21話 告白
いつも通りお客のいない店内で、龍彦はベビーのフトアゴヒゲトカゲ達にコオロギを与える。しかし何故かぼんやりとした表情で、ノールックで次々とコオロギをケージに放り込んでいた。
「うわっ、ちょっとちょっと! タツさん入れすぎ! バイキング状態になってますよ!?」
「あぁ? あ、うん」
ケージ内のコオロギはまるでカーペットのように敷き詰められていたが、龍彦はそれでも手を止めず、ボケッと口を開けてコオロギを入れ続ける。
「うんじゃなくて! ヤバイって、手止めてぇ!」
「うわっ! なんじゃこりゃ、山盛りじゃねぇか!?」
渋谷の叫びにやっと気づいた龍彦は、跳ね回るコオロギ達を慌ててストックに戻していく。おかしな様子の原因はだいたい予想がつくのだが、渋谷はとりあえず事情を聞く事にした。
「あの、一応聞きますけど、どうしたんすか?」
「何だよ、なんか適当な聞き方だな……」
興味の無さそうな口ぶりにカチンとしたようで、龍彦はジロリと横目で睨む。
「いや、別に適当な訳じゃないっすけど、だいたい想像はつくんで……」
「なんだよそれ。いや、トカゲちゃんがさぁ……」
渋谷はまんまと予想があたり、「ほらぁ」と声をあげた。
「実は、昨日トカゲちゃんが風邪でダウンしてて、様子を見に行ったんだけど、結構辛そうで……俺が帰る頃には少し良くなったみたいだけど、まだちょっと心配でさ……」
龍彦は真面目な顔で事情を説明する。
「そうなんすか……平戸さん一人暮らしだし、確かに心配っすね……」
「おう。今日は病院に行ってるはずだけど……どうだったか気になってよ」
心配する龍彦を見かねて、渋谷はしばらく考え込んである提案をする。
「……タツさん、様子を見に行ってみたらどうですか? どうせお客さん少ないし、午後は俺が番しとくっすよ」
「ヤス……お前ってやつは……」
「ま、この借りは来月の給料でちゃんと返してもらいますけどね!」
(くそっ!)
感謝の言葉を口にしようとしたが、しっかりと見返りを要求する渋谷に舌打ちをする龍彦だった。
「ふむ……顔が緑色に? ひゃひゃひゃ! そりゃすごいね! 是非実際に見てみたかったものですなぁー」
「はぁ……」
次の日、近所のクリニックにやってきた景子は、怪しげに笑うおじいちゃん先生に面白がられていた。
「まぁ今は熱も風邪の症状も無いようですし、他におかしな所がなければ様子を見ていいでしょう。風邪薬は一応一週間分出しとくからね」
「あ、はい、ありがとうございます」
「はいよー、お大事にー」
(ふぅ、大丈夫なのかな? あの先生)
この時期にやけに空いている院内を見渡し少し不安にはなったが、とりあえず何事もなさそうで景子はホッと一息ついた。
病院から出てスマホを見ると、何故か母からチャットが数件入っている。
「そういえば、朝に見たとき何かきてたな。返事するの忘れてた……」
『景子、あんた何で山田さんに連絡しないのよ。あんたが何も言わないから、母さんがセッティングしてあげたわよー。山田さんも楽しみにしてるんだから、ちゃんと行きなさいよね。場所は……』
「え!? 何これ、山田って?……あ!」
混乱して考えを巡らせていると、以前母とランチに行ったときに渡されたメモの事を思い出した。
「あの時の!」
慌てて鞄の中をゴソゴソと探すと、奥底からシワシワになった紙切れが眠っていた。
景子は連絡先の書かれたメモを見て大きなため息を漏らす。
「はぁ、お母さん……なんでこんな勝手なことするの」
見ず知らずの男性との食事など考えただけで胃痛がしてきた景子は、病院に行く前よりも具合の悪そうな表情でアパートに戻る。
部屋でソファーに転がり、アゴノスケを眺めて現実逃避をしていると、ふと部屋のチャイムが鳴った。
ピンポーン
「はい……え?」
画面の前には龍彦が立っており、驚いた景子は急いで鏡の前でサッと髪を整え玄関のドアを開けた。
龍彦は出迎えた景子の顔を見ると、安心したように笑う。
「あ、良かったー、元気そうで……ってゴメンね! 急に押し掛けちゃって」
「い、いえ! 昨日は色々、ほんとにありがとうございました! タツさん、今日は仕事じゃないんですか?」
「あ、あぁー、ヤスが午後の店番してくれるってんで、様子見にきたんだ」
「そうだったんですか、心配かけてすみません。病院行ったんですけど、ただの風邪だったみたいで。今日は調子も良いし、明日からは仕事も行けそうです」
「そっか! 実は俺、今日はトカゲちゃんの事が気になって、仕事やらかしてヤスに怒られちまってさ……ほんとに、大したことなくて安心したよ」
龍彦は照れ臭そうに頬をポリポリと掻きながら笑う。
景子はそんな彼の様子を見て、ぐっと勇気を振り絞り口を開いた。
「あ、あの!……」
「ん?」
なかなか次の言葉が出てこず沈黙が続き、龍彦はジリジリした気持ちで景子の言葉を待つ。
「……も、もし良かったら……す、少し、お話し、しませんか?」
「は、はい」
妙に迫力のある景子の表情に押され、龍彦は何故か敬語になってしまったが、誘われるままに部屋に入るのだった。
龍彦は落ち着かない様子で、リビングのテーブルの前に正座をする。
アゴノスケは、まるでそれをからかうようにケージから覗いているようだった。
(お? お前今日も来たのか! しかしなんか固いなー、緊張してんのか? えーおい!)
「す、すみません、お茶しかなくて……」
景子はキッチンで沸かしたお茶をテーブルに運ぶ。
「オレ、オ茶、大好キ!」
体をカクカクと動かして、龍彦はまるでロボットのような口ぶりで話す。
景子も緊張して言葉が見つからず、二人はしばらく無言でお茶をすすっていた。
(どど、どうしよう……勢いで部屋に招いちゃったけど! タツさんは、なんか静かだし……もしかして迷惑だったかな)
「す、すみません急に、無理を言って……」
「ふぇ!? だ、大丈夫だよ! 俺、どんな事でも受け止めるから!」
「え?……あ、はい」
話が微妙に噛み合っていなかったが、景子はあまり気にせずに返事をする。
(タツさん、どうしたんだろう……と、とりあえず、ちゃんと言わなきゃ! 私の気持ち……)
マグカップのお茶がなくなった頃、ようやく景子は長い沈黙をやぶった。
「あの! 私、タツさんに、これを見てもらいたくて!」
「ん?」
唐突に差し出されたのは、カラフルな爬虫類のイラストが描かれたポスターだった。
「えっ、これって……」
中央には特徴的なフォントで「レプタイルズショップりゅうちゃん」と書かれている。龍彦は驚きのあまり言葉が出てこずにいた。
「あの、タツさんに依頼されてたマスコットキャラクター、先週やっと完成したので……たくさん出来たので、お店のポスターにしてみました」
「……もしかしてトカゲちゃん、これ作るのに、頑張りすぎて風邪引いちゃった、とか?」
あまりの完成度の高さに、しばらくポスターに釘付けになっていた龍彦だが、ふと考えて思い付いたことを尋ねた。
「え、えへへ、ちょっと、やりすぎちゃったみたいで」
苦笑いを浮かべる景子を、龍彦は思いきり抱き寄せる。
「もうっ、ゆっくりでいいって言ったじゃん! 何でそんなに無茶するの!?」
小さな景子の体をきつく抱きしめながら、感情的に声をあらげる。
景子は驚きと恥ずかしさで顔を赤らめ、龍彦の腕の中で混乱して目を回しそうだった。
「た、タツさん!? く、苦しいです……」
「……ごめん、ちょっとだけ、我慢して」
耳元で優しく囁く声に、景子の心臓はドクドクと大きな鼓動を刻む。しかし龍彦の胸の中にいると、不思議と安らぎを感じるのだった。
「私、臆病で、タツさんの気持ちにすぐに答えられなくて……でも、好きな絵なら、言葉よりも上手く伝えられるかなって、思って……」
ポツポツと出てくる言葉に「うん」と相づちをうちながら、龍彦は静かに景子の話を聞く。
「……それで、トカゲちゃんの気持ちって?……絵だけじゃなくて、君の言葉も聞きたいよ」
景子の体をスッと離して、向き直った龍彦は真剣な表情で聞く。景子は真っ赤な顔でチラチラと上目使いで龍彦の表情をうかがいながら、一生懸命に言葉を探した。
「わわ、私、タツさんの、ことっ……」
「うん」
「だだだ、大好きです! 私、人付き合いも下手だし、恋愛なんて、したこともないし……タツさんにいっぱい、迷惑かけちゃうかもしれないけど……もっと、タツさんと一緒にいたい、です!」
景子は震える声で、思いっきり自分の気持ちを口に出す。話す度に、胸のモヤモヤが徐々に晴れていくようで、景子は今までためていた思いを全て龍彦に伝えるのだった。
言いきってフッと息を整えていると、再び龍彦が抱きしめる。それはまるで優しく包み込むような抱擁だった。
「はぁー、良かった……俺、これからもトカゲちゃんと一緒にいていいんだ……」
耳元で話す龍彦の声は震えていた。
「た、タツさん? 泣いて、るんですか?」
「泣いてるよぅ……俺、もしかしてフラれるんじゃないかって不安でさー」
「えぇぇ!? そんな事ありえないですよ!」
龍彦がそんな事を考えていたのが予想外で、景子は思わず声を出して驚いた。
すると、龍彦は景子の肩に手を置いたまま、ふてくされたような顔で見つめると、いたずらな表情でニヤリと笑った。
「俺をもて遊んだお返しだ!」
「ふぇ?」
突然の事に驚いていると、龍彦は大きな体を屈め、呆けて開いた景子の唇に口づけをした。
「んん!?」
「っはぁ、ん?」
してやったりの表情で唇を離した龍彦が景子の顔を見ると、驚いた表情のまま、まるで石のように固まっているのだった。
「……ちょっと? トカゲちゃん!? いきなりゴメンて! 目ぇ覚ましてー!」
固まったまま動き出さない景子の様子に焦った龍彦は、目の前でひらひらと手を動かし情けない声で呼び掛ける。
「はっ!」
「あ、気づいた」
「……私、タツさんと、ききき、キス……!?」
我に返って自分の身に起きたことを改めて実感し、景子はあからさまに動揺していた。
「ごめん! 俺、つい」
「い、いえいえ、私が、慣れてないだけで……タツさんは、悪くありませんから!」
「……はぁ、俺、年上なのに、余裕なくて情けないよぉ」
叱られた子供の様にシュンと小さくなっている龍彦を見て、景子は思わず彼の髪をさらりと撫でる。
「と、トカゲちゃん!?」
景子の行動に驚いて、龍彦は思わず身を引く。
「ご、ごめんなさい! わわ私、タツさんが時々頭撫でてくれるの、その、好きだったから、タツさんにもって……へ、変、でしたか?」
恥ずかしさでモジモジとしている様子が愛おしく、龍彦は胸の奥がほっこりと暖かくなった。
龍彦は景子の近くにすり寄ると、コテンと首を傾げる。
「その……もっかい撫でてほしい、かも」
「は、はい!」
照れ臭そうに呟く姿が可愛らしくて、景子は再び優しく龍彦の髪を撫でるのだった。
(おいおい、そこのバカップル! 目の前でイチャついてんじゃねーよ! おいかげこ、絶対俺のメシ忘れてるだろ!)
ご飯を忘れられてご立腹のアゴノスケは、まるでヤンキーのようにケージ内で一生懸命茶々をいれていた。
「ん? あぁ、忘れてた!」
「え? あいて!」
ふとケージ内で騒ぐアゴノスケを見て、景子は突然思い立ったように立ち上がる。その拍子にバランスを崩した龍彦は、頭から床に倒れ込むのだった。
「わぁ、すみませんっ! 私、今日アゴノスケにご飯あげるの忘れてて」
景子は倒れた龍彦を気にしつつも、慌ててエサの準備をしていた。
(むぅ、いいとこだったのに……ん? なんだこれ)
転がった拍子に床に落ちていた紙切れを拾うと、男の名前とチャットIDが書かれていた。
「山田健次郎……? ねぇトカゲちゃん、この紙どうしたの?」
「え?……あぁ! えっと、それは、ですねぇ……実は私もどうしたらいいか」
「ん?」
キッチンで野菜を切る手を止めて、景子は気まずそうな笑みを浮かべるのだった。




