18話 答え
「お待たせしました。ブレンドコーヒーと、カフェラテです」
「あ、ありがとうございます」
注文の飲み物が席に運ばれ、二人はとりあえず暖かい飲み物で一息つく。
「はぁ、暖まりますね。外、結構寒かったですから」
「はい、ホッとしますね」
景子は甘めのカフェラテを飲んで、少し気分が落ち着いたようだ。
「平戸さんは、コーヒーは甘い方が好きなんですか?」
「そうですね、どちらかと言えば。ブラックも飲めないことはないんですが……高橋さんはブラックが好きなんですか?」
「うーん、好きって訳じゃないけど。選ぶのが面倒で、結局一番良く頼んじゃいますね」
「ふふ、結構面倒くさがりなんですね」
景子は高橋の意外な一面に可笑しくなって微笑んだ。
「そうなんですよ。そう言えば、平戸さんとこうして話すのって初めてですよね。前に飲みに行った時は、ほとんど蒼井さんが話してましたし」
「確かに、初めてですね。仕事では結構長い付き合いなのに、なんだか可笑しいですよね」
高橋とは同期入社なので、もう4年の付き合いになる。それなのに今までほとんど仕事以外で話すこともなく、こうして二人でお茶をするなど考えもしなかった。景子は入社した頃の事を思いだし、懐かしい気持ちになった。
「私、この通り人と話すのが苦手で……仕事でも、話さなくて良いならそれが楽だなんて思ってました。でも、最近は、いろんな人と出会うことが増えて緊張もしたけど、なんだか毎日楽しいです」
「平戸さん……僕も、同じようなものですよ。もし、平戸さんがアゴノスケ君を飼ってなかったら、今もただの斜め向かいの同僚のままだったかも」
高橋は柔らかな表情で話し、休憩時間に初めて景子に話しかけた時の事を思い出していた。
「ふふ、あの時は、急に話しかけられてビックリしました」
「あ、あはは、あの時は、きっかけが見つかって必死でしたから」
「きっかけ?」
「あっ、いやぁ……あっははは……」
うっかり口を滑らせてしまい、高橋はとりあえず笑って誤魔化すのだった。
(くぅー! じれったい、そこは思いを告げるところでしょうが! はぁ、でも逆にそこが萌えるっていうか……)
その頃、蒼井は二人の会話に聞き耳をたて、その初々しい空気感に一人悶えていた。
「そ、そういえば、平戸さんはどうしてアゴノスケ君を飼おうと思ったんですか? 前は、成り行きだって言ってましたけど」
高橋は気をそらそうとして慌てて話題を変える。景子は思い出すように少し考えていたが、しばらくしてポツポツと話し出した。
「うーん、そうですね……お買い物ついでにたまたま〈りゅうちゃん〉を見つけて、最初はハムスターとか小動物がいると思ったんですけど。入ってみたら、いきなり怖い店員さんに声をかけられて」
「はは、それってタツさんですか?」
「はい! 失礼ですけど、見た目が怖くて、初めはビックリしちゃいました」
初めて龍彦に話しかけられた時、恐怖で震えた事がなんだか懐かしく思えて景子は微笑んだ。
「まぁ、わかります。僕も最初は、というか正直今も少し苦手ですけど……」
思えば龍彦には舌打ちをされたり、睨まれたりと散々な思い出しかない高橋だった。
「で、でも、その後は店内の案内をしてくれて……私、その時初めて爬虫類をじっくり見たんですけど、どの子も愛嬌があって可愛くて。そしたら、タツさんがアゴノスケを腕に乗せてくれて、最初はちょっと怖かったけど、赤ちゃんみたいにしがみついてて、愛らしいなって思いました」
高橋は静かに相槌をうちながら、たどたどしい景子の話を穏やかな表情で聞いていた。
「でも、自分には飼うのは難しいだろって思ったんですけど、タツさんが背中押してくれて、その後も色々サポートしてくれたので、今も無事にアゴノスケと暮らせてます。ほんとに……全部タツさんのおかげで楽しくて、なのに私……」
懐かしむ様に話していた景子だが、だんだんと声が震え、今にも泣きだしそうな表情になっていた。
「……平戸さんは、タツさんの事が好きなんですか?」
この言葉を口にするのは心臓が痛いほど締め付けられた。
答えはほぼ確実にわかってはいた。しかし、彼女の表情を見ていると、高橋はそれを聞かずにはいられたかった。
景子は俯いてしばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開く。
「……はい。タツさんは、いつも私に元気をくれる、大切な人、です……でも、自分なんかが、タツさんに釣り合うなんて思えなくて、あの時答えられなくて……」
話を聞いて何となくあの時の事を理解した高橋は、自嘲するように小さく笑った。
(はぁ……ほんとに、なんで僕はこんな事やってるんだよ)
心の中で呟くと、頭の中に悪い顔をした蒼井があの時の言葉を投げ掛けてくる。
「高橋さんの入る隙、あるかもしれないですよー」
(あー、もううるさい! そんなん出来るかバカ、悪魔!)
高橋は「はぁー」と大きなため息をつき、ムシャクシャしたように頭を掻いた。景子が驚き顔をあげると、高橋は真剣な表情で話し出す。
「……釣り合わなかったら、ダメなんですか?」
「え?……だ、だって! 私いままで付き合ったこともないですしっ。こんな、私なんかじゃ、タツさんも愛想つかせちゃうんじゃないかって……」
妙な迫力のある高橋に問い詰められ、景子は動揺しつつも自分の気持ちを訴える。
するとまたもや高橋は大きなため息を吐き、景子は少しビクッと震えた。
「平戸さんって、タツさんの前ではどんな風なんですか?」
「えぇ?べ、別にいつも通り、ですが」
「じゃあ、きっとタツさんはそのままの平戸さんの事が好きなんですよ。それにタツさんは、そんな些細な事で、愛想をつかすような薄情な人間なんですか?」
「そのままが、好き……」
小さく呟き、景子はハッと何かに気づいたように、だんだんと顔を赤らめる。
その様子に高橋は困ったように笑い、話を続ける。
「……そ、だから、安心して、自分の気持ちを伝えていいんですよ。それにきっと、恋愛に釣り合うとか、関係ないですから。って経験の少ない僕が言っても説得力ないかもですけど」
そう話す高橋は、開き直ったような明るい表情で笑っていた。
「高橋さん……」
高橋に励まされた景子は、心の中のモヤモヤが晴れて気持ちが軽くなったようだった。
「ありがとうございます。まだ少し不安ですけど、私……頑張って伝えてみます」
「ええ、それがいいですよ。……それに、もしもの事があっても、僕がいますから……」
高橋はまた普段のような優しい表情で微笑んでいた。
「え?それは、どういう……」
「あ、あぁ! いえ、なんでも……あっはは……」
「……? ふふ、本当に、ありがとうございました」
慌てたように笑って誤魔化す高橋を、景子は不思議に思いながらも晴れやかな顔をしていた。
「あ、僕少し寄るところがあるので、ここで」
「はい、ではお疲れさまでした」
店先で軽く会釈をして帰る景子を見送り、高橋は背後でこそこそと去って行ことする人物の肩をガシッと掴んだ。
「やっぱり、嘘だったんですね」
「え、えへ! バレちゃってましたか」
ペロッと舌を出しておどける蒼井を、高橋はジトっとした目で睨んでいる。
「……本当にあれで良かったんですか?」
蒼井はしばらく高橋を見返すと、不思議そうな顔で問いかけた。
「いいんですよ……僕は、彼女が笑っている方が好きなので」
スッキリとした表情で話す高橋を見て、蒼井は嬉しそうで、少し意地悪な表情で「ふーん」と呟く。
「なーんか、カッコいいじゃないですか、せんぱい」
「……うるさい。もう、帰りますよ」
珍しく誉められた事に高橋は少し照れ臭くなって、蒼井を置いてすたすたと帰ろうとする。
「えー、高橋さん、待ってくださいよ! ねぇ、頑張ったご褒美に飲み行きません?」
「……君の奢りならね」
「えぇー!? 私後輩なのにー」
「ご褒美って言ったじゃん」
蒼井は高橋を追いかけると、隣で楽しそうに笑っていた。いつものようにじゃれあいながら、二人は夜の飲み屋街を歩くのだった。
(なんか、俺様最近出番が少なくねぇか? かげこのやつ、今日も遅いし……夜遊びばっかりしやがって、まったく飼い主失格だぜ)
暗い部屋でバスキングライトの光を浴びながら、アゴノスケはふて腐れたようにぼやいていた。
「ただいまー」
景子は電気を点けてアゴノスケの元に小走りで駆け寄っていく。
「アゴノスケ、遅くなってごめんね! 大丈夫だった?」
じっと横目で睨んでいたアゴノスケだったが、景子の明るい雰囲気を感じ、のそのそと近付き首を傾げる。
(なんだ? なんか朝より元気そうじゃねぇか! なんか知らんが良かったな、かげこ。でもとりあえず、一回出してくれ! 窮屈でかなわん)
アゴノスケは外に出たいようで、ケージのガラスにへばりついて手足を動かしている。
「出たいの? えへ、じゃあ、寒いから服着ようか」
景子はモコモコのベストをアゴノスケに着せて、部屋の中に出してあげた。アゴノスケは相当体が鈍っていたようで、途端に部屋中を駆け回る。
「あっはは、すっごい元気! あ、あんまり窓に寄っちゃ寒いよー」
しばらくアゴノスケの元気な様子を堪能した景子は、ソファーに座りホッと一息つく。しばらくして、「そうだ」と何か思い出したようにスマホの画面を見る。
「……タツさんに、ちゃんと伝えなきゃ!」
景子はグッと気合いを入れて、龍彦に返事を送る。
『お返事が遅れてすみません!
あの、私、今度タツさんに自分の気持ち、ちゃんと言いますから!
もう少しだけ、待っててください!』
「チョロー、どうしたらいいんかなー……」
龍彦はソファーにやる気なく座り、ペットのボールパイソンを首に巻き付けていじっていた。
(ちょっといい加減戻してくれません? ご主人、もうかれこれ1時間くらいこうしてますけど?)
チョロもいい加減限界だったようで、逃げ出そうとケージの方にスルスルと寄っていく。するとスマホの通知が鳴り、龍彦はガバッと起き上がって画面をチェックし出した。その隙にとばかりに、チョロはケージにあっという間に戻っていった。
「え!? なに? 今度っていつ!? え、これは、喜んでいい答えなんか?……」
文面からなぜか気合いは伝わっていたが、なんだかフワッとした文章に混乱し、龍彦はひとり挙動不審に陥っていたのだった。




