海だ!
飛んだ先の洞窟の出口は地面より10メートル程高い所にあった。その洞窟の下から真っ直ぐに土の道が伸びていてその先にある城壁、街に続いている。それよりも何よりも洞窟を出た右手の風景に驚いたよ。
「主、大きな湖なのです。向こうが見えないのです」
頭の上からリンネの声がした。
「リンネ、あれは湖じゃないぞ。海だ」
そう、洞窟の出口の近くに海岸線があって、その先が海になっていた。よく見るとこの陸地からそう遠くないところに島らしきものも見えている。
「このゲームで海は初登場だな」
全員で道を歩いて10分ほどで俺たちは城壁をくぐって市内に入った。街の中は今までと同じ中世のヨーロッパの雰囲気がある。クラリアが通りを歩いているNPCに話しかけてから戻ってきた。
「ここは港の街と言う名前だって。冒険者ギルドはこの先の左側だって」
港町じゃなくて港の街なんだな。
冒険者ギルドに入った俺達は転送盤を登録した。転移の腕輪を見ると確かに港の街になっている。
「ボス戦、お疲れ様でした。おかげで新しい街に来ることができた」
ギルドのロビーにある椅子に腰を下ろしているメンバー。初見でボス戦に勝利したこともあって皆の表情が明るい。もちろん俺もだよ。タロウは俺の横、床の上に腰を下ろしてゆっくり尻尾を振っており、リンネは俺の膝の上でこれまた8本の尻尾をゆっくりと振っていた。これは普段と同じリラックスモードの時の仕草だ。
「予想通り水を飛ばしてきたけどタクの蝉があったから問題なかったな」
「俺たちだとまともに喰らって結構体力が削られただろう。神官の負担も大きくなった」
マスターモンクのダイゴとパラディンのジャックスが言うと周りからその通りだという声が出る。
「偶々俺が盾をしてる時でよかったよな。ツイていたよね」
「ツキはあった。それでもタクがいてくれるから俺たちもしっかりと回復できたよ」
「主は一番強いのです。主にお任せすると何の問題もないのです」
ジャックスの言葉にリンネが言うと周りが皆その通りだと声を揃えて言った。勘弁してほしいよ。
「タクが一番強いのは皆知ってるぞ」
スタンリーはリンネにそう言ってから顔を上げた。
「皆さんお疲れ様でした。おかげで新しいエリアに来ることができた。ここで一旦解散しようか」
ここから先は俺たちは別行動だ。冒険者ギルドの受付でマップ作成クエストを受けると市内に繰り出した。初めての街なので俺もタロウもリンネもキョロキョロしながらの探索だよ。
新しい街に来たら最初に尋ねるのはテイマーギルド。これはどの街でも変わらない。そしてテイマーギルドが街の外れ近くにあるのもどの街でも変わらない。
テイマーギルドの扉を開けて中にはいるとカウンターに2人の猫族の受付嬢が立っていた。これもいつもと同じだ。名前はジーンさんとマリンさん。
「こんにちはなのです」
「ガウガウ」
2体の従魔達の後で俺も挨拶をしたよ。
「はい。こんにちは」
2人のNPCが出てきてタロウとリンネ前でしゃがみ込むと彼らの頭を撫で回す。タロウもリンネも尻尾を振って嬉しそうだ。
「いいご主人ですね」
「主は良い人なのです」
「ガウ」
「うんうん、タロウちゃんも主が大好きなんだね」
マリンさんに言われてその通りだと吠えているタロウ。2人のNPCは立ち上がると俺に顔を向けた。
「2体ともタクさんにしっかり懐いていますね。親密度はマックスです。このまま良い関係を続けてください」
親密度マックスをキープできていると聞いて一安心だよ。また来ますとテイマーギルドを出たところでクラリアからグループメッセージが来た。この街でも家を帰るので今まで通り情報クランと攻略クランの近くの家を押さえて欲しいという内容だ。最後に価格が書いてありお金持ちのタクなら問題ないでしょ?という言葉で終わっている。
別宅の価格は2,000万ベニー。バザールと農業で金はあるので購入は問題ないな。
いつもの通り情報クランと攻略クランが買った別宅の隣の家を買った。転送盤ももちろん一緒に買ったよ。
この街の外は東側が海になっていて、南側には俺たちが出てきた洞窟がある。ちなみに南は高い山々になっていて越えられない様だ。西側は草原が見えているがその先がどうなっているのかは分からない。北側はまだ見ていない。
この街も結構広いよ。渓谷の街や山の街には街を囲んでいる城壁がなかったのでこうして城壁のある街も久しぶりだよね。
別宅に着くと早速タロウとリンネが庭で戯れあっている。その間に転送盤を設置すると、遊んでいたタロウとリンネを呼んで転送盤で自宅に飛んで戻ってきた。これで移動は問題ないぞ。
自宅から戻ってくると隣の家を買っていた攻略クランのマリアとスタンリーが早速やってきた。タロウをわしゃわしゃと撫でまわしながら、いつも通り庭を繋ぎたいと言ってきたのでOKしたよ。
「街の中は歩いたかい?」
スタンリーが聞いてきた。
「テイマーギルドだけ行ってきた。それ以外の場所はこれから探索する予定だよ。だからどんな店があるのかもまだ知らない」
タロウを撫でて満足したマリアが立ち上がった。
「私たちもまだなのよ。先に家を買って抑えたところ。これから一旦山の街に戻って他のクランメンバーがこの街に来るためにボス戦の話をするの」
ボスは一度クリアするとレベルが10下がるって話だ。レベル80であれば25名のメンバーなら難易度は下がる。と言っても武器や防具をマックス6段階まで強化済みであることが前提になるだろうな。でないとボス戦はもちろんだけど、そこに行くまでの森の中にいる水牛やゴリラにやられるかも知れない。
山の街に戻るという彼らと別れた俺は自宅を出るとマップ作成ついでに市内を歩いてみる。一番乗りなので当然だけど街の中にいるのはNPCばかりだ。街を歩いているNPCは多くないので通りは歩きやすい。俺たちは左右の街並みを見ながら通りをのんびり歩いている。
「歩きやすい道なのです」
「ガウガウ」
「まだ人が少ないからだよ」
「主、海を見にいくのです」
頭の上からリンネが言うと隣を歩いているタロウもガウと吠えて尻尾をブンブンと振り回した。彼らにとっては海は初めてだからな、もちろん俺もこのゲームで初めて登場した海を見てみたい。どのみちマップ作成で街の中を歩き回るのなら先に海が見える場所に行ってみよう。
「よし、海を見にいくぞ」
「行くぞ、なのです」
港の街の東西に伸びている通りを東に向かって歩いていると港というか桟橋が見えてきた。そこには漁船が停まっているが、それ以外に客船も停泊している。客船は水の街にあったのよりは小ぶりの船だ。
桟橋の数も多くて船が止まっていない桟橋もある。
「海なのです。大きいのです」
「ガウ」
海が見えた時から2体のテンションが半端なく高くなってるよ。桟橋まで歩いていくとNPCのおっちゃんが2人固まって立っていた。
「こんにちは」
「プレイヤーさんかい、港の街にようこそ」
挨拶をすると2人のNPCがこちらを向いて話かけてきた。相変わらず対応が滅茶苦茶リアルなんだよな。
「あの客船って俺たちも乗れるんですか?」
桟橋に停まっている客船を見ながら聞いた。
「ああ、乗れるよ。向こうに見えている島とここを往復しているんだよ」
聞くと港からあの島まで客船で20分。乗船料は片道1,000ベニーで1時間ごとに船が出ているそうだ。
「あの島も港の街なんです?」
「そうだよ。あっちも港の街だ。こっち側と島側を合わせて港の街と呼ばれているんだ」
「なるほど」
その後もNPCのおっちゃんと話をして分かったのは、俺たちプレイヤーは漁船には乗れないが桟橋から釣りをするのは構わないらしい。ちなみに自作の船を海に浮かべるのは良いが島には渡れないそうだ。
「海流がきつくてね、あの客船じゃないと島には行けないぞ」
ある程度沖まで行くと、そこから先は進めなくなっているんだと教えてくれた。自作の船でただで移動したりするのを制限しているのかも。
タロウとリンネはこのまま船に乗って島に行きたそうだったが何とか宥めたよ。島に行く前にこっちの街を調査しないと。
一通り港を見た俺たちはおっちゃん達にお礼を言ってその場を後にし、再び市内の通りを歩いていると武器屋の看板を見つけた。久しぶりの武器屋だ。
「こんにちは」
中に入って声をかけると奥からドワーフのNPCが出てきた。
「こんにちはなのです」
「ガウガウ」
「いらっしゃい。上忍のプレイヤーさんか。悪いがここには刀は売ってないんだよ。刀は別の店で手に入るぞ」
おっ、この街で刀が売っているんだ。ドワーフのおじさんはカイザーさんという名前だそうだ。こっちも自己紹介を済ませると店に陳列されている武器を見る。片手剣や両手剣など様々な武器が並んでいる。ただチラッと見ただけでもどれも値段が高い。
「ここにある武器って今までの街で強化した武器よりも強いんですか?」
「そうだよ。ただこの街で売っている武器や防具は上級レベル65以上の制限がある。レベルが65になったら強い武器を持つことができるぞ」
なるほど6段階強化した武器よりも65以上の武器の方が強い設定にしているんだな。
どこかのドワーフのおっちゃんと違ってカイザーさんは話好きのドワーフだ。色々と教えてくれる。
お礼を言って店を出ると頭の上に乗っているリンネが言った。
「主の刀や防具はどこに売っているのです?」
「どこだろうな。今日はもう遅いし、明日また街を探検して探そうか」
「ガウ」
「探検するのです。今日はここまでなのです」
リンネの言う通り。今日はボス戦もあって結構長い時間ログインしている。それに装備関係は65以上の縛りがありそうなので慌てて買う必要もないだろう。
俺たちはこの街の別宅から自宅に飛ぶと、ランとリーファと少し遊んでからログアウトした。




