強化屋
「初めての店?」
「そう。強化屋という店があるんだ」
「強化屋?」
なんじゃそれ?
情報クランは当然ながらメンバーが分担して新しい街の中を隅々まで歩いて店をチェックしたらしい。それで判明したのがこの渓谷の街には武器や防具を取り扱っている、販売している店が1軒も存在していないということだった。
その代わりというか新たに強化屋という店が見つかったのでその店に顔を出して話をしたところ、強化屋とはプレイヤーが持っている武器や防具を強化してくれるお店らしい。
「強化の対象となるのは上級25以上の装備品。ただその強化方法が特殊でな。金だけ渡せば良いってもんじゃないんだよ」
そう前置きしてからトミーが説明してくれた。
手持ちの25装備を強化するためにはこの世界のどこかにある”神魂石”と呼ばれるものと強化したい武器や防具、それと手数料を支払って初めて強化してくれるのだという。
「強化屋にいるNPCによるとその神魂石には様々な色が付いていて、その色がステータスを表しているらしいんだ。たとえば赤色は力、STRだそうだ」
「つまり赤色の神魂石じゃSTRしか強化できなくてAGIの強化は無理だってこと?」
俺が聞くとその通りだとトミー。情報クランは近々色とステータスの一覧表を販売すると言っている。それは俺も買おう。
「入手方法についての説明はないの。だからこの神魂石がどこで手に入るのかは今のところわからないのよ。坑道の採掘で採れるのか、魔獣が稀にドロップするのか、両方か。はたまたそれ以外に入手方法があるのか。これはこれから調べていかないといけないの」
「ここの街の南の山裾にいくつか新しい坑道ができているだろう。あそこが鉱石の採掘場所になっているんだ。俺たちプレイヤーも採掘できる。普通に考えたら坑道の採掘から採れそうな気がするけどそう簡単なものだろうかという意見もある」
クラリアとトミーが言っているのを聞いている俺。確かに新しい坑道はできている。ただトミーが言う様に採掘しても滅多に出てこないという可能性もあるよな。神魂石という名前からもレア臭が漂ってるよ。
「今の強化の話と今回新設されるバザール。関連がありそうでしょ?」
「おおっ、確かにそうだ」
クラリアに言われて気がついた。たとえば俺がVITが上がる神魂石を見つけたとしても素早さを上げたい俺にVITは要らない。じゃあどうするかと言う時にバザールに出品して欲しい人に売るという手がある。神魂石が譲渡可という条件付きにはなるけど。
NM戦のトリガーでもないし今までのPWLの流れから譲渡不可にはならないだろう。ふむ、確かに繋がってる話だ。
「武器、防具関係の出品は出来ないとなっているのでこれは検証が必要よ。でも運営の説明は直接戦闘に使われる武器、防具関連の出品は出来ないとなっている。なので私たちは神魂石は出品出来るだろうと見てるの」
色々なことが絡んできているんだな。流石に情報クランだ。色々と考えているんだ。俺はそこまで頭が回らない。
「俺たちもまだ探索途中だ。タクももし何か見つけたら教えてくれるかな」
「もちろん」
「タロウとリンネも何か見つけたら教えてあげるのです」
「ガウガウ」
「頼むわよ」
俺も頼むぞとタロウとリンネを撫でてやる。従魔達を撫でながらせっかく目の前に情報クランの2人がいるんでついでに街の様子を聞いてみた。俺たちが予想していた通りに街の北側、浅い川が東から西に草原を横切る様に流れていた場所の少し先の新しい城壁ができていて、そこに渓谷の街の唯一の門があってここの住民は北門と呼んでいるらしい。
「その先の羊が生息しているエリア。そこが街ができる前と後で変化があったかどうか。今は攻略クランが探索中なの。出てすぐの場所は変化無いらしいので奥に進んで行くと言ってた」
もちろん情報クランも普段から探索はしているが、新しい街に来くると情報クランは手分けをしてまずその街の様子や情報集めに注力するので外の探索に人手をかけられない。なので外の探索は攻略クランに任せている。普段から仲が良い両クランだからそこは上手く棲み分けできているんだろう。
今から自分たちの自宅、オフィスに戻ってメンバーと打ち合わせをするという2人と別れた俺たちは南の自宅エリアから再び市内に足を向けた。
「綺麗な街なのです」
頭の上に乗っているリンネが言った。俺もそう思う。新しい街というのもあるだろうけどこの渓谷の風景と見事にマッチした田舎風の街だ。街のどこからでも東西南の高い山々を見ることができる。かと言って圧迫感はない。何か落ち着くんだよな。
通りを歩いていると「強化屋」という看板を見つけた。
「ここに入って中の様子を見てみよう」
「みようなのです」
タロウは吠える代わりに尻尾をブンブン振り回した。
店の中は思いのほか広かった。ドワーフのNPCが5名程カウンターの向こう側に立っていてその奥は工房になっているのが見えた。店に入る前になんとなくNPCはドワーフかなと思っていたらその通りだったよ。俺以外にも数名のプレイヤーが店の中にいた。
「こんにちは」
店に入って空いているカウンターにいた1人のドワーフの親父さんに声をかけた。
「上忍のプレイヤーさんかい。珍しいね」
「上忍のタクです。こっちがタロウ、頭の上に乗っているのがリンネ。俺の従魔達です」
「ガウガウ」
「リンネなのです。よろしくなのです」
「ほう、会話ができる九尾狐とフェンリルか。良い従魔を連れているな。俺はムースと言う職人だよ」
「ありがとうございます。ところでここは装備の強化をする店だと思いますが刀も強化できますか?」
「もちろんできるさ。強化したいステータスの神魂石と装備、それと加工賃として50万ベニーを払ってくれりゃあやってやるよ」
「なるほど、わかりました。ありがとうございます。神魂石が手に入ったらまたお邪魔しますね」
お礼を言って強化屋を後にした俺。店を出るとそれまでおとなしかったタロウが撫でろと体を押し付けてきた。どうやら構ってもらいたいらしい。俺たちはそのまま街の中にある公園に入れると芝生の上に腰を下ろした。タロウが背中を預けろと身体を寄せてきたので上半身をタロウに預ける。足を広げるとそれを待っていたかの様にリンネが足の間に体を入れて顔を太ももの上に置いた。
「強化かぁ」
「主はどうするのです?」
ゆっくりと尻尾を振っているリンネ。従魔達も今のやりとりを聞いていたから気になるのかな。
「どうしようか。すぐに決められないよ。それに神魂石ってのがどこにあるのかも分からないしね」
「時間はあるのです。ゆっくり探して、見つけてから考えるとよいのです」
太ももに顔を乗せて尻尾を振っているリンネにそうだなと言って頭を撫でてやると嬉しそうに尻尾をブンブンと振ってくる。背中を預けているタロウも尻尾を振って機嫌が良さそうだ。
うん、リンネの言う通りだよな。すぐに結論を出さなくてもいいかもしれない。攻略の先端を走ってる訳でもないしな。
しっかり休んだ俺たちは再び街の中を歩き出した。武器、防具屋はないが他のお店はある。歩いていると窯業ギルドを見つけたので中に入っていく。
「こんにちはなのです」
「ガウガウ」
「いらっしゃい。窯業ギルドにようこそ」
挨拶をしてくれたのはドワーフのカベルさん。ここの窯業ギルドのマスターだ。俺が名前を言うと土の街で窯業ギルドに登録しているのを知っていると言ってくれた。横のつながりはあるみたいだよ。
「土の街のサラームは俺の友人の1人さ。いい奴だろう」
「はい。お世話になってます」
そう言うとうんうんと頷いていたカベルさん。
「タクは窯業スキルが40か。40超えたのなら窯を変えてみないか?大型の釜にするんだ。そうしたら一度に焼ける数が増えるし時間も短縮できるぞ」
「新しい窯があるんだ」
話を聞くと窯を大きくするメリットは十分にありそうだ。俺はその場で新しい窯業セットを一式買った。
「出来たら焼き物を見せてくれよ。もちろん買取りもできるぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
「主は焼き物も一番なのです。見たら驚くのです」
「ガウガウ」
「そりゃ楽しみだな」
そう言って大きな声で笑った。リンネ、プレッシャーかけすぎだって。
自宅に戻ると早速窯を新しいのに変えた。今までのより2倍近い大きさになった。幸い工房は広いので場所は十分ある。新しい窯を見てタロウやリンネ、それにランとリーファも大喜びしてくれたよ。
これでまた色々と作れそうだ。




