10話 新人襲来
蒼井の新生活は充実していた。仕事は残業もあり忙しいが、人間関係は良好で嫌な上司も先輩もいない。皆自分の仕事を黙々として、新人に嫌みを言う暇も無さそうだった。
その中でも高橋は非常にイジリがいがある。仕事中の楽しみのほとんどが、高橋にちょっかいをかけることと言っても過言ではない。
しかし、日々楽しそうな蒼井とは対照的に、高橋はどんどん目に見えてやつれていくのだった。
仕事定時で終わり、背中を丸めて帰り支度をする高橋を見て、景子は思わず声をかける。
「あ、あの!高橋さん、大丈夫ですか?最近疲れが顔に出てますけど」
高橋は生気の無い顔でくるりと首だけ振り替えると、まるでおじいさんの様に笑う。
「大丈夫ですよ。平戸さん、ご心配ありがとうございます」
景子は少しゾッとして、ますます心配になった。その時、不調の原因の小悪魔が元気良く話しに入ってくる。
「高橋さぁーん!よかったら今から飲み行きません?私の歓迎会してくださいよぉ」
「あ、蒼井さん。か、歓迎会、ですか?」
笑顔で高橋にすり寄り、蒼井は自らの歓迎会を催促した。景子は驚き、ひきつった笑顔でそれを傍観する。
「あ、平戸さんも仕事終わりですよね?一緒に行きましょうよー」
「え?あぁ、そう、ですね。私でよければ」
蒼井は少し苦手なタイプの人種だったが、歓迎会も必要だと思い参加を承諾した。
「やったー!私、平戸さんとも仲良くしたいと思ってたんです!じゃ、早速行きましょー!」
テンションの高い蒼井を先頭に、景子達は戸惑いながらも飲み屋に向かう。
景子達は会社の最寄り駅から二駅ほどの繁華街にある、全国チェーンの居酒屋に入った。
「やっぱり、私ら若いですし、こう言う店がありがたいですよね!」
「そうですね、安いのは助かります」
「安くて旨いが一番!高橋さん、何飲みますか?」
まるで存在感の無い高橋は、蒼井に押し込まれるように奥の席に座っていた。
「僕、ビールで……」
「じゃあ私もビール!平戸さんは?」
高橋は消えそうな声で呟く。普段あまり酒を飲まない高橋だったが、今日は飲まずにはいられない気分だった。
景子もとりあえず甘くて飲みやすそうなカシスオレンジを注文する事にした。
タブレットで注文した飲み物はすぐに届き、三人は乾杯をする。高橋は勢い良く飲んで、ビールはすぐに半分ほど無くなってしまった。
「あは!高橋さん、めっちゃ飲みますね!」
「大丈夫ですか?あまり無理しないでくださいね」
「だ、大丈夫です」
高橋はぐっと込み上げてくる息をこらえながら答える。
蒼井を中心にしばらく雑談をしながら、景子達は注文した焼き鳥を食べた。
「ねぇ、平戸さんって彼氏とかいるんですか?」
「い、いませんね。私、人付き合いが苦手なもので」
その質問に、高橋がピクッと反応する。
「えぇ!?可愛いのに、もったいないですよ!好きなタイプとかは無いんですか?」
「タイプなんて考えたことも……うーん、優しい人、ですかね?」
ぐいぐいと突っ込まれ、景子はなんとなく無難な回答を必死で答える。
「蒼井さん、そんなに聞いちゃ平戸さん困ってるよ」
困惑する景子を助けようと、高橋は思いきって割って入った。
「でも、高橋さんも気になるでしょ?」
意地悪な笑みを浮かべる蒼井に、高橋はギクッとしつつ反撃の質問をする。
「そ、そういう蒼井さんは、恋人はいないんですか?」
「私ですか?私今まで彼氏とかいたこと無いんですよ」
「そうなんですか?何か、意外ですね。蒼井さん、明るくて可愛いから、てっきり……」
蒼井も自分と似た者同士なのかもと、少し嬉しくなった景子だが、続く返事に言葉を失い笑顔のまま固まった。
「あ、でもそういう相手はいますよ。アプリで知り合った人とか、まぁワンナイトってやつですね」
「はぁ、そんな事だと思いました」
高橋はこの展開を予想していたようで、呆れた顔でビールを煽った。
「なんですか?その顔。私の事、節操無しだと思ってるでしょー。一応、私なりにこだわりポイントもあってですねぇ……」
「もういいですよ」
「ひどーい、聞いてくださいよー」
興味のない話が続きそうだったので、高橋は無理矢理に中断した。日頃から蒼井に絡まれ過ぎていた高橋は、なんとなくあしらい方がわかってきたようだった。
そんな二人のやり取りを、景子は少し微笑ましく眺めていた。するとふと蒼井が話を振る。
「ん?平戸さんのバッグのキーホルダー、変わってますね。トカゲですか?」
「あ、はい」
「それ、この前のイベントの?アゴノスケ君に似て可愛いですね」
高橋はやっと穏やかな表情に戻った。
「何々?イベントって何ですか?」
「あ、爬虫類のイベントがあってですね。私も飼ってるので、たまたま参加したんです」
すると蒼井はひどく驚いたようすだったが、興味津々で話を聞く。
「平戸さん、トカゲ飼ってるんですか!?珍しいですね!」
「私も、はじめは飼うつもりじゃなかったんですが、成り行きで……でも、今はすっごく可愛いと思います。あ、高橋さんも、飼ってるんですよ」
キーホルダーを大事そうに見つめて微笑む景子に、蒼井は何かを感じ取ったようだった。
「そうなんだ!爬虫類って流行ってるんですね!?……でも、何か今の平戸さん、恋する女って感じしましたよ」
その言葉に景子はドキッとし、急にだらだらと汗が出てきた。
「あ、動揺してるー。さては、そのキーホルダーに秘密アリですね!」
「なな、何もないですよ?これ、自分で買ったものですし」
「怪しいですねぇ。確かにラブの波動を感じたんですが……」
蒼井は諦めずに疑いの眼で見つめる。するとその様子を見ていた高橋が口を挟んだ。
「ひょっとして、龍彦さん、ですか?」
「ブッ!」
景子は思わず飲み物を吹き出した。
「あーやっぱり!平戸さん、いい人いるんじゃないですかぁ」
「そ、そんなんじゃないんですよ!」
慌てふためくようすを見て、高橋は寂しそうな笑顔でうつむき一人ビールを飲んだ。
「はぁ、楽しかった。優しい先輩ばかりだし、私、この会社に入って良かったですよ」
景子達は居酒屋での歓迎会を終え、駅に向かって歩いていた。歓迎は主に蒼井ばかり話していたような会だった。それでも蒼井は楽しめたようで、機嫌良くそう語る。
「そう言ってもらえて、よかったです」
新人が嫌な顔せず働けるのは、景子も素直に嬉しいと思っていた。
話しながら歩いていると、ふと見たことのあるbarの前を通りかかる。
「あ、ここ……」
以前龍彦と訪れたbarだった。景子はつい立ち止まる。
「何々?あ、良さそうなbarですね!私、あんまりこう言う店入ったこと無いんですよ。ね、ちょっとだけ入ってみません?」
景子の背中にしがみついた蒼井は二軒目をご所望なようだ。
「もう帰りません?あんまり遅くなっても」
高橋は疲れた顔で帰りを促す。
「なにジジ臭いこと言ってるんですか?若いうちは遊ばないと。それに、明日は休みですよ!」
乗り気じゃない高橋の背中を押し込むように、蒼井はbarに入っていった。
まさかとは思ったが、店内の奥の席には見慣れた男が座っている。
「いらっしゃいませ……って、あ、いつかのお姉さん」
珍しい来客に振り返った龍彦は驚いて目を丸くする。
「トカゲちゃん!?……と、高橋」
「あ、あはは、どうも」
龍彦は後ろに高橋の姿を見つけると、あからさまにイラっとしたようだった。
「なんだ、平戸さんの行きつけなんですか?」
「いえ、前に一度だけ」
「こんなに席が埋まるなんて初めてだなぁ。さ、どうぞ座ってください」
水島は上機嫌で準備をする。
「ご注文、何にします?」
明らかに期待をした目で水島は注文をとる。
景子と高橋は前の居酒屋で飲んでいたため、ノンアルカクテルを頼むことにした。蒼井は残念がっていたが、一人ノリノリでアルコールを注文する。
「私、オシャレなカクテルがいいです!」
「お、いいねぇ。お姉さんお酒は強い?」
「はい、強烈なやつ意外なら、大抵いけますよ」
「かしこまりました。くぅ!やっとシェイカーの出番が」
水島はウキウキとカクテルの準備をしだすのだった。
「びっくりしたよ。まさか、諒の店に来るなんて」
「新人さんの歓迎会をしてたんです。ほんと、帰りに偶然通りかかって」
「そうなんだ。でもラッキーだったな、トカゲちゃんに会えて」
龍彦は隣に座った景子に嬉しそうに微笑む。その表情に景子もつられて笑う。
「二人は、お知り合いなんですか?」
景子の横に座った蒼井が興味深そうに二人の関係を尋ねる。
「えっと、私がフトアゴヒゲトカゲをお迎えしたお店の店長さんで、朝比龍彦さんです」
「どもー」
たどたどしく説明をする景子の後ろで、龍彦はニヤリと笑い軽く挨拶をする。
「へぇ、なんだか、平戸さんと真逆な印象ですね」
龍彦の容姿をじっくり眺めた後、蒼井は素直な感想を述べた。
「そ?爬虫類が大好きな、似た者同士だよぉ。ね?」
少し酔っていた龍彦は、景子の肩を寄せる。そんな二人の姿を見て、蒼井はまたしても何か察したようで、「ははーん」と楽しそうな顔で呟いた。
「ほい、ご注文のノンアルとマルガリータです」
水島がカクテルをポンと置く。
二人の様子をなるべく見ないように顔を背けていた高橋は、それをすぐにグイッと飲んだ。
「わっ、オシャレなカクテル!私、こういうの初めて飲みます」
「ちょっと強めだから、ゆっくり飲んでね」
「諒、よかったなシェイカー使えて」
「ふ、念願叶ったぜ。危うく振り方忘れるところだったわ」
水島は清々しい笑顔で、目尻には一粒の涙が溜まっていた。
景子達は、それぞれのカクテルを味わう。
「うん、柑橘系で美味しいです」
「よかったね、トカゲちゃん。ほら、ピスタチオもどうぞ」
笑顔の龍彦はまるで自分の店のようにナッツを勧める。
それを見て蒼井は高橋にそっと耳打ちをした。
「ちょっと高橋さん。平戸さん、やっぱりいい人いるじゃないですか!これは頑張らないと」
「いや、僕は別にそういうつもりじゃ。それに、平戸さんの気持ちは……」
口にすると、更に自分が入り込む余地など無いような気がして、高橋は黙ってしまう。
蒼井は呆れた様にため息をつくと、バシっと高橋の背中を叩く。
「始める前から諦めてどうするんです。好きになるのは、悪い事じゃないんですよ?それに、平戸さんは高橋さんの事嫌いじゃないと思いますよ。どんどん押していかないと」
「蒼井さん」
「まずは、連絡先交換!それくらいしてもバチは当たりませんよ」
確かに、蒼井の言う通りなのかもしれない。
高橋は珍しく蒼井の言葉に励まされ、暗い気持ちが少し軽くなったような気がした。




