港の街の釣りギルド
翌日から俺たちは港の街の島側で経験値を稼ぐことにした。港から船に乗って島に移動する間、タロウとリンネは大興奮だよ。2体とも船が大好きだからな。
島に降りてそのまま北門から外に出た。
予想通りこちら側にはライバルがほとんどいない。ライバルがいないから接敵する回数は増えるが、タロウとリンネにとっては戦闘が増えるのは問題ない。嬉々としてオオトカゲやヤシガニを相手にする。初めてヤシガニの魔獣に遭遇したけど確かにでかい、そして固い。ただカニは魔法の通りが良いみたいでリンネの雷の精霊魔法が魔獣の体力をごっそりと削ってくれる。
森の中なので、魔獣が木々の向こうから現れるんだけど事前に気配を察知してくれるので全く慌てない。俺自身も装備のおかげでそれなりにダメージが通る。
午後から夕方まで多数の敵を倒して経験値を稼いだ。そうそう、このエリアの敵を倒しても神魂石が出た。これはまたどこかで石を使う場面がありそうだ。色は茶色だったけど。
次の日も同じ様に午後から船に乗って島に渡り、北門の外でトカゲやカニを相手にしているとレベルが61に上がった。
「やったー!なのです」
「ガウ!」
タロウやリンネも大喜びだよ。もちろん俺も同じだ。レベルが上がると森の奥に進める。森の中を進んで、レベル64の敵を相手に鍛錬を続けて夕刻に自宅に戻ってきた。自宅に戻ってから気がついた。マシューさんに教えてもらった島の中にあるレストランに行くのを忘れてたよ。明日行こう。
自宅で留守番をしていたランとリーファを両肩に乗せてクールダウンしているといつもの4人が庭から入ってきた。
「いらっしゃいませなのです」
「ガウガウ」
マリアを見つけたタロウが尻尾を振っている。当然彼女もまずはタロウのところに行ってわしゃわしゃと身体を撫で回し始めた。
「久しぶりだね」
「確かに。最近はソロでやってるのかい?」
縁側に座った4人の前にお茶を4人の前に置いたところでスタンリーが聞いてきた。
「もっぱら島地区の北門を出た森の中でトカゲやカニを倒しているよ」
「あっちでやってるのか」
トミーが言った。クラリアはレベル61になったのね。と言った。フレンドリストを見れば分かるからな。
「あっちは森の中ということもあってプレイヤーがいないんだよ。ライバルがいないから結構な頻度で接敵しているよ。おかげでかなり経験値を稼げて61になったよ」
「カニは固いだろう?」
「固いけど魔法の通りがいいね」
俺が言うと彼らもその理解なのでカニに遭遇すると魔法メインで倒しているそうだ。
「神魂石は出たか?」
トミーが聞いてきた。
「出た。まだ使う機会があるってことだよな」
そう答えると4人がその通りだと思うと言った。彼らは陸側の北門から出て西側の草原で経験値稼ぎをしているらしい。レベルは今63でもうすぐ64になるんじゃないかと言う話をしている。彼らはレベルが高いので草原の先で戦闘をしている、そこにはまだライバルが来ていないのでいいそうだ。
「タクが島でやっているのは正解だろう。陸側の門を出たところはプレイヤーが多い。島に出向いたパーティもいた様だが、森で見通しが悪いと結局戻ってきている」
少しでも安全にやるのなら陸側の草原だろう。こっちのレベルが60で、63のトカゲやカニは正直簡単じゃないしな。65になるまではそうやって街の周辺で経験値を稼ぐしか方法はないみたいだ。情報クランは海の中に魔獣がいるかどうか探っているらしいが今のところいるともいないとも言われてないらしい。色んな可能性を考えて調査しているんだな。
俺が島の忍具店で売っている刀や装束の値段の話をすると、武器屋や防具屋で売っている65装備も同じ様に高くなっているらしい。
「私たちも確認したのよ。店の人が言ってたわ。6段階強化した今の装備よりも売っている65装備の方が強いって」
売っている武器や防具は森小屋で売っていたのと同じで力(STR)が上がるのや素早さ(AGI)が上がるのがあり、パラディン向けにVIT(生命力)が上がるのや、ハンターや盗賊向けにDEX(器用)が上がる装備もあるらしい。クラリアによると盗賊はAGIを上げるのが普通だが、DEXを上げると不意打ちのダメージが増えることが分かっているので悩んでいるという。ちなみに彼女は今の装備では緑色(AGI)を6段階強化したそうだ。
「悩ましいところなのよね。パーティならリックが盾でガッチリとタゲをとってくれるからAGIをそこまで上げなくてもいいんだろうけどね。でも盗賊の素早さはジョブの中で一番でしょ?突き詰めようかな、なんて思ってるのよ」
上忍もAGIは高いがそれでもAIGを極めた盗賊には劣る。俺がバンダナを6段階強化し、素早さの腕輪HQ、そして刀1本が素早さを6段階上げているがこれでも短剣と防具をAGIに全振りしている盗賊には敵わない。2本の刀、装束、全てをAGIに振っとしたらどうだろう。それでも盗賊には勝てるかどうか。それほどに盗賊のジョブ特性のAGIは高い。
そんな盗賊だからAGIを極めたいというクラリアの気持ちも分かる。と同時に不意打ちのダメージアップは戦闘ではでかい。彼女はジョブ帽子を持っているから2分ごとに不意打ちが撃てる。
「クラリアには金を貯めて2セット買って使い分けたらいいんじゃないかって言ってるんだよ」
トミーが言ったがそれもありだよな。TPOで使い分ける。俺の上忍の65装備もAGI系とSTR系の2セット揃えるのもありかもしれないぞ。お金はかかるけど農業やバザールのおかげで所持金が多いので買えないことはない。65になるのはもうちょっと先だ。おいおい考えよう。
こうやって色々悩むことでプレイヤーの個性が出るのがこのゲームの面白くて良いところだよ。テンプレ装備が決まっていて、それ以外は持つな、持ってない奴は来るなという風潮が全くない。
陸側の街の外は今のところ草原が続いているが、西側も北側も広い草原の先には森が見えているそうだ。森の先には雪を被っている山があるのでエリア全体が大きな盆地になっていると予想しているらしい。
「まずはレベルを65に上げる。本格的なエリアの探索はそれからだよ」
「どこかにセーフゾーンもあるはず。そこを見つけるのが当面の目標なの」
陸側の方が広い、そちら側に次の街があるだろう。俺達が行っている島の北側は言ってみれば混雑回避の狩場の位置付けかもしれない。でもこっちはそれで問題ない。レベルを上げるのに狩場の場所のこだわりはないが、忍具店は島にある。そういうことで俺にとっては島がメインだよ。
彼らが自宅に来た翌日、午後から島に繰り出して森の中にいる魔獣を倒した俺達。この日レベルは上がらなかったが次かその次には上がりそうだよ。
夕刻に島の街に戻ってタロウとリンネを連れて島の中にあるレストランに顔を出した。マーフィーさんが言っていたレストランだ。メインの通りじゃないけど、それなりに広い通りにお店があった。ウッドデッキを見て安心したよ。
店の名前は『ブルーオーシャン』ウッドデッキに上がると人族の女性のNPCの給仕さんがやってきた。タロウはウッドデッキで横になっていてリンネは俺の膝の上だ。
「こんにちはなのです」
「ガウガウ」
「こんにちは。陸側にあるマールというレストランのマーフィーさんからこの店の紹介を受けたんだよ」
「そうなんですか。じゃあオーナーを呼んできますね」
一旦奥に引っ込んだ給仕さんに代わって人族のコックさんがやってきた。
「いらっしゃい。マーフィーからこの店のことを聞いたんだって?俺はこの店のオーナー兼コックをやってるレスリー。マーフィーとは実家が近くてな、ガキの頃から一緒に遊んだ仲なんだよ」
「そうなんですか」
レスリーさんが魚貝類のパスタがお勧めだと言うのでそれとシーフードサラダを注文する。しばらくして給仕さんが料理を運んできてくれたが、これが本当に美味いんだよ。やっぱり魚は海だよな。シーフードサラダも絶品だった。
俺が食べ終わったタイミングでレスリーさんがテーブルにやってきた。
「どうだった?美味いだろう」
「いやもう絶品でした。すごく美味しかったです」
空いている椅子に座ったレスリーさんが色々とこの街とこの島について教えてくれた。
「俺もマーフィーもこの島出身なんだよ。あいつはレストランをやる時に陸に行ったけど俺はずっとこっちだ。場所が違うから客を取り合うこともない」
そう言ってガハハと笑った。マーフィーさもレスリーさんも豪快な人だよ。
「タクは釣りはするのかい?」
「ええ。前のエリアではやってました」
「主はレインボーフィッシュを釣ったのです。名人なのです」
それまで黙っていたリンネが膝の上で起き上がると言った。
「そりゃ大したものだ。この港の街にも釣りギルドがあるぞ。陸側の船着場の近くだ。ギルドに一度顔を出しておいたらこっちの島でも釣りができる。良いのが釣れて持ち込んでくれたら買い取ろう」
なるほど。釣りをするにはまずこの街のギルドに顔を出す必要があるんだな。ゲーム的に俺が釣りギルドに登録されているのは共有されているんだろう。つまり挨拶だけすればいいってことだ。
「分かりました。釣りギルドに顔を出してから釣りもしてみます」
船で戻った陸側の港の近くに釣りギルドがあった。顔を出すとカウンターにいた人族の女性が立ち上がってギルドに入ってきた俺達を見ると自己紹介する前に話しかけてきた。
「タクだね。釣りギルドに登録されているからここでは手続きはいらないよ」
そう言ったのはここのギルドマスターのセリさん。
「ここでは海釣りになる。海釣り用の釣り竿や餌で欲しいのがあったらこの中にあるショップで手に入るよ」
確かに海釣りと川の釣りは違うな。俺はギルドの中にあるショップで海釣り用の竿とルアーを買った。
「釣った魚はギルドで買い取ることも出来る。ガンガン釣って持ってきておくれよ」
「わかりました」
「主は釣り名人なのです。期待するのです」
「ガウガウ」
「そりゃ楽しみだね。うん、期待してるよ」
あまりプレッシャーをかけないで欲しいんだけど。




