初体験
俺はもう一度転送盤に乗って2度『はい』をタッチする。目の前の景色が揺らいで、次の瞬間俺たちはどこかの広い洞窟の中にいた。
洞窟は見た感じだと直径が30メートル位の円形になっている。周囲は全て壁で通路らしきものは見えない。島のダンジョンボスとの戦闘フィールドと似ている。違うのはこちらの方が広いこと。そして中央に巨大なボス、シロクマが1体いたということだけど、ボスは俺たちを見つけるといきなりこちらに向かってきた。どしどしと音を立てて襲ってくる。ど迫力だ。
「うぉっ」
これは予想外。最初からPOPしていていきなり戦闘だ。タロウ、リンネ、クルミ、そして俺がすぐに壁際から離れる。タロウがジャンプして蹴りを入れてボスのタゲを取った。その間に蝉を唱える。同時にリンネとクルミから魔法が飛んでくる。
蝉を張った俺は、転移の腕輪で逃げようとするとAIのミントの声がした。
(ここは特殊エリア扱いとなり、転移の腕輪は使えません)
なんだと!
これはまずい。今までダンジョンボスやエリアボス戦で使っていなかったから知らなかった。どこでも使えるものだと思ってたよ。
(ボスのレベルは?)
(はい。このエリアボスのレベルは上級レベル130です)
うへ、俺より31も上じゃないか。
となると倒すか死ぬしかないってことだ。
横からクマに刀を振ると数度振っただけでタゲがタロウからこっちに向いた。
本来最大25名で挑戦するボス戦に俺と従魔3体で挑戦して勝てる訳がない。ボスのシロクマは体長7、8メートルはあるだろう。異様に素早い上に四つ足の爪が長い。
立ち上がって前足を振り回してくる度に蝉が剥がされる。ボスだけあって図体がでかい癖に素早く動くし、一撃は強烈だ。
ボスが通常攻撃、殴りをしてくるだけで蝉が剥がされてリキャストが間に合わなくなった。となると逃げ回るしかないが、ボスの方が足が速いんだよ。
「タロウ、王者の威圧はいらないからな。皆逃げ回るんだ」
「ガウ」
「リンネは魔法が撃てるのなら火の魔法を撃ってくれ」
「はいなのです」
王者の威圧を使ってもこの人数じゃ勝てない。ボスのタゲを持っている俺は洞窟の中を逃げ回ったけど結局蝉を張れないまま背後から4回、前足の攻撃を受けたところで死亡してしまった。PWLで死んだのは初めてだよ。聞いたことがあるがこれは気持ち悪いな。本当は生きてるのにゲームでは死んでしまったという妙な感覚だよ。
浮遊感のあと、目の前の景色が変わって俺たちは自宅の庭にいた。俺の周りにはタロウ、リンネ、そしてクルミがいる。一見普通だが端末をみると体力がほとんどない状態だ。
(これが衰弱状態なの?)
(その通りです。体力が0になったので最後にログアウトをした場所に飛ばされました)
(衰弱状態はどれくらい続くの?)
(現実時間で1時間です)
(従魔も同じ?)
(同じです、今回はタクの体力がゼロになったので従魔は24時間ではなくタクと同じ1時間の衰弱となります)
テイムしている従魔の体力がゼロになると24時間復帰できないだっけ?今回はそうじゃないから1時間ってことか。要は俺が0になって彼らは巻き込まれたという事なんだろうか。
(ランドトータスの指輪で体力は戻る?)
(衰弱中では効果がありません)
一応聞いてみたけどそうだと思ったよ。そこは公平なんだよな。衰弱状態と言っても体力が限りなく0に近いだけでそれ以外は普通だよ。公平という意味では転移の腕輪が使えないのもよく考えれば当然というか当たり前だよな。どこでも使えるものだと思い込んでいたよ。
縁側に座ると従魔達が寄ってきた。元気なのはランとリーファだけだ。2体の妖精が俺の両肩に止まる。
「タロウ、リンネ、クルミ。済まんな。俺が死んじゃったよ」
「ガウゥ」
タロウは尻尾を下げたまま俺の横でゴロンとなった。クルミがそのタロウの上に乗った。従魔達が落ち込んでいるのは衰弱というよりも負けたショックだな。
「負けちゃったのです」
「負けちゃったな。相手が強かったよ」
そばにいるリンネを抱えると膝の上に乗せると、端末を手に取ってクラリアを呼びだした。
「自宅に戻ってるんだね」
「そうなんだけどいきなり戦闘になってやられてしまったよ」
俺がそう言うと端末の向こうでえっ!という声がして、ちょっと待ってと通話口を押さえる音がした。しばらくしてからクラリアの声がする。
「今衰弱状態よね?」
「その通り。でも打ち合わせはできるよ」
「じゃあ今から小屋にいる10名でタクの自宅に行ってもいい?」
「もちろん」
彼らのパーティはどちらも転移の腕輪を持っている。通話を切ってから10分程して庭に10名のプレイヤーが入ってきた。
「やあ」
縁側に座ったまま片手を上げた。マリアはタロウちゃん大丈夫?と撫でながら聞いている。
「初めてかい?衰弱状態は」
スタンリーが言った。彼は数度経験しているそうだ。
「初めてだよ。倒れる瞬間は気持ちがいいもんじゃないね」
「慣れないよな。言いようのない感じなんだよ」
数名が死に戻りの経験があるそうでそんな話をしている。
彼らも転移の腕輪が特殊エリアでは使えない事を知らなかった様だ。
「考えたら転移の腕輪が使えないのももっともだよな」
「運営は不公平感をなくしているのね」
何事も経験だよ。こうして1つ1つ理解していくしかない。というかそれくらい早く気がつけよって話だよな。
自宅の中で適当に座ってもらって、ボス戦の話をする。飛んだ先の洞窟にはすでにボスがいて俺たち見て突進してきたこと。ボスはでかいシロクマで爪が長く素早い動きをする。洞窟は直径が30メートルほどの円になっていて中に段差はないし、奥に続く通路も見えなかったという説明をした。
「今までのエリアボスやダンジョンのボスは近づくまで動かなかった。ここのエリアボスはそうじゃなくて飛ばされたらボスが俺たちを認識するってことだな」
トミーが俺の言葉を確認する様に言った。
「その通り。飛んだと思ったらこちらに向かってきたよ」
「奥に行く通路がなかったということは倒したら転送盤が出るってことなんでしょうね」
「そうなるだろうな」
「ボスのレベルは130だそうだ」
高いなという声があちこちからする。今までは25程度上だったのが31上になっているからな。
「レベル差が31以上になっているが、こっちも神魂石で強化しているから実質99よりは上だろう。それを見越して130にしているんじゃないかな」
「なるほどね」
トミーの言葉に納得したよ。
「それにしても直接ボスとのエリアに飛ぶ事は予想できたが、そこに既にボスがいて俺たちを待ってすぐに攻撃してくるのは想像外だったよ」
「確かにそうだよな。普通ならじっと待っているか、或いは2分後、3分後にボスがPOPしますとか言うアナウンスがあってその間に強化をして陣形を整える時間があるんだが、ここのボス戦ではそれが無いってことだ」
皆が言い合っている。俺もまさかそこで待ってるなんて思ってもいなかったよ。
「パラディンの盾はボスの攻撃に耐えられそうかな?」
スタンリーが聞いてきた。
「どうだろう。耐えられると思うけど、安全を見たらランドトータスの靴を装備してる方がいいよね」
「なるほど。ダンジョンボスのドロップの靴があれば少しは楽になるわね」
「当然ながらあっという間にやられてしまったので前足による攻撃しか確認できていない。他にもあると思うよ」
「エリアボスだからな。通常攻撃と特殊攻撃、そして狂騒状態での攻撃、これらは必ずあるだろう」
「タロウ、リンネ、クルミ。気がついた事はあるかな?」
俺が隣でゴロンと横になっているタロウを撫でながら聞いた。
「ガウガウ」
とタロウが吠え、クルミがタロウの上で小さくジャンプした。
「クルミは白いクマさんが大きくてびっくりしたと言っているのです」
クルミから見たらそうなるわな。
「タロウは自分の方が足が早いと言っているのです」
確かに競争したらタロウの方が速いだろう。
「リンネの火の魔法はちゃんと命中していたのです」
レジストされていなかったということだな。俺は逃げ回っていたからよく見ていないんだよ。
「リンネちゃんの魔法がレジスト無しだってことは精霊魔法の通りが良いのかもしれない」
シロクマだから火の魔法を撃てと言った俺だが、これも弱点魔法は調べていない。
「まだまだ不明な部分はあるが、タクが一度対戦してくれたおかげで準備の仕方については認識ができたよ」
スタンリーが言うと周りもその通りだと言ってくれた。死んでしまったけど皆の助けになってよかった。
皆と話をしている間に1時間が過ぎた様で体力が回復してきた。
「元気になって復活したのです」
従魔達も体力が戻ってきたのだろう。ランとリーファと一緒に庭で遊び出したよ。
「いずれにしても森の中の小屋でしっかりと準備をしてから転移だな。向こうでは準備する時間がないと思った方が良いだろう」
「スタンリーの言う通りだよ。飛んだと思ったらこっちに向かってくる。そんなイメージだ」
ボス戦は25名で時間無制限だ。情報クランと攻略クランは一度自分たちのクランオフィスに戻ってから皆の予定を調整するという。それぞれのクランから2パーティ、それに俺たち全員が揃う日を決めてボスに挑戦することになった。
「ボス戦の前にパラディン全員がランドトータスの靴を装備できる様にしたいのよ。ダンジョンボス戦を先にやるのでエリアボスへの再挑戦はその後でもいい?」
俺たちが死に戻りした翌日、クラリアから連絡が来た。もちろんこっちに異存はないのでOKしたよ。
それから数日後、情報クラン、攻略クランともダンジョンボスを討伐して無事に靴を手に入れたとの連絡があり、俺たちがボスに再挑戦するのはそれから2日後になった。




