11話 仕事の依頼
龍彦はいつものウーロンハイを飲みながら、24時間相談チャットを手際よくチェックしている。
「相談ですか?」
「うん。前のイベントで買ってくれたお客さんから。最近よくくるんだ」
「仕事終わりに大変ですよね。お客さんには良いサービスですけど」
よく見ると龍彦の目元の隈はくっきりとしており、あまり眠れていない様子だった。
「まぁね。でも、せっかくウチで買ってくれたお客さんだし、大事にしないとね」
「タツさんは、爬虫類ショップの仕事が好きなんですね……」
自分の時間を削ってまで仕事をする姿に、景子は自分が情けなくも羨ましい気持ちだった。
「まあね。トカゲちゃんは好きじゃないの?今の仕事。確か、イラストレーターさんだよね」
「初めは好きな事を仕事に出来て、嬉しかったんです。だけど、毎日依頼された通りに作品を作ってたら、だんだん自分の描きたいものが、わからなくなっちゃって……」
静かに相談を聞いていた龍彦は、腕組みをして「うーん」と唸る。
しばらくすると突然何かを閃いたように、景子に話を切り出した。
「じゃあさ、うちの店のマスコットキャラクター、考えるってのはどう?」
突然の提案のキョトンとした顔でいると、龍彦は自慢げに説明しだす。
「一応うちからの仕事の依頼って事だけど、トカゲちゃんの好きに描いてよ。もちろんアゴノスケをモデルにしてもいいし、他の生き物でも構わない。トカゲちゃんが納得するものが出来るまで待ってるからさ」
「アゴノスケの……」
景子はぼんやりとアゴノスケの姿を想像する。はちゃめちゃに部屋を駆け回ったり、もりもりとエサを食べる姿をが目に浮かび、それをキャラクターとして描けたらと思うと、頭の中で何かアイデアが浮かびそうな気がした。
「へへ、やっぱ、急にこんなこと言っても困るかな?」
考え込む様子を見て、龍彦はぼりぼりと頭を掻いて笑う。
するとしばらく黙っていた景子がぽつりと口を開いた。
「あ、あの、ほんとうに私なんかのイラストでいいんですか?うまく出来るかどうかもわからないし……」
自信無さげに話す景子を、龍彦は真剣な目で見つめる。
「ダメだよ」
「え?」
「仕事を依頼するんだから、自信持ってやらなきゃ。それに俺、トカゲちゃんなら大丈夫って確信してるから」
龍彦は子供のような無邪気な顔で笑った。
どうしてそんなに自分の事を信頼してくれるのかわからなかったが、龍彦の言葉が臆病な自分の背中を押してくれるような気がした。
「タツさん、私やってみていいですか?いつになるか、自分でもわかりませんけど」
「もちろんだよ!ふふ、景子センセ、よろしくお願いします」
龍彦は少しだけ茶化すように言うと、右手をスッと差し出す。景子は恥ずかしがりながらも、差し出された手をそっと握り返すのだった。
「さ、話しもまとまった所で、サービスのアイスどうぞ」
タイミングを見計らったように、水島がグラスに入ったアイスを持ってくる。
「なんだよ、聞いてたんか?趣味わりぃヤツだな」
「いや、普通に聞こえんだろ。しかし今日は気分がいいからお前の悪態も気にならねぇ」
水島はBARらしいカクテルを振る舞えた事が嬉しかったらしく、不適な笑みを浮かべていた。
「わぁ、サービスですか!?ありがとうございます。私甘いの大好きなんですよ!ね、先輩、アイスですよアイス!」
蒼井は少し酔っているのか、高橋の背中をバシバシと叩きながら喜んでいる。
「痛っ!ちょっと、やめて。もうほら、さっさと食べないと溶けますよ」
「あ、そうですね!じゃ、いただきまーす」
時々「んー」と声を上げながら上機嫌でアイスを食べる隣の女を、高橋はしらけた表情で眺めていた。
それぞれの終電の時間が迫り、長く続いた蒼井の歓迎会もついにお開きとなった。
「トカゲちゃん大丈夫?遅くなっちゃったけど、タクシー呼ぼうか?」
「大丈夫ですよ。アパート、駅から近いですし」
「ごめんね、俺が飲んでなきゃ送るんだけど」
「そんな、気にしないでください。では、また……」
会釈をし、帰ろうとする景子の鞄にはあの時のフトアゴのキーホルダーが付いていた。
「あ!それ、付けてくれてるんだね」
「ん?あ、はい!せっかくタツさんに頂いたものですから」
「そ、そう。へへ、嬉しいな。ありがと……」
素直に喜びを伝える景子に、龍彦はドキッとして思わず言葉に詰まった。
「平戸せんぱーい、急がないと乗り遅れますよー」
ふらついた蒼井は高橋にへばりついており、少し離れた場所から景子を呼ぶ。
「じ、じゃあ、気を付けてね。あ、家に着いたら連絡して」
「はい」
景子は二人とは別のホームのため、改札で解散することになった。その別れ際、蒼井は何か思い出したように話し出す。
「そぉだ、三人で連絡先交換しましょうよ!またこうやって飲みに行きたいですし」
「ちょ、ちょっと蒼井さん……」
戸惑う高橋を気にすることもなく、蒼井はどんどん話を進める。
「いいですよ。また行きましょう」
はじめは蒼井に苦手意識もあったが、こうして自分を慕ってくれる後輩が素直に嬉しく、景子は快く承諾した。
「やったぁ。あ、社交辞令はなしですよー。良かったですね、高橋さん」
「な、何がです?」
急に話を振られた高橋は慌ててそっぽを向く。
「それじゃあ先輩、気を付けて帰ってくださいねー」
高橋に寄りかかりながら大手を振る蒼井を見送り、景子は慌てて電車に駆け込んだ。
「ふぅ。任務完了ですねぇ。さ、帰りましょ、先輩」
景子と別れたとたん、千鳥足だった蒼井はすっと高橋のそばから離れ、すたすたと歩いていく。
あまりの変貌ぶりに高橋はぽかんと口を開けて立ち尽くす。
「え、君、酔ってなかったの?」
「うーん、ほんの少しだけ?だって、酔っぱらいの後輩の方が可愛いでしょ?それにほら、平戸さんも警戒せずに連絡先教えてくれましたし」
得意気にスマホを振る姿に、高橋は頭を抱えてため息をついた。
「はぁ、信じられない……」
「何言ってんですか。これくらいやらないと、欲しいものは手に入りませんよ?早速三人のグループチャット作ったんで、先輩も参加してくださいねー」
行動力の塊のような彼女に対し、高橋は強い劣等感とほんの少しの憧れのような気持ちを抱くのだった。
日付が変わる間際、景子はアパートに帰宅した。
さすがに少し疲れて、座ると眠ってしまいそうだったので、景子は先にシャワーを済ませる事にする。
風呂から上がり、酔いもスッキリした所でアゴノスケの様子を見ると、流木の上で目を閉じて眠っていた。
景子は起こさないようにそっと歩く。すると不意にスマホが鳴り出し慌てて見に行くと、龍彦からの電話だった。少し驚いたがすぐに電話に出る。
「はい」
「あ、トカゲちゃん?よかった……なかなか連絡無いから心配しちゃったよ」
龍彦は初め慌てたような声色だったが、はぁっと一息ついてから話しだす。
「す、すみません。先にお風呂済ませようと思って……」
連絡するのが遅れ申し訳ないと思い、景子は電話越しにペコリと頭を下げる。
「謝らないでよ。でも、無事に帰れてよかったよ。……それだけ。じゃ、おやすみトカゲちゃん」
「ありがとうございます。タツさんも、おやすみなさい」
電話越しに聞こえる龍彦の優しい声に、景子はホッと安心して微笑む。通話が終わり画面を見ると、龍彦からのメッセージが何通か届いていた。
『トカゲちゃん無事に帰れた?』
『大丈夫かな?何回もごめん。でも心配だから、見たら連絡してね』
他には心配する様子のスタンプなどが付いていた。
「本当に、心配してくれてたんだ」
家族以外の人がこんなに自分の事を気にかけてくれるなんて。景子は、龍彦の存在が少しづつ特別なものに変わっているのを感じていた。
温かい気持ちになると急に眠気が襲ってくる。景子はボスンとベッドに仰向けに倒れこみ、スマホを胸に抱いて目を閉じる。今日はいい夢が見れるかも。そんなことを考えていると、すぐに寝落ちしてしまうのだった。
真っ暗な部屋に明かりを点けると、夜行性のだいふくが珍しくシェルターから出ていた。
「ただいま、だいふく」
(あら、今日は遅いじゃない。夜更かしは美容の敵よ)
夜行性のヒョウモントカゲモドキは、何故か夜更かしの危険性を語っている。
高橋はふらふらと寝室の方へ歩くと、そのままベッドに横になる。
後輩の蒼井に圧倒され、景子と龍彦の関係を目の当たりにし、なかなかに心の疲労がたまる一日だった。
「疲れた」
高橋は天井をぼーっと見つめて呟いた。目を閉じると景子の嬉しそうに笑う顔が浮かんでくる。しかしその相手は自分ではなく龍彦だ。BARでの二人の話すようが、高橋の頭にこびりついていた。
「あんなの、今さらどうしようもないよ……」
スマホに映る景子の連絡先を眺め、寂しそうに笑っていると、一通のチャットの通知が届く。それは今日のストレスの主たる原因とされる彼女からだった。
『お疲れさまでーす!
もしかして、落ち込んでるんじゃないかと思って連絡しました!
確かに今は脈なしかもですけど。じゃんじゃん押してかないと平戸さんみたいなタイプは気付きもしませんよ。
協力するので、頑張りましょうねぇ!』
高橋はムッとした表情で、返事もせずにスマホを放り投げた。
「なんでこんなに構うんだよ。放っておけばいいのに……」
ガバッと布団に潜り込み、体を丸めてギュと目を閉じる。とことん情けない気持ちになった高橋は、そのまま布団から出ることはなかった。
(ちょっとアンタ、お風呂入って無いでしょ。まったく、臭い男はモテないわよ。だいふく様の飼い主としてしっかりしてちょうだい……)
しばらく観察していただいふくは呆れたように言い放ち、夜中の散歩を再開した。




