特別引換券
次の日、畑仕事を終えるとタロウとリンネと一緒に山の街に飛んだ。今日はまずは強化屋に顔を出す予定だ。50にレベルを上げる途中で俺たちに必要な神魂石がいくつか貯まっていたのでそれを使って強化する。
手元にあって俺たちが使える神魂石は紫が2つ、赤が2つ、そして緑が2つだ。他の色の石は端末の収納にキープしてしてある。
山の街のギルドに飛んだ俺たちはそのまま市内に出ると街の中にある強化屋の扉を開けた。入った正面にカウンターがあり、そこには5人のドワーフが立っていた。中に入ると客は俺たちだけで他にプレイヤーの姿はない。
「こんにちはなのです」
「ガウガウ」
中に入ると俺より先に挨拶をするタロウとリンネ。遅れて俺も挨拶をする。
「こんにちは。強化をお願いしようと思って来ました」
そう言ってカウンターに近づくと5人並んでいる中央のドワーフが声を出した。
「あんた、特別引換券を持ってるね」
いきなりそう言ってきた。俺が手に入れた特別引換券はこの街の強化屋で使える券だったんだ。持っていると答えると、こっちに来てくれと俺たちをカウンターの横から別室に案内する。
NPCなのでいちいち端末を向けなくても良いみたいだ。俺が特別引換券を持っていることを知っているドワーフが自分の名前はジグだと言った。彼がここの強化屋の責任者だと聞いて驚いたよ。
「俺は上忍のタク。こっちがフェンリルのタロウ、こっちが九尾狐のリンネだよ」
自己紹介が終わるとジグさんがまず普通の強化をしようかと言った。普通の強化?
「神魂石を持ってきたんだろう?」
そう言われたので赤、紫、緑の石をそれぞれ2つずつテーブルに置いて赤がタロウの従魔のスカーフ用、紫がリンネの従魔のスカーフ用、そして緑が自分の片手刀用だと説明をすると分かったと短く答えたジグさん。
「今テーブルにある神魂石の強化はもちろんしてやろう、一度の強化につき50万ベニーだ」
渓谷の街の強化費用と同じだ。問題ないので頷く俺。
「それでだ、特別引換券を持っているタクについてはこれらとは別に特別な石を使って強化することができる」
「特別な石?」
聞き返すとジグさんが説明してくれる。
「そうだ。あんた達プレイヤーが今まで手に入れているのは赤、緑、茶、青、白、紫、この6色の神魂石だろう?実はそれ以外の色の神魂石がある。そしてその特別引換券とはその特別な色の神魂石と交換できる券だ」
「えっ!特別な色と交換?」
ジグさんの言葉にびっくりする俺。床で寝ているタロウや膝の上に乗っているリンネも思わず耳をピンと立てたよ。
「黒の神魂石と言うのがあるんだ」
「黒色の神魂石」
「そうだ。ただこれは魔獣や採掘からは出ない、この黒色の神魂石は我らドワーフが長い時間をかけた試行錯誤の末に人工的に作り出した石だ」
「なんと」
具体的には6色の神魂石をそれぞれ50個、全部で300個集めてそれをドワーフだけが使える専用の釜で溶かせてから混ぜる。そこから有効成分を抽出する。その作業を何度も何度もくりかえして最後に黒の神魂石が1つ出来上がるものらしい。
「300個の神魂石からたった1個?」
「そうだ。何度も溶解して最後に残っている不純物が全くない状態から作った1つの黒神魂石でないと効果がないのが証明されている」
「その効果は?」
俺が聞くと黒の神魂石は全てのステータスをアップさせるもので、そのステータスアップは黒の石1個で普通の色の神魂石の6個分のステータスがアップするそうだ。
他の色だと強化するステータスは色ごとに決まっている。黒の神魂石はそれ1つで全てのステータスがアップし、そのステータスアップはその石1個で他の全ての色の神魂石6個分に相当する。これってものすごい効果じゃないの。
「しかもだ、他の6色の神魂石は武器か防具にしか使えないが、黒の神魂石はアイテムにも使えるのだ」
「このバンダナにでもですか?」
全ステータスアップと聞いてすぐに思いついたのがバンダナだ。
「もちろん。黒の神魂石で強化するのなら今タクが身につけているその森の精霊のバンダナが一番良いだろう。そのバンダナには全ステータスがアップする効果が付いている。そこれを黒の神魂石を使って強化すると、今のバンダナに付いているステータス、全ステータスが石6個分強化される」
ジグさんによると黒の神魂石については全ての石を揃えて持ち込んでくれば作るそうだ。つまり300個持ち込んでくれればやってやるという話だよ。
「作るのに大変な手間と時間がかかる。50個X6種類の石を持ち込んだ場合でも黒の神魂石を作る際には作成費用として依頼者に8,000万ベニーを払って貰うことにしておる」
これまたすごい金額だ。ただ話を聞いているとそれ程までに面倒くさい作業ではある。
「それがこの特別引換券を使うとどうなるんです?」
「今ここにある唯一の在庫の1個を無料で差し上げるよ。強化する場合は強化費用として50万ベニーはかかるがな」
黒の神魂石として出来てしまえば、それを使って強化するのは他の石と同じなので強化費用も一緒だそうだ。それにしても特別引換券、凄すぎるよ。ジグさんもこの黒魂石の使い道としては武器、防具よりも長い間使い続けるアイテムに使う方がずっと価値があると言っている。
「どうする?」
とジグさんが聞いてきた。そりゃ答えは決まってるよ。防具や武器はこれからまた新しくて強いのが出てくるかもしれないけど、バンダナはずっと使い続けるだろう。
「もちろんお願いします。今テーブルに置いている物以外にこのバンダナを黒の神魂石で強化お願いします」
テーブルの上にバンダナを置いた。分かったと言って俺たちにここで待ってろと部屋を出ていったジグさん。俺がお願いしますと言った時点で強化費用は端末から引き落とされている。
彼が部屋を出ていくとタロウとリンネが尻尾を振りながら身体を擦り付けてきた。
「これで主が一番強くなれるのです」
「どうかな。でもすごい話だよな」
「ガウガウ」
「タロウが主が一番強いのは当然だと言っているのです。リンネも当然だと言うのです」
そんな話をしていると部屋の扉が開いてジグさんが部屋に入ってきた。テーブルの上にスカーフ2つと片手刀を置く。
「スカーフ2つと片手刀は全て2段階強化した」
そう言ってこれが赤の神魂石で強化したスカーフ、こっちが紫のだと渡してくれた。その場で2体の従魔の首にスカーフを巻く。2体とも尻尾をブンブン振っている。これでタロウもリンネもそれぞれ5段階の強化をしたことになる。俺の片手刀も緑の方、素早さ(AGI)は5段階まで強化できた。
「今からバンダナを強化するが、その前に黒の神魂石を見せてやろう」
ジグさんがテーブルに神魂石を置いた。それは綺麗な光沢のある真っ黒な石だ。
「綺麗な石なのです」
リンネが言っているが俺もそう思う。
「これを使ってバンダナを強化してくるぞ」
「お願いします」
黒の神魂石を手にもったジグさんが部屋から出ていった。5分程してバンダナを手にして戻ってきた。
「バッチリだ。タクのバンダナが神魂石6個分強化されたことで全ステータスが大きくアップしているぞ」
「ありがとうございます」
お礼を言ってバンダナを頭に巻いてから立ち上がる。
「これで街の外にいる強い魔獣を今までよりもずっと楽に討伐できる様になるだろう。武器や防具も3段階目の強化する準備ができたらいつでも俺に声をかけてくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
もう一度お礼を言った俺たちは部屋を出て強化屋から外に出た。タロウとリンネ、そして俺の装備が強化された。となるとどれくらいの効果があるのか確かめたくなるよな。
「主、今から外で水牛さんをぶっ倒すのです」
「ガウガウ」
タロウとリンネも同じ気持ちだったみたいだ。
「よし、今から外に行こう」
西門から外、渓谷の平原に出た俺たち。早速目についた水牛に攻撃をしかけた。いや、想像以上だよ。タロウとリンネはスカーフの効果とスキルアップが合わさって今まで以上の攻撃力になっている。そして俺だ。バンダナの効果がとんでもないってことが分かった。
まず避ける避ける。片手刀の素早さを2段階強化しているが、それにバンダナの効果が合わさって盗賊よりも避けているんじゃないかと思う程だ。レベル51の水牛の動きがゆっくりと見える。そしてSTRもかなりアップしていて片手剣のダメージがそれまでとは全然違った。タロウとリンネもびっくりしていると同時に大喜びしているよ。
「主はすごいのです」
「ガウガウ」
「いや本当に凄いぞ。そしてタロウとリンネもまた一段と強くなっているぞ」
そう言うと尻尾をブンブンと振り回す2体の従魔達。
その後も平原を北に移動して水牛を相手にしたが、感覚的にはレベル52クラスの敵が同格以下の扱いになっていた。レベルアップした時に感じたよりもずっと強くなっているのが分かる。これならソロで少々強い敵に遭遇しても大丈夫だ。5レベルどころかもう少し上のレベルの敵でも普通にやれるんじゃないか。通常の強化と黒の神魂石の強化とで自分でも分かる程強くなっていた。俺達はすっかり満足して街に戻った。




