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トカゲさんの育て方  作者: きぬごま
第一章
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1話 目が笑ってない男

 夏の暑さも少しは影を潜め、朝にはさらりと乾いた風が吹いている。

 会社員の平戸景子(ひらとかげこ)は疲れた表情で電車に揺られる。すし詰め状態の満員電車とまでは行かないが、滅多に座ることは出来ず、今日もつり革にぶら下がる事になった。

 

 元々絵を描く事が好きだった景子は、高校卒業後デザイン系の専門学校に入学。一人で何かを描いたり想像している時間は、現実を忘れられて、景子にとって有意義な時間だった。景子は大人しい性格と少し暗い雰囲気のためか、学生時代ほとんど友人がいなかったのだ。

 22歳の時に書籍や雑誌などのデザインを請け負う会社に就職し、イラストレーターとして働いている。就職を機に、一人暮らしも始めた。

 新生活が始まってからは何もかもが新鮮で、これからどんな人生が始まるのだろうと期待に満ちていた。実際はそんな事を考える暇もなく、日々を仕事と自宅の往復でやり過ごすことになるのだが。運良く好きなことを仕事に出来たという事だけでも幸せだと、景子は自身に言い聞かせ、今も変わらない毎日を送っている。

 

 そんな景子も就職して四年が経った。今の生活にも慣れてきた頃、時折何とも言えない寂しさを感じるようになっていた。

 今まで友人はおろか恋人もいなかったので、休日は誰かと遊ぶこともなく、たまに訪ねてくる母と買い物や食事に出掛けるくらいだった。母は景子とは正反対で明るく社交的な性格で、ほとんど母の世間話を聞いているうちに一日が終わってしまう。

 母との外出は多少の気晴らしにはなったが、それで寂しさが無くなるわけでもなかった。そんな景子の最近の楽しみは、スマホで犬や猫の可愛い動画を見ることだ。


「柴犬、かわいいなぁー」

 一人用の小さなソファーに寝転び、景子はたまらずため息をつく。

「飼いたいけど、こんな生活じゃ柴犬ちゃんが可愛そうだよね」

 一応ペット可の賃貸ではあるが、残業もあり動物を飼うことは難しい状況だ。景子はそんな動物飼いたい欲を、動画を山ほど見ることで満足させていた。


 その日は秋晴れで、外は清々しい空気だった。そんな陽気に誘われて、景子は久しぶりに電車で買い物に出掛ける。世間の流行には無頓着で、服装にこだわりは無いのだが、たまに目的無くショップを見て回るのは嫌いじゃなかった。

 しばらく雑貨屋やアパレルショップを見て回り、どこかで休憩しようかと飲食店を探していると、ふと小さなペットショップが目に入る。


「レプタイルショップりゅうちゃん…何だろ?レプタイルって」

 今まで聞いたこと無い単語だが、入り口の看板に小動物の写真が載っている。きっと可愛らしいハムスターなどが居るものだと思い、景子は店に足を踏み入れた。


「いらっしゃーい」

 店内に入ると同時に機嫌の良さそうな店員の声が響く。ビクッと驚き声がする奥の方を見ると、長身で白髪の男が微笑んでいた。

 男は素早く景子のそばまで駆け寄ってくると、笑顔を崩さないまま話しかける。

「いらっしゃいませー。どんな子をお探しで?最近は女性の方でも、こういうペットが人気なんですよー」

 近くで見ると、色白の男の目にはくっきりとした隈があり、両耳と下唇にはピアスが光っている。笑顔で話しかけてはいるが、三白眼の目は全く笑っておらず、逆に恐怖を演出していた。

 景子は男の風貌に恐怖を覚え、口を開けたまま固まってしまった。

「あらあら、お客さん?大丈夫ですかぁ」

 男は背中を屈めて覗き込む。

「ひゃあ」

「わぁ、すみません驚かせてしまって」

 迫力のある顔が近づき、景子は思わず悲鳴をあげてしまう。驚き、申し訳なさそうに謝る男を見て、景子もすみませんと反射で謝った。


「わ、私、どんなお店かわからずに入っちゃって…す、すみません!」

 ショルダーバッグの紐をぎゅっと握り、おどおどしながら謝る景子を、男はじーっと興味深そうに見つめている。ふむっと納得したように呟くと、男は何かを思い付いたように喋りだした。

「初めての方だね!せっかく来て頂いたんだし、一通り店内を案内しますよ!どうせ他のお客さんも居ないし」

「え?は、はぁ」

 笑顔の怖い男に言われるがまま、景子は店内を案内される事になった。


 ついて回ると、店にいるのは蛇やトカゲ、蛙や亀などの見慣れない生き物ばかり。景子は物珍しさにキョロキョロする。

「ふふ、珍しいでしょ。ここは爬虫類とかを専門に扱ってるペットショップなの」

「爬虫類、ですか」

「そう、犬や猫と違って、毎日遊んであげる必要もないし、最近は一人暮らしでも飼いやすいって人気なんだよ」

「へぇー」

 生き物を見るうちに、少し緊張が解れた様子の景子を見て、男はにっこりと微笑む。


「この子はイエアメガエルで、可愛くて人気のカエルさん。あとこっちはコーンスネークで初心者向けの蛇だね。あとは、あ、この子!ヒョウモントカゲモドキは特に大人気で、爬虫類入門くらいのペットだよ」

 男はすらすらと聞いたこと無い単語を並べる。景子は混乱したが、じっくりとケージを覗き込んで観察する。爬虫類たちの表情には愛嬌があり、意外にも可愛らしかった。

「意外と可愛い顔してるでしょ。他にも色んな生き物いるよー。さ、こっちこっち」

 男は楽しくなってきたようで、早く紹介したくてたまらないといった様子だった。


「この子はヒョウモンリクガメで、あ、こっちはミズオオトカゲ。ちょっと大きくて怖いかもだけど、カッコイイから俺は好きなんだー」

「大きい。噛みついたりしないんですか?」

「んんー、絶対は無いけど、ちゃんとした飼い方をすれば大丈夫だよ。むやみに触れ合う動物じゃないしね」

「そう、なんですね」

 さすがに少し大きすぎて、可愛いとは思えなくなっていたが、景子は生き物たちに興味津々だった。するとふと目に入ったケージに、一際目立つ黄色い体のトカゲがじっと佇んでいた。キレイな色に目が離せずにしばらく見つめていると、男がある提案をする。

 

「この子、フトアゴヒゲトカゲっていうんだ。よかったら、ちょっと触ってみる?」

「えぇ!こ、怖くないですか?噛みついたりしたら…」 

「すごく大人しいから、大丈夫だよ」

 そういうと男はケージの鍵を開けて、40cm以上はあるであろうトカゲをヒョイと取り出して見せた。

 トカゲは本当に大人しく、暴れることもなく男の腕にしがみついている。

 その様子が、恐竜のような見た目とのギャップがあり、景子は何とも可愛らしく思った。


「ほら、腕を出してみて」

 言われた通りに腕を出すと、男はトカゲを景子の腕にそっと乗せる。

「あわわっ」

「大丈夫。じっとしてるから。慣れてきたら、優しく頭や背中を撫でてみて」

 腕に乗ったトカゲは、きゅっと鋭い爪で掴まっているが、痛みはほとんど無かった。

 時々顔を左右に傾け、キョロキョロとしている素振りを見せる。大人しいので、頭を指先でそっと撫でてみると、皮膚はトゲだらけで妙に触り心地が良い。トカゲは撫でられて気持ち良さそうに目をつぶっている。

「ふふ、可愛い…」

 ほとんど無意識にそう呟いていた。

 

「ね!可愛いよねー。イエローハイポトランスってモルフで、とってもキレイな黄色でしょ」

「イエローハイポ……?」

「爬虫類って、色んな色柄があってさ。モルフってのはその種類の事だよ」

「そうなんですね。とてもキレイな色です」

 景子は鮮やかな黄色の体をじっくりと眺める。

「この子、だいたい四ヶ月くらいなんだけど、食欲旺盛で何でも食べるんだ。ベビーは飼うのが大変だけど、この子くらいの大きさなら、初心者でも飼いやすいと思うよ」

「え?私、飼うんですか?」

 いつの間にかフトアゴヒゲトカゲを飼う流れになっており、景子は急に不安になって男に聞き返した。

「へ?飼わないの?」

「えぇ?あ、いやぁ」

 迫力のある目で見つめられて、景子は思わずスッと目をそらす。

 すると男はニヤリと笑い、ここぞとばかりにセールストークを繰り広げた。

 

「ここ、ほとんど常連さんか冷やかしばっかだからさ、お姉さんみたいに初めての方で爬虫類に興味持ってくれる人が貴重なんだよ。この子も結構人気のモルフだけど、今なら特別にお安くするよー。飼育に必要な物品もセットで販売してるし、当日配送もできるから」

「えっと、でも、今まで金魚くらいしか飼ったこと無いし、ちゃんと飼えなかったら可愛そうだし…」

 男の勢いに圧倒される景子だが、自分の不安な気持ちを素直に打ち明ける。それで男が諦めてくれたらと、そんな事を期待していた。

 だがそんな期待はすぐにかき消されてしまう。

「心配ご無用!そんな時のために、最近サポート期間を始めたんだ!何か飼育で困ったことがあったら、24時間チャットで質問受け付けてるから大丈夫。まぁ、お陰で寝不足なんだけどね」

 それでそんなにくっきりと隈が出来ているのかと、景子は放心状態になりながらも納得した。

 

「でも、私なんかに育てられるか」

 その一言に、男は真剣な表情に変わった。

「お姉さんは初めての爬虫類に怯えずに興味を持ってくれて、この子を可愛いって言ってくれた。偏見持たずに生き物に接してくれる、あ姉さんならきっと大事にこの子を育てれるって、俺は思うんだよね。それにほら、その子、ずっとお姉さんの事見てるよ」

 あまりに動かなさすぎて腕に居ることを忘れていたトカゲを見て、男は吹き出す。

 

「あぁ!忘れてた。あの、そろそろ降ろしてあげなきゃ」

 景子は腕を動かせないままオロオロする。

「大丈夫だよ。でも、はい。そろそろ戻ろうな」

 男はスッとトカゲを持ち上げると、一旦もとのケージに戻した。

 ケージに戻ってからもトカゲは景子の方に寄って、じっと見上げている。その表情は凛々しいような間抜けなような、何とも言えない顔だった。そんなトカゲの様子に妙な魅力を感じた景子は、ある決心をする。

「本当に、いつでも相談していいんですか?」

 景子の言葉に男はニッコリ笑い、もちろんと気持ち良く答えた。


「じゃあ、後で書類も渡すけど、軽く飼育の説明するね。フトアゴヒゲトカゲは寒さに弱いから、ケージ内は23~25度になるようにしてね。あと温度差をつけるためにもバスキングライトを必ずつけること。これは夜には切れるようにタイマーしてれば大丈夫だから。あと、エサだけど、この子は人工餌も食べるから、昆虫は無理してあげなくても大丈夫。大人になるにつれて野菜を食べるようになるから、カルシウムパウダーをまぶして与えるといいよ」

 聞きなれない単語の説明に、景子は混乱しながらも一生懸命聞いていた。

 そんな様子を見て、男は安心させるように声をかける。

「いきなり色んな事言ってごめんね。わからなければいつでも連絡してくれて構わないから。不安にならなくていいよ」

「あ、はい!大丈夫です。でも教えてくれると助かります」

「もちろんだよ!あ、それじゃ、契約書にサインお願いしますね」


 景子は書類に住所や名前を書いて渡すと、それを見て男はプッと吹き出した。

「あ、あの、何かおかしいとこありましたか?」

 書き間違いだろうかと、景子は心配そうに男に尋ねる。

「ごめん、ごめん。いやぁ、だってキミの名前、トカゲが入ってるから」

 男は笑いながら名前を指差し、景子もその意味にやっと気がついた。

「あ、本当だ」

「今まで言われたこと無かったの?」

「はぁ、特には」

 景子は今まで親しい人もいなかったので、名前の事など何も言われたことがなかった。

「ふふ、そっか。じゃあトカゲちゃんだね。この店にピッタリだよ。これはもう運命だね」

「トカゲちゃん…」

 初めてあだ名をつけられて、景子は恥ずかしいような、少し嬉しいような変な気分だった。

「それじゃあトカゲちゃん、お買い上げ、ありがとうございます!あ、ちなみに俺は店長の朝比龍彦(あさひたつひこ)、気軽にタツって呼んで。今後とも、ご贔屓にお願いしますね」

龍彦はそう言うと、目を細めてニッコリ微笑む。隣にはプラケースに入ったフトアゴヒゲトカゲが、間抜けな顔で首を傾げていた。 

 

 

  

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] また一風変わった女子と、癖のある男が出てきましたね(笑)この二人をどう繋げていくのか、期待してます。 [一言] え?きぬごまさんトカゲとか飼ってるの?ってくらい詳しい描写が考察として調べた…
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