敵が強いぞ
島のマップ作成が終わった俺たちは陸に戻る前に島の北門から外に出てみた。北門を出ると聞いていた通りに目の前が森になっていた。ジャングルという程じゃないけれど、15メートル程の高さの木が生えている。木々の隙間があるので場所によっては陽の光が地面に注がれて明るくなっている。
空蝉の術を唱え、リンネの強化魔法を受けて進み出すとすぐに奥から体長2メートル近くあるオオトカゲの魔獣が1体俺たちを認識して襲ってきた。レベルは63だ。
真っ直ぐに突進してきた魔獣をギリギリで横にジャンプして躱そうとしたが、想像していたよりも速く、分身が1体消されてしまう。ただその時には刀でトカゲに傷をつけていた。
突進と長い尾を振り回してくる魔獣をタロウの蹴り、リンネの魔法、そして俺の刀の二刀流で何とか敵を倒すことに成功した。タロウとリンネはオオトカゲが光の粒になって消えたのを見て大喜びしているが、予想外に討伐に時間が掛かった。これだと奥に進んだ時にはリンクしてヤバそうだよ。
魔獣を倒した俺たちは門まで戻ってきた。そこで立ち止まって2体を見る。
「俺たちはまだレベル58だ、今倒した敵はレベルが63、倒すのに時間がかかっただろう?もっと早く倒さないと他の敵が集まってくるかもしれない」
俺の方を見て黙って聞いているタロウとリンネ。
「だからレベル60になったらもう一度ここに来よう。この森は俺たちにはまだ早い」
「それまではどこの敵をぶっ倒すのです?」
「ガウ?」
「うん。前のエリアに戻って草原の奥の森にいる魔獣を倒してレベルをあげよう。あそこならレベル60から62だ」
「分かったのです。強くなってまた戻ってくるのです」
リンネが答えるとタロウも分かったと尻尾をブンブンと振ってくる
「その通りだ」
タロウもリンネも物分かりが良いから助かるよ。そのまま門の前から転移の腕輪で開拓者の街の自宅に戻った。島には宿はあるがギルドはない。転移の腕輪を持っている俺は問題ないけど、持っていないプレイヤーは旅館に泊まってログアウトするか、船で陸側に渡ってからギルドの転送盤を使うしかないのかな。もしそうなら島の奥の森で活動をするプレイヤーの数は多くないだろう。陸側の方がずっと便利だしな。島の北側にある森は混雑回避用の狩場という位置付けになるのかも。
次の日、自宅での仕事が終わると俺たちは山の街経由で西の渓谷の小屋に飛んだ。飛んだ先の小屋の中には3組ほどパーティがいる。女性のプレイヤーはタロウちゃんよ、リンネちゃんよなんて言っている。そんな中、男性プレイヤーが声をかけてきた。
「こんにちは。タクはもう新しい街に行っているんだよな?」
「到達したよ、港の街。ただ周囲の敵のレベルが最低でも63と高くてね。こっちはまだ58だからさ、このエリアで60まで上げようと思って」
俺がそう言うと58でエリアボスを倒したのか、すごいなという声があちこちからした。彼らは皆レベル59で、ここで60まで上げてからエリアボスに挑戦する予定だという。
俺以外のメンバーが強いからエリアボス戦に勝てたんだよと言ったが、リンネはそうは思っていなかったみたいだ。俺の頭の上でミーアキャットポーズになると言った。
「主は一番強いのです。レベルは関係ないのです」
タロウもガウガウと吠えている。黙っていたらまた色々と言いそうなので頭の上に乗っているリンネを抱っこしてから彼らに聞いた。
「装備の強化は済んでる?6段階の強化をしておかないとレベルが下がっているとは言ってもエリアボス戦はしんどいと思うよ」
「そうみたいだな。情報クランから買ったエリアボス戦情報にもそう書いてあった。強化を6段階まで済ませていないと厳しいって。だから経験値と石集め中なんだよ」
「なるほど。準備できることはしっかりとしておいた方がいいよ。戦闘が少しでも楽になるのは間違いないから」
「そうだな」
ありがとうという声を聞いて、お先にと小屋を出ると何も言わなくてもタロウがその場で腰を下ろした。すぐにリンネがその背中に乗り、続いて俺がタロウに跨ると立ち上がった。
「森の中のセーフゾーンまでいくぞ」
「ガウ!」
「行くぞ、なのです。タロウ、ぶっ飛ばすのです」
「ガウ」
一吠えしたタロウが柵を出ると草原を疾走する。草原にいる水牛を無視してそのまま丘を降りて森の中に入ると森の中の敵も無視しながら一気にセーフゾーンに着いた。結構飛ばしたのか時間がそれほどかからなかったよ。セーフゾーンには2組程パーティがいた。
「タクと従魔達か、びっくりしたよ。魔獣が突進してきたのかと思った」
彼らは森の中を走ってくる俺達を遠目に見つけて、見たとこがない魔獣だと思ったみたいだが近づいて俺が乗っているのを見ると安心したんだよと言っている。
俺がタロウに乗って移動しているのは有名なのでその点については何も言われないが、確かに森の中を疾走して近づいてくる動物がいればびっくりするよな。
俺が驚かせて悪かったというと続いてリンネが言った。
「ごめんなさいなのです」
タロウもガウと申し訳なさそうな声を出していた。
「そこまで謝ってくれなくても大丈夫だよ。ここはセーフゾーンで中に魔獣が入って来ないのは知ってるし」
そういうと2体の表情が明るくなった。
「それでタクは新しい街の探索じゃないの?」
をう聞かれたので小屋で話したのと同じ事を彼らに話をする。ここにいる2組は知り合いではなく、たまたま同じタイミングでセーフゾーンにいたそうだ。どちらのパーティもレベル59で装備関係はまだ6段階まで強化していない部位があるらしい。
レベルは俺よりも高いじゃないか。俺が言うとそっちはタロウとリンネがいるじゃないのと返されたよ。確かに従魔は超が付く程優秀なのは間違いない。バンダナも持ってるしなという声もした。俺がバンダナを持っているのは有名みたいだけど、それが6段階強化されていると言うのは知り合いしか知らない。当然ここで言うつもりもない。
「俺たちはここをベースにして経験値と神魂石を集めているんだよ」
もう1組のパーティも俺たちも同じだよと言っている。
「石なら印章NM戦で出るだろう?」
「色がランダムだろう?それに急いでる訳でもないんだ。のんびりやっているんだ」
聞くと2組とも慌てずにマイペースで活動をしている様だ。うん、自分のペースでゲームをするのがストレスフリーだよな。
もう少し休憩するという彼らと別れて俺たちはセーフゾーンを出ると北の山裾を目指す。ここからはタロウに乗らずに敵を倒して経験値を稼がないとな。
タロウとリンネがいるので木の上にいるゴリラだろうが木に隠れている水牛だろうが事前に見つけてくれるので不意打ちを喰らわない。レベル61程度の敵なら不意打ちを喰らっても大丈夫だとは思うけど、2体が敵を探すのにやる気を出しているのでお任せだよ。リンネの魔法とタロウの蹴りでごっそりと敵の体力を削ってくれるので楽をさせてもらっている。
敵を倒しながら森の中を北に進んでいると、途中でレベルが59に上がった。
「やったのです」
「ガウ」
「後1つ上がったら60になるぞ。もうちょっとだ」
「頑張るのです」
レベルが1つ上がって討伐がさらに楽になった。そのまま森の中をウロウロして敵を倒しながら俺たちは森の中のセーフゾーンに戻ってきた。
さっき話をした2組のパーティはセーフゾーンにはいない。森の中で経験値を稼いでいるんだろう。
タロウとリンネはセーフゾーンに入ると地面にゴロンと横になってリラックスモードになっている。タロウのお腹に背中を預けて俺も地面に座って足を伸ばすと、足の間にリンネが入ってきた顔を太ももの上に置いた。いつものポーズだよ。
「休んだらもう少しここで経験値を稼ごうか」
まだ戦闘ができると知った2体は尻尾をブンブン振っている。新しい港の街があるエリアで敵を倒すにはレベル60は必要だ。このエリアで60まで上げてから挑戦だよ。
その後はセーフゾーンでログアウト、ログインを繰り返して森の中や山裾を東から西まで移動しながら敵を倒した俺たちは2日後に目標のレベル60になった。AIのミントに確認すると、このエリアのレベルの上限に達したという。
ようやく港の街で活動できるぞ。
「主、これで新しい街の敵をぶっ倒せるのです」
「ガウ」
タロウとリンネもレベルが60になって大喜びだよ。
「その通りだよ。明日からは港の街に行くぞ」




