リンネはリンネなのです
自宅に戻ってクラリアに隠れ里での大主様から聞いた話を端末経由で伝えると詳しく聞きたいと言ってトミーと二人でやってきた。
「それでタクは緑の神魂石を見たの?」
「見た。タロウもリンネも見ている」
「緑色の綺麗な石だったのです」
「ガウガウ」
「山裾の街から開拓者の街に続く坑道から神魂石が出るのは予想外だったわね」
「今でも出るのかどうかは知らないよ。でもこれ見て」
そう言って2人に見せたのは俺が山裾書店で買った『この町と鉱山の歴史』と言う本だ。この本を見て開拓者の街につながる坑道に気がついた本でもある。
「この中にある採掘していたけど魔獣が現れ出して廃れていったって書いてあるだろう」
それで俺達は隠れ里からの帰り道に坑道にツルハシを当てて探ってきたという話をする。もちろんスキルの話もしたが、採掘スキルについては情報クランはとっくの昔にその情報を持っていた様だ。採掘に興味がなかった俺はその情報に触れていなかっただけみたい。
「逆に適当に壁を叩いて鉄鉱石を2個採るなんて凄いじゃないか」
とトミーに笑われたよ。
「最初から光っているのは始まりの町の東にある坑道と山裾の坑道だけどあの山裾の坑道も奥に行って魔獣のいるエリアになると光らなくなっているの。スキルが20まで上がると見えるわよ」
ただ見えるのは光だけで埋まっている鉱物までは掘ってみないと分からないらしい。そりゃそうだよな。
始まりの町の郊外の東の山だけ採掘スキルに関係なく光っているポイントが見える。山裾の街の坑道の奥はスキル20から、そして盆地に続く坑道が30から。
「坑道のチェックはもちろんだが、坑道の採掘以外で手にいれる方法もあるはずだ。それは引き続き調査する予定だよ」
新エリアで登場した新しいアイテムだから新エリアからしか手に入れられないとは決まっていない。情報クランは明日から1チームを山裾の街から開拓者の街への坑道調査に送って実際に採掘をしてみるという。メンバーの鍛治のマイスターに採掘スキルが30以上のプレイヤーがいるらしい。マイスターなら採掘スキルも高そうだ。
「神魂石が滅多に出ないのは知ってるの。プレイヤーがあちこちで採掘しているから。でももし出たらそれはすごい情報になるわね」
クラリアが興奮気味に言ってるよ。まだ出るとは決まっていないんだけど。
「それはわかってるの。何というか試すとか調べるということが楽しいのよ」
なるほど。無駄かもしれないけど今まで気がつかなかった可能性が出てくればそれを調べるということが楽しいんだ。俺が言うとその通りだとクラリアが言った。だからその坑道採掘は1日で止めるつもりはないらしい。それ以外に土の街のボスエリアに通じる坑道はプレイヤー専用になっている。あそこも掘ってみる価値があるかもねとトミーと話し合っていた。確かにあそこの通路だけはプレイヤー専用になっている。
「正直渓谷の街から北、セーフゾーンの先の広大な草原を探索するのは1パーティじゃ厳しい。スタンリーらと共同で探索しようということになっているがすぐじゃない。可能な限りレベルを上げて装備を充実させてからにしようという話になっている。神魂石が見つかればそれは大きなアドバンテージになる」
「なるほど。頑張ってくれよな。応援するよ」
「リンネも応援するのです」
「ガウガウ」
神魂石の話が落ち着いたところで第三次募集の話になった。公式が正式に第三次募集を発表したらしい。俺は全くそっち関係のニュースを見ていないから知らなかったよ。
「公式によると募集人数は1万人強。はっきり何名とは書いてないの。おそらく1万人プラス何らかの事情で減ったアカウント分の補充ね」
となると一次が1.5万人、二次が1万人、三次も1万としてマックス3.5万人か。3.5万人が適正なのかどうか俺には想像がつかない。
「すでにPWLをプレイしている人たちから見たら人が増えてサーバーに負荷がかかってカクカクしたりビジュアルが落ちたりしたら嫌だろうけど。運営から見て3.5万なら耐えられるという判断なんでしょうね」
発売から数年経っているがPWLは相変わらずVRMMOのゲームとして常にトップ5にはランクインしている。ビジュアルの美しさとリアルと間違うほどのNPCの対応。それから比較的ライト層を意識したゲーム作りが万人に受けていると言うのは聞いたことがある。
クラリアとトミーによるともしこれ以上人が増えるならサーバーを分けるんじゃないかなという予想だ。
「サーバーを分ける?」
「同じ世界をもう一つ作るんだ。もしそうなると今このサーバーにいるプレイヤーに対して新サーバーへの移住希望者を募るかもしれないな。データを移管できて今の状態で始められるとなればそっちに移るプレイヤーもいるかもしれない」
「タロウやリンネを新たにあちらのサーバーで手にいれることが出来るとなれば移動する人も出るんじゃない?」
タロウやリンネがもう1組出来る?ランとリーファもか。ちょっと不思議な感じだな。
「リンネはリンネなのです。ずっと主と一緒でどこにも行かないのです」
「ガウガウ」
俺たちが話をしているのを聞いていたリンネが言った。タロウも吠えている。うん、お前達の気持ちは知っているつもりだぞ。
「俺は行くつもりはないぞ」
そう言ってそばに寄ってきた従魔達をしっかりと撫でてやる。ランとリーファもやってきたので2体の妖精もしっかりと撫でてあげるよ。
でも仮にそうなった時に俺が新しいサーバーに行ったらどうなるんだろう。タロウとリンネ、ランとリーファはついていくだろうし。従魔狙いで移った人たちから恨まれそうだな。それでこっちのサーバーにはタロウもリンネもいなくなる?
ややこしそうな話だ。仮定の話であれやこれやと考えるのはよそう。
情報クランの2人もサーバーを新たに作って人を分けるなんて自分たちの妄想というか勝手な想像に過ぎない話だからねと言っている。
早速明日から動いてみると言って自宅を後にした2人。俺はログアウトまで焼き物を作ることにした。今週末のバザールには間に合わないがその翌週のバザールまでにはある程度の数を作りたい。
従魔達の置物もある程度好きな人たちが買っちゃえばそれからはそう多くは売れないだろうと見ている。
翌日、畑の見回りを終えると渓谷の街に飛んだ。今のところ経験値稼ぎが出来る場所は渓谷の街の北側のエリアしかない。当然多くのプレイヤーが同じ様に経験値稼ぎのためにフィールドに出ていた。
周りの人の邪魔にならない様に北に移動していく。レベル30超えのプレイヤーはまだ多くいないので羊のレベルが33以上のエリアになるとライバルが減ってようやく狩りがスタートした。
「食らえ!なのです」
「ガウ!ガウ!」
魔獣との戦闘になると嬉々として魔法を撃ち、蹴りを入れるリンネとタロウ。俺は蝉を張って従魔達がごっそりと体力をけずった羊に止めを刺すことが多い。2体の従魔が我先に敵に攻撃するんだよな。その魔法や物理攻撃の威力がすごいのでタゲが従魔にいくんだが華麗に攻撃を交わしながらまた攻撃をする。おかげで俺はほぼノーマークで刀を振り回しているだけだ。これでいいんだろうかとも思うが、これでいいんだと思うことにしたよ。実際効率よく倒しているのは間違いないしね。
4時間ほどみっちりと高ランクの羊を倒した俺たちは転移の腕輪で渓谷の街の別宅に戻ってきた。情報クランと攻略クランはずっと北のエリアを攻略中のはずだ。街に戻ってきた俺は夕刻の市内をタロウとリンネと一緒にブラブラと歩く。通りは従魔を連れているプレイヤーも結構歩いていた。相変わらず虎と狼を連れている人が多い。モフモフだしね。タロウとリンネはすっかり有名だ。時々見られるけど2体は慣れているのか普段と同じなんだよな。緊張しているのは俺だけみたいだ。
「主は有名なのです。だから皆注目しているのです。当然なのです」
頭の上から声がするが有名で注目されているのはお前達だぞ。
通りを歩いてふと思った。そういえばこの街ではまだどこのレストランにも行ってないな。
「どこかのレストランに入ろう」
「ガウ」
「入ろうなのです。主、それではそこを左に曲がるのです。その先からいい匂いがするのです」
俺が言うとすぐにリンネが言った。俺には分からないが従魔達には分かるんだろう。言われた通りに大通りから左に曲がって少しだけ細くなった通りを歩いていると通りから5、6件目のところにレストランがある。ウッドデッキタイプで従魔と一緒に食事ができるレストランだ。
『羊の蹄』という変わった名前のレストランだ。名前から推測すると羊肉かな。
ウッドデッキにあるテーブルに座ると中からNPCの給仕さんが出てきた。人族のNPCだ。タロウは俺のそば、デッキの上で横になっていてリンネは膝の上だ。
「こんにちは」
「こんにちはなのです」
「ガウガウ」
彼女が挨拶をするときちんと挨拶を返す2体の従魔達。
「こんにちは。このお店のおすすめ料理は何ですか?」
「店の名前の通りここは羊の肉がメインのお店です。お勧めは羊肉のシチューですね」
「じゃあそれをください」
「タロウとリンネが嗅いでいたのはこのお店の匂いか?」
給仕さんが店の奥に下がると俺は聞いた。
「ガウ」
「そうなのです。良い匂いはここからなのです。だからきっと美味しいのです」
運ばれてきた料理は確かに美味しかった。羊臭さがなくて食べやすい。食べ終わった頃に奥からエプロンと帽子を身につけている狼族のおっちゃんが出てきた。
「プレイヤーさんの口にあったかい?」
この店のコック兼オーナーのロークさんだそうだ。
「美味しかったです。臭みもなくて。これって街の外で倒している魔獣の羊の肉?」
「そうだよ。冒険者ギルドから肉を仕入れているのさ。あんた達が仕事で倒してくれている羊だよ」
なるほど。こうやって循環させているんだ。
「ご馳走様でした。またお邪魔します」
「ガウ」
「でした。なのです」
「おう、いつでも来てくれよな」
いや本当に美味しかった。