16話 彼の気持ち
爬虫類達が集まるスペースは少し薄暗く、それぞれのケージにある明かりがぼんやりと輝いて、まるで別世界のような雰囲気が漂っている。
休日のため他の来客も多くいたが混雑するほどではなく、活気があり爬虫類コーナーも盛り上がっているようだった。
「結構いろんな種類がいるねー。あ、向こうの方、フトアゴくんもいるよ!」
「本当ですね、アゴノスケの仲間がいっぱい!」
二人は興奮気味にフトアゴヒゲトカゲの展示の前に行く。広いケージの中には20センチほどの少し小さなフトアゴヒゲトカゲが、パッと見ただけで10匹はいた。
「この子達は黄色じゃないですね。どっちかというと茶色とかグレーっぽい……あ!柄が付いてる子もいる」
景子はケージに近づいて覗き込むように観察している。
「アゴノスケとはモルフが違うからね。たぶんこの子らはノーマルに近いかな。実は、アゴノスケのモルフって結構珍しいんだよ」
「そうなんですね!ふふ、アゴノスケって貴重なんだ」
普段のアゴノスケを見ていると、とてもそんな貴重な存在と思えない呑気なものなので、つい可笑しくなり笑いがこぼれた。
「ふふん、うちのショップは小さいけど、結構貴重な子が多いんだ。たまに遠方からも買いに来るマニアもいるし」
龍彦は自慢気に鼻を高くして話した。
「タツさんのお店はスゴいんですね!」
満面の笑みで返してくれる景子に、龍彦は少し頬を赤らめ目線をそらす。
するとフトアゴの展示の隣には大きなリクガメが岩のように動かずにじっとしていた。
「あ、トカゲちゃん!このリクガメ、エサあげれるよー」
リクガメのそばにはカップに入ったニンジンやほうれん草が売られており、二百円でこれをあげられるようだ。
「スゴい大きいですね!動かないから置物だと思ってました」
リクガメはわずかに首を動かすも、再び時が止まったようにピタリと動きを止める。
景子はしゃがみこんでリクガメを見ていると、同じく隣にしゃがみこんだ龍彦が「はい!」とエサの入ったカップを差し出してきた。
「え!?買って下さったんですか?」
「これくらい気にしないでいいよ」
「で、でも、ここのチケットまで買ってもらってるのに……」
「はは!今日は俺が誘ったんだし、ちょっとカッコつけさせてよ」
「でも……」
気にしなくていいといわれても何となく気が引けて、景子は申し訳なさそうにしていた。
そんな様子を見て龍彦は少し悩むと、何かを思い付いたように提案する。
「うーん……じゃあさ、後で俺のお願い、聞いてくれる?」
「おねがい、ですか?」
「うん!亀さんにエサあげたらさ、あっちで少し休憩しようよ」
そう言うと龍彦はニヤリと口角をあげた。
「ふむ……ここからじゃ、何を話してるかまるでわかりませんねぇ」
蒼井はまるで双眼鏡のように両手を丸めて、離れた場所から二人の様子を眺めている。
「……その手、意味ないですよね」
その隣にはメガネとヒゲを着けて別人のような格好の高橋が不貞腐れたように立っていた。
「雰囲気ですよ、雰囲気!私、両目とも視力1.5なんですよ」
「無駄にいいな……」
「あ、なんだか移動するみたいですよ。私たちも行きましょう」
蒼井は無意味に物陰に隠れながら二人の後を付けて行った。
「いやそんな隠れなくても。逆に怪しいだろ……」
休憩のため、見晴らしの良い休憩所のベンチに座った二人。景子は龍彦の言うお願いが気になり話を切り出す。
「あ、あのぉ、タツさん……お願いとは、なんでしょうか」
龍彦の怪しい笑みに、何かよからぬ事なのではと不安になった景子は緊張で汗がたらりと流れる。その様子を察した龍彦は、いたずら心が出てしまいわざと神妙な表情で話し出した。
「実は、これはトカゲちゃんにしか出来ないことなんだ……」
景子はごくっと息を飲み込む。
その真剣な顔に耐えられず、龍彦は吹き出した。
「あっはは、ごめんごめん冗談だよー。あのね……俺、トカゲちゃんの絵を描いてるところが見たいんだ」
「え、絵ですか?」
「そ、絵が見てみたい。SNSに上がってたのも見て、すげぇって思ったんだけどさ、実際に描いてるところも見てみたくって……」
龍彦はそう言うと突然「あ!」と大声を出した。
「てゆーか絵を描くって言っても、描くものなんてないよね……」
今更その事に気づき、龍彦はガックリと肩を落とす。すると景子は「あのぉ……」と小さく手をあげた。
「ん?」
「わ、私、描くもの持ってます。動物園って事だったんで、何か発想があるかなって思って。つい持ってきちゃいました……」
「ほんと!?やった、流石だよトカゲちゃん!」
龍彦は喜びのあまり、思わず景子に抱きついた。
「きゃー!!」
「ん?なんだ?今の声……」
遠くの方で悲鳴のような声が聞こえ、不審に思って回りを見渡すも特に何もないようだ。
「あのぉ……」
「ん?」
腕の中から震える声がして視線を戻すと、景子が真っ赤な顔で固まっていた。
「わぁあ!ご、ごめんトカゲちゃん」
「い、いえ。だいじょうぶです」
二人が照れて赤くなっている頃、遠くの茂みには高橋と蒼井がしゃがみこんで潜んでいた。
「なに急に叫んでるんですか!」
高橋は蒼井の頭を押さえ込んで小声で怒る。
「いやぁ、だって急にラブコメが始まっちゃって、つい……てへ!」
「てへじゃないよ全く……バレたらどうするんですか、もぉ」
呆れている高橋の様子に、蒼井は少し不思議に思った。
「そういえば、ショックじゃないんですか?先輩のあんな場面を目撃したのに」
「……だったらなんなんですか。こんなの、最初からわかってましたし」
蒼井の問いかけに、高橋は諦めたように呟く。
「ふーん……つまんないですね」
「僕に何を期待してるか知りませんけど、はなから僕の入る隙なんてないんですよ……」
「それがつまらないって言ってるんです」
蒼井はボソッと呟くと、また両手を双眼鏡のようにして二人の監視を再開した。
「へぇー、うまいもんだねぇ」
近くにはモデルにちょうどよい動かないハシビロコウがいたので、景子はそれをサラサラと描いていく。
「そんな大層なものではないですけど。あの子は動かないから描きやすくていいですね」
ハシビロコウはじっと前を見つめたまま、もうかれこれ十分は動いていない。
話ながらも集中して描いている景子を、龍彦は優しそうな顔で眺める。その瞳はまるでキラキラと輝いているように見えた。
「ほんとに好きなんだね、絵描くの」
「私、昔から人と話すのが苦手で。でも絵を描いていると誰かが近くに来てくれて、上手だねって言ってくれたんです。それが結構嬉しくて……まぁそれも小学生くらいまでで、大きくなってからはまた一人でいることが増えたんですけどね。それでも、絵を描いてる時間はずっと好きでした。空想の中に入り込めるような感覚で……」
描きながらつい昔の事を話しすぎてしまい、ハッとして龍彦の方を見上げる。
「す、すみません、こんなつまらない話してしまって」
「なんで謝るの?」
「え、だって、私の話ばかりしてしまったし」
「俺さ、トカゲちゃんの事知れるの嬉しいんだ。だから、全然つまらなくなんてない。むしろ足りないくらいなんだよ?」
「そ、そうなんですか?」
「そ!だから、もっと何でも話してよ。あ、俺の事も、何でも聞いてくれていいからね!」
龍彦は首を傾げて嬉しそうに笑う。彼の裏表のない気持ちに触れて、景子は心の奥がポカポカと暖まるような気持ちだった。
その瞬間、今まで動かなかったハシビロコウは大きな翼をバサッと広げてふわっと飛び上がる。
「わぁ!ビビったー」
「やっと動きましたね……」
驚いた二人は顔を見合わせて自然な笑顔で笑いあった。
「出来ました!」
完成したスケッチに龍彦は「おお!」と感嘆の声をあげる。
「スゴい!いろんな角度の絵がある。あ、これ最後に飛んだ時の……」
龍彦はスケッチブックを手に取りまじまじと見る。羽の一つ一つまで丁寧に描かれた絵には、景子の繊細な心まで現れているようだった。
「そんなに見られると、ちょっと恥ずかしいですね……」
絵を気に入ってもらえて嬉しかったが、だんだんと気恥ずかしくなり、景子はうつ向いてもじもじとしていた。
「ねね、これ写真撮っていい?」
「え?は、はい。こんなので良ければ」
「やったー!待受にしよーっと」
龍彦は嬉しそうにスマホを構えて写真を撮る。それを早速待受にしたようで、「じゃーん」スマホの画面を景子に見せつけた。
「わ、すごい。なんだかカッコいいかも」
「そりゃ、天才景子せんせいの作品だからね!」
なぜか自慢気に話す様子が可笑しくて、景子は小さく笑うのだった。
その後、二人は動物園の隅々までゆっくりと見て回った。龍彦は爬虫類以外の動物も好きなようで、景子に負けないほど興味津々だ。
途中、ゴリラに威嚇されたり、キリンに髪の毛を食べられそうになるハプニングもあったが、二人はまるで子供のようにはしゃいでいた。
「トカゲちゃん、俺の頭禿げてない?」
「ふふふ、大丈夫ですよ。ちょっと湿ってますけど」
キリンにしがまれた髪を心配そうに触っている。
「はぁ、ゴリラにもウンコ投げられそうになるし、俺って動物に嫌われてるんかなー」
「調べたら、ゴリラは好きな子にそういう事をするそうですよ。だから、タツさんは逆に好かれてるんですよ」
「マジかよ!?絶対逆効果だろ」
腕組みをして真剣に考えている龍彦が面白くて、景子はクスクスと笑う。
「私、こんなに楽しいの初めてかもしれません」
ゆっくりと歩きながら空を見上げ、景子は晴れやかな表情だった。
「俺も、好きな子と過ごせてすっごく楽しいよ」
龍彦は景子の前で立ち止まり、にっこり笑って話す。
「え?」
突然の事にキョトンとしていると、龍彦はそっと景子の手を取り軽く握る。
「俺、店を始めてから思うようにお客さんが来なくてさ、ちょっとやる気がなくなってたんだよね。そんな時にトカゲちゃんが来てくれてさ、自分の接客でアゴノスケのお迎えを決めてくれたのが嬉しくて、その時初めて、お店始めて良かったなって思えたんだ。……その時から、トカゲちゃんは俺の特別!大事なお客さんで、大好きな子だよ」
「タツさん……」
優しく語る龍彦の気持ちが、景子はとても嬉しく思った。景子自身も同じく龍彦の事を特別に感じていたが、今はそれを口に出す勇気が出なかった。
困ったように黙り込む景子の様子を見て、龍彦はパッと手を離す。
「ごめん!急に変な事言っちゃったね……」
「い、いえ!タツさんは……悪くありません……私が」
慌てて弁解する景子の言葉を遮るように、龍彦は話す。
「いいんだ。ただ、俺の気持ち、知ってほしかっただけだから。トカゲちゃんは、気にしなくていいんだよ」
龍彦は変わらず笑っていたが、どこか寂しそうな感情も混じっているようで、景子はただ謝るしかできなかった。
「ごめんなさい、私、ほんとに」
「そんな顔しないでよー。あ、そろそろ閉園時間だし、帰ろっか。アゴノスケも待ってるしさ」
「はい……」
自分に自身が無いせいで、龍彦に変な気を遣わせてしまった事が情けなく、景子はとぼとぼと龍彦の後を歩くのだった。




