずめは一躍有名になり、その才能はますます輝きを増していった。しかし、彼女の中には常に不安があった。春の風が吹くたびにスズメたちが集まるあの場所で新しい曲が生まれるのだが、冬になると突然その曲作りが止まってしまうのだ。
春から夏、そして秋が過ぎて冬が来ると、スズメたちはまったく姿を見せなくなる。そして、すずめも作曲ができなくなってしまった。冬のコンクールに出る予定だったが、曲がひとつも完成しなかったため、やむなく辞退することになった。心の中で「どうして?」と何度も自問自答しながらも、答えは見つからなかった。
そして、また春が訪れた頃、すずめはいつもの公園でベンチに座っていた。そのとき、ふと電線を見上げると、そこにスズメたちが戻ってきていた。すずめは息を呑み、ゆっくりとピアノの前に座った。その瞬間、頭の中に新たなメロディーが湧き上がった。心の中で、もう一度あの「自然の楽譜」が響き渡ったのだ。
それからすずめは、再び創作の旅に出た。冬の間に立ち止まっていた自分を取り戻し、また新しい曲を作り始めた。そのころから、周囲はすずめのことを「冬のすずめ」と呼ぶようになった。冬に見せる創作の苦しみと、それを乗り越えた春のような創作の輝き。その両方が、すずめにとっての音楽だった。
そして、「冬のすずめ」としての彼女は、また新たな伝説を作り出し、音楽の世界で名を馳せることとなった。