バザール その1
バザール当日になった。
開場は1時からだが出品者はその60分前から会場に入って準備が出来る。
当日俺はタロウとリンネを連れて開拓者の街を歩いていた。バザール初日ということもあって開拓者の街の中には大勢のプレイヤーがいる。従魔を連れている人たちも多い。
「タロウとリンネだ」
「出品するのかしら」
「後で見に行ってみようか」
なんて声が聞こえてくるよ。俺の出品じゃなくてバザール会場にいるタロウとリンネを見に来る様に聞こえるが深く考えない様にしよう。
開拓者の街の大きな通りから路地に入るところに今までなかったポールが2本立っている。そのポールとポールの間に横断幕が張られていて『バザール会場』と書かれていた。
そのポールの間を通りぬけると一瞬の暗転とともにバザール会場の入り口に飛ばされた。エリアが変わると目の前にウインドウが現れた。
『どのエリアに行きますか?』
その下にエリアが出てくる。鍛治、錬金、繊維、木工などギルド別になっている。下の方に窯業というのがあった。その隣がその他となっている。その他ってなんだろう。とにかく今は窯業だとそこをタップするともう一度飛ばされる。
飛ばされた先が窯業のバザールエリアになっていた。白い大きなテントが並んでいてそのテントが店になっている。屋根がない広い広場の中に綺麗に大きなテントがいくつも並んでいる。今まで見たことがない景色だ。
1店舗1テントなんだな。テントと言っても大きくてそして形は四角だ。四隅以外にもポールが立っている。左右のテントとは少し隙間があるし左右と背後はテントの布で隠れている。開いているのはテーブルが置いてある通路側つまり店の前側だけだ。
(タクの店舗は3番です)
窯業エリアに飛んだところでAIのミントの声がした。よく見るとテントの屋根に番号が書いてある。その3番のテントに入るとそこには広いテーブルと椅子が置かれていてテントの中全面に絨毯が敷かれていた。なんとなく見たことがある景色、これって中東のバザールを模しているのかな。
「主のお店はここなのです?」
「そうだ。今日はここで商売をするぞ」
「するぞ、なのです。タロウとリンネは後ろでお休みするのです」
と言って早速絨毯の上で戯れ合う2体。俺は背後を見て2体が遊んでいるのを確認すると目の前のテーブルの上に端末から焼き物を取り出して並べていく。置くたびに価格を設定する。
食器は大きいのと中くらいの2種類、それに湯呑みというかコップ、そして4体の従魔の置物を並べた。食器大が2,000ベニー、中が1,500ベニー、湯呑みが1,000ベニー、そして従魔の置物は4体セットで50,000ベニーと強気の価格設定をしてみる。先日自宅に来た4人のアドバイスだ。
「従魔の置物は強気の価格設定でいいぞ」
「そうそう。ボランティアじゃないし、何より希望者が多いのよ。この出来なら強気でいいと思う」
「で、強気っていくらくらいなんだ?」
全く相場感がわからない俺に4人が言ったのは最低でも1体1万、4体セットなら5万以上だろうということだ。バラで売る気はないので彼らの意見を聞いて5万にすると言うとそれでいいという。
「タクは戦闘に関係がないアイテムだから安くていいと思っているかも知れないが、他の出品者はそれなりの価格設定、強気の設定にしているみたいだ」
それは合成職人のプライドだという4人。その道のプロとして作るからには良い製品を作る。そして良い製品にはそれなりの価値があるという考え方をしている職人が多いらしい。
「タクだって出品する以上はある意味プロだ。他の人が作れないものを作るんだ。安売りする意味がない」
と言っていた。自分でもいい加減にやっているつもりはないからね。売るためにとか考えず自分の技量に対する対価だという考え方をして価格を設定したよ。
ちなみに商品をテーブルに並べているだけでそこに値札はない。欲しい人が端末をかざすとそこに価格が表示される仕組みになっている。
目の前のテーブルに出品するアイテムを並べ終えるとウインドウの設定終了をタップした。これで後は売れた分を補充する仕事になる。
「準備ができたぞ」
振り返って言うと遊んでいたタロウとリンネがやってきて座ってタロウは俺の横からテーブルの上の商品を見、リンネは俺の頭の上から覗き込む。
「主のお皿やコップは売れるのです。従魔の置物も売れるのです。今日は大金持ちになる日なのです」
「ガウガウ」
そうなるといいな。
『バザール開始10分前です』
というウインドウが目の前に現れた。自分の出品の準備を終えた俺は自分のテントを出て同じエリアの他のテントを見てみる。当然の様にタロウとリンネが後をついてきた。この窯業エリアは出品しているプレイヤーは40名、40店舗程か。通りを歩いて見てみるとやっぱり食器が多い。中には花瓶を売っていたり、レンガを売っていたりする人もいる。確かにレンガは売れるかもしれない。自宅の庭のガーデニングなんかで需要がありそうだ。もちろん開店前なので俺が今買う事はできない。そこは公平な設定になってるよ。
「タクはもう準備が終わったのかい?」
エリアのテントが並んでいる通りを歩いていると同じ様に食器を出品し終えたプレイヤーが中から声をかけてきた。
「終わったところだよ。そっちは?」
「こっちもちょうど今終わった。お互いに売れるといいな」
「そうだな」
こうやって同じ焼き物仲間のプレイヤーと話をするのも新鮮でいいね。戦闘の情報交換とはまた違った楽しみ方だよ。その後も数人から声をかけられて話をする。皆今日のバザールを楽しみにしていて力作を作ってきた連中ばかりだよ。そうして周囲を見るとサーバーの負荷を軽減するためだろう、窯業関係のテント以外のテントを見る事はできない。
俺は当然知らなくて後で聞いた話だけど、バザール前にはぞくぞくと人が集まってきて入り口のポール付近は開催10分前には黒山の人だかりになっていたそうだ。
エリアを一回りした俺は自分の3番テントに戻ってきた。椅子に座る必要がなくなったので後ろの絨毯が敷かれている場所でタロウとリンネと一緒にリラックスして座る。
タロウとリンネを撫で回しているとウィンドが現れた。
『バザールの開始時間となりました』
いよいよだ。売れるかな。
ウィンドで開催がアナウンスされてから5分も経たずに俺がいる窯業ギルドのエリアにプレイヤーの姿が現れた。女性プレイヤーの4人組だ。
「あった!あそこよ!」
の声と同時に4人組が俺たちのテントの前にやってきた。いきなりお客さんだ。
「いらっしゃいませなのです」
「わぁ、リンネちゃんだ。タロウちゃんもいる」
「それより、これ!ほらっ、売ってるわよ!」
彼女達が見ているのは従魔達の置物だ。それに端末をかざす彼女達。あっという間に4セット売れた。
「うちの従魔達の置物を買うつもりでやってきたのかい?」
思わず聞いちゃったよ。
「そうなんです。知り合いの上忍の女の子が持っててすごく可愛いくて、ひょっとしたらバザールで売っているかも知れないって話をしてて、一番で来たんですよ。買えてよかったです。ありがとうございます」
この前自宅にやってきた上忍のフレの知り合いなんだな。そこまでして来てくれたんだ。ちょっと感動したよ。
「ありがとうございますなのです。主の作った焼き物は大事にすると良いのです」
「もちろん。大事にするわよ、ありがとね」
リンネにもお礼を言ってウキウキで店から出ていった4人組。いきなり4セット売れたんですぐに補充する。
次にやってきたのはなんとマリアだった。タロウが彼女を見て尻尾をブンブンと振り回してテントとテントの間の通路に出てきた。早速撫で回すマリア。
「売り切れる前に買わないとね」
そう言って自分用にと1セット買った。彼女は置物以外にクランオフィスで使うのだと中皿とコップをそれぞれ10個ずつ買ってくれた。減った分を補充する。
買い物を終えてテントの間、買い物に邪魔にならない場所でタロウを撫でているマリアから開店前のバザールの入り口の状態を聞いた。入り口が見えないほどに多くの人が集まっていたらしい。すでに従魔の置物が4セット売れたんだよと言うとそうなるのは当然よと驚いていない。十分に予想できたのだという。
「タロウやリンネは人気者なのよ。2体といない特別な従魔だし、2体とも愛想がいい。妖精も公式の配信などで有名だから欲しい人は多いわよ」
果たして閉店まで在庫は持つんだろうか。




