23話 『トカゲさんの育て方』
12月24日、クリスマスイブ。夜にはイルミネーションが輝き、街中には人々があふれている。
普段は客の少ない水島諒が経営するBARも、今夜だけは満席であった。
「それでは、お二人の交際を祝しまして、カンパーイ!」
蒼井の乾杯の挨拶で、景子たちはそれぞれにグラスを合わせる。蒼井の提案で、景子たちは忘年会も兼ねて、BARでお祝いの飲み会を開いていたのだった。
「蒼井さん、その掛け声、なんか恥ずかしいんですけど……」
「何言ってるんですか! 先輩の幸せはみんなでお祝いしないと!」
「蒼井さんは何かにつけて飲みたいだけなんですよ……それより平戸さん、良かったですね」
高橋はテンションの高い蒼井に呆れつつも、優しい笑顔で景子の幸せを祝う。
「ありがとうございます、高橋さん」
一方龍彦は、笑顔の景子の隣で静かにいつものウーロンハイを飲んでいた。
「タツさん……なんだか今日は静かですね」
その様子が気になり、景子は心配した様子で尋ねる。
(なんか僕ずっと見られてない?……顔が怖いよー)
龍彦はなぜか高橋の方をじっと見つめており、高橋はその迫力にカタカタと震えながらビールを飲む。
「た、高橋よぉ」
「はいぃぃ! な、何でしょう」
唐突に名前を呼ばれた高橋は、間抜けな大声を出してシャキッと姿勢を正す。すると龍彦は高橋の方を向いて、急に深く頭を下げた。
「こないだは……助かった。お前が教えてくれなかったら、トカゲちゃんの事気づけなかったし、その、あ、ありがとう……」
今まで見たこともない龍彦の姿に、高橋は目を丸くして固まっていた。しばらく言葉に詰まっていると、龍彦がしびれをきらして突っかかる。
「……おい、何か言えよ。恥ずかしいだろが」
「い、いやぁ、てっきりまた理不尽に怒られると思ってたので……」
「誰が理不尽だよ! はぁ、素直になって損した」
龍彦はすっかり拗ねてしまったようで、膨れっ面で頬杖をついている。
「あ、あっはは、すみません……でも、タツさんが行ってくれて良かったですよ。あの時は、僕も心配でしたので」
「あの時はすごかったですよね! 顔がゾンビみたいで!」
「うぅ、ほんとうに、皆さんには心配かけてしまって、申し訳ないです」
ゾンビの顔色になってしまったことを思い出して、景子は肩身が狭そうに小さくなった。
「正直、今までお前の事、勝手に目の敵にしちまって……ちょっと悪かったって思ってんだ。だから、詫びの印にコレ……」
龍彦はゴソゴソとポケットから紙切れを取りだして高橋に渡す。
「へへっ、冷凍コオロギ半額クーポンだ! ウチは冷凍のエサの通販もやってんだけど、これが結構好評なんだぜ!」
「い、いいんですか!? だいふくさん、コオロギ大好きなんだけど、生き餌を買うのが結構手間だったんで助かります!」
「ふふーん、そうだろうと思ってたぜ。ま、これからも贔屓にしてくれや」
「良かったですね、高橋さん! タツさんも、ちゃんと謝れて偉いです」
二人の距離も縮まったようで、景子はホッと安心したように微笑んだ。
「ふふ、なんかトカゲちゃんお母さんみたいだね」
龍彦の言葉に、景子はぼわっと顔が熱くなる。
「ねぇ、また撫でてくれてもいいんだよ?」
「は、恥ずかしいですよ!」
ニヤリと笑って言うと、龍彦は頭を景子の方に傾ける。景子は皆に見られるのが恥ずかしく、思わず龍彦の頭を押し返すのだった。
「あー! 二人がイチャついてます! イチャつき警察出動しなくていいんですか? 高橋さん!」
「イタっ! いやなんで僕が?」
二人の様子を見た蒼井は興奮して、高橋の肩をバシバシと叩いた。
「いや、イチャつき警察が取り締まるのはアッチだろ……」
龍彦が呆れたように見ている視線を追うと、カウンターの奥に二人のカップルが密着して座っていた。
「あいりちゃーん、もう一回食べさせてーん」
「もう、祐ちゃんったら、甘えん坊なんだから……はい、アーン」
「うざっ、なんなんアイツら! 家でやれや!」
イチャイチャとパフェを食べさせてもらっている渋谷の姿に我慢できなくなり、龍彦はついにツッコミを入れてしまった。
「もう、ほんとは羨ましいんでしょ? タツさぁん」
見下したように龍彦を眺め、渋谷は彼女に寄りかかりパフェを食べている。
「くっ、くそぉ……う、羨ましいなんて、そんなワケ……」
龍彦は歯を噛み締めながら、わなわなと震えていた。
(羨ましいんだな、あれは……)
(羨ましいんだ……ほんとはアーンして欲しいんだ……)
蒼井と高橋は可愛そうなモノを見るような目で龍彦を見つめていた。
その時、水島がスッとカウンターにパフェを置く。
「お客さん、サービスですよ」
「諒っ! い、いいのか?」
「ああ……」
渋い笑顔の水島と見つめ合った龍彦は、ぐっと涙を拭き、意を決して景子に声をかける。
「と、トカゲちゃん! 俺達もっ……」
「す、すみません水島さん、お手洗いはどちらですか?」
「え!? あ、あぁ、あっち……」
「ありがとうございます! タツさんすみません、我慢できなくて、行ってきますー」
尿意を我慢できなかった景子は、固まっている龍彦を置いてトイレに消えていった。
「ドンマイ……くくっ」
龍彦を哀れみつつも、水島は吹き出る笑いを堪えられずにいた。
「う、うわぁぁぁん!」
景子に見事にスルーされ、龍彦は机に顔を伏せて子供のように泣きじゃくる。
「ま、まぁ、飲むとトイレ近くなりますしねぇー!」
「そ、そうですよね! アハハハ、ハハ……」
蒼井と高橋はその場の空気に気を遣い、わざとらしく大声で笑うのであった。
夜も遅くなし、賑やかな会もお開きとなった。
「それじゃあ、先輩! 私たち先に帰りますね! お二人はごゆっくりー」
「わっ、ちょっと押さないでっ」
店を出ると、蒼井は高橋の背中を押してさっさと帰っていってしまった。
「え? ちょっと蒼井さん……」
思わず呼び止める景子だったが、蒼井たちはあっという間に見えなくなった。
「ふぅ、これでオッケーですね!」
しばらく急いで歩いた蒼井は、一仕事終えたように額の汗を拭った。
「もう、なにもそんな慌てなくても」
「なに言ってんですか! 長居したら二人の邪魔になちゃうでしょー」
「それはまぁ、そうだけどさ……」
ソッポを向いてボソボソと喋る高橋の姿に、蒼井は何か勘づいたように話す。
「ははーん……高橋さん、寂しいなら、この美鈴ちゃんが慰めてあげましょーか?」
イタズラに笑っている蒼井を真顔で見つめると、高橋は「くくっ」と小さく笑う。
「君ってさ、人の気持ちに鋭いのに、心配の仕方下手だよね」
笑いながら話す高橋を、蒼井はジトッとした目で見つめる。
「高橋さん……なんだか図太くなってません?」
「そ? 蒼井さんのせいじゃない?」
適当にあしらいながら、高橋は先に歩いていく。
「ちょっと、置いてかないでくださいよー」
「でも、おかげで落ち込む暇もなくて助かりました……」
「え? 今何か言いました?」
高橋は追いかけてくる蒼井に振り向いて笑いかけ、意地悪な表情で言い返す。
「あっはは! 悪口言ってましたー」
「ひどーい!」
蒼井達が帰った後、遅れて店から出てきた龍彦は、一人残されていた景子に声をかける。
「うー、さむっ! ごめん待たせてって、二人はもう帰ったの?」
「はい、なんだか慌てて帰っちゃいました……」
「そ、そっか……」
寒そうに手を擦り合わせる景子を見つめ、龍彦はその両手を温めるように包み込む。
「タツさん?」
龍彦の顔を見上げると、少し頬を赤くして恥ずかしそうに目をそらしていた。
「あの、さ……もし、よかったら、これからウチ、来ない?」
「え、えっと……」
景子は言葉に詰まり、それに気づいた龍彦はぱっと手を離した。
「ご、ごめん! 俺、また勝手なことばっかり言って……」
謝る龍彦の言葉を待たずに、景子は慌ててその手を取る。
「あ、謝らないでください! こ、今度は、逃げたりしませんからっ……」
「トカゲちゃん……」
景子の必死な表情に、龍彦の心はじんわりと温かくなった。
龍彦は景子の手を引き、そのまま体を抱き寄せる。そして、包み込んだ小さな体から温もりを感じながら、景子の耳元で優しく囁いた。
「ありがとう……俺、ほんとにトカゲちゃんの事大好きだよ……」
「わたしも……だ、大好き、ですよ……」
景子は恥ずかしがりながらも、自分の気持ちを素直に伝え、龍彦の体を抱き返す。
そのまま二人は寒空の下、しばらくの間体を寄せ合い、温め合うように抱き合うのだった。
―――――数ヵ月後―――――
「ねぇねぇ、この店のガチャ、今SNSで人気なんだよ!」
「えぇ!? ここって……爬虫類ショップじゃん」
「店先にあるんだー。ちょっと回してみない? シークレットの目付きの悪い白髪キャラがいて、ちょいワルな感じで可愛いの!」
「へぇー、楽しそうじゃん!」
龍彦は店先で話す女子高生たちを、店内から熱い眼差しで眺めていた。
「よし! そのまま、店にも入ってくるんだ……あー、またガチャだけで帰りやがってー!」
「あらー、残念でしたね! また俺の勝ちー」
「くそ、10連敗じゃねぇか!」
龍彦は悔しがりながら渋谷に百円玉を渡す。
「へへ、まいどありー! でも、平戸さんの作ったキャラ、大人気ですよね! 今月もほとんどガチャの売り上げが占めてますよ」
「ふふーん、当たり前だろ!? なんたって、俺の自慢の恋人、だからな!」
「へいへい、ごちそうさまです」
ニカッと子供のような顔で笑い、今日も龍彦は自慢の爬虫類たちを育てている。
その頃、景子は部長から新たな仕事の依頼を受ける。
「小説のカバーイラスト、ですか?」
「そうそう。爬虫類ショップで出会った二人の恋愛小説なんですよ。平戸さんがトカゲを飼ってるって蒼井さんから聞いたのて、ピッタリかなと思いましてね……受けてくれますか?」
景子は受け取った資料の小説のタイトルを見ると、キラキラと輝くような笑顔で答える。
「はい! もちろんです!」




