第三層の鍵
翌日、ルーティーンの畑の見回りを終えた頃にクラリアから通話が来た。
「平原の小屋で進展があったのよ。渓谷の別宅に来ない?」
「行こう」
「出撃するのです」
「ガウガウ」
通話が終わるなりタロウとリンネがそばにやってきた。
「まずは渓谷の家に行くぞ」
渓谷の別宅に飛ぶと、待ち構えていた様に隣からいつもの4人がやってきた。
「平原の小屋に進展があったんだって?」
俺が聞くとそうなのよと言ってクラリアが話し始めた。
彼らは昨日上級レベル40に上がったそうだ。そのまま渓谷の街で情報収集をしていたら冒険者ギルドの受付のNPCから話が聞けたらしい。
「受付のNPCが私たちに話しかけてきたの。上級レベル40になってますねって」
そのままカウンターで話をすると、あの平原の小屋の中をプレイヤーで好きにレイアウトしてくれて構わないと言われたそうだ。
「好きにレイアウト?」
どう言うこと?
「タクもそう思うよね。私達もどういうことか聞いたのよ」
彼女たちがギルドのNPCに聞いたところ、平原の小屋周辺は魔獣のレベルが40以上だ41や42もいる。その魔獣を討伐する起点として建てた小屋で、プレイヤーのレベルが40以上であることを想定して作られている。そして40になるとあの小屋をプレイヤーの使いたい様に好きに椅子やテーブルを置いたりしても構わないらしい。
「最初にあの小屋を見つけた時にクランメンバーが椅子を端末から取り出そうとしてできなかったのはこっちのレベルが低かったからの様だ。つまりこちらのレベルが40になったので正式に平原の小屋を使用する資格ができたということになる」
トミーの話になるほどと納得する。逆に言えば、今までは無断で使用していたってことになるのかな。
「今攻略クランと情報クランであの小屋にテーブルや椅子を設置しているんだよ。5人掛けのテーブルに椅子、あとは棚なんかを置いた。最低限の家具を置いたところだ。小屋のレイアウトは上級レベルが40以上なら自由に変えられるらしいので、情報クランとしてこの情報を開示した時に平原の小屋のレイアウトをプレイヤーの中で公募して一番人気があったのにしたらどうかな。なんて話している」
それは面白そうだな。俺はそっちのセンスはないからレイアウトのエントリーは無理だけど。
「主も作るのです」
「俺は無理だよ。投票する側だな」
リンネは俺はなんでもできると思っているがそうじゃないんだよな。デザイン系のセンスが無いのには自信がある。
「森小屋みたいにNPCがいて売り買いができる訳ではないんだな」
「今のところはね。でもPWLだからね」
俺の言葉にマリアが返してくれた。確かにこのゲームは色々と仕掛けがある。小屋に家具を置いて終わりと決めつけるのは良くないだろう。もちろんそれで終わりだということもある。とにかく予想がつけにくい。
「今から私たちは平原の小屋に飛ぶんだけどタクも行って見てみない?」
「そうしよう」
平原の小屋に行く話になると今までおとなしかったタロウが立ち上がって尻尾をブンブンと振ってくる。リンネは言わずもがなだ。出撃なのです。なんて言っている。
「おお、これは今までとは雰囲気が大きく変わったね」
小屋に飛んだ俺の目の前にはテーブルや椅子が綺麗に並べられていていた。がらんとして殺風景だった小屋がテーブルと椅子を置いただけで生活感が出ている。その椅子に情報クランと攻略クランのメンバー達が座っていた。全員知っているので挨拶をする。
「これはまだ仮よ」
「それでも何もなかった時とは全然違う」
木製のテーブルや椅子が小屋の雰囲気にマッチしている。聞くと情報クランのヘンリーの作だそうだ。彼が普段から作って工房に置いてあったテーブルや椅子をこの小屋に持ち込んで置いたのだという。マイスターのヘンリーの作品は仕上がりも綺麗だしおそらく強度も高いんだろうな。
情報クランはレイアウトを公募してプレイヤーの投票で決めようと考えていて、情報開示と同時に提案すると言っているけど3万ほどのプレイヤーの中にはこういうインテリアやデザインが本職だったり好きな人も多いだろう。収拾がつかなくなるほど応募が来たらどうするんだろうと心配になるよ。
「情報クランとして持っている外部サイトに片っ端からデザインをアップしていくしかないだろうな」
トミーは面倒だがそれが一番公平だと言う。ちなみにレイアウトを外部サイトで募集するというアイデアは情報クランが運営にメールで問い合わせて問題なしという回答を貰っているそうだ。
「情報クランが単独で決める訳にはいかない。上級レベル40になったら好きに使えるという情報はいずれ多くのプレイヤーが知ることになる。そのためには公平にやるのが一番だろう。そして数ヶ月とか半年ごとにレイアウトの変更とかもすれば皆が納得するんじゃないかな」
彼らなりに考えている様だ。プレイヤー全員の100%の賛同なんて無理だというトミー。その中で最大公約数を得る方法を考えているんだと言った。それは良くわかる。どこにでもへそ曲がりというか素直に物事を考えたり捉えたりする事ことができない奴や、リアルは知らないがこういう世界でやけに攻撃的になる奴もいる。いちいち気にしていたら何もできない。自分が先駆者になってやってみろと言いたい。たいてい、そう言う奴は自分ではしないくせに他人がしたことにケチをつけるのが生きがいの様になっている。無視するに限る。
俺は情報クランや攻略クランの考え方を支持するよ。
両クランは今はこの平原の小屋をベースにして山沿に平原の南側を探索しているそうだ。スタンリーによるとアライアンスは組んでいないがもしもの事を考えて2つのパーティはお互いが見える範囲でそれぞれ活動をしている様だ。聞くと水牛のレベルは43とか44になっていて時々リンクするらしい。
「俺は山小屋から反対にある北の山を目指してみようかな」
「俺たちはあっち側はまだ探索していないんだ」
そりゃそうだろう。この草原はかなり広い。
「とりあえず行けるところまで行ってみる。何かあってらタロウに乗ってここまで逃げ帰ってくるよ」
「ガウ」
やりとりを聞いていたタロウが任せろとばかりに尻尾を振る。
「タロウとリンネでしっかりと主をお守りするから大丈夫なのです」
リンネもそう言ってくれた。そこで思い出した事があった。
「そういえばNM戦のトリガーって魔獣から出るの?」
「出ている」
トミーがあっさりと教えてくれた。出てるのか。
「情報クランも攻略クランも複数持ってる。『第3層の鍵』というアイテム名だ。あちこちで出ているぞ」
「『第3層の鍵』?そんな名前なんだ」
「今回はNM戦をする場所が試練の塔の中だ。おそらく3層の扉を開ける鍵ということでトリガーになっているんだろう」
なるほど。となると3層以外もあるってことかな。俺が思ったことを言うとその可能性は大きいと言う。彼らは明日か明後日に3層の鍵を使ってNM戦に挑戦するそうだ。
「またタクが別の層の鍵を手に入れてくれるかもな。期待しているぞ」
「あれはたまたまだったからね」
「主に期待してよいのです」
俺がそう言うと言うと続けてリンネが言った。周りからはリンネちゃんの主に期待しているよという声が聞こえてきた。相変わらずのリンネだがもう慣れたよ。
森小屋を出たところで山裾に沿って東に行くという彼らと別れた俺達。こっちは北の山を目指して平原を突っ切るつもりだ。
「主、参るのです」
タロウの背中に乗っているリンネが言った。
「ガウ」
タロウも尻尾を振って準備OKだ。
「よっしゃ、行くぞ」
柵を越えて平原に飛び出した。視界の先に山は見えているが距離は結構ある。タロウに乗って走ることはしない。経験値が稼げないからね。
小屋周辺の40、時々41の水牛を倒しながら進んでいく俺たち。進み始めてわかったのは俺たちは平原を奥にいかずに横切る様に進んでいるから水牛のレベルが上がらないってことだ。よく考えたら当たり前だよな。
つまり何とかなりそうってことだよ。
「タロウ、リンネ。水牛はそれほど強くならないと思うぞ、ガンガンやって前に進むぞ」
「やってしまえ、なのです。ガンガンやるのです」
「ガウガウ」
山に向かって進みながら水牛を倒していると宝箱が出た。中はベニーだった。宝箱が出ると従魔達のテンションがあがる。中身がベニーだと聞くと大喜びだ。
「これでお金持ちになれるのです」
「ガウ」
「そうだな。この調子でやるぞ」
その後レベル41の水牛を倒した時だった。宝箱は出なかったが脳内にミントの声がした。
(第3層の鍵を入手しました)
おっ、鍵は宝箱からじゃないんだ。
俺の声を聞いたタロウとリンネが俺を見つめてくる。
「今水牛を倒したらNM戦のトリガーだと思われる第3層の鍵というのがドロップしたぞ」
「やったーなのです。これで強いNMを倒せるのです」
「ガウ」
(ミント、この第3層の鍵は試練の塔のNM戦のトリガーかな?)
(その通りです)
(このNM戦の条件は?)
(はい。人数は最大5名。時間は30分です)
これで確認が取れた。
「お前達の言う通りだ。これでNM戦ができるぞ」
そう言うと大喜びするタロウとリンネ。また出るかもしれないぞと俺たちは草原で水牛を倒しまくって山を目指す。随分と山が近づいてきた。もうちょっとで山裾だ。その後宝箱からベニーは出たがトリガーは出なかった。
平原の小屋があるあたりは渓谷を抜けた大草原になっている。小屋がある側の山はずっと東に伸びていて、小屋の反対側、つまり今俺たちがいる山はずっと北に続いていてその2つの山というか山脈の間に広い草原が広がっている。
俺たちはその北に伸びている山の山裾に着いたところだ。出会う水牛の魔獣のレベルは41。レベル35の俺とは6つのレベル差があるがタロウとリンネが頑張ってくれる。討伐に時間はかかるが危ない場面もなかった。端末の時計を見るとまだ少し時間がある。
「このまま山裾に沿って進んで行くぞ」
「行くぞ、なのです」
「ガウ」
進んでいくと水牛の魔獣のレベルが42に上がった。自分たちとはレベル差が7つある。戦闘をすると倒せないことはないが時間がかかる。相手のレベルが43なら、2体リンクしたら厳しそうだ。なので42のレベルを相手に経験値稼ぎをすることにした。
この日は夕方まで草原の北の山裾で経験値稼ぎをした俺たち。レベルは上がらなかったが宝箱が出てベニーが手に入ったのとこの日1日の活動で『第3層の鍵』が2つ手に入れた。これでNM戦を2回することができるぞ。




