神獣カーバンクル
まだログアウトまで時間が少しある。せっかくクルミが誕生したのだからその能力は確認したい。俺はタロウ、リンネ、クルミを呼んだ。3体とも呼ばれたらこっちに駆けてくるんだよな。リンネの後ろを走ってくるクルミ、可愛いぞ。
「これからクルミを連れて外に出るぞ」
「ガウガウ」
「敵をぶっ倒すのです?」
「そうだ。クルミが何をできるかを確認するんだ」
「分かったのです。早速参るのです」
クルミは言葉を離さないが尻尾をブンブンと振っているのでこっちの言葉は理解しているんだろう。それが証拠に俺が話終わるとすぐに左の肩に飛び乗ってきた。リンネは頭の上だ。
どうせならと港の街の別宅に飛んでそこから草原に出てみた。プレイヤーはちらほらと見えるが混雑はしていない。俺たちはタロウに乗って街から少し離れたところまで移動する。
リンネが強化魔法をかけてくれる。俺は空蝉の術を唱えて草原を歩き出した。すぐに視界にヤシガニが入ってきた。
俺が両腰から刀を抜いたタイミングでクルミが肩から飛び降りると身体を震わせた。すると俺の前の景色が揺れてうっすらと透明な壁が現れた。
「これはクルミがやったのかい?」
「クルミのお仕事なのです」
リンネそう言うとクルミが尻尾を振って応えてくる。壁の様にの見えるが何だろう。そう考えているとヤシガニが目の前にやってきた。レベルは71だ。
戦闘が始まるとAIのミントが教えてくれて全てを理解した。クルミが出したのは魔法壁、反射壁だ。物理、魔法のいずれも受けるであろうダメージの10%を攻撃側に反射してダメージを与えるというものだ。これはすごいぞ。
AIのミントによるとクルミが成長すれば反射できる割合が増えるそうだ。これまたすごい能力だよ。それにひょっとしたら成長したらタロウやリンネと同じ様に新しい能力を身につけるかもしれない。
草原でヤシガニ2体、オオトカゲ1体を相手にしたがクルミの作った壁は相手を討伐するまで有効だった。時間にすると10分程か。効果時間は検証が必要だろう。リキャストについても調べないと。2体目と3体目の戦闘が連続したが、クルミは壁を張り直していたので5分以内であるのは間違いない。
草原で3体倒して自宅に戻ってきた俺たち。クルミの能力については追々現場で確認していけばいいだろう。いずれにしてもソロで動くのが多い俺には頼りになる新しい相棒だ。
自宅に戻ると肩に乗っていたクルミの背中を撫でてやる。
「クルミ、よくやったぞ」
尻尾をブンブンと振って喜びを表現すると肩から飛び降り、そのまま走って精霊の木に登っていった。どうやらあの場所がお気に入りの様だ。クルミが肩から降りると入れ替わりにランとリーファが俺の両肩に座った。
「クルミは主のために頑張ったと言っているのです」
「リンネはクルミの言葉が分かるんだよな」
「もちろんなのです。九尾狐は優秀な種族なのです」
そう言うと頭の上から俺の膝の上に移動してきた。しっかりと撫でてやるよ。
「タロウとリンネもレベルが上がって強くなってたな」
隣で身体を押し付けてきたタロウもしっかりと撫でてやる。
「主が一番強いのです」
「ガウ」
「そうか。ありがとう」
ランドトータスから手に入れた卵が孵化したという連絡を入れていたので次の日の夕方、この日の活動を終えたいつもの4人が自宅にやってきた。
「いらっしゃいませなのです」
4人を見つけたリンネが俺の頭の上から挨拶をする。マリアは例によってタロウに一目散に駆け寄っていった。他の3人は俺の左の肩に乗っているカーバンクルに目をやった。
「それがカーバンクルね」
「クルミという名前を付けた。クルミ、挨拶できるかい?」
俺の肩の上で立ち上がって尻尾を左右にブンブン振るクルミ。
「初めましてと言っているのです」
「リンネちゃんはクルミの言葉が分かるのね」
「当然なのです」
多分ドヤ顔になっているだろう。でもそのおかげで意思疎通ができているので大助かりだ。
それからクルミ、カーバンクルの能力について分かっていることを4人に報告する。タロウを撫で回していたマリアも今は縁側に座って俺の話を聞いている。
「敵の物理、魔法攻撃のダメージの1割をその相手に反射する。これはすごい能力だな。盾代わりになるんじゃないか?」
スタンリーが言った。
「まだレベル70程度の敵しか相手をしていない。格上になった時にどうなるのか、魔法も本当に1割を相手に反射してダメージを与えるのか、ここはもう少し時間をかけて検証する必要があるよ」
「謎の卵からカーバンクルが生まれたってことは情報として公開するね。いずれタクがクルミちゃんを連れて外を歩けば分かることだから。ただその能力については開示しない。これはタロウちゃんやリンネちゃんも同じなの。強い従魔達だってことは皆知ってるけど具体的なスキルについてはよく知らないから」
クラリアがそう言った。俺もそれで良いと思う。従魔のスカーフの事も聞かれたけど、AIが神獣のランドトータスの加護を受けているから不要だそうだという話をすると驚いていた。
「その話を聞くだけでも新しい従魔が相当強いというのがわかるな」
こっちの話が終わると彼らが島の攻略状況を教えてくれる。海辺の小屋には辿り着いていて、次の探索で洞窟まで行けるだろう、そう言っている。
「それと島の中で聞き回ったら複数のNPCから島のヌシの話が出たの。ただ同時にプレイヤーさんが確認してくれたので安心したとも言ってるの」
「運営は複数のルートを用意していたのが確認できた」
そうだろうな。でないとピンポイントすぎるよ。彼らは島の北側を進んでいる過程でレベルが72に上がっている、それならダンジョンの入り口にいる75のヤシガニはそう難しくないだろう。俺よりも奥に進んでいけそうだよ。
港の街の西側のエリアは広い。そして島にはダンジョンがある。いろいろと探索すべきば場所が多い。攻略のルートなんてのはない、プレイヤーが好きに判断して行きたい場所に行けばいい。この自由度の高さもPWLの売りだよな。
クリアしたエリアでも楽しめる要素がある。その1つが印章NM戦だ。彼らがダンジョンに到達して探索が落ち着いた段階で80枚に再挑戦することになった。
「新しい従魔が増えたのでタクのチームは4人になるわね」
「いやいや、マリア。その前にクルミの能力の確認が必要だろう?」
俺はそう言ったが4人はゲーム的にここで手に入る魔獣のレベルと能力が低いはずがないと言っている。
「実際レベル71のカニの攻撃の10%を反射しているんだろう?それだけでも十分に戦力になるぞ。クルミとタクで十分に盾になる」
スタンリーがその理由を説明した。言われてみればそうかもしれない。とは言ってもクルミはまだ戦闘経験が少ない。彼らが島の北側を攻略している間、こっちは3体の従魔達との連携を高めておこう。
翌日、畑の見回りを終えると自宅から港の街の別宅に飛んで、そのまま港の街の中を外に出る門までブラブラと歩く。タロウが隣を歩き、頭の上ににはリンネ、肩にはクルミが座っている。市内もすっかりプレイヤーの数が増えた。彼らの中ではタロウとリンネは有名だが、俺が肩の上に新しい従魔を乗せているのに気がつくと話をしてる声が聞こえてくる。
「えっ、あれ何?タロウちゃんとリンネちゃん以外に従魔がいる」
「えっ、どれ?嘘、リス?」
いずれバレるだろうけどこうやって言われるのは恥ずかしい。誰かの声が聞こえてきた。
「カーバンクルだぜ、あれ」
「本当だ。カーバンクルだ。どこで手に入れたんだろう?」
そのまま通りを歩いていると向こうから歩いてくる5人の男性プレイヤーとすれ違う時に彼らが直接聞いてきた。
「こんにちは」
「こんにちはなのです」
俺の代わりにリンネが挨拶してくれたよ。
「ちょっと教えて欲しいんだけど、タクの肩に乗っているのってカーバンクルだよな?」
パーティの先頭にいたリーダー格の男性プレイヤーが聞いてきた。
「そうだよ。新しい従魔。名前はクルミだよ」
「どこで手に入れたんだい?」
「そのうちに情報クランが公開するので今は詳しいことは言えないけど、たまたま俺が一番最初に新しい場所を見つけてね、そのお礼なんだよ」
俺が言うと、なるほどと言う声と、いいなぁという声がする。立ち止まって話をしている周りでも聞いているプレイヤーがいて彼らは情報クランから新しい情報が出たら買おうぜ、なんて話をしているのが聞こえてきた。
「主はいつも一番なのです」
「ガウガウ」
リンネとタロウがどうだと言わんばかりの口調だ。
「そのカーバンクルは話ができるのかい?」
「いや、できないがリンネが理解してくれるんでね、意思の疎通はできてるよ」
「そうなんだ。いや、ありがとう」
「どういたしましてなのです」
情報クランは今日か明日にはダンジョンの中に入るだろう。となると数日以内に情報が公開されれば皆が知ることになるだろうし、コソコソする必要もない。それよりもクルミの能力をしっかりと把握しないとね。




