特別イベント
次の日の午前中、畑仕事が終わって自宅の工房で焼き物を作っていると端末に連絡がきた。見ると運営からだ。俺は工房から出ると縁側に腰を下ろして端末を見る。俺の動きを見ていた従魔達が庭で遊び出したよ。
ー キャンペーンの最後の3日間、特別イベントを開催します ー
そんなタイトルのメッセージになっていて、開いてみると特別イベントの詳細が書いてある。
・キャンペーン終了時間の72時間前になると、始まりの街を出たところに新たにゲートが現れます。それを潜るとイベント特別エリアにワープします。
・特別エリアでプレイヤーさんがすることは、ズバリ『宝箱探し』です。
・フィールドのあちこちに30センチx50センチ、高さ30センチほどの大きさの宝箱がありますので、近づいて端末をかざしてください。中に入っているものを手にすることができます。
・宝箱は端末をかざすとなくなりますが、その瞬間に別の場所に宝箱が現れます。フィールド内の宝箱の総数が減ることはありません。
・特別エリアの中のどこに飛ぶのかはランダムです。飛んだ際に端末には『帰還石』というものがアイテムリストに載りますので、それを使うと始まりの場所の門の外に帰還できることができます。この帰還石は特別エリアに入る度に端末に支給されますので、何度でも出入りが可能となります。
・宝箱は全部、もしくは一部が見える状態で配置されます。従い、土の中を掘ったり岩を削ったりする必要はありません。
・気になる宝箱の中身についてはプレイヤーご自身で確かめてください。
・特別エリアには魔獣はいませんのでレベルに関係なくエリア内を自由に移動することができます。
・特別エリアでは足が速くなる魔法やアイテムは効果がありません。また従魔を連れて入ることは可能ですが、従魔に乗っての移動はできません。従魔の能力は無効になります。
特別イベントは宝探しなんだ。始まりの街ということはレベル1でも参加できる様にしているんだな。何が入っているのか分からないんだ。そしてタロウに乗って移動ができないってことだ。これは理解できるぞ。魔法やタロウを使うのはフェアじゃないからな。モグラをテイムしていても地面を掘れないってことだろうな。
こう言うイベントは個人的に大賛成だ。戦闘が好きじゃないプレイヤーもいるだろうし。何度も出入りできるのもいい。時間がある時に少しだけ挑戦と言うのもできる。
宝箱の中身にももちろん興味はあるけど、戦闘がなくフィールドを歩きまわるのも楽しそうだ。プレイヤーの数が3万以上いるゲームで常時どれくらいの人数のプレイヤーが宝探しのフィールドにいることを想定しているのかは分からないけど、かなり広いフィールドを用意している気がする。その中には草原だけじゃなく、川や山などもあるんだろうな。想像するだけでワクワクしてくるよ。
「主、お手紙は読み終わったのです?」
顔を上げるとリンネが近づいてきた。
「うん。なんか宝探しのイベントがあるみたいだよ」
俺が言うと近くにいたリンネやタロウがブンブンと尻尾を振る。クルミはよく分かってないだろうがそれでも尻尾を振ってるよ。
「主、早速参るのです」
今にも行かんばかりのリンネだよ。
「いやいや、行くけどまだ始まってないんだ。もう少ししたら宝探しができますよ。という案内だよ」
「分かったのです。行ける様にまで待つのです」
「そうだな」
そうは言ったものの、この文面を見る限り従魔達の能力は発揮できない様にしているんだよな。従魔がいるプレイヤーが有利にならない様にしていると考えるとそういう結論になる。でもタロウ、リンネ、クルミと一緒にフィールドを散歩するのは楽しそうだ。
この宝探しの案内は話題になっているのだと次の日のNM戦の前に情報クランのメンバーが教えてくれた。プレイヤーの強さに関係なく、皆が平等にチャンスがあるからだと言うが、俺もそう思う。
この日もNM戦をやって勝利したが俺が欲しい上忍のHQの防具は出なかった。2つのクランの合同でやった午前中も出なかったそうだ。すんなり行くとは思っていないので気にはしていない。大勢で強い敵を倒すのは普段できない事なので楽しいしね。
戦利品の分配が終わると今朝のアナウンスの話になった。
「特別イベントは戦闘じゃなくて宝探しだったのね」
「でも戦闘なら第1陣が圧倒的に有利でしょ?始まりの街のエリアでの宝探しならレベルは関係ないわよね。魔獣もいないって話だし」
「面白そうじゃないか」
「どんなアイテムがあるかな。掘り出し物とかありそうだよな」
「神魂石とか印章とか」
皆思い思いに言っている。
「同時に何人位入る設定にしているんだろうか」
「1万人程入る可能性もあるかもよ」
情報クランは常にゲームインしている人数を把握している。これは端末から誰でも見ることができる。彼らはそれを記録に取っているんだよな。
「登録が約35,000人。その中でログインしている人達の平均が16〜18,000人。夜にピークが来てこの数字。土日は瞬間的に2万越える日もあるの」
クラリアが言うとその後に続いてトミーが言った。
「今朝の運営の通達が出てからクランの中で話をしたんだけど、ピークで1万人程度は同時に宝探しのフィールドに入れる前提になっているんじゃないかという見方だよ」
この読みは難しいよな。キャンペーン期間は獲得経験値が増える。なので第2、第3陣でこのゲームにやってきた人たちはこのチャンスにレベルを上げたいだろう。でももちろん全ての人がレベル上げばかりする訳じゃない。俺みたいにのんびりやりたい人なら宝探しに没頭するかもしれない。金策目当ての人もいるだろう。どっちにしても宝探しのフィールとというかエリは相当広そうだ。でないと人で溢れちゃうよ。
「ログインしている人の半分も行かないと思うのよ。でも一応安全を見て1万くらいかなというのが私たちの見方」
ちなみにここにいるメンバーはほとんどがクランの活動が終わってからとか、活動の前に行くつもりだという。
「タクはどうするんだ?」
トミーが俺に顔を向けて言った。
「俺ももちろん宝探しをするつもり。NM戦や釣り、合成の合間に行こうと思ってる。帰還石ですぐに帰れるという手軽さもあるし」
「極端な話さ、飛んだ先が気に入らなかったら一旦出てまた入るってこともできるよね」
人が多い場所とか、草原じゃなくて山とか森を希望する人はそういう事をやるかもしれないと言う話だけど、逆に言えば飛ぶ先がランダムだと言う事は宝箱の中身もランダムなので場所は関係ないんじゃないかとも言える。これは実際エリアに入らないと分からないよな。
その後はやっぱり宝箱から何が出るのだろうという話になる。ポーションから始まって神魂石くらいまでは出るだろう、いやアイテムじゃなくて装備関係も出るんじゃないか?とか。
「とんでもないのが出たりしてね」
「宝探しだからな。何が出てもおかしくないよ」
宝探しというだけでワクワクするね。
また明日の午後によろしくと言って彼らと別れた俺は折角港の街にいるので外に出て経験値を稼ぐことにする。外で敵を倒すと聞いて従魔達は大喜びだ。本当に戦闘が大好きなんだよな。
タロウに乗って港の北方面に向かった俺たちは82とか83の獣人やクマを相手に経験値を稼いだ。レベルは上がらなかったけど81はそう遠くない気がする。明日くらいかも。
「明日も片っ端からぶっ倒してやるのです」
自宅に戻ってきて縁側に座っている俺の膝の上に乗ってそう息巻いているリンネ。タロウとクルミも尻尾を振りまくっている。
「明日も頑張るぞ」
「はいなのです。頑張るぞ、なのです」