黒の神魂石
渓谷の平原で水牛を倒してステータスのアップを実感した俺はその場でクラリアらにメールを送った。最近知ったんだけど端末を使ってグループメールを送ることができるそうだ。
トミーから教えてもらった俺はその場でいつもの4人と俺の5人のグループを作った。こうするとそのグループにメールを送るとグループのメンバー全員に送信できる。
「特別引換券の件で話があるので時間ができたら自宅に来てくれないか」
すぐに返事が来た。彼らは外で活動中なので2時間後に開拓者の街の自宅に来ると言う。それを見た俺はそこから1時間程平原で水牛を倒したあと、転移の腕輪で自宅に戻った。門の周辺から北方面にいるレベル52、53の敵は敵ではなくなっていたよ。しかも赤の神魂石をドロップした。すぐにタロウの3段階目の強化をしたよ。これでタロウの強化は終了だ。
「次はリンネの番なのです」
「そうだな。紫の石が出るといいな」
自宅に戻ってしばらくするといつもの4人がやってきた。マリアは早速タロウを撫で回している。
「急に呼び出してすまない。街の外で探索してたんだろう?」
「そうだけど大丈夫だ。今日の活動は終わったよ」
スタンリーが言うとクラリアも情報クランとしての今日の活動は終わっていると言う。タロウを撫で回していたマリアが戻ってきたところで俺は今日の強化屋での出来事を4人に伝える。今日はいつもの縁側じゃなくて洋室に入ってもらった。タロウは俺のそばの床の上でゴロンと横になっていて、リンネは俺の膝の上だ。
俺の話を黙って聞いている彼らだけど途中からは皆驚いた表情になってきた。そりゃそうだろう。俺だってびっくりしたもの。
「それで今タクが身につけているバンダナが黒の神魂石で強化をしたものなんだな」
話終えるとトミーが言った。俺は頭からバンダナを外すと洋室のテーブルの上に置いた。4人が次々にそれを手に取る。
「見た感じは変化はないな」
「ただ飛び抜けた性能になっているよ」
「そりゃそうだろう。元々全ステータスがアップする機能が付いているバンダナをさらに6段階強化させているんだからな」
トミーが言うと他の3人が4つ、下手したらそれ以上じゃないかと言う。実質的なレベルは俺たちよりも上だぞとスタンリーが言うと、そのタイミングで膝の上でリラックスしていたリンネが顔を上げた。
「主はいつも一番強いのです。これでまた強くなったのです」
「ガウガウ」
いつの間にかタロウまで吠えてるよ。
「俺が実際にこのバンダナを装備して平原にいるレベル52や53の水牛を相手にしたら強化する前と比べて討伐が全然楽になっていた。リンネが言うとおりで強くなったのは間違いないな」
俺は2体の従魔達を撫でながら言った。自分の体感だけどそうずれていないという自負はある。
「それにしても特別引換券で手にできるのが黒の神魂石とはね」
マリアが感嘆した声を出したよ。流石にこの結果は誰も予想できないだろう。
「そしてさ、これが特別な石じゃないという証拠に石を6種類、全部で300個集めて8,000万ベニー支払ったら誰でも黒の神魂石を手にいれることができる様になっている。難易度は滅茶苦茶高いけど可能性はゼロじゃない。運営もいやらしいわね」
クラリアがそう言うと皆全くだと言った。
「確かに特別なアイテムだ。だがタク専用じゃないという逃げ道というか正式ルートも作っている。ただ実際に全種を50個ずつ集めて8,000万となるとかなりハードルが高いな」
「全ステータスが6段階上がる。となると武器や防具じゃなくて、タクが身につけているバンダナが一番良いわね」
「アイテムが強化できる。今のところバンダナが唯一無二のアイテムだろう」
スタンリーの後でクラリア、そしてトミーが言った。
強化するアイテム、装備品を手にいれるのもハードルが高い。木のダンジョンのボスから出ると分かってもなかなかボスを倒せないのか、バンダナを持っているのはほんの数名しかいない。ただそれを手に入れることができれば、強化する条件の1つをクリアする。
「俺たちも早々に木のダンジョンに戻ってバンダナを手に入れないとな」
トミーが言った。
「それでこの情報だけどクランとして公開していいのかしら?」
「そのあたりの匙加減が俺にはわからないからこうやって相談させてもらっている。個人的には公開してもいいと思うけどね。ただ俺がそれを持っているというのは公開しないで欲しいんだけど」
たまたま手にした引換券で手に入れた黒の神魂石、家の時と同じでいくらの値引き率だったとかはここにいる2つのクランの連中しか知らない。今回も難易度は高いけど黒の神魂石が手に入るルートを見つけたという形で公開してもらえるとこっちは助かる。目立ちたいとは全く思っていないんだよ。
「私は今のタクの提案でいいと思うけどみんなはどう?」
クラリアが他の3人に聞くと皆それでいいと言ってくれた。よかったよ。
「どこから手に入れた情報かは推測されるだろうけど、情報の入手先や入手方法は今までも明らかにしていないケースがいくらでもある。今回も俺たちがどこかから手に入れた情報ってことでいいんじゃないかな。公開する内容は推測じゃなく事実だし」
トミーがそう言ってからこの情報はインパクトが強いぞと付け加えている。攻略クランのスタンリーとマリアも異存はないそうだ。スタンリーはこれから神魂石を300個を集めてみるか、なんて言っているよ。
黒魂石の話が終わると雑談になる。彼らはレベル52で山の街の東門を出たところでレベル上げをしながら探索を続けているそうだ。詳しいことは俺も聞かないし彼らも言わない。
「新しく強化した装備で東門の奥を探索する予定?」
「そうなるね。市内のマップクエストはクリアした。次は外の探索をしようと思ってる」
もちろん日課の農業と合成は続けるよ。
山の街には毎日新しくプレイヤーが来ているそうだ。山の街の場所とレベル50で門を素通りできるという情報を公開しているので50に到達したプレイヤーはセーフゾーン経由で山の街にやってきている。
「レベル45以上の敵からの神魂石のドロップ率が高いというのもあって皆しっかりと3段階強化してから山の街にきているみたい」
門の周辺の水牛はレベル52から53、しかも体力が多い。討伐に時間をかけるとリンクする可能性がある。各自の武器や防具の強化が短時間で討伐するための条件になるよな。
「スタンリーも言っているが、この情報はプレイヤーの間で大きなインパクトがあるだろう」
トミーが言うとマリアがまた情報料で儲かるじゃないと冷やかしてきたよ。ここにいる4人はそれくらいに凄い情報だと言う。
第五層の鍵のNM戦でもらった特別引換券で手にいれることができた黒の神魂石。その難易度は別にして全てのプレイヤーにもしっかりと入手手段があるということでプレイヤーの間で話題になることは間違いないそうだ。
俺は得た情報を情報クランに提供するだけで、それから後は彼らにお任せだ。情報が沢山売れれば自分の報酬も増えるがそこは余り気にしてはいない。農業とバザールでしっかりと儲けているからね。リアルだと常に金欠気味だけどゲームでは大金持ちになっているよ。
「強くなったタクと一度一緒に戦闘をしたいんだが。装備の効果を見てみたいな」
「それは俺たちも見てみたいぞ」
スタンリーが言うと続けてトミーが言った。
「こっちはいいよ。山の街にも到着した、明日から東門の奥の探索をしようかと思っていたところだったし」
俺がそう言うとタロウは尻尾を振り、膝の上のリンネも同じ様に尻尾を振り回す。この2体は探索、戦闘という言葉に直ぐに反応するんだよな。
明日の午後に山の街のギルドに集合することになった。俺は午前中は畑の見回りと工房での合成がある。情報クランは黒魂石の情報を売り出す準備だそうだ。
「じゃあまた明日」
「よろしく」
彼らが自宅を出ていった後、ログアウトするにはまだ少し時間があったので俺は山の街に飛んだ。もちろんタロウとリンネも一緒だ。
「主、どこに参るのです?」
頭の上に乗っているリンネが聞いてきた。ここは見晴らしが良いのです。なんて言っている。
「窯業ギルドだよ。この街にもあるからね。挨拶をしておかないとね」
山の街の北側、ドワーフ専用の採掘洞窟の近くに窯業ギルドはあった。中に入るとカウンターにいるNPCは当然ながらドワーフだ。
「俺はグプタ。ここの窯業ギルドを見ているギルドマスターだ。タクの事は知っているぞ、他の街の窯業ギルドから連絡がきているからな」
「主は有名なのです」
「ガウガウ」
ここのギルドで焼き物用の土を買うことができる。グプタさんによると山の街では採掘をしていることもあり鍛治ギルドが一番規模が大きいが、洞窟を掘るときに土が出ることもあり窯業ギルドもそれなりに大きんだぞと教えてくれた。確かに土の街のギルド程じゃないけど結構大きな建物だよ。聞いたらギルドの奥の工場では焼き物を作る窯も複数あるそうだ。
「ここで売っている窯はタクが渓谷の街のギルドから購入した窯と同じだ。だから窯を買い替える必要はない。その代わりこの場所は土の品質が良いから同じ窯でも良いものができるぞ」
「それは楽しみだね」
その場で焼き物用の土と釉薬を買い込んだよ。




