5話 愛しのトカゲちゃん
高橋航は高校時代から景子のSNSのフォロワーである。しかしそれが景子の事だと知ったのは最近の事だ。
高橋は入社してから景子の描くイラストを見て、確信はなかったがすぐに本人だと気づいた。
話しかけたかったがなかなかキッカケが掴めず、気がつけば数年が経ってしまっていた。
ある日、久しぶりに投稿があり覗いてみると、なぜかトカゲの動画を投稿されている。高橋自身は爬虫類が好きだったが、景子のような女性が飼っているとは考えにくく、やはり別人なのかもと思った。
しかしそんな矢先、休憩中に景子がSNSに投稿しているのを知った高橋は、思わず自分から声をかけてしまったのだった。
「あ、あの、平戸さん」
景子が会社を出ようとすると、後ろから高橋が小走りで声をかけてきた。
「あ、高橋さん、お疲れさまです」
景子は驚き目を丸くしながら挨拶を返す。
「あの、今から少し時間、ありますか?」
「は、はぁ」
「実は、ちょっと気になる爬虫類ショップを見つけまして。よかったら一緒に見に行って頂けないかなぁ、なんて」
確か、高橋はペットに爬虫類を飼いたいと話していた。急に声をかけられ驚いたが、景子はとりあえず一緒に行ってみることにした。
「はい、大丈夫ですよ」
「良かったぁ。あ、ここから電車で少しかかるんですけどね」
高橋に案内され、会社の最寄り駅から二駅先で降りる。道中、高橋は爬虫類話を熱心に話しており、口下手の景子も気まずい思いをする暇がなかった。
駅を出て歩いていると、なぜかだんだんと見慣れた路地に入っていく。それもそのはず、高橋の気になる店はレプタイルショップりゅうちゃんだった。
「こ、ここは!」
「あれ、知ってるんですか?僕、最近知って。結構いろんな種類の爬虫類がいるらしいんですよ」
景子達は早速店内に入る。するとやはり聞き覚えのある明るい声が出迎えた。
「いらっしゃいませー」
龍彦は久しぶりの来客に奥のデスクから素早くすり寄ってくる。そして入り口で景子の姿を発見すると、目を見開いてとびきりの笑顔になった。
「トカゲちゃん!来てくれたんだねぇ。今日はどうしたの?アゴノスケのオヤツでも見に来たの?なんでも揃ってるからゆっくり見ていってね?なんなら商品の紹介でもしようか……」
龍彦のマシンガントークに二人は呆然と立ち尽くしていたが、景子が思い切って止めに入る。
「あ、あの!違うんですよ、今日は高橋さんの付き添いで」
その一言にピタリと動きを止め、龍彦はずっと視界に入らなかった高橋の姿をやっと確認した。
「あぁ?高橋だぁ?」
すると途端に不機嫌になり、まるでガンをつける様に高橋を上から下まで舐め回すように見ていく。
「こ、こんにちは……」
龍彦の風貌に恐怖したのか、高橋は固まってしまい挨拶を返すのがやっとのようだ。
「あの、高橋さんは会社の同僚なんです。爬虫類が好きでこの店に行きたいって」
景子は様子がおかしい龍彦をなだめるように説明する。龍彦は一応納得したようで、ふーんと高橋を一瞥した。
「今日はどんな子をお探しで?」
龍彦は不機嫌な顔をしているが、一応接客モードに戻ったようだ。
「えっと、ヒョウモントカゲモドキが気になってて」
「そ、じゃあこっちね」
二人は龍彦の雑な案内に付いていく。
以前来た時はじっくり見なかったが、よく見るとたくさんの種類のヒョウモントカゲモドキが、まるでマンションの様に並べられている。
「凄い、珍しいモルフもいっぱいいますね!どれもシッポが大きくて健康そう」
景子はよくわからなかったが、高橋は夢中でケージを眺めている。そんな様子を見て、龍彦はヒョウモントカゲモドキの生態を簡単に説明してあげた。
「ヒョウモントカゲモドキはねぇ、餌を食べるとその栄養をシッポに蓄えるんだ。だから、大人になると週に1回くらいの食事で全然問題ないんだよ。あと、モルフ、色柄のバリエーションも多くて、それによって値段も幅広いんだよね」
「へぇ、なんだか凄く省エネですね」
「はは、そうだね。ほとんどシェルターにこもってるから。アゴノスケに比べたらだいぶ大人しいよ」
「アゴノスケは元気で暴れん坊ですからね」
興奮してケージを眺める高橋の後ろで、二人には穏やかでほんわかとした空気が流れる。
龍彦がそんな二人の時間を楽しんでいると、高橋が浮かれて声をかけてきた。
「あの、この真っ白の子、見てみたいんですけど!」
「チッ、はいはいお待ちくださいねぇ」
(タツさん、今、舌打ちしたなぁ……)
龍彦は無愛想にケージを開けてヒョウモントカゲモドキを取り出すと、高橋の近くに持っていった。
「うわぁ、ほんとに真っ白でかわいいな!触ってみてもいいですか?」
「いいよ、こいつ慣れてるし。はい、両手出して」
ヒョウモントカゲモドキは慣れたようすで、高橋の両手へのそのそと移動する。
「わ、ちょっとひんやりしてる。お餅みたいでかわいいな」
「ほんとに、真っ白で綺麗……」
綺麗な白色のトカゲに、景子も興味津々で覗き込む。
二人から気に入られて機嫌がよくなったのか、龍彦はフフンと自慢げに鼻を高くする。
「ウチで繁殖させた個体だからな。普通のペットショップに比べて発色も良いし丈夫な子達が多いよ」
高橋は両手に乗せたヒョウモントカゲモドキをじっくりと観察すると、思いきって龍彦に声をかける。
「僕、この子飼います!」
「いいけど、お前、ちゃんと飼い方知ってんの?」
「はい!ここ最近ずっと調べてて。あ、でも知らないことあると思うので、教えてもらえると助かります」
思い付きで飼うわけではない様子の高橋に安心したようで、龍彦はニッと笑った。
「OK。じゃあ、契約書持ってくるわ」
龍彦はヒョウモントカゲモドキを一旦受けとると、バックヤードに契約の準備をしに行く。
「良かったですね、かわいい子が見つかって」
「はい!店員さんはちょっと怖いけど、勇気出して来て良かったです」
「あ、あはは、確かに見た目は怖いですよね」
「そういえば、平戸さんもここでフトアゴ買ったんですよね?ちょっと入りづらいのに、凄く勇気ありますね!」
「確かに、最初は怖かったんですけど。タツさんすごく優しかったから、安心して飼えましたよ」
「優しいんですか?あの人が?」
高橋は心底不思議そうに聞いた。確かに高橋に対する態度はなぜかトゲトゲしている印象だったが。たまたま機嫌でも悪かったのだろうかと、景子は深く考えなかった。
「二人で何話してんの?」
ヒョウモントカゲモドキの入ったプラケースを持って、龍彦はムスッとした顔でバックヤードから戻ってくる。
「タツさんが本当はすごく優しいって話してました」
「……そ、そうなんだ」
景子の予想外の言葉に動揺してしまい、龍彦はうまく反応できず、白い肌がポッと赤くなった。
「じゃ、じゃあ、契約の手続き始めるからね!」
龍彦は慌てて平静を取り戻すと、契約と説明を始めるのだった。
「それじゃあ、説明はだいたいこれで終わりだけど、何かわからないことがあれば24時間相談チャットに連絡してくれ」
「はい!よろしくお願いします」
「ケージとか物品は後でヤスに届けさせるから、ここに希望の時間書いて」
見た感じ店員は龍彦しかいなかったので、景子は不思議に思って尋ねる。
「ヤスさんって、店員さんですか?」
「そ、ウチの唯一の店員、渋谷祐介。高校時代からの腐れ縁だよ。今は配達に行ってるけど、そのうち戻ってくるんじゃない」
ちょうどその時車の音がして、一人の男が店内に入って来た。
「戻りましたー。ってあれ、お客さんですか?」
少し小太りの男は、明るめの茶髪にピアスとヤンチャな見た目だったが、龍彦に比べるとやや雰囲気は柔らかい感じがした。
「おう、お疲れ。こちら、生体のお買い上げだ。また後で物品の配達頼む」
「マジっすか!お買い上げありがとうございます!……ヒョウモントカゲモドキかぁ。そいつ、よく慣れてて可愛いですよね。たっぷり可愛がってあげて下さい」
「あ、はい!」
渋谷は人当たりがよく、高橋も嬉しそうだ。
「ヤス!さっさと準備してこい」
「へいへい、わかりましたよ」
渋谷は不貞腐れながら、配達の準備をしにバックヤードに入っていた。
高橋は念願の爬虫類を迎えることができ、嬉しそうにプラケースを色んな角度から眺める。
「ほんとに、ありがとうございました」
「ま、こちらこそお買い上げありがとうございます。寄り道しないでしっかり連れて帰るんだぞ」
龍彦はまるで子供に接するように注意する。
「わ、わかってますよ。では……」
景子は高橋と共に店を出ようとすると、不意に龍彦に呼び止められた。
「あ!トカゲちゃん、ちょっといい?」
手招きされ龍彦の元に向かう。すると龍彦は耳元で内緒話のように話し始めた。
「今から時間ある?ちょっと飲みに行かない?」
「え、でも……」
「アゴノスケの様子も聞きたいしさ、ちょっとだけ。ね?」
龍彦は話をしながら後ろを振り返り、入り口に佇む高橋を追い払うように手のひらを動かした。
「でも、高橋さんは」
気になって振り返ると、高橋は慌てて何かを察したようだ。
「あ、あぁ!僕先に帰りますよ。じゃあ、平戸さんまた会社で」
「え?は、はい」
邪魔物がいなくなり、龍彦は悪魔のような笑顔をしていた。
「じゃあトカゲちゃん、店閉めるからちょっと待っててねぇ」
龍彦は閉店の準備をしながら鼻唄を歌っている。景子は困惑した表情でその場に立ち尽くすのだった。
高橋は電車に揺られながら、景子と龍彦の事をぼんやりと考えていた。
(あのタツって人、平戸さんとどんな関係なんだろ。追い払われちゃったけど、なんか怖そうな人だし、平戸さん大丈夫かな)
時折電車が揺れると、その度に高橋は膝の上に乗せたヒョウモントカゲモドキの様子を確かめる。
「ゴメンな、もうすぐだから」
景子の事は気になったが、今は新しく向かえた大事なペットの事で頭が一杯の高橋だった。
(わたし、これくらいの揺れなんてどうって事ないんだから。あんた、男なんだからもっとシャキっとしなさいよね)
どうやらこのヒョウモントカゲモドキも喋るらしい。
しかし何故か高飛車な性格なようだ。